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2:暴虐の姫君と地獄の魔竜
010 選王会議2 【side:Konstanze】
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目を開く。
そこには悪魔と魔鬼の永劫の戦いが描かれた鋼鉄の扉があった。
扉の左右には、赤熱する槍を構えた、私の倍以上もの背丈の顎髭面の悪魔が一体ずつ立っていた。
彼らは王獄軍の紋章の刻まれた胴鎧を着ている。
それだけ見れば、九層地獄の宮廷へと続く門にしては、警備が薄いようにも感じる。
しかし、これは本命を隠すための偽装だ。
34体。
次元の門の周囲にみっしりと、歩哨よりも一回り大きい上級悪魔たちが、透明化した状態で息を潜めている。
彼らの武器から立ち上った熱気で、空気が息苦しい。何よりも硫黄臭くてかなわない。
用心深いことだ。
王獄の主の性格が伺える。
「魔王軍五大魔将軍筆頭コンスタンツェ。先代魔王イングベルトさまの息女、アンネリーゼさまの名代として参りました」
「ようこそいらっしゃいました。ご足労いただき、有難うございます。
申し訳ありませんが、いましばらくお待ち下さい」
歩哨が深く頭を下げる。
しばらくすると、重い機械の動く音がした。
歩哨が扉の向こう側とのテレパシーのやり取りで、防衛機構を停止させたのだろう。
全く、用心深いことだ。
せっかちが無理に開けようとしたらどうなったのやら。
歩哨が扉を開けた。私は彼らを労いながら入り口をくぐる。
無事に入城することができ、胸を撫で下ろした。
大広間の前の控えの間には、会議への参加を許可されていない悪魔たちが思い思いに時間を潰していた。
新しい魔王の派閥にすり寄ろうという悪魔貴族。
先代魔王との血縁はあるものの、決定的な後見人を欠く候補者。
半ば物見遊山の古株貴族。
この場に集まっていない貴族により送り込まれた、従者や侍女の姿をした間諜たち。
その中に見知った顔を見つけ、声をかけることにした。
「シュテフェン将軍」
「おお? コンスタンツェじゃないか」
太く短い角と血のように赤い肌をした筋骨隆々の悪魔が私の声に答える。
シュテフェンは鉄獄軍の一個師団を任されている将軍だ。
彼とは何度か共同戦線を張ったことがあった。ディスパテルさまに仕える連中のうちでは、比較的気安く話せるタイプの性格をしている。
彼は私の方を向くと眼を丸くした。
私の頭から爪先まで、確認するように何度も視線を往復させる。
しまった。侍女の服を着たままだ。
「なんだ? 魔王軍をクビにでもなったか?」
「なってません」
「そりゃあ残念だ。お前さんほどの性格の悪さなら、ぜひともうちの参謀に迎えたかったんだがなあ」
「あー、お褒めいただき恐縮ですねー」
私が諧謔で返すと、シュテフェンは大口を開けて笑う。
「シュテフェン将軍こそ、なんですか。魔王候補の後見人ってガラでもないでしょうに」
「ああ、儂はただの護衛だよ」
「……護衛対象が見当たりませんが。耄碌しましたか」
「馬鹿を言え。儂はまだ現役だ。護衛対象なら、ほら、あっちだ」
シュテフェンは親指で奥の扉を指す。
閉じた扉の前には、次元の門の間にいたのより一回り小さい(しかし見目の良い)歩哨と、帳簿とペンを手にした品のいい老悪魔の姿があった。
この老悪魔こそがアスモデウスさまの第一の従者であり、王獄の総務長官オーギュストである。
ということは、その扉の先が選王会議の行われる広間か。
「鉄獄からどなたか立候補なさるので?」
「なんだ。聞いておらんのか。耳の早いお前にしては珍しい。
魔王城との行き来が例の門を除いて封鎖されておるのは本当のようだな。
エリオット様だよ。
ほれ、エリザベッタ様と二人目の旦那との御令息の」
「ああ、なるほど」
