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第3話 ライバル
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美絵は机に顔を付け悩んでいた。家に着き、勉強をと思いノートを開いたが手に付かない。ボーとすると浮かんでくるのは、誠の言葉。恋愛とかそういうのに疎い美絵は、全くもって気づかなかった。いったいいつから、自分に好意を持っていたのだろう。無意識に、唇に手が伸びる。あの時のキスは、この気持ちがこもったキス?
誠は決して乱暴じゃなかった。優しかった。スッキリさせる為、美絵は台所へ向かった。水でも飲もう、そう思ったのだ。台所に着くと、智瑛梨が何かを作っていた。香ばしい匂い、晩御飯の用意だろうか。美絵は食器棚から、ガラスのコップを取り出すと蛇口を捻る。何気なく、美絵は智瑛梨に声をかけた。
「智瑛梨は、知ってたのか?誠の事…」
智瑛梨が振り向く、美絵はグラスから水が溢れていることに気付いていなかった。智瑛梨は驚きを隠せない顔で急いで蛇口を捻り、水を止めた。ありえない光景だからだ、美絵がボーとしているなんて。
「好きだって気持ち?気付いてたよ」
美絵がバッと振り向く。智瑛梨は戸惑った。
「見ていれば分かるよ、誠君をさ。結構前からみたい。まぁ私が気付いたのは、小学5年生くらいだったけど」
ふと振り向くと美絵はいなかった。智瑛梨は辺りを見渡すと、ふらふらと階段を上る美絵を見つけた。あの様子だと告白されたのだろう。そう思うと、智瑛梨は小さくガッツポーズをした。
でも姉には婚約者がいる。これからどうするんだろう…。手が止まり彼女は他人事なのに、考え込んだ。
午後の商店街、両略男女が行き交うここはいつも賑わっていた。誠は何もする事無くぶらぶらと歩いていた。昨日のことが、頭から離れない。
美絵の婚約者、悔しい程カッコ良くて、紳士だった。自分の事も、軽く交わされ惨めな気分になった。美絵には気持ち伝えられたけど、勝ち目なんてあるのか?
でもここで諦めたら、11年の思いを無駄にしてしまう。それだけは絶対に嫌だった。
歩いていると、喫茶店から見た事ある人が出てきた。喫煙所で煙草を吹かす姿が、似合ってて足が止まる。里志だった。目線に気付き、声をかけてくる。
「今日は、創立記念日で休みだったな」
誠は軽く頷いた。里志はスーツ姿なので、仕事中なのだろう。
「美絵の事、好きなんだろ?」
突飛押しに聞かれ、誠はドキリとした。
「まぁ…、11年間思ってたから…」
「凄いなー、美絵一筋って奴か」
里志が関心した様な、声を出した。ある程度、煙草を吸うと灰皿に捨てた。里志が喫茶店に戻ろうと、足を運びドアに手を掛けた。
「しかし君は、その強気で美絵を困らせている。もっと彼女を労わるべきだと思うがな」
言われて誠はハッとしたが、里志につかみ掛かった。
「あっ当たり前だろ!お前がいたら誰だって焦る!」
里志は短く笑い、店に入っていった。誠はため息をつき、アスファルトを見つめた。
「あっお帰りなさい」
智瑛梨が、仕事から帰ってきた里志を出迎えた。
「お姉ちゃんなら、部屋にいますよ」
ニコニコと智瑛梨が言うと、里志は智瑛梨の肩を軽く叩いた。ありがとうという意味だろうか、里志は美絵の部屋に向かった。その後ろ姿を照れた顔をしながら、智瑛梨は見送った。
里志は、美絵の部屋のドアを3回ノックしたが返事がなかった。ゆっくりノブを回して、部屋の中を覗いたが誰もいない。不思議そうな顔をし、ドアを閉めると下に降りた。
台所に里志は顔を出した。まだ智瑛梨がご飯の支度をしている。
「あっ、そろそろ食べます?もう出来てますから。今日は煮魚に挑戦してみたんですよ」
里志の存在に気付き、智瑛梨が明るい声で言ってきた。
「いや、食べるけど…。そうじゃなくて、部屋に美絵居なかったなーって」
智瑛梨が首を傾げた。微かだか声のトーンも下がる。
「あれ?下に降りたのかなー。ここに居ないとなると、道場だね」
「なら、呼んでくる」
里志は道場に向かった。襖を開けると、木刀を持った美絵が立っていた。
「里志さん…」
里志の顔を見た瞬間、美絵の顔が少し赤み掛かった様に見えた。
「どうかした?」
里志が何気なく聞いたのに、美絵は慌てた。
「いや、あの…別に何も、無いです」
里志はその様子を見て、からかう様な笑みを浮かべた。美絵との距離を縮める。
「誠君の事でも思い出したのか?」
