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3:殺戮の姫君と選ばれし勇者
019 そして闇が訪れる
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「検算できました。こんな感じですか?」
「良いスピードですね。非常に筋がよろしいですよ、ディートリンデさま」
「コンスタンツェさんの教え方がいいんですよ」
「いえいえ。ディートリンデさまの丁寧で根気強い性格が作業にマッチしてるんでしょう。アンネリーゼさまの妹君でなければ、うちの部下に欲しかったくらいですよー」
「そんな……照れてしまいます……」
「この調子で次もお願いしますね。いやあ、ディートリンデさまが来てくれた御陰で、こちらの作業も捗るなあ」
「二人とも、そんなところで何してるの?」
私の言葉に、ディートリンデとコンスタンツェは振り返る。
私の顔を見て、ディートリンデはなぜか恥ずかしそうに赤面した。
彼女たちは地べたに藁を敷き、膝くらいの高さの木箱をテーブル代わりにして座っている。
木箱の上には、木皿に油を入れただけの簡素なランプ、ペンとインク壷、計算用紙として使っていたらしい犢皮紙の切れ端。
ディートリンデの横には帳面が、コンスタンツェの横には綺麗に封のされた書簡の束が山のように積んである。
「ディートリンデさまには魔王軍の運営資金に関する帳簿の検算をして頂いてたんです。私は魔王領や九層地獄に居る知人の勧誘や、現在国境に展開している部下達への命令や、先代魔王さまの寵姫たちの再婚先探しのための書状を」
「いや、それ、魔王の妹にさせることかよ」
「お姉さま、コンスタンツェさんを叱らないであげてください。お姉さまのために私も何かしたかったのです」
「ほらー。私のせいじゃないんですよー。ディートリンデさまがどうしてもって言うからー」
「黙れクズメイド。
無理しなくていいんだよ。私はディートリンデがこうやって会いに来てくれただけで嬉しいんだから」
「お姉さま……」
私はディートリンデに作業の手を止めさせ、彼女の髪を撫でた。
彼女の方が私より二つも幼いのに、気配りが利くし、しっかりしている。
だから、周囲にいる連中はついディートリンデに甘えてしまうのだ。
この子は期待されると無理してしまうタチだから、私が気をつけなきゃいけない。
姉らしいことは何もしてあげられなくてもどかしいが、せめて苦労はかけたくないものだ。
「あれ? ちっちゃいアンネリーゼがいる」
テントから顔を出したユーディットは目を丸くした。
あ。
まずい。
「初めまして、ユーディットお姉さま。アンネリーゼお姉さまの妹のディートリンデです」
「うん。よろしくー。
ディートリンデかあ。お姉ちゃんに似てかわいーねー。
……で? アンネリーゼ、なんで間に立ちはだかるの?」
両手を広げて通せんぼしている私を、ユーディットは迂回しようとする。
私はユーディットを睨みながらディートリンデを守れる位置をキープする。
「別に」
「嫉妬してるの? 可愛いなあ」
「違うし。妹を変態の手から守ろうとしているのよ」
「変態が出没してるのかー。気をつけなきゃなー」
「あなたのことよ!」
ユーディットはにっこりと笑った後、私の胸に手を当てた。
「ちょ……! ユーディット!」
「かかったな! 隙あり!」
私の胸に手を触れたのはほんの一瞬のこと。
その手の残像を残して、ユーディットは私の横をすり抜けた。
ユーディットはディートリンデの腰を持って抱え上げる。
「きゃっ!」
「わあ、やっぱりアンネリーゼよりちっちゃいねー。かわいー」
「やめろ! 私の妹を離せ!」
「そーら、たかいたかーい」
「まあ、ユーディットお姉さまったら、そんなに子供ではありませんよ」
「ユーディット! ディートリンデに酷いことをしたら絶対に許さないからね!」
「ディートリンデはいい匂いがするねー」
「うふふ。くすぐったいです」
「おい、コンスタンツェ! 何してる! 刃物か鈍器持ってこい! 早く!」
絶え間なく殴る蹴るの暴行を加えた末、私はようやくケダモノから妹を取り返す。
コンスタンツェは生暖かい目でこちらを見ていただけで、一歩も動きやがらなかった。
私の妹の一大事を何だと思っているのか。
「大丈夫? ディートリンデ、どこも痛いところはない?」
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ、お姉さま。とても優しく扱って頂きましたし」
「ユーディット!
