パラダイス・オブ・メランコリック

杙式

文字の大きさ
3 / 30
一 違法薬物取締部特殊班

しおりを挟む
「おい、きみ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ。しかも犬なんてビル内に連れこんだら駄目だろ」

 スーツを着た若い男性職員に、肩をつかまれ大守十和おおかみとわは振り返る。
 スーツ姿の大人が行きかう庁舎内で、パーカーにジーンズというラフな格好の十和は明らかに浮いていた。
 しかも犬を引き連れているのだ。
 男の目に留まったのも仕方がなかった。

 だが、肩をつかんだ男性の横にいた別の中年の男性が、十和と横にいた黒一色の衣服に身を包む目つきの鋭い女――間宵慧まよいけいの顔を見てぎょっとした表情を浮かべる。

「やめろ。そいつは違う。特殊班のやつだ」

「えっ!? じゃあ、もしかしてこいつらは」

「ああ触媒カタリストだ。その犬も多分アイテールだよ」

中毒者ジャンキーか……!」

 その言葉を聞きつけた慧がさっと顔色を変えた。
 十和の肩をつかんでいた男性の胸ぐらをつかみ、壁に叩きつける。

「おい、言葉に気をつけろ。わたしたちは中毒者ジャンキーなんかじゃない。あんたらと同じ取締官だよ」

 首を絞められながらも、男性は言い返す。

「な、なにが同じだ。上の思いつきでできた、所詮実験的なイロモノ班だろう。すぐ解散がオチだ。しかも中毒者を捕まえるために、自分に違法薬物ミセリコルディアを用いるなんて、ジャンキーとなにが違うっていうんだ……!」

「あん? なんだと……!」

 目のすわった慧の手のなかに、巨大な金色の諸刃もろははさみが出現する。
 慧のアイテールだ。
 だがいまにも振り下ろされようとした刃は、空中で固定される。
 鋏にいばらが絡みついていた。
 振り返って邪魔者を怒鳴りつけようとした慧だったが、背後にいた人物の顔を見て舌打ちするにとどめる。

 そこにいたのは、ダークスーツを着た長身で細身の短髪の男だ。
 眉間のしわが深く、神経質でいかめしい顔をしている。

「職員同士で騒ぎを起こすとは、感心しないが」

くぬぎ局長、申し訳ないことであります!」

 スーツ姿の男たちは恐れ入って姿勢を正す。
 釘でも打てそうな直立不動だ。

「それに彼らはイロモノ班ではない。ここ一、二ヶ月の検挙率は特殊班が一位、二位を独占している」

「ですが、それは……」

「検挙率があがるというなら言い分を聞いてもいいが?」

「い、いえ……」

「ならばさっさと行け。そして、はげめ」 

「は、はい!」

 男たちは逃げだすように去っていく。
 怒りのおさまらないけいはその背なかをにらみつけて、再び舌打ちをする。

「いい加減離せ、リリー。この不愉快な茨をぶった切るぞ」

 リリーと名前を呼ばれたお人形のような容姿の派手な格好をした女が、椚光英くぬぎみつひでの背後から姿を現す。
 リリーはパステルカラーのロリータ・ファッションに身を包み、パステルレインボーカラーに染めた髪にチリチリのパーマをかけて、ツインテールに結んでいる。
 茨はそのツインテールに飾られた同じくパステルレインボーカラーの薔薇から伸びていた。
 その茨がリリーのアイテールだ。
 リリーはフンと鼻を鳴らして茨を回収する。
 リリーも違法薬物取締部特殊班の一員だった。

「相変わらず野蛮人ね、慧。あなたの気性の激しさは有名よ。だれにでも喧嘩をふっかけて、おかげでうちの班の評判は最悪よ」

「リリー、おまえのその目の痛くなる仮装が評判を落とす一端を担ってるって自覚はないのか?」

「あら? 評判を落としているのは、あなたたちのそのダサくて垢抜けない服装のほうじゃなくて? 慧なんていつも全身真っ黒だし、十和にいたってはラフすぎてもはや寝間着じゃない。ルウもそう思うでしょ」

 声をかけられたルウはリリーの相棒で、リリーが選んだ黒と赤のチェック柄のスーツを着た、少年のようにあどけない顔をした二十歳の青年だ。
 棒付きキャンディーをめながらルウが言う。

「それに十和、止めない。悪い」

 極度の甘党でいつも菓子を口にしているルウは、あまりしゃべらない。
 なにか話したと思っても片言のような単語の連なりを口にするのみだ。

「ほんとねー。慧のことだから、放っておけば殺しかねないのに。相棒なんだからちゃんと止めなさいよ、十和」

 話が振られた十和はにこにこと答える。

「結果、死んだとしてもきっとそれがそのひとの運命だったんだ。だから、仕方ないよ」

「これだもの」

 リリーはあきれて肩をすくめた。

「ところで、光英はなんでここにいるの?」

 十和が局長である椚を呼び捨てにする。
 他の違法薬物取締官が聞いたら、目をくような場面だ。
 だが、イロモノと言われる特殊班の面々はだれも慌てるようすがない。

 椚自身も気にしたようすはなく、バリトンのよく通る声で答えた。

「奥へ行こう。鹿妻かづまも含めて話をしたい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...