その言葉に美絵は珍しく、取り乱した。手から竹刀が落ち、床に転がる。顔が更に赤くなる。
「ち、ち、違います。そっそんなんじゃ…」
同様している姿からして、思い出していたのだろう。里志が美絵の両肩に手を添える。美絵はハッとして、自分の髪の毛に触れた。軽く湿っている。
「里志さんあの……、汗かいてしまったのでこれ以上近づくと…」
「別に、嫌な匂いでは無いよ。むしろ興奮する様な、魅惑の香りだ」
里志の語った言葉が、美絵の羞恥心を掻き乱し恥ずかしくなる。不意に、里志顔が近づくのを美絵は遅れて気づいた。
誠は家に着くと、台所に向かい冷蔵庫を開けるとオレンジジュースを取り出した。冷えてる事を確認するかの様に、ボトルを触ると冷蔵庫を閉める。
勉強でもしようと、自分の部屋に向かうため縁側を歩く。ふと何気なく美絵の家に目をやると、誠の動きが止まった。手からボトルが落ち、鈍い音が鳴り床に転がる。震える足が、窓に近づきかじりつく様に見つめる。
誠は窓越しに見てしまった。美絵と里志がキスしている姿を…。
次の日、誠は久しぶりに朝校門で美絵を待った。昨日の事が頭から離れない。もやもやして仕方ないのだ。
美絵が歩いて、誠の横を通り抜けた。
「何であいつとキスしたんだよ」
誠の低い声に驚き、美絵は振り向いた。足が止まる。誠は美絵を睨んでいた。
「誠…」
美絵は逃げる様に、目線を外し足を速めたが誠が腕を取った。
「何度だって言ってやる。俺はお前が好きなんだ。だから、あいつなんかと」
「かっ、からかうな」
美絵の言葉が、誠に火を付けた。腕を引っ張ると、自分の方に振り向かせ美絵の両肩を掴む。
周りがざわついた。美絵の目が恐ろしい物を見るかの様な、瞳に変わった。
「からかってるだと!笑わせるな、俺がどんな思いして11年間美絵を見てきたと思ってる!」
美絵は下を向いた。微かだが、肩が揺れている。
「分からない…っ、分かるわけないだろう…。恋なんてした事ないし、恋愛何て…どんなのか知らないんだからっ」
彼女が顔を上げた瞬間、涙が宙を舞った。誠の手が肩から離れた。美絵が口を押さえる。何かをぐっと堪え、誠の腕をすり抜けた。
「酷いよ…誠」
美絵はそう呟くと、走って校内に入って行った。誠はその場から動けなくなった。自分の気持ちが、美絵を苦しめている。
「それでも俺は…俺はっ、美絵を手離したくないんだ」
頑なに呟くと、誠も校内に入って行った。
誠は授業中ずっと上の空だった。美絵も目を合わせてくれない。これは仕方ない事だ。
「また誠突っ走っただろう」
遼太が近づいてきて問いかける。誠は肘をつき、拗ねた。
「うるせ…」
遼太は溜め息を吐く。
「女に免疫ないからこうなるんだよ。慣れる為に、誰かと付き合え」
「美絵以外の女は嫌だ」
ぶすっとした顔で、誠は語る。遼太は苦笑いをした。
「頑固な奴だな、女の子何てより取り見取り無くせに」
放課後、美絵がグランドを歩いていると妹に声を掛けられた。
「おねーちゃん!」
大きな声で叫び手を振る少女に、美絵は照れた顔で近寄った。
「一緒に帰ろ」
「別に、構わないが」
智瑛梨は嬉しそうに、美絵の腕にまとわりついた。智瑛梨の足が止まる。そこはテニスコートだった。妙に女子が群がっている。智瑛梨もその輪に入って行った。
「見て見て、カナタ君だよ」
智瑛梨が興奮した声で、指をさした。そこにはシングルで戦っている男子2人がいた。球を打つたび歓声が上がる。
目線を見ると、皆同じ方向を見ている。少し髪の毛が跳ねっ毛で、子犬みたいな目をしている。あれがカナタなのだろうか…。
カナタが突然試合を止め、女子がいる所に走ってきた。金網越しに顔を近づける。
「もしかして、鈴風美絵先輩ですか?」
女子が一斉に振り向いた。美絵は少し驚く。カナタは目を輝かせた。
「やっぱりそうですよね。嬉しいです、練習を見に来てくれるなんて」
カナタはまるで子犬が尻尾を振って、喜んでいるかのようだった。
「何で、私の事知っているんだ?」
「当たり前ですよ。剣道大会では何度も優勝していますし。美人で頭脳明晰で有名ですよ」
改めて言われて、美絵は顔を赤くした。
「カナタ、時間だぞ」
さっきまで相手してた相方が、荷物を終いながら声をかける。カナタが軽く頷いた。
「あっあの、僕毎日この時間練習してるのでまた見に来て下さい」
そう言うと、カナタは手を振り2人共更衣室に入って行った。
女の子達もぱらぱらと帰っていく。智瑛梨が美絵の前に立った。
「やっぱりお姉ちゃん凄いね。でも何か…」