無事だったからいいものの、うちの妹が怪我したらどうしてくれるのよ!」
「えー。わたしがアンネリーゼの妹に、それもこんなに可愛い子に、怪我なんてさせるわけないじゃん」
「あなたのことなんて信用できないわ! もう、これ以上私の妹に近寄らないで!」
「酷いなあ。わたしだってディートリンデと仲良くしたいのに。だって、君の妹だったら、わたしの妹も同然だろう?」
「まあ、嬉しいです。ユーディットお姉さま」
「その考え方がキモいんだよ! 私とあなたは他人なんだから、変なこと言わないで!」
「ディートリンデは嬉しいって言ってんじゃん」
「それはディートリンデが優しいだけよ!」
「アンネリーゼもわたしに対して優しくなってくれていいんだよ?」
「却下するわ! 今すぐ死ね!」
私がユーディットにつかみかかり、言い争っているのを、ディートリンデは微笑ましそうな表情で眺めている。
なんだろう。
何か、妹との間に致命的な行き違いがあるような気がする。
「それにしてもアンネリーゼさま……今日一日中、あれだけ仲良さそうにしてたのに、もう平常運転ですか?
もしかして、あれですか? 二人っきりだとつい甘えちゃうけど、他人の前だと恥ずかしくてきつく当たっちゃうタイプなんですか、アンネリーゼさまって?」
「まあまあ、いいじゃないですか、コンスタンツェさん。喧嘩するほど仲が良いとも言いますし」
え。ちょ。
「今日一日中……って、何の話?」
「え? イヤだなあ。それ、分かってて言ってますよね、アンネリーゼさま」
「あの、テントの中で……えっと、とっても仲が良さそうに……」
ディートリンデは顔を真っ赤にして俯く。
もしかして、聞いてたのか?
「え? いつから?」
「私は朝からずっとここで作業してましたし、ディートリンデさまは……」
「えっと……お昼過ぎから……
お姉さまたち、とっても仲が良さそうで……素敵な関係ですね」
「いやらしー声が全く止まる気配がなかったんで、そのままディートリンデさまに私のお手伝いをして頂いたという次第です」
「うわあああああ……何この羞恥プレイ……意味不明すぎる……」
「お姉さま、愛されてて羨ましいです」
「ひゅーひゅー」
「──っていうか、分かってたんなら遠ざけとけよコンスタンツェええええええ!
妹の情操教育に悪いだろ!」
「あら意外。そっちが優先なんですかー」
「涼しい顔してんじゃない! 次の給料日は覚悟しなさいよ!」
「あれー? 声聞かれるとまずかったんだ?
アンネリーゼが全然我慢せずにアンアン言ってたから、外の人に聞かせたかったのかと」
「そんなわけないでしょ! それはどこの痴女よ!!!」
私が叫びすぎて目眩がした辺りでコンスタンツェは飄々とお茶を酌みに行き、ユーディットはいつも通りの馬耳東風・のれんに腕押し・糠に釘という有様だったので。
なんやかんやのうちに、この問題はお流れになってしまう。
どいつもこいつも、他人の妹をないがしろにしやがって。いつかシメる。
「それにしても、お姉さまが元気そうで何よりです」
「うん、まあ、元気と言えば元気かなあ……」
「お父さまがあんなことになってしまって、さぞお辛いでしょうに……」
「あー」
色んなことがありすぎて、すっかり忘れていた。
いくら不仲だったとは言え、父イングベルトの死は私にとっても決して軽くはないことだったはずなのに。
一段落して改めて言われると、胸にずっしりと鉛のような重さを感じる。
だけど──
「お父さまが死んで辛いのは、ディートリンデだって一緒だろう?
私はおまえより2歳分だけお姉さんだからさ、おまえより2歳分だけ我慢できるよ」
「お姉さま……」
ディートリンデを抱き寄せると、彼女は私の胸に顔を埋めて静かに泣き始めた。
私は大変なことに巻き込まれ続けてきたから、悲しさに気づかずにやってきたけれど。
この子は、悲しいのに周りの人たちのために我慢していた子なんだ。
だから、せめて、私の前だけでは、こうして年相応の娘として泣いてくれるのが愛しかったし、少しだけ姉として誇らしかった。
「そっか……二人ともお父さんが死んじゃってるんだよね。辛かっただろう?