エリザベッタさまは私の元主人だ。彼女の再婚後は縁遠くなってしまったが、息子の噂は聞いている。
鉄獄の貴族らしい、好戦的で慎重な策謀家だという話だった。
魔王位を争うライバルとしては手強いし……その、あれだ。エリザベッタさまに会うと気まずい。
「……エリザベッタさまもここに?」
「いいや。今は若君だけさ。ディスパテル様が直々にいらっしゃるそうなのでな」
「それはまた……」
厄介だなあ。
悪魔大公の出席が一人確定してしまった。想定はしていたことだが、痛いことには変わりない。
また、一人出てくればその思惑を邪魔するために五人は顔を出すのが悪魔大公という連中だ。
会議が荒れてくれそうだなあ。
私は頭の中の要注意人物の項目に、エリオットとディスパテルの名前を入れておく。
程よい対抗馬が出てくれれば、真っ先に食い合わせる対象だ。
「それで? お前さんはその格好で諜報かい? なら王獄付きの侍女の衣装を着た方がいいぜ?」
「いえ。この度はアンネリーゼさまの名代で参りました」
「ははあ。すると、アンネリーゼ様は魔王位を諦めるつもりだな」
「どうしてそうなるんです?」
「お前さんに任せるくらいなら、それこそ本物の侍女でも名代にした方がマシってもんさ。
同じコネなし地位なしだったら、色仕掛けの一つもできた方がマシだろう?」
シュテフェンは無遠慮に私の胸を指差す。
「ッザケんなよ筋肉ダルマ」
「ガハハ。意気がるんじゃねえよ俎板」
気安く話せるのはいいんだけれど、もうちょっと品が良いヒトがいいなあ。
「アンネリーゼさまは止むに止まれぬ事情があり、こちらに来られないと言うか、魔王城から出られないと言うか」
「なんだ。何があったか詳しくは知らんが、随分込み入ってそうじゃねえか。魔王が殺されただけじゃねえのかい?」
「いや、まあ」
「お前さんにしちゃ歯切れが悪ぃじゃねえか。何ぞ言いにくいことでもあるのか」
「まあ、その」
「黙っとくのも駆け引きだろうさ。しかし、何にしろ、会議じゃ突っ込まれることだぜ?
悪魔大公様がたに詰め寄られて平気ならそれでいいかも知れんがね」
「心しておきます」
「まあ、お前さんとしては会議なんぞじゃなく、プライベートで突っ込んでくれる相手が欲しかろうなあ」
「セクハラで訴えますよ糞爺」
それから少々の雑談を交えた後、シュテフェンと別れる。
やはり情報収集はしておくものだな。エリオットさまの参加が事前に分かったのは収穫だった。
ディスパテルさまたちと仲の悪いバールゼブルさま辺りが対抗馬を出しそうな気はするが──
舵取りを決めるために、もう少し判断材料が欲しいな。
「あれ? もしかして……コンスタンツェさん?」
おっと。
都合良く知り合いが声をかけてきたようだ。
私は満面の笑みで振り返る。
「これはこれは、ディートリンデさま。ご機嫌麗しゅう」
そこにいたのは、アンネリーゼさまに似た、しかしアンネリーゼさまよりも数段愛らしい顔立ちの少女。
左右で編み込んだ黒髪は上質な絹糸のよう。雪のように白い肌。照明次第で万華鏡のように色を変えるハシバミ色の瞳。
表情は年相応にあどけなく、その甘い声音は地獄の君主たちですら微笑みを返すほど。
飾り気のない緑がかった暗灰色のドレスに、茶色がかった薄灰色のショールを羽織っており、まるで人間の辺境の小貴族の娘のような装いだ。
悪魔としては破格に清楚な姿である。
彼女は魔王イングベルトさまの息女であり、アンネリーゼさまの異母妹にあたる。
御母堂が妾だったり魔鬼の出だったりとなかなか不遇だが、ねじ曲がったところもなく、健やかで優しい性格に育っているのだとか。
個人的には半悪魔・半魔鬼なのに心優しいだなんて怪しい人物以外の何ものでもないので、全力で疑ってかかっている。
しかし、今のところ反乱の兆候も策謀の匂いもしないため、彼女への諜報活動が完全に空振りしていたりして。
とりあえずのところ、アンネリーゼさま以上に後ろ楯のない人物なので、今回の会議では警戒するほどではないはずだ。
