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遅咲き美央の恋愛の行方は
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美央がいち推ししたラーメン屋さんが五つ星なら、広田社長も五つ星、いや、七つ星をあげてもいいほどだった。貧血で倒れたはずの美央が、とびっきりの元気をとり戻したのはいうまでもないだろう。ユーモアがあって、思いやりがあって、見た目的にもかっこよくて、とにかく一緒にいて楽しい。それが広田社長だったのである。まさに恋の予感とでもいったらいいのか、こんな素敵な出会いのきっかけをつくってくれた日奈子社長には感謝しかなかった。
美央の睡眠時間はおそらく二時間とか三時間とか、超がつくほどの寝不足で、いつ倒れてもおかしくない状態だったが、よれよれの身体に鞭を打った甲斐はあったのかもしれない。なんといっても広田という王子様に巡り会えた。それだけで美央の体内には女性ホルモンに満ちあふれ、超絶幸せな気分に浸ることができたのである。
広田の年齢は三十四歳。パッと見、奥さんやお子さんはいるんだろうなと思いきや、じつはまだ独身だった。本人いわく、「仕事バカなんでしょうね」なんて笑っていたが、「だったら私と同じだわ」と思い、今すぐにでも広田の胸に飛び込んでいきたい気分であった。
そんな出会いをきっかけに、美央は広田という貴公子に惹かれていった。おてんば市と富久島市の間は、距離にして百キロ近く離れていたが、今や恋もリモートの時代。もちろん恋仲といえるような関係ではなかったが、美央は結構マメに連絡を入れて、広田とのつながりを深めようと恋心を燃やしていたのだ。
さりげなく。
しつこくないように。
すっと溶け込むような感じで。
せっかちにだけはならず。
そーっと近づいてく。
そんな美央の「さ・し・す・せ・そ」作戦が功を奏したのか、出張で山方(やまがた)までやってきたという広田が、「美央さん、ちょっとだけ会えませんか。ホテルニューおてんばの最上階でワインでも飲みましょう」という連絡をくれたのは、蔵王連峰の緑が一番輝いて見える六月のことであった。
おやまぁ。プリンス広田と再会できるなんて‥‥という一心で、昼過ぎには会社に早退を申し出て、珍しく美容院へ行き、ちょっとだけ髪型をチェンジしつつ、精一杯のおしゃれ(珍しくミニスカートである!)で現れた美央の姿に、広田は「おおっ」という感嘆の声をあげた。
「いや、美しいですね」という広田の絶賛に、「あ、いや、それほどでも」なんて照れまくる美央。「いや、そんなはずはないでしょ。この時期のおてんば市の緑は最高だ!」なんて、眼下に広がるおてんば市の緑をほめたたえている広田に、美央は「なーんだ」と思ったが、そこは全方位気配り型の広田のこと、「ところで美央さんは髪型を変えたんですね。ミニスカートも似合います」といい、美央の元気を十倍も二十倍も引き出してくれたのである。
おてんば市街を一望できる席につくと、美央の心拍数は一気に高まった。血圧だって、もしかすると百四十を超えていたかもしれない(たぶん)。広田と出会って三か月あまり。かなりの確率で今夜あたり広田からのプロポーズを受けることになるのかもなんて、一方通行の妄想だけがひとり歩きを始めていたのであった。
美央のカン(勘)ピュータによると、プロポーズを受ける確率は七十二・八パーセント。広田による愛の告白で、自分の人生は大きくジャンプアップしていくことだろう。美央の心の中にあるスクリーンには、純白のウエディングドレスに身を包み、バージンロードを進む自分の姿が大写しになっていたのである。
人のいい広田のことだから、きっと緊張して「け、け、け」なんてどもりながらも、最後は「結婚してください」と告げることだろう。それに対して、一瞬はにかみながら、自分はこう答えるのだ。
「はい、喜んで」。
ああ、結婚。けっこん。ケッコン。ついに自分の苗字も変わるわけかぁ。広田美央。なんちゃって、そんなフルネームを唱えながら、広田からの求愛を待っていると、「今日は美央さんのことを口説きにやってきました」といい、広田が熱い視線を向けてきた。あっ、きたきた――と思いながら、ちょっとだけ緊張した表情を浮かべる美央に対して、広田が続けた。
「美央さんはAIについてどう思いますか。できれば熱い想いを聞かせてほしいんですよね」という広田のひとことに、美央はグラッとなった。
愛のことをAIだなんていって。きっと照れているんだわ。AI=アイ(愛)か。うふふ。かわいいったら、ありゃしない。
「愛ですか。愛だなんていわれても、さすがに照れます」といい、頬を赤らめる美央に対し、広田はきょとんとした表情を浮かべ、「いや“あい”じゃなくて、“エーアイ”ですけど」といって苦笑いを浮かべるのであった。
なぬ。おいおい、やめろやめろやめろ。冗談だろ。まさかその名の通りエーアイだなんて、くそおもしろくも何ともねえぞ。
「今、話題の生成AIを編集の世界でもうまくとり入れていきたいんですよ。これはもうわが社だけの問題じゃないので、できれば日奈子社長のおてんば企画ともコラボレーションをしたいなんていう提案をさせてもらっていました。できれば一緒にプロジェクトを進めていきましょう。おてんば企画の編集部長である美央さんとタッグが組めるんだったら、そりゃもう百人力です。
じつは今日、山方大学工学部のAI博士と呼ばれる〇〇先生にお会いし、地方の出版界にえけるAIの活用方法について、いろいろアドバイスをいただいてきまして、○○先生によると、〇△〇□✕〇△✕〇〇□✕△・・・・・・・・・・・・・」。
