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【短編】だから私は、旅に出た
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強くならねばと思った。誰か他人を守れるぐらいに強くならねばと思った。
私は武士の家系に生まれた。この江戸の世でもやはり武士の子は武士で、私も小さい頃は木刀を握らされては素振りをさせられていた。しかし、私は全く刀の腕前が上達しなかった。それにしびれを切らした父と母は私を道場へと通わせた。私はそこでまた厳しく指導された。特にそこの師範はとても厳しい人だった。「頑張れ」「自分に打ち勝て」とだけならまだよかったが私が道場に来て2年目になるとあるとき「才能がない」と私に面と向かって言った。その時のことはよく覚えていない。
ある日、私は道場の時間に遅刻した。急いで道場へ向かうと、その中では私以外の生徒や師範がばたばたと倒れていた。
私は師範に駆け寄った。
「大丈夫ですか!!師範、大丈夫ですか!!」
すると師範は顔をゆっくりと起こし、こう言った。
「なんだ…お前か、遅かったな。いや、お前がいたところでか」
私はその言葉を無視した。
「何があったんですか」
「…ぼろい頭巾を着た男が道場にいきなり上がり込んできた。そいつは持っていた木刀で無防備な生徒や私をコテンパンにした後、この道場に代々伝わる刀を奪っていきやがった。」
師範は少しづつ体を起こしながら言った。
いつもその刀が飾られていた刀置き台を見ると、確かに刀はなかった。
私はいてもたってもいられなくなった。
「師範、私がその刀を取り返してきます!」
私はそう言って道場を飛び出した。
道場を出ていく直前、
「雑魚に何ができる」
と誰かが言ったのを私は聞き流した。
外に出てみて、町の中を探した。もちろん聞き込みもした。不思議なことに刀を携えたぼろい頭巾の男を見たという人は1人もいなかった。
私は近くの浜辺で少し休むことにした。ここは私のお気に入りの場所だ。道場での稽古が嫌になったときは予期ここに来る。するとなんとなく落ち着くのだ。波の打つ音がとても心地いい。
「なんで自分から取り返すなんて言ったんだろーねー」
私は大きな独り言を言った。ここには私以外誰もいないしこれでいいのだ。ただそれでも周りは気になるので、私はあたりを見回した。
すると、そこにはぼろい頭巾を着て刀を携えている男の姿があった。男は私と同じように浜辺にたたずみ、海を黙って見ていた。
私はとっさに刀を抜いて男に向けた。本能的にその男は自分にとって危険な気がしたから。男も当然刀を抜いた。向き合うと静寂の時間が続き、波の打つ音でそれが終わった。
私は男に斬りかかった。初めての真剣での対人戦に私の心は踊っていた。これまでの鬱憤を晴らすかのように。
そして互いに手数をほどほどに打ち合って私はあることに気が付いた。男の動きが鈍くなってきているのだ。道場の面々と戦った時の疲労が残っているのだろうと感じた。だがそんなことよりも私は自分が他人相手にここまで戦えるという事実に酔っていた。
そしてついに頭巾の男は体力の限界を迎えた。
私はここぞとばかりに頭を狙ったが、男が膝をついたことでその一撃は避けられてしまった。そしてその時男の頭巾がひらりとめくれた。だがそんなことは気にせず、私は次の一撃で男の首を斬り落とそうとした。
私は刀を振り上げるとこの男の最期の表情を拝んでやろうと思い男の顔を見た。
そこで男の顔を見て頭が真っ白になった。
頭巾の男の正体は私だった。
その頭巾の男は泣いていた。
ふと私の頭にこれまでの出来事がフラッシュバックした。
『頑張れ』 「もう頑張ってる」
『自分に打ち勝て』「勝つのが自分なら負けるのも自分だ」
『才能がない』 「そんなことはわかっている」
私は刀を振り下ろすのをやめた。気が付けば私も涙を流していた。
そんな私を見た通りすがりの老人がこう言った。
「ほお、1人で素振りの鍛錬か。感心感心」
気が付くと頭巾の男は消えており、私は道場に伝わる例の刀を握っていた。
目の前には子供のころに素振りの練習で使ったあの木刀が砂浜に刺さっていた。
私は道場に戻り刀を返すと、師範にこう言った
「今日限りでこの道場やめます」
すると師範はこう言った
「勝手にやめろ」
私は一礼して道場を後にし、街を歩いた。
苦しかった。私は苦しかった。自分が置かれた環境が自分に合ってないことが苦しかった。必死に環境に合わせようとした。自分に向けられる心無い言葉を自分なりに受け止めて適応しようとした。けれども無理だった。苦しんでいる自分を完全に無視することは私にはできなかった。いつの間にか苦しさが心を濁していた。心が濁っていった末にとうとう私の心は決壊していた。だから私の目の前に苦しんでいる自分が現れた。道場の人間をコテンパンにして。
いま、私はレールの上を外れた。親が用意してくれたものもいわゆる普通というものも手放して。
けれども私にはいまがとても心地よく感じる。やっと自分の道を切り開けたような、やっと自分の思うように生きる道への第一歩を踏み出せたような気がして。私は自分が心地よく生きる環境が欲しかったのだ。
