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第一章
死闘の終わり
しおりを挟む「あまり役に立たないかも知れないけど、出来るだけ援護するよ」
「ああ、頼むよ」
トニーに軽く返事し、両手で剣を強く握った。
よく見ると、5頭のホワイトファングの一頭だけ体が大きく貫禄みたいなものがある。群れのボスなのだろう。なんとかそいつを倒せば、他は引いてくれるかも知れないと思ったが、そう簡単にはいかなかった。ボスは一番後ろに控えていた。そして、5頭のうちの先頭の一頭がゆっくり近づいて来た。俺とトニーはお互いに少し距離を取り、それを維持しながら近づいてくる一頭を待ち構えた。
するとその一頭はトニーの方に飛んでいった。左手が全く使えないトニーは片手で持った剣でなんとかけん制しながら横に回避しようとしたが、ケガのせいかその動きはぎこちなく、思い切りホワイトファングの前足の攻撃を受けて吹っ飛ばされてしまった。トニーはちゃんと受け身を取ることも出来ないまま地面に転がり落ちた。
俺はすぐにその一頭の背後に近づき攻撃しようとした瞬間、そいつは上半身を捻りながら俺の胸に向かって裏拳のように右前足を大きく振ってきた。俺は両手でしっかり握った剣を前に出して、振り回して来た前足を防御した。だが回転の勢いが乗った重い前足の勢いを殺すことが出来ず、そのまま体ごと大きく吹き飛ばされた。車に轢かれたらこうなるんだろうなと思うくらいの大きな衝撃を受け、後方の地面に半分叩きつけられながら落ちた。
今まで運よくまともに攻撃を受けていなかったので、初めて経験するホワイトファングの恐ろしい攻撃力に恐怖を覚えた。すぐに立ち上がろうとしたが、体が痺れていて思うように動かない。ホワイトファングはこっちに向かって大きくジャンプし俺の目の前に着地した。そして、そのまま左前足を大きくあげ、俺に向かって振り下ろそうとしている。体の痺れがまだ収まっておらず、俺はなんとかぎりぎり剣を前に出し受けの体制を取った。だが、足の踏ん張りがまだ十分に効いていない。ホワイトファングは前足を思い切り振り下ろした。
その瞬間、脳が命の危機でフル回転になったのか、周りの景色と共に振り下ろされる前足の速度も落ち、はっきりと詳細が見えるようになった。ホワイトファングは巨大な熊のような魔物だが、近くで見ると毛並みがとげとげしい。口から突き出た大きな二本の牙。そして、前足からは人間の指の長さくらいの大きな爪がむき出しになっている。この爪でまともに攻撃されたら人間など一瞬で致命傷を負うだろう。
時間が引き伸ばされたような感覚の中で、振り下ろされた前足が俺に到達するまでいろいろと思考を働かしていたが、じりじりと俺の右首から胸にめがけて大きな前足は近づいている。俺は避けようと体を動かした瞬間、全身に電気が走ったような感覚と痛みを覚えた。盗賊との戦闘で一度経験したあの感覚だ。
全身に走る痛みを我慢しながら、なんとか両手で構えた剣をホワイトファングの大きな前足の足首を狙うように軌道を変えた。刃先がゆっくりホワイトファングの足首に沈んでいく。だが、数センチほど深く入った辺りから押され始めた。それを押し返すように両手の力を振り絞った。力を入れる時間が長くなるほど痛みが増していった。ついにはこれ以上力を加えることが出来ないという感覚を覚え、前足に押され始めた。前足は徐々に俺の体に近づく。さらなる全身の激痛を味わいながら、体を少しだけ反らし爪の軌道をなんとか避けることが出来た。そして、全身に大きな衝撃が走り、俺は激しく後ろに吹っ飛ばされ、感覚が正常に戻った。
なんとか致命傷を回避することは出来た。ホワイトファングからのダメージもあったが、時間が引き伸ばされた中で体を無理やり動かす反動が全身の激しい痺れと痛みになって俺を襲った。大きく声をあげたくなるような痛みではなく、声も出せずうずくまってただ我慢しなければならないタイプのものだ。
はやく立ち上がらないと…
次のホワイトファングの攻撃を警戒し、激しい痛みの中でなんとか前を向き立ち上がった。俺を襲ってきたホワイトファングの左前足は大量に出血していて、足元の白い毛が真っ赤になっていた。出血している足を少し庇っているが、牙をむき出しにして殺気を放っている。