「珍しい格好をなさってますけど……コンスタンツェさんって、いつからメイドになったんです?」
「なってませんってば」
くっ、やっぱり着替えるべきだったか。
でも替えの服なんて持って来てないし、今から魔王城に戻ったらアンネリーゼさまが欠席扱いになりそうでマズい。
「ディートリンデさまこそ珍しい。こういった政治的な席は苦手だと思っておりましたが」
「ええ、正直なところ、場違いなところに来てしまったなって、困っていたところです」
「それではなぜ?」
「あの……ここに来たら、お姉さまに会えるかなと……」
ディートリンデさまは頬を染め、春の妖精のようにはにかんだ。
くっそ可愛いな。そう言うところが無茶苦茶怪しいんだよ。
ディートリンデさまとアンネリーゼさまは、他の兄弟たちと比べて仲が良い。
歳が近かったせいか。幼少時に一緒に育てられたためか。
それとも、お二人とも早くに母を亡くしたことで、相通ずる何かがあったのか。
また、お二人は異母姉妹であることを差し引いても、よく似た顔立ちをしている。
アンネリーゼさまが祖母のリースヒェンさまを陰気にしヤサグレさせたような顔立ちだとすると、ディートリンデさまはリースヒェンさまを一段と愛くるしく儚げにしたような顔立ちをしている。
ありきたりな表現をすると、ディートリンデさまが月だとすると、アンネリーゼさまは空気という感じだ。
個人的好みとしては、顔だけで選ぶとすれば、お仕えするならディートリンデさま一択だ。
しかし、世の中顔だけじゃ食ってけないんだよな。
「アンネリーゼさまは故あって魔王城を離れることができません。ですので、私が名代として罷り越しました」
「とても残念です。お姉さまはご無事なのですか?」
ユーディットの様子を思い返す。
現在のアンネリーゼさまが何をされているか、想像することは難しくないが。
……まあ、あの様子なら命に別状はあるまい。
「ご無事です。ご安心下さい、ディートリンデさま」
「それを聞いてほっとしました」
ディートリンデは心から安堵した表情で微笑む。
偽装の様子がない自然な笑顔なのに、私の陰謀センサーが作動し、彼女の企みの尻尾を探そうとし続ける。
誤作動ならいいんだけどなあ。
「それにしても、こんな重要な会議にも出席なさらないなんて、お姉さまはいったい何をしていらっしゃるんですか?」
「私の口からは申し上げることができません」
って言うか。
先代魔王を殺害した賊にアンネリーゼさまが陵辱されている隙に独断専行してますとか、言えるわけがない。
「何やら難しい事情がありそうですね。
お姉さまの用事が落ち着いたら、お城の方に伺いたいのですが、よろしいでしょうか? 久しぶりに会ってお話しがしたいのですけれど」
「アンネリーゼさまも喜ぶでしょう」
もしかすると、ユーディットがディートリンデさまのことも気に入るかもしれない。
単純計算で負担が半分になるわけで。
まあ、概ね喜ぶだろう。
ディートリンデさまがどうなるかは知らんがね。
「コンスタンツェさんも、お姉さまの名代ということで色々お忙しいことでしょう。
あまり私のお相手をさせてしまうのも、お役目に障りますね」
「いえいえ、お気になさらず」
あなたみたいな、明らかに怪しい人物の動向をチェックするのも仕事ですから。
とは流石に口にしない。
ディートリンデはお姉さまによろしくと言付けて、会議も始まらないうちに帰って行った。
まさか本当に姉に会いにきただけだったとは。
怪しい。
怪しいのに、どこが怪しいのか上手く指摘出来なくてもどかしい。
強いて言うなら、可愛くて気配りができて儚げで守ってあげたくなるところが怪しい。打算抜きにアンネリーゼさまを慕ってることや、人畜無害な振る舞いが怪しい。
この私が好感を持ってしまってることが怪しい。
危険そうに見えないのが危険。脅威を感じないところが脅威。怪しくないところが怪しい。