だから私は、旅に出た
私は武士の家系に生まれた。この江戸の世でもやはり武士の子は武士で、私も小さい頃は木刀を握らされては素振りをさせられていた。しかし、私は全く刀の腕前が上達しなかった。それにしびれを切らした父と母は私を道場へと通わせた。私はそこでまた厳しく指導された。特にそこの師範はとても厳しい人だった。「頑張れ」「自分に打ち勝て」とだけならまだよかったが私が道場に来て2年目になるとあるとき「才能がない」と私に面と向かって言った。その時のことはよく覚えていない。
ある日、私は道場の時間に遅刻した。急いで道場へ向かうと、その中では私以外の生徒や師範がばたばたと倒れていた。
私は師範に駆け寄った。
「大丈夫ですか!!師範、大丈夫ですか!!」
すると師範は顔をゆっくりと起こし、こう言った。
「なんだ…お前か、遅かったな。いや、お前がいたところでか」
私はその言葉を無視した。
「何があったんですか」
「…ぼろい頭巾を着た男が道場にいきなり上がり込んできた。そいつは持っていた木刀で無防備な生徒や私をコテンパンにした後、この道場に代々伝わる刀を奪っていきやがった。」
師範は少しづつ体を起こしながら言った。
いつもその刀が飾られていた刀置き台を見ると、確かに刀はなかった。
私はいてもたってもいられなくなった。
「師範、私がその刀を取り返してきます!」
私はそう言って道場を飛び出した。
道場を出ていく直前、
「雑魚に何ができる」
と誰かが言ったのを私は聞き流した。
外に出てみて、町の中を探した。もちろん聞き込みもした。不思議なことに刀を携えたぼろい頭巾の男を見たという人は1人もいなかった。
私は近くの浜辺で少し休むことにした。ここは私のお気に入りの場所だ。道場での稽古が嫌になったときは予期ここに来る。するとなんとなく落ち着くのだ。波の打つ音がとても心地いい。
「なんで自分から取り返すなんて言ったんだろーねー」
私は大きな独り言を言った。ここには私以外誰もいないしこれでいいのだ。ただそれでも周りは気になるので、私はあたりを見回した。
すると、そこにはぼろい頭巾を着て刀を携えている男の姿があった。男は私と同じように浜辺にたたずみ、海を黙って見ていた。
私はとっさに刀を抜いて男に向けた。本能的にその男は自分にとって危険な気がしたから。男も当然刀を抜いた。向き合うと静寂の時間が続き、波の打つ音でそれが終わった。
私は男に斬りかかった。初めての真剣での対人戦に私の心は踊っていた。これまでの鬱憤を晴らすかのように。
そして互いに手数をほどほどに打ち合って私はあることに気が付いた。男の動きが鈍くなってきているのだ。道場の面々と戦った時の疲労が残っているのだろうと感じた。だがそんなことよりも私は自分が他人相手にここまで戦えるという事実に酔っていた。
そしてついに頭巾の男は体力の限界を迎えた。
私はここぞとばかりに頭を狙ったが、男が膝をついたことでその一撃は避けられてしまった。そしてその時男の頭巾がひらりとめくれた。だがそんなことは気にせず、私は次の一撃で男の首を斬り落とそうとした。
私は刀を振り上げるとこの男の最期の表情を拝んでやろうと思い男の顔を見た。
そこで男の顔を見て頭が真っ白になった。
頭巾の男の正体は私だった。
その頭巾の男は泣いていた。
ふと私の頭にこれまでの出来事がフラッシュバックした。
『頑張れ』 「もう頑張ってる」
『自分に打ち勝て』「勝つのが自分なら負けるのも自分だ」
『才能がない』 「そんなことはわかっている」
私は刀を振り下ろすのをやめた。気が付けば私も涙を流していた。
そんな私を見た通りすがりの老人がこう言った。
「ほお、1人で素振りの鍛錬か。感心感心」
気が付くと頭巾の男は消えており、私は道場に伝わる例の刀を握っていた。
目の前には子供のころに素振りの練習で使ったあの木刀が砂浜に刺さっていた。
私は道場に戻り刀を返すと、師範にこう言った
「今日限りでこの道場やめます」
すると師範はこう言った
「勝手にやめろ」
私は一礼して道場を後にし、街を歩いた。
苦しかった。私は苦しかった。自分が置かれた環境が自分に合ってないことが苦しかった。必死に環境に合わせようとした。自分に向けられる心無い言葉を自分なりに受け止めて適応しようとした。けれども無理だった。苦しんでいる自分を完全に無視することは私にはできなかった。いつの間にか苦しさが心を濁していた。心が濁っていった末にとうとう私の心は決壊していた。だから私の目の前に苦しんでいる自分が現れた。道場の人間をコテンパンにして。
いま、私はレールの上を外れた。親が用意してくれたものもいわゆる普通というものも手放して。
けれども私にはいまがとても心地よく感じる。やっと自分の道を切り開けたような、やっと自分の思うように生きる道への第一歩を踏み出せたような気がして。私は自分が心地よく生きる環境が欲しかったのだ。
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