そして、そいつは三本足でこちらに駆けてきた。痺れが残っており、うまく動けない俺は何とか剣を前に構えるだけしか出来なかった。ホワイトファングは先ほどと同じように大きく飛び上がり俺の前で着地した。今度は右前足を大きく振り上げている。
その時、すぐ後方にいるトニーの姿があった。駆けてきたトニーはホワイトファングの左脇腹に剣を突き刺した。すでに右前足を振り下ろす動作に入っていたホワイトファングは途中でそれを止めることが出来ず、さらに脇腹を刺された影響で反射的に体を少し捻ってしまった。そのおかげで攻撃の勢いがなくなり、俺は剣で受け止めることが出来た。
しかし、すぐに刺されたホワイトファングは振り向き様の裏拳をトニーに当てた。もろに食らったトニーは倒れた木に向かって吹っ飛んでいき激しく激突してしまった。
俺は力をさらに振り絞り、ホワイトファングの斜め後ろから滑り込みながら下にもぐり、胸の中心を狙って思い切り剣を突き刺した。その瞬間、ホワイトファングは後ろ足で立ち上がった。目の前が開いたスキに俺はそのままトニーの方に駆けていった。体が鉛のように鈍く重い。胸を刺されたホワイトファングは地面に崩れ落ちた。トニーの意識はまだはっきりとしていたが、ダメージが深く動けないようだった。俺はすぐに近くに落ちていた獣人の剣を二本手に取って残りのホワイトファングの方を見た。
ホワイトファング三頭が俺に近づいてくる。俺はトニーから距離を取るように前に出た。後方に控えているホワイトファングのボスが大きな咆哮をあげると、前の三頭は勢いよく俺に向かって飛び掛かってきた。俺は覚悟を決め、前に駆け左の一頭が着地した瞬間に滑り込みながらその下に入った。するとまた感覚が変わり、ほんの少しだけ景色がゆっくりになっていった。
ホワイトファングの爪に軽くひっかけられながらも胸に二本の剣を突き刺し、さらに剣を持っていかれないように素早く引き戻した。するとそいつはすぐ二本足で立ち上がり、中央の一頭が前足を振り下ろしてきた。俺は左横に一回転しながら立ち上がると、中央の一頭はもう目の前まで飛んで来ていた。俺は咄嗟に体制を低くし、前に踏み込みながら俺の頭上をかすめて飛んでいく前足の付け根を切った。そいつは飛び掛かった勢いのまま俺の後方に飛んでいった。
先ほど胸を突き刺された一頭はもがきながら崩れ落ちている。その後方から残りの一頭が駆けながら俺に突進してきた。避けきれないと感じた俺は二本の剣を前に突き出し構えた。そしてすぐに、突進してきた巨体が俺に激突する寸前に、片膝を曲げて防御の姿勢を取りながら後ろに飛んだ。俺の二本の剣はそのまま突っ込んでくる一頭の左目と左首に刺さった。後ろに飛んだことで衝撃を逃がすことに成功し、俺は地面に叩きつけられることなく体制を崩しながらもギリギリ足で着地し、勢いのまま後ろに一回転しながら立った。それでもかなりの衝撃とダメージは受けた。
疲労からなのか引き伸ばされた時間の感覚がだんだん平常のものに近くなってきている。動く度に激しい全身の痛みに襲われるが、次々と襲い掛かってくるホワイトファングに意識が向かうのでなんとか耐えられる状況だった。
するとすぐにまた、俺の後方に飛んでいった一頭が大きく飛び上がり俺の目の前に着地した。そして、両前足を横に大きく広げ、俺の腰の位置を狙ってクロスさせるように攻撃してきた。俺は地面を蹴り上げ、さらにクロスしてきた両前足の上を二本の剣で叩きつけ、その勢いのまま上に飛んだ。そして、空中で剣を下に構え、その一頭の脳天をめがけてそのまま落下した。全体重を乗せた剣はそのまま頭部に深く突き刺ささった。俺はそのまま剣から手を離し地面に着地した。それと同時に、脳天を貫かれたホワイトファングは地面に崩れ落ちた。
振り向くと、さきほど目と首を刺された一頭はまた勢いに任せて突進してきている。俺は隣の倒れた一頭の上に乗った。向かってくる一頭はそのまま俺と俺の下にある巨体にぶつかってきた。激突の瞬間、俺は斜め前に飛んで避けた。どすっという鈍い音がし、下にいた一頭の巨体は地面を滑りながら後方に飛んでいった。体当たりした一頭もその衝撃で体制を崩し、腹を見せながら横に倒れた。
俺は咄嗟に踏み込み剣を胸に突き刺したが、それ同時にそいつの両後ろ足蹴りをもろに食らってしまった。爪の餌食になるよりはましだったが、強烈な攻撃に俺は地面にバウンドしながら後ろに吹っ飛んでいった。