それって嫉妬じゃんとか言うなよ。
まあ、それはそれとして。
私は会議の開始を待ちながら、引き続き情報収集に勤しむことにしたのであった。
そこには悪魔と魔鬼の永劫の戦いが描かれた鋼鉄の扉があった。
扉の左右には、赤熱する槍を構えた、私の倍以上もの背丈の顎髭面の悪魔が一体ずつ立っていた。
彼らは王獄軍の紋章の刻まれた胴鎧を着ている。
それだけ見れば、九層地獄の宮廷へと続く門にしては、警備が薄いようにも感じる。
しかし、これは本命を隠すための偽装だ。
34体。
次元の門の周囲にみっしりと、歩哨よりも一回り大きい上級悪魔たちが、透明化した状態で息を潜めている。
彼らの武器から立ち上った熱気で、空気が息苦しい。何よりも硫黄臭くてかなわない。
用心深いことだ。
王獄の主の性格が伺える。
「魔王軍五大魔将軍筆頭コンスタンツェ。先代魔王イングベルトさまの息女、アンネリーゼさまの名代として参りました」
「ようこそいらっしゃいました。ご足労いただき、有難うございます。
申し訳ありませんが、いましばらくお待ち下さい」
歩哨が深く頭を下げる。
しばらくすると、重い機械の動く音がした。
歩哨が扉の向こう側とのテレパシーのやり取りで、防衛機構を停止させたのだろう。
全く、用心深いことだ。
せっかちが無理に開けようとしたらどうなったのやら。
歩哨が扉を開けた。私は彼らを労いながら入り口をくぐる。
無事に入城することができ、胸を撫で下ろした。
大広間の前の控えの間には、会議への参加を許可されていない悪魔たちが思い思いに時間を潰していた。
新しい魔王の派閥にすり寄ろうという悪魔貴族。
先代魔王との血縁はあるものの、決定的な後見人を欠く候補者。
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この場に集まっていない貴族により送り込まれた、従者や侍女の姿をした間諜たち。
その中に見知った顔を見つけ、声をかけることにした。
「シュテフェン将軍」
「おお? コンスタンツェじゃないか」
太く短い角と血のように赤い肌をした筋骨隆々の悪魔が私の声に答える。
シュテフェンは鉄獄軍の一個師団を任されている将軍だ。
彼とは何度か共同戦線を張ったことがあった。ディスパテルさまに仕える連中のうちでは、比較的気安く話せるタイプの性格をしている。
彼は私の方を向くと眼を丸くした。
私の頭から爪先まで、確認するように何度も視線を往復させる。
しまった。侍女の服を着たままだ。
「なんだ? 魔王軍をクビにでもなったか?」
「なってません」
「そりゃあ残念だ。お前さんほどの性格の悪さなら、ぜひともうちの参謀に迎えたかったんだがなあ」
「あー、お褒めいただき恐縮ですねー」
私が諧謔で返すと、シュテフェンは大口を開けて笑う。
「シュテフェン将軍こそ、なんですか。魔王候補の後見人ってガラでもないでしょうに」
「ああ、儂はただの護衛だよ」
「……護衛対象が見当たりませんが。耄碌しましたか」
「馬鹿を言え。儂はまだ現役だ。護衛対象なら、ほら、あっちだ」
シュテフェンは親指で奥の扉を指す。
閉じた扉の前には、次元の門の間にいたのより一回り小さい(しかし見目の良い)歩哨と、帳簿とペンを手にした品のいい老悪魔の姿があった。
この老悪魔こそがアスモデウスさまの第一の従者であり、王獄の総務長官オーギュストである。
ということは、その扉の先が選王会議の行われる広間か。
「鉄獄からどなたか立候補なさるので?」
「なんだ。聞いておらんのか。耳の早いお前にしては珍しい。
魔王城との行き来が例の門を除いて封鎖されておるのは本当のようだな。
エリオット様だよ。
ほれ、エリザベッタ様と二人目の旦那との御令息の」
「ああ、なるほど」
エリザベッタさまは私の元主人だ。彼女の再婚後は縁遠くなってしまったが、息子の噂は聞いている。
鉄獄の貴族らしい、好戦的で慎重な策謀家だという話だった。
