囚われの姫君と新米魔王

干潟

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1:囚われの姫君と悪魔の姫君

003 御影石の湯屋1

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 どうしてこうなったのか、頭が展開についていかない。

「どうしたの? アンネリーゼ?
 もしかしてお洋服を一人で脱げないのかな。可愛い。わたしが脱がしてあげるね」

 自己完結して血に塗れた手をこちらに伸ばしてくるのは、父を殺した憎い仇なのだが。
 下手に逆らったら、例え相手が素手だったとしても、ほんの数秒で縊り殺されかねないわけで。

 私は自ら服を脱がないことでせめてもの抵抗としつつ、その実、ユーディットのなすがままに服を剥ぎ取られていた。

 もどかしいくらいにゆっくりと。
 ユーディットは私の服を脱がしていく。

 私の肌を、舐め回すように見つめながら。
 時折、ほうっと熱い吐息をつき。
 逆らえないのをいいことに、過剰なくらいに私の体に触ろうとする。

 その行為が何を目的としたものなのか。
 いかに私が籠の鳥として育てられてきた世間知らずの娘でも、そのくらいは分かる。
 分かってしまった。
 分からなかったならば、いかほどに幸せだっただろうか。

 ほどなくして、私は身を守るものもなく、心もとない姿になる。
 屈辱だ。
 なぜ、私がこんな目に。
 両の手で胸を隠すのがやっとで、他のところには文字通り手が回らない。

「アンネリーゼ……なんて美しいんだろう……君は天使のようだ」

 曲がりなりにも、私は上級悪魔の端くれである。
 その私に天使のようだとは、侮辱にもほどがある。
 ……いっそただの侮辱だったならば、どんなに良かっただろう。

 ユーディットの腕が私を抱きしめる。
 鳥肌が立った。
 ぬるりと、生暖かい血の感触を素肌に感じる。
 その血のうちのいくらかは、父王のものなのだと思い至り、一瞬気が遠くなる。
 これは、どんな拷問だ。

「君はいい香りがするね」

 私の鼻には、血の匂いしか感じられない。

 ほんの少しだけ私より背の高いユーディットに抱きしめられると、私の顔は彼女の胸に、彼女の顔は私の髪に当たる。
 ユーディットは髪に鼻を埋めて匂いを嗅ぎ、繊細な手つきで髪を撫でた。
 私の自慢の黒髪が、彼女の手についた返り血で汚れていく。

 さらに悪いことは重なる。
 ユーディットの胸元には返り血がべっとりとこびりついていて、私の顔はそこに押し付けられる形になっている。
 また、他人のことは言えた義理はないが、彼女の胸は肉が薄かった。
 あまり強く抱きしめられると、骨に当たって痛いくらいだ。

 もう嫌だ。
 このままでは、私の神経が耐えられない。

 そう思った瞬間、私はユーディットの腕から解放される。

 解放されると同時に、私は深く息をついた。
 胸が圧迫されていただけでなく、緊張によっても精神が圧迫されていたためだ。

「ねえ、アンネリーゼ」

 にこやかに、彼女は私に語りかける。
 何かをねだるように。
 まるで、十年来の友人のように。

 私は、保身のために話を合わせることにする。

「……なあに? ユーディット?」
「鎖がついたままだから、脱ぎにくいんだ」
「そ、そう……それは大変よね」
「だから」

 いっそ、それが私が一人で入浴するという提案だったならば。
 逃げ出すチャンスもあっただろうし、生命の危機を伴わない身の危険も回避できただろうに。

「ねえ。君の服を脱がせてあげたみたいに、君もわたしの服を脱がせてくれないかな?
 アンネリーゼ、お願いだから」

 恥じらいに頬を染め、ユーディットはそう囁く。

 虫酸が走った。

「……うん。任せて」
「えへへ。ありがとう」

 拒んだならば、きっと私は即座に原型をとどめない肉の塊になっていただろう。
 死ぬのは、怖かった。

 私はユーディットの服を脱がせにかかる。
 指先が震えて、もどかしいくらいに作業は進まない。
 まるで。
 ちょうど、彼女が私の服を脱がせたときのような。
 図らずもそんな状況になっていた。

 ユーディットは恥ずかしそうに身をよじり、私の目から素肌を隠す。

 怒りと嫌悪感で、更に指先の動きがおぼつかなくなった。

「ユーディット……」
「ああ、この鎖が邪魔なんだね。ごめんね、気づかなくて」

 ぱきり。

 鋼鉄の手枷と鎖が、飴細工のように粉砕された。

 う……。

 私に脱がせようとした口実が、いとも容易く消滅した。
 むしろ、口ではああ言っていたけれど、本当は脱がせることが目的で、手が自由にならないというのは手段にすぎなかったのだろう。

 ユーディットは、私の眼前に、それこそ天使のような裸身を晒す。
 細くて華奢な、開きかけの蕾のような、丸みを帯び始めた成長途中の肢体。
 絵画から抜け出てきたような。天から舞い降りてきたような。美と若さが人の姿に化身したような。
 ……その両腕が血まみれなことを除けば、それは非の打ち所もなく美しい天使だった。

 それが。
 なぜ、よりにもよって私に執着するのか。
 その美貌をもってすれば、例え同性の心でも、惑わせることができただろう。
 ……相手が私でなければ。
 苦々しい気持ちが肚の底から湧いてくる。

 あの場にいたことが不運なのか。
 私は心の中で運命を呪いながら天井を仰いだ。
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