声のトーンが落ち、下を向きながら歩き出す。美絵は不思議そうな顔をしながら、智瑛梨の後ろを歩いた。
「お前凄いな。あの美絵先輩に声かけれるなんて」
運動着から制服に着替えながら、カナタの友達が言う。
「だってあの時声掛けなかったらさ、一生無理だよ。チャンスを無駄にしたくないじゃん?」
カナタはずっとニヤニヤしっ放し。友達は苦笑いをした。
「まぁな。綺麗だとは思うけど、俺はパスだ。怖い感じあるし、手が届くとは思わないしな」
「だから、落としてみたいって思うんだよ。どんな手を使ってもね」
その言葉に、友達はギョッとした。カナタはいつにも増して、真剣な眼差しをしていた。
智瑛梨はルンルン気分で台所に立つ。いつにも増して、上機嫌だ。
「どうかしたのか?」
食器を出しながら、美絵が聞く。片手にフライ返しと、もう片方にはフライパンをもった智瑛梨が嬉しそうに答えた。
「だってさ、可愛いと思わない?カナタ君、毎日見ても飽きないし。母性本能くすぐられるって言うかさ~」
照れたような笑みを浮かべ、また調理に取り掛かる。
「好きなのか?その、カナタ君の事」
美絵は聞くのが可笑しいとふと思った。好奇心なのか、何で聞いたのかわからない。ただ自然と出てしまった言葉。智瑛梨は振り向かず、気にした様子も無く返してきた。
「好きだよ。あーあ、私もお姉ちゃん見たく勉強頑張っていれば、声掛けられたのかな」
憧れに満ちた声を聞き、美絵は少し考え込んだ。好きってどんな気持ちなんだか、まだ自分でもよく理解できない。何だろう、最近誠からは逃げてばかりだ。苦しくなるから居たく無いのか。これは何でそう思うのだろう。
項垂れている美絵の後ろ姿を見て、智瑛梨は悲しそうな表情を浮かべた。
「夜桜市?」
晩御飯の時間、鈴風家は皆でご飯を取っていた。里志が智瑛梨の言葉に耳を傾けた。
「そうなの。ここの近くで行われるんだけど、お昼頃から出店がでて夜には桜がライトアップされるんです」
「あら、明後日だったわよね。懐かしいわ、前はよく行ったけど最近は仕事で行けないけど」
母が懐かしむ様に語った。智瑛梨が近くに置いてあったチラシを、里志に渡した。箸を置き受け取り、目を通す。
「ちょうど休みだし…、行ってみるか?」
里志の目線が美絵の方を向いた。美絵は驚き、箸で掴んでいた煮物が茶碗の中に落ちた。
「あら、良いわね。デートじゃない」
母が浮かれた声で割って入って来た。智瑛梨は少しつまんなそうな顔をした。
夜桜市当日。誠は、家でぼぉーとしていた。街が騒がしいのは、お祭りのせいかと睨む様に外を見た。あんな所は家族やらカップルばかりで、腹がたつ。子供の頃は、色々買ってくれたから楽しくて行ってたけど今は違う。
しばらく外を睨んでいると、呼び鈴が家に響いた。こんな時間に誰だ、と思いながら階段を下りる。玄関に着きサンダルを履いてる途中、また呼び鈴が鳴った。誠はドアを開けると、ビックリした。
「やっほ、誠君」
目の前に現れたのは、美絵の友達でクラスメイト麗菜だった。麗菜は笑顔で手を振った。彼女の後ろから、謝る様な仕草を見せつつ湖太郎が顔を出した。
「堂と湖太郎…。お前ら何で…」
珍しい組み合わせに、誠は唖然とした。
「やっぱり、暇してるならお祭り行こ」
麗菜が誠の腕を引っ張る。そのまま外に出されてしまった。
仕方なく、誠は歩き出す。麗菜は先頭を歩きながら、嬉しそうにスキップしている。誠の隣に湖太郎が並んだ。
「悪いな、誠」
「珍しいな。仲良かったっけ?」
その質問に、湖太郎は苦笑いをした。
「全然、むしろ昨日始めて声掛けられたんだ。誠の家知ってるかって」
2人は前を歩く麗菜を、後ろから見た。
「可愛いと思うよ、彼女。堂さん絶対、お前の事…」
言い止まると、誠は湖太郎の顔を覗き込んだ。何も分かっていないその顔を見て、湖太郎は溜め息を吐いた。
「そうやって、1人の子しか見て来なかったからそうなるんだよ」
「何だよ、その言い方」
意味がわからず、誠は突っかかる。先頭を歩いていた麗菜が止まり、振り向いた。少々目がつり上がっている。
「何やってんのよ、二人共。会場に着いたんだから楽しまなきゃでしょ?」
麗菜の後ろには煌びやかな、灯りがちらほら見えていた。提灯の明かりが、夕暮れの町を照らす。行き交うのは、恋人やら家族や友人など…。誠はその群れに、目を逸らした。麗菜がそれに気づくと、一瞬しょげた様な顔をした。が直ぐに明るい顔を見せ、湖太郎と誠の手を取った。
「良いじゃない。私たち友達なんだから、今日はぱぁっと遊んじゃおう?」