アンネリーゼもわたしの胸で泣いていいよ。特別にディートリンデも受け入れてあげるね」
「いや、あなたはそもそもお父さまを殺した下手人だから。
あなたの顔見てると、悲しい以前に憎くて涙が引っ込むから。
つーか、そのリアクション、他人の父親殺してることを今の今まで忘れてやがったのよね?」
「いやー。あははー。最近色んなことがあったからねー」
「他人ごとみたいに言ってるけど、その色んなことの原因はあなただからね」
私たちのやり取りに、ディートリンデは吹き出した。
ユーディットは妹の頭を撫でる。
少し心配だったが、ユーディットの手つきが優しかったので、まあ、妹を触るくらいは許してやるか。
「わたしは妹がいなかったから、どう接していいのか不慣れだけど」
「はい」
「いいお姉さんになれるように頑張るから、もし良ければ、わたしのことは二人目のお姉さんだと思って。
これからはアンネリーゼだけでなく、わたしのことも頼ってね」
「……はい」
ディートリンデは頷いて、ユーディットに微笑みかける。
ぐう。
ユーディットめ。ずるい。私も妹に頼られたい。
そんなやりとりをしている間に、コンスタンツェは紅茶の載ったお盆を持って戻ってくる。
馬鹿メイドは私たちの様子を見るなり、蔑むような表情を作り、傍目に見てもよく分かる嘲笑を浮かべて紅茶を差し出す。
「おい、コンスタンツェ。何か言いたいことがあるなら言ってみなさいよ」
「いいえー。別にー?
ただ、ちょっと、アンネリーゼさまもユーディットさまも、愚かな方ですよねー、って思っただけですー」
「いやあ。照れるなあ」
「褒めてないからな。
何で愚かだと思ったのか、愚かな私にも分かるように説明してくれないかな?
ええ? 賢いコンスタンツェ」
コンスタンツェは目を丸くした。
しばし逡巡した後、ちらりとディートリンデを見る。
うん?
「恐れながら、ディートリンデさまのことなのですが」
「はい?」
「うちの妹が、何か」
「おお怖い怖い。いえいえ、別にディートリンデさまの目の前で本人の悪口を言おうってつもりは全くありませんので、さらっと流してくださいね?」
「まどろっこしいな。前置きはいいからさっくり言ってよ」
「どう見ても、ディートリンデさまってラスボスじゃないですか。
誰が見たって分かりますよね。流石に騙され過ぎですよ。
そうやって仲良くしたり信頼したりしてると、いざ裏切られたときが辛いですよ?」
「ユーディット、4マイル(6.4km)くらい頼む」
「あいよ」
ユーディットは大きく振りかぶって投げる。
おおっと。4マイルどころか40マイルは行ったかな。
ダメメイドは夜空の星の一つになった。
※ コンスタンツェはこの後瞬間移動で帰ってきました。
「良いスピードですね。非常に筋がよろしいですよ、ディートリンデさま」
「コンスタンツェさんの教え方がいいんですよ」
「いえいえ。ディートリンデさまの丁寧で根気強い性格が作業にマッチしてるんでしょう。アンネリーゼさまの妹君でなければ、うちの部下に欲しかったくらいですよー」
「そんな……照れてしまいます……」
「この調子で次もお願いしますね。いやあ、ディートリンデさまが来てくれた御陰で、こちらの作業も捗るなあ」
「二人とも、そんなところで何してるの?」
私の言葉に、ディートリンデとコンスタンツェは振り返る。
私の顔を見て、ディートリンデはなぜか恥ずかしそうに赤面した。
彼女たちは地べたに藁を敷き、膝くらいの高さの木箱をテーブル代わりにして座っている。
木箱の上には、木皿に油を入れただけの簡素なランプ、ペンとインク壷、計算用紙として使っていたらしい犢皮紙の切れ端。
ディートリンデの横には帳面が、コンスタンツェの横には綺麗に封のされた書簡の束が山のように積んである。
「ディートリンデさまには魔王軍の運営資金に関する帳簿の検算をして頂いてたんです。私は魔王領や九層地獄に居る知人の勧誘や、現在国境に展開している部下達への命令や、先代魔王さまの寵姫たちの再婚先探しのための書状を」
「いや、それ、魔王の妹にさせることかよ」
「お姉さま、コンスタンツェさんを叱らないであげてください。お姉さまのために私も何かしたかったのです」
「ほらー。私のせいじゃないんですよー。ディートリンデさまがどうしてもって言うからー」
「黙れクズメイド。
無理しなくていいんだよ。私はディートリンデがこうやって会いに来てくれただけで嬉しいんだから」
「お姉さま……」
私はディートリンデに作業の手を止めさせ、彼女の髪を撫でた。
彼女の方が私より二つも幼いのに、気配りが利くし、しっかりしている。
だから、周囲にいる連中はついディートリンデに甘えてしまうのだ。