夕闇に包まれたおてんば市の街並みを見下ろしながら、一気にまくしたてられる広田のAI節。AIが支える編集の未来形について、それはそれは熱く語る広田であったが、美央にしてみれば、エーアイなんていうものはどうでもよかったのである。
あいよ、あい。今の美央としては、とにもかくにも広田の愛がほしかったのだ。
美央の睡眠時間はおそらく二時間とか三時間とか、超がつくほどの寝不足で、いつ倒れてもおかしくない状態だったが、よれよれの身体に鞭を打った甲斐はあったのかもしれない。なんといっても広田という王子様に巡り会えた。それだけで美央の体内には女性ホルモンに満ちあふれ、超絶幸せな気分に浸ることができたのである。
広田の年齢は三十四歳。パッと見、奥さんやお子さんはいるんだろうなと思いきや、じつはまだ独身だった。本人いわく、「仕事バカなんでしょうね」なんて笑っていたが、「だったら私と同じだわ」と思い、今すぐにでも広田の胸に飛び込んでいきたい気分であった。
そんな出会いをきっかけに、美央は広田という貴公子に惹かれていった。おてんば市と富久島市の間は、距離にして百キロ近く離れていたが、今や恋もリモートの時代。もちろん恋仲といえるような関係ではなかったが、美央は結構マメに連絡を入れて、広田とのつながりを深めようと恋心を燃やしていたのだ。
さりげなく。
しつこくないように。
すっと溶け込むような感じで。
せっかちにだけはならず。
そーっと近づいてく。
そんな美央の「さ・し・す・せ・そ」作戦が功を奏したのか、出張で山方(やまがた)までやってきたという広田が、「美央さん、ちょっとだけ会えませんか。ホテルニューおてんばの最上階でワインでも飲みましょう」という連絡をくれたのは、蔵王連峰の緑が一番輝いて見える六月のことであった。
おやまぁ。プリンス広田と再会できるなんて‥‥という一心で、昼過ぎには会社に早退を申し出て、珍しく美容院へ行き、ちょっとだけ髪型をチェンジしつつ、精一杯のおしゃれ(珍しくミニスカートである!)で現れた美央の姿に、広田は「おおっ」という感嘆の声をあげた。
「いや、美しいですね」という広田の絶賛に、「あ、いや、それほどでも」なんて照れまくる美央。「いや、そんなはずはないでしょ。この時期のおてんば市の緑は最高だ!」なんて、眼下に広がるおてんば市の緑をほめたたえている広田に、美央は「なーんだ」と思ったが、そこは全方位気配り型の広田のこと、「ところで美央さんは髪型を変えたんですね。ミニスカートも似合います」といい、美央の元気を十倍も二十倍も引き出してくれたのである。
おてんば市街を一望できる席につくと、美央の心拍数は一気に高まった。血圧だって、もしかすると百四十を超えていたかもしれない(たぶん)。広田と出会って三か月あまり。かなりの確率で今夜あたり広田からのプロポーズを受けることになるのかもなんて、一方通行の妄想だけがひとり歩きを始めていたのであった。
美央のカン(勘)ピュータによると、プロポーズを受ける確率は七十二・八パーセント。広田による愛の告白で、自分の人生は大きくジャンプアップしていくことだろう。美央の心の中にあるスクリーンには、純白のウエディングドレスに身を包み、バージンロードを進む自分の姿が大写しになっていたのである。
人のいい広田のことだから、きっと緊張して「け、け、け」なんてどもりながらも、最後は「結婚してください」と告げることだろう。それに対して、一瞬はにかみながら、自分はこう答えるのだ。
「はい、喜んで」。
ああ、結婚。けっこん。ケッコン。ついに自分の苗字も変わるわけかぁ。広田美央。なんちゃって、そんなフルネームを唱えながら、広田からの求愛を待っていると、「今日は美央さんのことを口説きにやってきました」といい、広田が熱い視線を向けてきた。あっ、きたきた――と思いながら、ちょっとだけ緊張した表情を浮かべる美央に対して、広田が続けた。
「美央さんはAIについてどう思いますか。できれば熱い想いを聞かせてほしいんですよね」という広田のひとことに、美央はグラッとなった。
愛のことをAIだなんていって。きっと照れているんだわ。AI=アイ(愛)か。うふふ。かわいいったら、ありゃしない。
「愛ですか。愛だなんていわれても、さすがに照れます」といい、頬を赤らめる美央に対し、広田はきょとんとした表情を浮かべ、「いや“あい”じゃなくて、“エーアイ”ですけど」といって苦笑いを浮かべるのであった。
なぬ。おいおい、やめろやめろやめろ。冗談だろ。まさかその名の通りエーアイだなんて、くそおもしろくも何ともねえぞ。
「今、話題の生成AIを編集の世界でもうまくとり入れていきたいんですよ。これはもうわが社だけの問題じゃないので、できれば日奈子社長のおてんば企画ともコラボレーションをしたいなんていう提案をさせてもらっていました。できれば一緒にプロジェクトを進めていきましょう。おてんば企画の編集部長である美央さんとタッグが組めるんだったら、そりゃもう百人力です。
じつは今日、山方大学工学部のAI博士と呼ばれる〇〇先生にお会いし、地方の出版界にえけるAIの活用方法について、いろいろアドバイスをいただいてきまして、○○先生によると、〇△〇□✕〇△✕〇〇□✕△・・・・・・・・・・・・・」。
夕闇に包まれたおてんば市の街並みを見下ろしながら、一気にまくしたてられる広田のAI節。AIが支える編集の未来形について、それはそれは熱く語る広田であったが、美央にしてみれば、エーアイなんていうものはどうでもよかったのである。
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