会場に引っ張る麗菜を、2人は焦りながら見つめた。湖太郎が手を離すと、麗菜と誠が足を止めた。
「あっ俺、喉乾いたからなんか買ってくるよ。ついでに2人の分も…」
「ありがとう」
麗菜が笑顔で礼を言うと、湖太郎は屋台の方に向かって行った。
隅の方で、誠は立ち麗菜は近くのベンチに座った。
「ありがとうな」
誠が小さく呟くと、麗菜は彼の方を見た。彼女は首を振る。
「お礼、言われる様な事はしてないよ」
「気付いたから、明るく振る舞ったんだろ?」
一瞬落ち込んだ様な顔を、麗菜は見逃さなかった。誠は何となくだが、それに気づいていた。麗菜は頷いた。
「こういう所、嫌い?」
「嫌いだ。みんな幸せで、恋人やら家族で。俺は、母子家庭だし恋人だっていない。母は1人で俺を育てて、忙しかったから行けなかったし」
誠は語りながら、片手に握りこぶしを作った。何でこんな事、彼女に話しているのだろう…。
「行けたのは、小さいころで。1回だけ、楽しかったけど惨めだった」
麗菜は聞いてて、下を向き悲しそうな目を伏せた。
「ごめん、私そんな事知らなくて」
その姿を見て、罪悪感を感じたのか誠は言葉を探した。
「い、いいよ。気にしなくて、昔の事だし」
「でも、今も…」
麗菜が声を上げると、ハッとして口を閉じた。目の前にジュースを持った湖太郎が、きょとんとした顔で立っていた。麗菜は、湖太郎から2つジュースを受け取る。1つを誠に差し出した。
「昔は昔、今は今だよ」
優しく微笑み差し出すジュースを、誠はおずおずと受け取り柔らかな表情を浮かべた。
「あっそうだ。私、食べたいものあるんだ。みんなで食べよー」
重たい空気を振り払うかの様に、麗菜が明るい声を出しまたリードした。
3人が歩き出し、たい焼きの所で麗菜は止まった。誠はふと、周りを見渡すと目が止まる。胸がドクッと脈打った。遠くで、美絵と里志の姿が見えたのだ。
「悪い、俺用事思い出した」
そう言うと誠は、手に持っていたジュースを湖太郎に渡した。彼が受け取ったと同時に、物凄い速さで走って行った。湖太郎が呼び止めようとしたが、足を止める様子も無かった。
誠は息を切らしながら走る。信じられない、瞬発力で行き交う人々の隙間をぬって行く。美絵の姿が近づくと片手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。
美絵が振り向くと、勢いよく誠が腕を引っ張り走り出した。
「まっ誠、待てっ…」
美絵は声を上げたが、誠は聞く耳を持たず走り続ける。美絵は足が縺れそうになるのを、懸命に堪えながら後を追った。
美絵の腕に誠の爪が食い込み、痛みが走った。
やがて目の前に小さなお寺が見え、本堂の後ろに廻ると誠は足を止めた。遠くの方で、音楽やら人々の声が聞こえるがここは人目にはつかない。灯りも薄暗く、小さな池があるだけ。
誠が美絵を掴んでいた手を、離すと美絵は誠の頬を思いっきり叩いた。2人の間に沈黙が流れた。
「何するんだ!」
誠は叩かれた頬を押さえた。誠は悔しそうな顔をしたが、次の瞬間怒りに満ちた顔を美絵に向けた。美絵の両肩を力強く掴んだ。
「全部、美絵が悪いんだよ!」
美絵が狼狽えた。肩に食い込む指が痛く、美絵は力づくで引き離そうとした。誠の腕を掴み、離そうとしたがピクリとも動かない。
「逃げるなよ!俺だって、逃げずに立ち向かってるんだ!美絵らしくない!」
美絵は息を飲んだ。自分らしくない、確かにそう。でも今の誠は、知らない恐怖の存在に感じる。
「誠。わ、私…」
何かを言いかけた時、誠の体が美絵から勢い良く引き離された。肩の痛みが消える。
「いったっ!何するんだ!」
里志がいつの間にかを掴み、片腕を取ると背中に捻った。強く誠の体を壁に押し付ける。誠は里志を睨んだ。
「合意的なやり方じゃないな。宮島誠、頭を冷やしたらどうだ」
里志が冷ややかな目で、誠を見つめた。
美絵は不安そうな顔を上げ、2人を見る。
「無理やり追い込んで、嘘でもいいから好きだと言わせたいのか?」
きつめな口調に、誠は言葉がつっかえた。
「そっそんなんじゃない…。けど、逃げないで真剣に俺を見て欲しいだけだ」
里志は誠から離れ、美絵の腕を取った。美絵は、誠の姿を心配そうに見つめながら里志に着いて行く。
「ごめん…」
美絵の口から、小さい声が聞こえた。誠は直ぐに顔を上げたが、美絵はもう自分を見てなかった。
その言葉が何を意味しているのか、疑問に思えた。気持ちに応えられないのか、これともこの状況に?
