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第一章
死闘の始まり
しおりを挟む獣人の集団はお互いを背に二つに分かれ、一つがホワイトファングと、もう一つが俺たちと対峙するように陣形を組んだ。2人のリーダーらしき獣人がお互いに声を出し合っていた。ホワイトファングは大きな牙をむき出しにし、前かがみになって威嚇している。わずかな間、緊迫感溢れる沈黙が流れ、すぐにホワイトファングが取り囲んでいる獣人に飛び込んでいった。
それと同時に俺たちと対峙している獣人たちも一斉にかかってきた。およそ10人弱。俺たちとほぼ同じ数だ。俺と俺の両隣りにいるバランさんとトニーは倒れている木を背にし、三人で一つの塊を形成していた。俺たちの左側にはボルンさんを先頭に領民兵が、右側にはハンメル団長とサリバンを含む二人の騎士がそれぞれ陣形をつくっている。
俺たちに向かって3人の獣人が切りかかってきた。全員が二刀流だ。お互いの間合いに入る寸前に中央の獣人が高く飛び上がった。空中にいる獣人を誰が対処するのかを一瞬迷ったため、獣人たちに先を取られ初撃を防戦一方で受ける形になってしまった。
空中から飛び掛かってくる獣人は俺に向かって両剣を縦に振り下ろしてきた。落下する体重の重みを乗せた最初の一撃を剣で受け止めた瞬間、剣が大きく下にはじかれてしまった。次に来るもう片方の剣を躱すため、俺は最初に振り下ろされた剣の方向に崩れた体制のままなんとか飛んだ。その先は俺の右隣にいるトニーともう一人の獣人の攻防の中だった。間合いの中に突然割り込んだ俺に一瞬躊躇した獣人は、すぐに的を俺に変え切りかかってきた。剣をはじかれ体制を崩してしまっている俺は振り下ろされる剣を躱すために、無理に体制を整えようとせず逆に崩れた方向に勢いをつけ飛んだ。獣人の剣は空を切り、その勢いで次の一撃が遅れたのをトニーは見逃さず獣人の胸に剣を突き刺した。
俺は横に転がりながら回転を利用しすぐに立ち上がった。俺がトニーの方にそれてしまったために、バランさんは獣人2人の相手をしなくてはいけなくなっていた。突き刺した剣を抜きバランさんの援護に向かおうとするトニー越しに、最初に俺に向かって飛んできた獣人に腹を切られるバランさんの姿があった。
バランさんを切った獣人のがら空きになった背中をトニーが後ろから力任せに刺した。バランさんと対峙していた獣人はすぐにトニーの方へ向き、崩れ落ちる獣人の仲間の肩を踏み台にして飛んだ。思いっきり前に剣を突き刺したトニーは前方に体制を崩していた。間に合わないと思った俺は一か八か剣を獣人にめがけて力いっぱい投げた。隙だらけになったトニーを切ろうとしていた獣人は俺に気づかず、投げられた剣は獣人の胸に刺さった。獣人はそのままトニーの上に覆いかぶさるように落ちた。獣人はすでに虫の息になっており身動きできない状態だった。すぐに獣人をトニーの上から引きはがし、刺さっている剣を抜いた。獣人の鎧は固い革で出来ており、強い突きなどの攻撃を防げないようだった。身軽さを重視した軽装備なのだろう。
バランさんの方を見ると傷の具合はわからないが、まだ生きている。そして、その向うで獣人とボルンさんを含む領民兵の戦闘が続いていた。トニーはすぐに領民兵の援護に向っていった。後ろにいる団長の方を見ると、2対1で有利な状況にあった。すぐに向き直り、ボルンさんの援護に向かった。
ボルンさんと領民兵1人が4人の獣人と乱戦になっていた。そこにトニーが勢いをつけ飛び込み、一人の獣人を切り捨てた。隣にいた獣人がトニーに気づき、向き直し剣を構えた。ボルンさんはリーダーと思われる獣人と激しい切り合いをしている。明らかに他の獣人より実力が上だ。一番奥にいる獣人は最初の一撃で領民兵の剣をはじき、その勢いのまま回転してもう片方の剣で領民兵の首を切った。
俺はトニーの斜め後ろから飛び上がり、空中から獣人に向けて剣を振り下ろした。獣人は浅い傷を負いながら俺の剣をかろうじて防いだが、意識が俺に向けられたスキにトニーは獣人の首に剣を突き刺した。その時、ボルンさんは獣人のリーダーとの切り合いに勝ち、相手を切り捨てていた。
俺とトニー、ボルンさんの3対1となった残りの獣人は慌てずに距離を取り、二本の剣を前に構えた。すると、ボルンさんは獣人に向かって踏み込み、一太刀を浴びせた。両剣で受けた獣人であったが、ボルンさんの強烈な斬撃に大きくはじかれ、ボルンさんの次の一閃であっけなく崩れ落ちた。
すると突然、一人の獣人が俺たちが背にしている大きな木に激しく激突した。飛んできた方向に目をやると、3人の獣人がホワイトファングと激しい戦いを繰り広げていた。ホワイトファングは体中が血まみれになっていて、かなりの傷を負っているようだった。対峙している獣人たちはこちらに気を回す余裕がないほど集中している。