この子は期待されると無理してしまうタチだから、私が気をつけなきゃいけない。
姉らしいことは何もしてあげられなくてもどかしいが、せめて苦労はかけたくないものだ。
「あれ? ちっちゃいアンネリーゼがいる」
テントから顔を出したユーディットは目を丸くした。
あ。
まずい。
「初めまして、ユーディットお姉さま。アンネリーゼお姉さまの妹のディートリンデです」
「うん。よろしくー。
ディートリンデかあ。お姉ちゃんに似てかわいーねー。
……で? アンネリーゼ、なんで間に立ちはだかるの?」
両手を広げて通せんぼしている私を、ユーディットは迂回しようとする。
私はユーディットを睨みながらディートリンデを守れる位置をキープする。
「別に」
「嫉妬してるの? 可愛いなあ」
「違うし。妹を変態の手から守ろうとしているのよ」
「変態が出没してるのかー。気をつけなきゃなー」
「あなたのことよ!」
ユーディットはにっこりと笑った後、私の胸に手を当てた。
「ちょ……! ユーディット!」
「かかったな! 隙あり!」
私の胸に手を触れたのはほんの一瞬のこと。
その手の残像を残して、ユーディットは私の横をすり抜けた。
ユーディットはディートリンデの腰を持って抱え上げる。
「きゃっ!」
「わあ、やっぱりアンネリーゼよりちっちゃいねー。かわいー」
「やめろ! 私の妹を離せ!」
「そーら、たかいたかーい」
「まあ、ユーディットお姉さまったら、そんなに子供ではありませんよ」
「ユーディット! ディートリンデに酷いことをしたら絶対に許さないからね!」
「ディートリンデはいい匂いがするねー」
「うふふ。くすぐったいです」
「おい、コンスタンツェ! 何してる! 刃物か鈍器持ってこい! 早く!」
絶え間なく殴る蹴るの暴行を加えた末、私はようやくケダモノから妹を取り返す。
コンスタンツェは生暖かい目でこちらを見ていただけで、一歩も動きやがらなかった。
私の妹の一大事を何だと思っているのか。
「大丈夫? ディートリンデ、どこも痛いところはない?」
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ、お姉さま。とても優しく扱って頂きましたし」
「ユーディット!
無事だったからいいものの、うちの妹が怪我したらどうしてくれるのよ!」
「えー。わたしがアンネリーゼの妹に、それもこんなに可愛い子に、怪我なんてさせるわけないじゃん」
「あなたのことなんて信用できないわ! もう、これ以上私の妹に近寄らないで!」
「酷いなあ。わたしだってディートリンデと仲良くしたいのに。だって、君の妹だったら、わたしの妹も同然だろう?」
「まあ、嬉しいです。ユーディットお姉さま」
「その考え方がキモいんだよ! 私とあなたは他人なんだから、変なこと言わないで!」
「ディートリンデは嬉しいって言ってんじゃん」
「それはディートリンデが優しいだけよ!」
「アンネリーゼもわたしに対して優しくなってくれていいんだよ?」
「却下するわ! 今すぐ死ね!」
私がユーディットにつかみかかり、言い争っているのを、ディートリンデは微笑ましそうな表情で眺めている。
なんだろう。
何か、妹との間に致命的な行き違いがあるような気がする。
「それにしてもアンネリーゼさま……今日一日中、あれだけ仲良さそうにしてたのに、もう平常運転ですか?
もしかして、あれですか? 二人っきりだとつい甘えちゃうけど、他人の前だと恥ずかしくてきつく当たっちゃうタイプなんですか、アンネリーゼさまって?」
「まあまあ、いいじゃないですか、コンスタンツェさん。喧嘩するほど仲が良いとも言いますし」
え。ちょ。
「今日一日中……って、何の話?」
「え? イヤだなあ。それ、分かってて言ってますよね、アンネリーゼさま」
「あの、テントの中で……えっと、とっても仲が良さそうに……」
ディートリンデは顔を真っ赤にして俯く。
もしかして、聞いてたのか?
「え? いつから?」
「私は朝からずっとここで作業してましたし、ディートリンデさまは……」
「えっと……お昼過ぎから……
お姉さまたち、とっても仲が良さそうで……素敵な関係ですね」
「いやらしー声が全く止まる気配がなかったんで、そのままディートリンデさまに私のお手伝いをして頂いたという次第です」
「うわあああああ……何この羞恥プレイ……意味不明すぎる……」
「お姉さま、愛されてて羨ましいです」
「ひゅーひゅー」
「──っていうか、分かってたんなら遠ざけとけよコンスタンツェええええええ!
妹の情操教育に悪いだろ!」
「あら意外。そっちが優先なんですかー」
「涼しい顔してんじゃない! 次の給料日は覚悟しなさいよ!」
「あれー? 声聞かれるとまずかったんだ?