やっぱり、里志には敵わないのか…。そう感じたが、急いで掻き消す。
誠は段々小さくなっていく2人の後ろ姿を、見えなくなるまでずっと見つめていた。
誠は決して乱暴じゃなかった。優しかった。スッキリさせる為、美絵は台所へ向かった。水でも飲もう、そう思ったのだ。台所に着くと、智瑛梨が何かを作っていた。香ばしい匂い、晩御飯の用意だろうか。美絵は食器棚から、ガラスのコップを取り出すと蛇口を捻る。何気なく、美絵は智瑛梨に声をかけた。
「智瑛梨は、知ってたのか?誠の事…」
智瑛梨が振り向く、美絵はグラスから水が溢れていることに気付いていなかった。智瑛梨は驚きを隠せない顔で急いで蛇口を捻り、水を止めた。ありえない光景だからだ、美絵がボーとしているなんて。
「好きだって気持ち?気付いてたよ」
美絵がバッと振り向く。智瑛梨は戸惑った。
「見ていれば分かるよ、誠君をさ。結構前からみたい。まぁ私が気付いたのは、小学5年生くらいだったけど」
ふと振り向くと美絵はいなかった。智瑛梨は辺りを見渡すと、ふらふらと階段を上る美絵を見つけた。あの様子だと告白されたのだろう。そう思うと、智瑛梨は小さくガッツポーズをした。
でも姉には婚約者がいる。これからどうするんだろう…。手が止まり彼女は他人事なのに、考え込んだ。
午後の商店街、両略男女が行き交うここはいつも賑わっていた。誠は何もする事無くぶらぶらと歩いていた。昨日のことが、頭から離れない。
美絵の婚約者、悔しい程カッコ良くて、紳士だった。自分の事も、軽く交わされ惨めな気分になった。美絵には気持ち伝えられたけど、勝ち目なんてあるのか?
でもここで諦めたら、11年の思いを無駄にしてしまう。それだけは絶対に嫌だった。
歩いていると、喫茶店から見た事ある人が出てきた。喫煙所で煙草を吹かす姿が、似合ってて足が止まる。里志だった。目線に気付き、声をかけてくる。
「今日は、創立記念日で休みだったな」
誠は軽く頷いた。里志はスーツ姿なので、仕事中なのだろう。
「美絵の事、好きなんだろ?」
突飛押しに聞かれ、誠はドキリとした。
「まぁ…、11年間思ってたから…」
「凄いなー、美絵一筋って奴か」
里志が関心した様な、声を出した。ある程度、煙草を吸うと灰皿に捨てた。里志が喫茶店に戻ろうと、足を運びドアに手を掛けた。
「しかし君は、その強気で美絵を困らせている。もっと彼女を労わるべきだと思うがな」
言われて誠はハッとしたが、里志につかみ掛かった。
「あっ当たり前だろ!お前がいたら誰だって焦る!」
里志は短く笑い、店に入っていった。誠はため息をつき、アスファルトを見つめた。
「あっお帰りなさい」
智瑛梨が、仕事から帰ってきた里志を出迎えた。
「お姉ちゃんなら、部屋にいますよ」
ニコニコと智瑛梨が言うと、里志は智瑛梨の肩を軽く叩いた。ありがとうという意味だろうか、里志は美絵の部屋に向かった。その後ろ姿を照れた顔をしながら、智瑛梨は見送った。
里志は、美絵の部屋のドアを3回ノックしたが返事がなかった。ゆっくりノブを回して、部屋の中を覗いたが誰もいない。不思議そうな顔をし、ドアを閉めると下に降りた。
台所に里志は顔を出した。まだ智瑛梨がご飯の支度をしている。
「あっ、そろそろ食べます?もう出来てますから。今日は煮魚に挑戦してみたんですよ」
里志の存在に気付き、智瑛梨が明るい声で言ってきた。
「いや、食べるけど…。そうじゃなくて、部屋に美絵居なかったなーって」
智瑛梨が首を傾げた。微かだか声のトーンも下がる。
「あれ?下に降りたのかなー。ここに居ないとなると、道場だね」
「なら、呼んでくる」
里志は道場に向かった。襖を開けると、木刀を持った美絵が立っていた。
「里志さん…」
里志の顔を見た瞬間、美絵の顔が少し赤み掛かった様に見えた。
「どうかした?」
里志が何気なく聞いたのに、美絵は慌てた。
「いや、あの…別に何も、無いです」
里志はその様子を見て、からかう様な笑みを浮かべた。美絵との距離を縮める。
「誠君の事でも思い出したのか?」
その言葉に美絵は珍しく、取り乱した。手から竹刀が落ち、床に転がる。顔が更に赤くなる。
「ち、ち、違います。そっそんなんじゃ…」
同様している姿からして、思い出していたのだろう。里志が美絵の両肩に手を添える。美絵はハッとして、自分の髪の毛に触れた。軽く湿っている。
「里志さんあの……、汗かいてしまったのでこれ以上近づくと…」
「別に、嫌な匂いでは無いよ。むしろ興奮する様な、魅惑の香りだ」