ホワイトファングが後ろ足で立ち、目いっぱい威嚇した瞬間、3人の獣人は同時に切りかかった。両端の二人が空中に飛びあがり、中央の一人がそのまま突進していった。ホワイトファングは飛び上がった一人を前足で思いっきり張り倒すと、そのスキに空中にいる一人が首筋に二本の剣を刺し、さらに中央の一人も胸に剣を刺した。ホワイトファングは暴れながら首に剣を刺した獣人に嚙みつき、そのまま勢いに任せて振り飛ばした。そして、両前足で胸に突き刺さった剣を抜こうとしているのか不器用に振り回した。残った中央の獣人がもう一つの剣をホワイトファングの胸に刺すと、大きな断末魔をあげながらホワイトファングは前方に崩れ落ちた。
その瞬間、無手になった獣人に向かってボルンさんが飛び掛かり、獣人が振り向くと同時に切り捨てた。
獣人たちの襲撃をなんとか切り抜けたが、こちらの被害も大きく、騎士一人と領民兵の半数以上が戦死し、残りの領民兵も戦闘不能になっていた。バランさんは何とか一命を取り留めていたが、重症で意識がない状態だった。周囲にはホワイトファングと獣人たちの無残な死体が転がり、異様な光景をなしていた。
俺とトニー、ボルンさんは生き残った重症の人たちを三角状に倒れた木の内側に運んだ。
「ボルン…すまんがもう意識がなくなりそうだ…あとは頼むぞ」
「おう、任せておけ」
「すみません、ボルンさん、あとは宜しくお願いします」
ハンメル団長はボルンさんの肩を軽くたたき、サリバンと一緒に何とか自分の足で歩き、他の重傷の人たちの横で倒れ意識を失った。
今、戦えるのはもう俺とボルンさんとトニーの3人だけになってしまった。だが、他のホワイトファングや獣人たちが襲撃してくるはず。気が遠くなりそうな絶望的な状況だ。それをあざ笑うかのように周囲から複数の咆哮が聞こえ始めた。トニーが言ったように死んだホワイトファングの仇とばかりに他のホワイトファングが集まってきているようだ。
「中々厳しい状況になったのお、ヒノ。わははは」
「こういう状況でどうやったら笑っていられるんですか?」
「こういう時こそ平常心でいなければいけないのだ。どんなにきつかろうと何事にも動じないアダマンタイトの心があれば道が開く時があるのだ。だが、それでも死ぬときは死ぬ。男なら潔く受け入れればいいのだ。わははは」
普段と違って明らかにきつそうなボルンさんは無理をして笑っているように見えた。普段から無責任で我儘な性格だが、初めてそこに信念めいたものがあるのを感じた。限りなく自己中だが、彼には彼の断固たる哲学があるのかも知れない。
「それと死を身近に感じると人間は妙に感傷的になったりするが、それも危険なのだ。それは受け入れではなく諦めなのだ」
「なるほど。勉強になるっす。やるだけやってだめでも気にしちゃいけないってことですね?」
トニーが頷きながら返した。ボルンさんは何も言わず黙ったままだ。
身もふたもない要約だが、まあそういうことか…
俺がなるほどと思ったボルンさんの話を無責任極まりないものに変換したトニーに少し呆れながらも感心してしまった。
ボルンさんが言ったように俺は少し感傷的になっていたのかも知れない。
もっと冷静にならなければ…
そして、それから数分も経たないうちに2頭のホワイトファングが姿を現した。二頭は様子を伺うようにお互いに交差しながらゆっくりとこちらに向かってくる。
「坊主ども、俺が一頭仕留めるから残りは二人で何とかしてくれ」
俺たちの中で一番傷が深いボルンさんがゆっくり冷静に言った。
俺とトニーは少しだけボルンさんと距離を取った。
「トニー、おそらく胸が弱点だ。なんとか二人で懐に入るしかないぞ」
「確かに。さっきの戦いで胸以外のところに剣を刺してもあまりダメージがなかったもんな」
「おそらく飛び掛かってくるだろうから、俺が何とかして受け止めるからトニーは懐に入って攻撃してくれ」
「わかった」
トニーの口調が少し変わり、戦闘に集中していっているのがわかった。
最初に一頭がボルンさんに飛び掛かった。ボルンさんはホワイトファングの巨体をなんとかぎりぎり避けながら前足を切った。ホワイトファングの巨体はそのまま倒れている木に激突して大きな物音をたてた。だが、すぐに起き上がりボルンさんを威嚇した。
それと同時にもう一頭が俺たちに向かって大きく前に飛び、一瞬で間合いを詰めてきた。あまりの俊敏さに俺とトニーの反応は遅れ、慌てて横に飛んだ。トニーは俺と逆の方向に飛びホワイトファングを挟み撃ちにしたような形になった。その一頭はすぐにトニーの方へ向き、重心を後ろに移動させ足を曲げて飛び掛かる動作に入っている。俺は曲がった後ろ足を狙って剣を力いっぱい振り抜いた。手ごたえはあったが、丸太のような大きな足を止めるほどのダメージはなかった。ホワイトファングはそのままトニーに向かって勢いよく飛び掛かっていった。