魔王位を争うライバルとしては手強いし……その、あれだ。エリザベッタさまに会うと気まずい。
「……エリザベッタさまもここに?」
「いいや。今は若君だけさ。ディスパテル様が直々にいらっしゃるそうなのでな」
「それはまた……」
厄介だなあ。
悪魔大公の出席が一人確定してしまった。想定はしていたことだが、痛いことには変わりない。
また、一人出てくればその思惑を邪魔するために五人は顔を出すのが悪魔大公という連中だ。
会議が荒れてくれそうだなあ。
私は頭の中の要注意人物の項目に、エリオットとディスパテルの名前を入れておく。
程よい対抗馬が出てくれれば、真っ先に食い合わせる対象だ。
「それで? お前さんはその格好で諜報かい? なら王獄付きの侍女の衣装を着た方がいいぜ?」
「いえ。この度はアンネリーゼさまの名代で参りました」
「ははあ。すると、アンネリーゼ様は魔王位を諦めるつもりだな」
「どうしてそうなるんです?」
「お前さんに任せるくらいなら、それこそ本物の侍女でも名代にした方がマシってもんさ。
同じコネなし地位なしだったら、色仕掛けの一つもできた方がマシだろう?」
シュテフェンは無遠慮に私の胸を指差す。
「ッザケんなよ筋肉ダルマ」
「ガハハ。意気がるんじゃねえよ俎板」
気安く話せるのはいいんだけれど、もうちょっと品が良いヒトがいいなあ。
「アンネリーゼさまは止むに止まれぬ事情があり、こちらに来られないと言うか、魔王城から出られないと言うか」
「なんだ。何があったか詳しくは知らんが、随分込み入ってそうじゃねえか。魔王が殺されただけじゃねえのかい?」
「いや、まあ」
「お前さんにしちゃ歯切れが悪ぃじゃねえか。何ぞ言いにくいことでもあるのか」
「まあ、その」
「黙っとくのも駆け引きだろうさ。しかし、何にしろ、会議じゃ突っ込まれることだぜ?
悪魔大公様がたに詰め寄られて平気ならそれでいいかも知れんがね」
「心しておきます」
「まあ、お前さんとしては会議なんぞじゃなく、プライベートで突っ込んでくれる相手が欲しかろうなあ」
「セクハラで訴えますよ糞爺」
それから少々の雑談を交えた後、シュテフェンと別れる。
やはり情報収集はしておくものだな。エリオットさまの参加が事前に分かったのは収穫だった。
ディスパテルさまたちと仲の悪いバールゼブルさま辺りが対抗馬を出しそうな気はするが──
舵取りを決めるために、もう少し判断材料が欲しいな。
「あれ? もしかして……コンスタンツェさん?」
おっと。
都合良く知り合いが声をかけてきたようだ。
私は満面の笑みで振り返る。
「これはこれは、ディートリンデさま。ご機嫌麗しゅう」
そこにいたのは、アンネリーゼさまに似た、しかしアンネリーゼさまよりも数段愛らしい顔立ちの少女。
左右で編み込んだ黒髪は上質な絹糸のよう。雪のように白い肌。照明次第で万華鏡のように色を変えるハシバミ色の瞳。
表情は年相応にあどけなく、その甘い声音は地獄の君主たちですら微笑みを返すほど。
飾り気のない緑がかった暗灰色のドレスに、茶色がかった薄灰色のショールを羽織っており、まるで人間の辺境の小貴族の娘のような装いだ。
悪魔としては破格に清楚な姿である。
彼女は魔王イングベルトさまの息女であり、アンネリーゼさまの異母妹にあたる。
御母堂が妾だったり魔鬼の出だったりとなかなか不遇だが、ねじ曲がったところもなく、健やかで優しい性格に育っているのだとか。
個人的には半悪魔・半魔鬼なのに心優しいだなんて怪しい人物以外の何ものでもないので、全力で疑ってかかっている。
しかし、今のところ反乱の兆候も策謀の匂いもしないため、彼女への諜報活動が完全に空振りしていたりして。
とりあえずのところ、アンネリーゼさま以上に後ろ楯のない人物なので、今回の会議では警戒するほどではないはずだ。
「珍しい格好をなさってますけど……コンスタンツェさんって、いつからメイドになったんです?」