里志の語った言葉が、美絵の羞恥心を掻き乱し恥ずかしくなる。不意に、里志顔が近づくのを美絵は遅れて気づいた。
誠は家に着くと、台所に向かい冷蔵庫を開けるとオレンジジュースを取り出した。冷えてる事を確認するかの様に、ボトルを触ると冷蔵庫を閉める。
勉強でもしようと、自分の部屋に向かうため縁側を歩く。ふと何気なく美絵の家に目をやると、誠の動きが止まった。手からボトルが落ち、鈍い音が鳴り床に転がる。震える足が、窓に近づきかじりつく様に見つめる。
誠は窓越しに見てしまった。美絵と里志がキスしている姿を…。
次の日、誠は久しぶりに朝校門で美絵を待った。昨日の事が頭から離れない。もやもやして仕方ないのだ。
美絵が歩いて、誠の横を通り抜けた。
「何であいつとキスしたんだよ」
誠の低い声に驚き、美絵は振り向いた。足が止まる。誠は美絵を睨んでいた。
「誠…」
美絵は逃げる様に、目線を外し足を速めたが誠が腕を取った。
「何度だって言ってやる。俺はお前が好きなんだ。だから、あいつなんかと」
「かっ、からかうな」
美絵の言葉が、誠に火を付けた。腕を引っ張ると、自分の方に振り向かせ美絵の両肩を掴む。
周りがざわついた。美絵の目が恐ろしい物を見るかの様な、瞳に変わった。
「からかってるだと!笑わせるな、俺がどんな思いして11年間美絵を見てきたと思ってる!」
美絵は下を向いた。微かだが、肩が揺れている。
「分からない…っ、分かるわけないだろう…。恋なんてした事ないし、恋愛何て…どんなのか知らないんだからっ」
彼女が顔を上げた瞬間、涙が宙を舞った。誠の手が肩から離れた。美絵が口を押さえる。何かをぐっと堪え、誠の腕をすり抜けた。
「酷いよ…誠」
美絵はそう呟くと、走って校内に入って行った。誠はその場から動けなくなった。自分の気持ちが、美絵を苦しめている。
「それでも俺は…俺はっ、美絵を手離したくないんだ」
頑なに呟くと、誠も校内に入って行った。
誠は授業中ずっと上の空だった。美絵も目を合わせてくれない。これは仕方ない事だ。
「また誠突っ走っただろう」
遼太が近づいてきて問いかける。誠は肘をつき、拗ねた。
「うるせ…」
遼太は溜め息を吐く。
「女に免疫ないからこうなるんだよ。慣れる為に、誰かと付き合え」
「美絵以外の女は嫌だ」
ぶすっとした顔で、誠は語る。遼太は苦笑いをした。
「頑固な奴だな、女の子何てより取り見取り無くせに」
放課後、美絵がグランドを歩いていると妹に声を掛けられた。
「おねーちゃん!」
大きな声で叫び手を振る少女に、美絵は照れた顔で近寄った。
「一緒に帰ろ」
「別に、構わないが」
智瑛梨は嬉しそうに、美絵の腕にまとわりついた。智瑛梨の足が止まる。そこはテニスコートだった。妙に女子が群がっている。智瑛梨もその輪に入って行った。
「見て見て、カナタ君だよ」
智瑛梨が興奮した声で、指をさした。そこにはシングルで戦っている男子2人がいた。球を打つたび歓声が上がる。
目線を見ると、皆同じ方向を見ている。少し髪の毛が跳ねっ毛で、子犬みたいな目をしている。あれがカナタなのだろうか…。
カナタが突然試合を止め、女子がいる所に走ってきた。金網越しに顔を近づける。
「もしかして、鈴風美絵先輩ですか?」
女子が一斉に振り向いた。美絵は少し驚く。カナタは目を輝かせた。
「やっぱりそうですよね。嬉しいです、練習を見に来てくれるなんて」
カナタはまるで子犬が尻尾を振って、喜んでいるかのようだった。
「何で、私の事知っているんだ?」
「当たり前ですよ。剣道大会では何度も優勝していますし。美人で頭脳明晰で有名ですよ」
改めて言われて、美絵は顔を赤くした。
「カナタ、時間だぞ」
さっきまで相手してた相方が、荷物を終いながら声をかける。カナタが軽く頷いた。
「あっあの、僕毎日この時間練習してるのでまた見に来て下さい」
そう言うと、カナタは手を振り2人共更衣室に入って行った。
女の子達もぱらぱらと帰っていく。智瑛梨が美絵の前に立った。
「やっぱりお姉ちゃん凄いね。でも何か…」
声のトーンが落ち、下を向きながら歩き出す。美絵は不思議そうな顔をしながら、智瑛梨の後ろを歩いた。
「お前凄いな。あの美絵先輩に声かけれるなんて」
運動着から制服に着替えながら、カナタの友達が言う。
「だってあの時声掛けなかったらさ、一生無理だよ。チャンスを無駄にしたくないじゃん?」
カナタはずっとニヤニヤしっ放し。友達は苦笑いをした。