トニーは飛び掛かりながら振り下ろされた大きな前足をなんとか剣で受けたが、そのまま横に吹っ飛ばされてしまった。俺はホワイトファングがすぐにまた飛び掛かると思いトニーの方に掛けた。トニーは地面に叩きつけられながら転がり、その勢いを利用してそのまま起き上がった。センスのいい身のこなしですぐに体制を立て直したトニーだったが、剣の上からとは言えホワイトファングの一撃をもろに受けた衝撃でまだ体をうまく動かせないでいた。予想通りホワイトファングはまたトニーに向かって飛んだ。俺の目の前をホワイトファングの巨体が通り過ぎる瞬間、俺は反射的に剣を突き出し脇腹に刺した。ホワイトファングは大きな唸りをあげながら体を捻り、俺はそのまま身体ごと持っていかれそうになったため、剣をは離し距離を取った。
距離が離れたスキに近くにあった獣人から剣を取った。だが、柄が短く両手で握ることが出来ないことに気づいた。使い勝手の違う剣に違和感を覚えながら、獣人と同じように落ちていたもう一つの剣を拾い、二本の剣を手に構えた。
剣が刺さったままのホワイトファングは憤激し、俺に向かって真っすぐに飛び掛かってきた。俺は左に飛んで避けようとしたが、ホワイトファングも一瞬で方向を変え俺に飛び掛かった。方向を急に変えたからなのか、ホワイトファングは前足を振り下ろす間合いよりさらに深く突っ込んできており、そのまま巨体を覆いかぶせてきた。俺は地面に倒れ込みながら二本の剣をクロスして防御しようとした。
ホワイトファングは俺に覆いかぶさっている状態になり、大きな口を開けて乱暴に噛みつこうとしてきた。クロスに構えた剣に膝をあて押し負けないように大きな口に当てながらなんとか噛みつかれないように抗った。
その時、横からトニーが思いっきり体重を乗せた剣でホワイトファングの左胸を刺した。ホワイトファングは苦しみもがきながら後ろ二本足で立ち上がった。そして、両前足を乱暴に大きく振っている。その必死さと不格好さに怒り狂った小学生男子のようだと思いながら、右手の剣で素早くホワイトファングの胸の中心を刺し後ろに飛んだ。するとすぐにホワイトファングの巨体は大きな音を立てながら地面に倒れた。どうやら胸の中心を刺さないと致命傷を負わないようだ。
トニーの無事を確認し、すぐに後ろのボルンさんの方をみた。戦闘が終わったばかりのようだった。ボルンさんはホワイトファングの死体の横で脇腹を庇いながら俺たちに向かって軽く手で合図をした。トニーと二人で駆け寄ってみると、ボルンさんの胸当てはホワイトファングの牙か爪で剝がされボロボロになっている。そして、その奥の脇腹から大量に血が流れ出ていた。
「ボルンさん!」
「体が思ったより動いてくれなくてね。いって…すぐ止血すれば大丈夫だ」
そういってボルンさんはすぐに胸当てと服を脱ぎ,出血している傷口に手を当てた。そして少しすると血が止まってしまった。
「魔法ですか?魔法を使う時は魔力を集中させる部位が光ると聞いていたんですけど」
「いや、魔法ではないよ。はぁはぁ、魔法使えないしな。俺は火属性で身体強化が…使える。その応用みたいな…もんさ。魔力と体力がごっそり奪われるがな。はぁはぁ」
俺から見ても明らかにボルンさんはさっきより疲弊していた。
「少し横になる…すまんな坊主ども…」
ボルンさん残る気力を振り絞ってハンメル団長たちの横で倒れてしまった。
「ヒノ…これ、終わったね」
尊敬するほどトニーには悲壮感がない。
「…まあ、やるだけやってみるさ」
「でも、ヒノってすごいね。なんだかんだで一番ピンピンしてるよね」
「運がよかったからだろうな。お前だってそうじゃないか」
「いや、実は…さっきホワイトファングの一撃を防いだ時にさ、これ」
と言ってぶらぶらしている左腕を見せてきた。
ああ。。本格的に詰んだな…
トニーはその辺に落ちていた枝を左腕に当てて、騎士が持っていたひもでぐるぐる巻きにした。二人とも正しい方法なのかどうかもわからなかったが、とりあえずトニーの目撃推定で処置を完了した。
辺りが少し明るくなってきていた。
「そういえば、ヒノ。最初に軽く打ち合わせした作戦全く使えなかったね…」
「そうだな…えらそうに俺が受け止めるなんて言ったけど、だめだったね」
「まあ、結果オーライだね」
気を紛らわすためにトニーと話していた時だった。
森の奥から大きな物音がしてすぐにホワイトファングが5頭姿を現した。
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