「なってませんってば」
くっ、やっぱり着替えるべきだったか。
でも替えの服なんて持って来てないし、今から魔王城に戻ったらアンネリーゼさまが欠席扱いになりそうでマズい。
「ディートリンデさまこそ珍しい。こういった政治的な席は苦手だと思っておりましたが」
「ええ、正直なところ、場違いなところに来てしまったなって、困っていたところです」
「それではなぜ?」
「あの……ここに来たら、お姉さまに会えるかなと……」
ディートリンデさまは頬を染め、春の妖精のようにはにかんだ。
くっそ可愛いな。そう言うところが無茶苦茶怪しいんだよ。
ディートリンデさまとアンネリーゼさまは、他の兄弟たちと比べて仲が良い。
歳が近かったせいか。幼少時に一緒に育てられたためか。
それとも、お二人とも早くに母を亡くしたことで、相通ずる何かがあったのか。
また、お二人は異母姉妹であることを差し引いても、よく似た顔立ちをしている。
アンネリーゼさまが祖母のリースヒェンさまを陰気にしヤサグレさせたような顔立ちだとすると、ディートリンデさまはリースヒェンさまを一段と愛くるしく儚げにしたような顔立ちをしている。
ありきたりな表現をすると、ディートリンデさまが月だとすると、アンネリーゼさまは空気という感じだ。
個人的好みとしては、顔だけで選ぶとすれば、お仕えするならディートリンデさま一択だ。
しかし、世の中顔だけじゃ食ってけないんだよな。
「アンネリーゼさまは故あって魔王城を離れることができません。ですので、私が名代として罷り越しました」
「とても残念です。お姉さまはご無事なのですか?」
ユーディットの様子を思い返す。
現在のアンネリーゼさまが何をされているか、想像することは難しくないが。
……まあ、あの様子なら命に別状はあるまい。
「ご無事です。ご安心下さい、ディートリンデさま」
「それを聞いてほっとしました」
ディートリンデは心から安堵した表情で微笑む。
偽装の様子がない自然な笑顔なのに、私の陰謀センサーが作動し、彼女の企みの尻尾を探そうとし続ける。
誤作動ならいいんだけどなあ。
「それにしても、こんな重要な会議にも出席なさらないなんて、お姉さまはいったい何をしていらっしゃるんですか?」
「私の口からは申し上げることができません」
って言うか。
先代魔王を殺害した賊にアンネリーゼさまが陵辱されている隙に独断専行してますとか、言えるわけがない。
「何やら難しい事情がありそうですね。
お姉さまの用事が落ち着いたら、お城の方に伺いたいのですが、よろしいでしょうか? 久しぶりに会ってお話しがしたいのですけれど」
「アンネリーゼさまも喜ぶでしょう」
もしかすると、ユーディットがディートリンデさまのことも気に入るかもしれない。
単純計算で負担が半分になるわけで。
まあ、概ね喜ぶだろう。
ディートリンデさまがどうなるかは知らんがね。
「コンスタンツェさんも、お姉さまの名代ということで色々お忙しいことでしょう。
あまり私のお相手をさせてしまうのも、お役目に障りますね」
「いえいえ、お気になさらず」
あなたみたいな、明らかに怪しい人物の動向をチェックするのも仕事ですから。
とは流石に口にしない。
ディートリンデはお姉さまによろしくと言付けて、会議も始まらないうちに帰って行った。
まさか本当に姉に会いにきただけだったとは。
怪しい。
怪しいのに、どこが怪しいのか上手く指摘出来なくてもどかしい。
強いて言うなら、可愛くて気配りができて儚げで守ってあげたくなるところが怪しい。打算抜きにアンネリーゼさまを慕ってることや、人畜無害な振る舞いが怪しい。
この私が好感を持ってしまってることが怪しい。
危険そうに見えないのが危険。脅威を感じないところが脅威。怪しくないところが怪しい。
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