「まぁな。綺麗だとは思うけど、俺はパスだ。怖い感じあるし、手が届くとは思わないしな」
「だから、落としてみたいって思うんだよ。どんな手を使ってもね」
その言葉に、友達はギョッとした。カナタはいつにも増して、真剣な眼差しをしていた。
智瑛梨はルンルン気分で台所に立つ。いつにも増して、上機嫌だ。
「どうかしたのか?」
食器を出しながら、美絵が聞く。片手にフライ返しと、もう片方にはフライパンをもった智瑛梨が嬉しそうに答えた。
「だってさ、可愛いと思わない?カナタ君、毎日見ても飽きないし。母性本能くすぐられるって言うかさ~」
照れたような笑みを浮かべ、また調理に取り掛かる。
「好きなのか?その、カナタ君の事」
美絵は聞くのが可笑しいとふと思った。好奇心なのか、何で聞いたのかわからない。ただ自然と出てしまった言葉。智瑛梨は振り向かず、気にした様子も無く返してきた。
「好きだよ。あーあ、私もお姉ちゃん見たく勉強頑張っていれば、声掛けられたのかな」
憧れに満ちた声を聞き、美絵は少し考え込んだ。好きってどんな気持ちなんだか、まだ自分でもよく理解できない。何だろう、最近誠からは逃げてばかりだ。苦しくなるから居たく無いのか。これは何でそう思うのだろう。
項垂れている美絵の後ろ姿を見て、智瑛梨は悲しそうな表情を浮かべた。
「夜桜市?」
晩御飯の時間、鈴風家は皆でご飯を取っていた。里志が智瑛梨の言葉に耳を傾けた。
「そうなの。ここの近くで行われるんだけど、お昼頃から出店がでて夜には桜がライトアップされるんです」
「あら、明後日だったわよね。懐かしいわ、前はよく行ったけど最近は仕事で行けないけど」
母が懐かしむ様に語った。智瑛梨が近くに置いてあったチラシを、里志に渡した。箸を置き受け取り、目を通す。
「ちょうど休みだし…、行ってみるか?」
里志の目線が美絵の方を向いた。美絵は驚き、箸で掴んでいた煮物が茶碗の中に落ちた。
「あら、良いわね。デートじゃない」
母が浮かれた声で割って入って来た。智瑛梨は少しつまんなそうな顔をした。
夜桜市当日。誠は、家でぼぉーとしていた。街が騒がしいのは、お祭りのせいかと睨む様に外を見た。あんな所は家族やらカップルばかりで、腹がたつ。子供の頃は、色々買ってくれたから楽しくて行ってたけど今は違う。
しばらく外を睨んでいると、呼び鈴が家に響いた。こんな時間に誰だ、と思いながら階段を下りる。玄関に着きサンダルを履いてる途中、また呼び鈴が鳴った。誠はドアを開けると、ビックリした。
「やっほ、誠君」
目の前に現れたのは、美絵の友達でクラスメイト麗菜だった。麗菜は笑顔で手を振った。彼女の後ろから、謝る様な仕草を見せつつ湖太郎が顔を出した。
「堂と湖太郎…。お前ら何で…」
珍しい組み合わせに、誠は唖然とした。
「やっぱり、暇してるならお祭り行こ」
麗菜が誠の腕を引っ張る。そのまま外に出されてしまった。
仕方なく、誠は歩き出す。麗菜は先頭を歩きながら、嬉しそうにスキップしている。誠の隣に湖太郎が並んだ。
「悪いな、誠」
「珍しいな。仲良かったっけ?」
その質問に、湖太郎は苦笑いをした。
「全然、むしろ昨日始めて声掛けられたんだ。誠の家知ってるかって」
2人は前を歩く麗菜を、後ろから見た。
「可愛いと思うよ、彼女。堂さん絶対、お前の事…」
言い止まると、誠は湖太郎の顔を覗き込んだ。何も分かっていないその顔を見て、湖太郎は溜め息を吐いた。
「そうやって、1人の子しか見て来なかったからそうなるんだよ」
「何だよ、その言い方」
意味がわからず、誠は突っかかる。先頭を歩いていた麗菜が止まり、振り向いた。少々目がつり上がっている。
「何やってんのよ、二人共。会場に着いたんだから楽しまなきゃでしょ?」
麗菜の後ろには煌びやかな、灯りがちらほら見えていた。提灯の明かりが、夕暮れの町を照らす。行き交うのは、恋人やら家族や友人など…。誠はその群れに、目を逸らした。麗菜がそれに気づくと、一瞬しょげた様な顔をした。が直ぐに明るい顔を見せ、湖太郎と誠の手を取った。
「良いじゃない。私たち友達なんだから、今日はぱぁっと遊んじゃおう?」
会場に引っ張る麗菜を、2人は焦りながら見つめた。湖太郎が手を離すと、麗菜と誠が足を止めた。
「あっ俺、喉乾いたからなんか買ってくるよ。ついでに2人の分も…」
「ありがとう」
麗菜が笑顔で礼を言うと、湖太郎は屋台の方に向かって行った。
隅の方で、誠は立ち麗菜は近くのベンチに座った。
