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1:囚われの姫君と悪魔の姫君
002 血塗られた冠
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「やっぱり思った通り、かわいいなあ」
ユーディットは──
私の義理の母親であり、一歳年下の少女は、そう言って微笑んだ。
私の胸は高鳴る。
いや──
ユーディット王女は確かに美しいけれど。
まるで初雪のように白い肌、きらめく蜂蜜色の髪、薔薇の花弁のような唇、澄んだ空のような色の美しい瞳を持った、女神のような人だけど。
別に心ときめいたから胸が高鳴ったわけではない。
初雪のような肌は血に塗れ。
蜂蜜色の髪の上にはひしゃげて血塗られた魔王の冠がだらしなく斜めに乗っかり。
薔薇の花弁のような唇は狂気の笑みに歪み。
澄んだ空色の、しかし血走った目を向けられれば。
そりゃあ、恐怖に胸の一つも高鳴るだろう。
女神と言っても、戦場の上を旋回する血に飢えた死の女神に違いない。
「お姫さま、お名前は?」
「……」
「……お名前は?」
「あ、あ……」
恐怖で声が出ない。
でも、名前を言わないと、すぐに言わないと。
この狂人に何をされるかわからない。
私は何度も舌と喉を湿らせ、必死で声を振り絞る。
「ア……アンネ……リーゼ……」
「アンネリーゼ?」
鈴の音のような声が、私の言葉を復唱する。
私は何度も頷いた。
ユーディットは私の目をじっと見つめる。
怖い。怖い。怖い。
ただ年下の女に見つめられているだけなのに、こんなにも怖い。
誰か助けて。お父様。お母様。
「アンネリーゼ」
「は……はい……」
「いい名前だね。綺麗な名前だね。君にぴったりだ」
「ひ……ッ」
狂女は微笑んだまま、無造作に私に近づいてくる。
私は床を這いずって逃げようとしたが、腕も脚も恐怖に竦んでまともに動いてくれない。
辛うじてほんの少し動けても、転がった肉片や血に手足を取られて、泥濘の中を泳ぐようにほとんど進めない。
目の前に、鼻がくっつきそうな距離に、返り血を浴びた王女の美しい笑顔。
いっそ気を失えたらどんなに幸せだっただろう。
恐怖に凍り付きそうになりながらも、私の無駄に強靭な精神は、耐えてしまっていた。
「わたしの名前はユーディット」
「た、たす……たすけ……」
「ユーディット」
「ひ……ぁ……ユ、ユーディット……?」
私が復唱すると、ユーディットは満足そうな表情を見せた。
「そう。ユーディットだよ。しっかり覚えてね。長い付き合いになるんだから。
……ねえ? 可愛いアンネリーゼ?」
こいつは、何を言っているんだろう。
頭の中を真っ白にしながら、ただなす術もなく震えていると、不意に脚が地面から離れる。
抱き上げられた。
ひょいと、猫の仔か何かのように。
「お人形さんみたいだなあ。ちっちゃくて可愛い」
「う……」
うわあああああああああああああ!!!
私は叫び、ユーディットの腕の中で暴れた。
私はパニックになっていた。
しかし、どんなに暴れても、私と同じ程度の太さしかないユーディットの腕を振りほどくことはできず、赤子のようにあやされて弄ばれる。
「どうしちゃったの? アンネリーゼ、大丈夫?
……ああ、ごめんね。君のお父さんを殺しちゃったから、びっくりしちゃったんだね。
よしよし。
大丈夫だよ。怖くない怖くない。わたしがついてるよ」
あなたがいるから怖いんじゃないか。
あまりにも動じないユーディットの態度に、心の芯が冷えて、私は再び貝のように口を閉じた。
怖かった。
その、無邪気な笑顔のまま、この女は何をしでかすかわからない。
「だいぶ血で汚れちゃったね」
「い、いえ……」
「お風呂はどこかな?」
「え……」
「一緒に入ろうか。洗いっこしよう。
恥ずかしがらなくてもいいよ。これから何度も一緒にお風呂に入ることになるんだから」
どういう意味?