アンネリーゼが全然我慢せずにアンアン言ってたから、外の人に聞かせたかったのかと」
「そんなわけないでしょ! それはどこの痴女よ!!!」
私が叫びすぎて目眩がした辺りでコンスタンツェは飄々とお茶を酌みに行き、ユーディットはいつも通りの馬耳東風・のれんに腕押し・糠に釘という有様だったので。
なんやかんやのうちに、この問題はお流れになってしまう。
どいつもこいつも、他人の妹をないがしろにしやがって。いつかシメる。
「それにしても、お姉さまが元気そうで何よりです」
「うん、まあ、元気と言えば元気かなあ……」
「お父さまがあんなことになってしまって、さぞお辛いでしょうに……」
「あー」
色んなことがありすぎて、すっかり忘れていた。
いくら不仲だったとは言え、父イングベルトの死は私にとっても決して軽くはないことだったはずなのに。
一段落して改めて言われると、胸にずっしりと鉛のような重さを感じる。
だけど──
「お父さまが死んで辛いのは、ディートリンデだって一緒だろう?
私はおまえより2歳分だけお姉さんだからさ、おまえより2歳分だけ我慢できるよ」
「お姉さま……」
ディートリンデを抱き寄せると、彼女は私の胸に顔を埋めて静かに泣き始めた。
私は大変なことに巻き込まれ続けてきたから、悲しさに気づかずにやってきたけれど。
この子は、悲しいのに周りの人たちのために我慢していた子なんだ。
だから、せめて、私の前だけでは、こうして年相応の娘として泣いてくれるのが愛しかったし、少しだけ姉として誇らしかった。
「そっか……二人ともお父さんが死んじゃってるんだよね。辛かっただろう?
アンネリーゼもわたしの胸で泣いていいよ。特別にディートリンデも受け入れてあげるね」
「いや、あなたはそもそもお父さまを殺した下手人だから。
あなたの顔見てると、悲しい以前に憎くて涙が引っ込むから。
つーか、そのリアクション、他人の父親殺してることを今の今まで忘れてやがったのよね?」
「いやー。あははー。最近色んなことがあったからねー」
「他人ごとみたいに言ってるけど、その色んなことの原因はあなただからね」
私たちのやり取りに、ディートリンデは吹き出した。
ユーディットは妹の頭を撫でる。
少し心配だったが、ユーディットの手つきが優しかったので、まあ、妹を触るくらいは許してやるか。
「わたしは妹がいなかったから、どう接していいのか不慣れだけど」
「はい」
「いいお姉さんになれるように頑張るから、もし良ければ、わたしのことは二人目のお姉さんだと思って。
これからはアンネリーゼだけでなく、わたしのことも頼ってね」
「……はい」
ディートリンデは頷いて、ユーディットに微笑みかける。
ぐう。
ユーディットめ。ずるい。私も妹に頼られたい。
そんなやりとりをしている間に、コンスタンツェは紅茶の載ったお盆を持って戻ってくる。
馬鹿メイドは私たちの様子を見るなり、蔑むような表情を作り、傍目に見てもよく分かる嘲笑を浮かべて紅茶を差し出す。
「おい、コンスタンツェ。何か言いたいことがあるなら言ってみなさいよ」
「いいえー。別にー?
ただ、ちょっと、アンネリーゼさまもユーディットさまも、愚かな方ですよねー、って思っただけですー」
「いやあ。照れるなあ」
「褒めてないからな。
何で愚かだと思ったのか、愚かな私にも分かるように説明してくれないかな?
ええ? 賢いコンスタンツェ」
コンスタンツェは目を丸くした。
しばし逡巡した後、ちらりとディートリンデを見る。
うん?
「恐れながら、ディートリンデさまのことなのですが」
「はい?」
「うちの妹が、何か」
「おお怖い怖い。いえいえ、別にディートリンデさまの目の前で本人の悪口を言おうってつもりは全くありませんので、さらっと流してくださいね?」
「まどろっこしいな。前置きはいいからさっくり言ってよ」
「どう見ても、ディートリンデさまってラスボスじゃないですか。
誰が見たって分かりますよね。流石に騙され過ぎですよ。
そうやって仲良くしたり信頼したりしてると、いざ裏切られたときが辛いですよ?」
「ユーディット、4マイル(6.4km)くらい頼む」
「あいよ」
ユーディットは大きく振りかぶって投げる。
おおっと。4マイルどころか40マイルは行ったかな。
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※ コンスタンツェはこの後瞬間移動で帰ってきました。
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