「ありがとうな」
誠が小さく呟くと、麗菜は彼の方を見た。彼女は首を振る。
「お礼、言われる様な事はしてないよ」
「気付いたから、明るく振る舞ったんだろ?」
一瞬落ち込んだ様な顔を、麗菜は見逃さなかった。誠は何となくだが、それに気づいていた。麗菜は頷いた。
「こういう所、嫌い?」
「嫌いだ。みんな幸せで、恋人やら家族で。俺は、母子家庭だし恋人だっていない。母は1人で俺を育てて、忙しかったから行けなかったし」
誠は語りながら、片手に握りこぶしを作った。何でこんな事、彼女に話しているのだろう…。
「行けたのは、小さいころで。1回だけ、楽しかったけど惨めだった」
麗菜は聞いてて、下を向き悲しそうな目を伏せた。
「ごめん、私そんな事知らなくて」
その姿を見て、罪悪感を感じたのか誠は言葉を探した。
「い、いいよ。気にしなくて、昔の事だし」
「でも、今も…」
麗菜が声を上げると、ハッとして口を閉じた。目の前にジュースを持った湖太郎が、きょとんとした顔で立っていた。麗菜は、湖太郎から2つジュースを受け取る。1つを誠に差し出した。
「昔は昔、今は今だよ」
優しく微笑み差し出すジュースを、誠はおずおずと受け取り柔らかな表情を浮かべた。
「あっそうだ。私、食べたいものあるんだ。みんなで食べよー」
重たい空気を振り払うかの様に、麗菜が明るい声を出しまたリードした。
3人が歩き出し、たい焼きの所で麗菜は止まった。誠はふと、周りを見渡すと目が止まる。胸がドクッと脈打った。遠くで、美絵と里志の姿が見えたのだ。
「悪い、俺用事思い出した」
そう言うと誠は、手に持っていたジュースを湖太郎に渡した。彼が受け取ったと同時に、物凄い速さで走って行った。湖太郎が呼び止めようとしたが、足を止める様子も無かった。
誠は息を切らしながら走る。信じられない、瞬発力で行き交う人々の隙間をぬって行く。美絵の姿が近づくと片手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。
美絵が振り向くと、勢いよく誠が腕を引っ張り走り出した。
「まっ誠、待てっ…」
美絵は声を上げたが、誠は聞く耳を持たず走り続ける。美絵は足が縺れそうになるのを、懸命に堪えながら後を追った。
美絵の腕に誠の爪が食い込み、痛みが走った。
やがて目の前に小さなお寺が見え、本堂の後ろに廻ると誠は足を止めた。遠くの方で、音楽やら人々の声が聞こえるがここは人目にはつかない。灯りも薄暗く、小さな池があるだけ。
誠が美絵を掴んでいた手を、離すと美絵は誠の頬を思いっきり叩いた。2人の間に沈黙が流れた。
「何するんだ!」
誠は叩かれた頬を押さえた。誠は悔しそうな顔をしたが、次の瞬間怒りに満ちた顔を美絵に向けた。美絵の両肩を力強く掴んだ。
「全部、美絵が悪いんだよ!」
美絵が狼狽えた。肩に食い込む指が痛く、美絵は力づくで引き離そうとした。誠の腕を掴み、離そうとしたがピクリとも動かない。
「逃げるなよ!俺だって、逃げずに立ち向かってるんだ!美絵らしくない!」
美絵は息を飲んだ。自分らしくない、確かにそう。でも今の誠は、知らない恐怖の存在に感じる。
「誠。わ、私…」
何かを言いかけた時、誠の体が美絵から勢い良く引き離された。肩の痛みが消える。
「いったっ!何するんだ!」
里志がいつの間にかを掴み、片腕を取ると背中に捻った。強く誠の体を壁に押し付ける。誠は里志を睨んだ。
「合意的なやり方じゃないな。宮島誠、頭を冷やしたらどうだ」
里志が冷ややかな目で、誠を見つめた。
美絵は不安そうな顔を上げ、2人を見る。
「無理やり追い込んで、嘘でもいいから好きだと言わせたいのか?」
きつめな口調に、誠は言葉がつっかえた。
「そっそんなんじゃない…。けど、逃げないで真剣に俺を見て欲しいだけだ」
里志は誠から離れ、美絵の腕を取った。美絵は、誠の姿を心配そうに見つめながら里志に着いて行く。
「ごめん…」
美絵の口から、小さい声が聞こえた。誠は直ぐに顔を上げたが、美絵はもう自分を見てなかった。
その言葉が何を意味しているのか、疑問に思えた。気持ちに応えられないのか、これともこの状況に?
やっぱり、里志には敵わないのか…。そう感じたが、急いで掻き消す。
誠は段々小さくなっていく2人の後ろ姿を、見えなくなるまでずっと見つめていた。
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