押し黙ったままの私を抱いて、ユーディットは人口が半分以下にまで減少したお城の中を放浪する。
その途中でユーディットは生き残りの侍女(と言っても彼女も上位悪魔なのだが)に出会い、拷問すれすれの尋問によって浴場の場所を聞き出した。
ユーディットは私を抱いたまま、浴場に向かう。
私は。
これから何が起こるのか、考えないようにしていた。
ユーディットは──
私の義理の母親であり、一歳年下の少女は、そう言って微笑んだ。
私の胸は高鳴る。
いや──
ユーディット王女は確かに美しいけれど。
まるで初雪のように白い肌、きらめく蜂蜜色の髪、薔薇の花弁のような唇、澄んだ空のような色の美しい瞳を持った、女神のような人だけど。
別に心ときめいたから胸が高鳴ったわけではない。
初雪のような肌は血に塗れ。
蜂蜜色の髪の上にはひしゃげて血塗られた魔王の冠がだらしなく斜めに乗っかり。
薔薇の花弁のような唇は狂気の笑みに歪み。
澄んだ空色の、しかし血走った目を向けられれば。
そりゃあ、恐怖に胸の一つも高鳴るだろう。
女神と言っても、戦場の上を旋回する血に飢えた死の女神に違いない。
「お姫さま、お名前は?」
「……」
「……お名前は?」
「あ、あ……」
恐怖で声が出ない。
でも、名前を言わないと、すぐに言わないと。
この狂人に何をされるかわからない。
私は何度も舌と喉を湿らせ、必死で声を振り絞る。
「ア……アンネ……リーゼ……」
「アンネリーゼ?」
鈴の音のような声が、私の言葉を復唱する。
私は何度も頷いた。
ユーディットは私の目をじっと見つめる。
怖い。怖い。怖い。
ただ年下の女に見つめられているだけなのに、こんなにも怖い。
誰か助けて。お父様。お母様。
「アンネリーゼ」
「は……はい……」
「いい名前だね。綺麗な名前だね。君にぴったりだ」
「ひ……ッ」
狂女は微笑んだまま、無造作に私に近づいてくる。
私は床を這いずって逃げようとしたが、腕も脚も恐怖に竦んでまともに動いてくれない。
辛うじてほんの少し動けても、転がった肉片や血に手足を取られて、泥濘の中を泳ぐようにほとんど進めない。
目の前に、鼻がくっつきそうな距離に、返り血を浴びた王女の美しい笑顔。
いっそ気を失えたらどんなに幸せだっただろう。
恐怖に凍り付きそうになりながらも、私の無駄に強靭な精神は、耐えてしまっていた。
「わたしの名前はユーディット」
「た、たす……たすけ……」
「ユーディット」
「ひ……ぁ……ユ、ユーディット……?」
私が復唱すると、ユーディットは満足そうな表情を見せた。
「そう。ユーディットだよ。しっかり覚えてね。長い付き合いになるんだから。
……ねえ? 可愛いアンネリーゼ?」
こいつは、何を言っているんだろう。
頭の中を真っ白にしながら、ただなす術もなく震えていると、不意に脚が地面から離れる。
抱き上げられた。
ひょいと、猫の仔か何かのように。
「お人形さんみたいだなあ。ちっちゃくて可愛い」
「う……」
うわあああああああああああああ!!!
私は叫び、ユーディットの腕の中で暴れた。
私はパニックになっていた。
しかし、どんなに暴れても、私と同じ程度の太さしかないユーディットの腕を振りほどくことはできず、赤子のようにあやされて弄ばれる。
「どうしちゃったの? アンネリーゼ、大丈夫?
……ああ、ごめんね。君のお父さんを殺しちゃったから、びっくりしちゃったんだね。
よしよし。
大丈夫だよ。怖くない怖くない。わたしがついてるよ」
あなたがいるから怖いんじゃないか。
あまりにも動じないユーディットの態度に、心の芯が冷えて、私は再び貝のように口を閉じた。
怖かった。
その、無邪気な笑顔のまま、この女は何をしでかすかわからない。
「だいぶ血で汚れちゃったね」
「い、いえ……」
「お風呂はどこかな?」
「え……」
「一緒に入ろうか。洗いっこしよう。
恥ずかしがらなくてもいいよ。これから何度も一緒にお風呂に入ることになるんだから」
どういう意味?
押し黙ったままの私を抱いて、ユーディットは人口が半分以下にまで減少したお城の中を放浪する。
その途中でユーディットは生き残りの侍女(と言っても彼女も上位悪魔なのだが)に出会い、拷問すれすれの尋問によって浴場の場所を聞き出した。
ユーディットは私を抱いたまま、浴場に向かう。
私は。
これから何が起こるのか、考えないようにしていた。
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