倒れた体を起こそうとすると尋常じゃない痛みに襲われた。おそらく骨が何本か折れたのかもしれない。そして口から出血していて呼吸もままならない。意識が遠のきながらも狭まった視界で前を見ると、残ったホワイトファングのボスが俺の方に近づいてきていた。
あと一頭、あと一頭倒せば…
ここで死んでたまるかという強い感情が湧き出た。その感情は怒りを覚えるような感覚になった。そして、歯を食いしばって全身に力を入れた。
身体がまだ動く。だけど、気を抜くとすぐにでも意識を失いそうだ。
この怒りにも似た感覚にしがみつき、根性で立ち上がった。体が熱くなり、力を感じる。燃え上がるような感覚を維持したままホワイトファングのボスに殺気を放った。俺の殺気を感じたのかボスの一頭は二本足で立ち上がり、体を大きく広げて今までよりもさらに激しく咆哮した。俺は近くの獣人の死体から剣を二本拾い、そのまま巨大なホワイトファングに向かっていった。
意識を保つことが精いっぱいで余計なことが一切考えられなくなっていた。剣を拾ったのも、ホワイトファングのボスに立ち向かっていったのも本能的な行動だった。狭まった視界はホワイトファングのボスだけをとらえていた。
何回も吹き飛ばされながらも攻撃を当て続けた。本能に任せた戦いだった。実際にどのように攻撃を回避し、どのように攻撃したかはよくわからない。
ただひたすら目の前に見えるホワイトファングを攻撃し続けた。
どれくらい経ったのだろうか…
周りが明るくなっている気がしないでもない…
いつの間にか戦闘が終わっている…
体中がおびただしい量の血に染まっている。
「おい、大丈夫か」
誰かが起きたみたいだ。安心したのか急に気が抜けて、意識が遠のいていく。
薄れゆく意識の中で、ユニコーンのような一本角の馬の姿を見た気がした。
目を開けると白い天井が見える。
徐々に意識がはっきりしてきた。
そうだ、盗賊退治に行って…獣人と…ホワイトファングと戦っていたんだった。
起き上がろうとすると、するどい痛みに襲われた。体中が固まってしまっていて大きく動けない。ゆっくりと指から動かし始め、徐々に手足や首も慣らしていく。体が少しだけ動くようになった。
俺は大きなベッドの上だった。白くはないが全身に包帯のような布が巻かれている。白い天井や壁に装飾を施された家具。この世界に来てから初めて見るような豪華で大きな部屋だ。
…そっかあ…俺は生き残ったんだ…
安堵と共に飛び上がってガッツポーズをしたくなるような喜びが湧き出た。
「おお、ヒノ!気が付いたか?」
部屋に入ってくるトニーだった。
「トニー。ここは?…というかあれからどうなったんだ?」
「ここはハンメル団長の屋敷だよ。ヒノは三日間ずっと眠っていたんだ」
「そうか…俺たち生き残れたんだね」
「うん、お前のおかげだよ。お前がみんなを守っていたって騎士団長が言ってたぞ!」
「そっかあ、あの時俺に声をかけてくれたのはハンメル団長だったのか」
「うん?…俺たちを運んでくれたのは王国騎士団の人たちだよ」
「王国騎士団?」
「国王直属の騎士団だよ。この国で一番すごい騎士たちなんだ。すごいかっこよかったぞ。そうだ、ヒノが起きたら話があるって言ってたな。ちょっと待ってて、呼んでくる」
そういってトニーは軽快に部屋を出て行った。
徐々に身体もほぐれ、なんとか立ち上がって歩けるようになった。まだ痛みは残っているが、普通に日常生活を送れるくらいには動ける。
少しすると、使用人のような若い女性が迎えに来た。女性は小奇麗な恰好をしていた。
メイドっぽいけど、メイド服は着ていないんだな…
俺に新しい服を用意してくれていた。前に着ていた服と似たものだ。用意された服に袖を通し、俺は連れられるがまま屋敷の中を歩き応接室に向かった。中央に階段があり、一つの階だけで部屋が10個以上ありそうな大きな二階建ての屋敷だった。
応接室に入るとそこにハンメル団長とボルンさん、そして二十代後半くらいの見知らぬ男性がいた。青い瞳と端正な容姿。短く整えられ金色の髪。力強さを感じさせる男らしい骨格。上等な生地が使われていそうな綺麗な青色の服に白いマント。気品あふれる姿は男から見てもかっこいい。
「おう!起きたか、ヒノ。体調はどうだ?」
「はい、なんとか。日常生活に支障がでないくらいです」
「ハンメル団長にこちらは国王直属の第七騎士団団長のコンフィールド・カーン・モルバイン男爵だ」
「どうぞよろしく、ヒノ君。俺のことはモルバインで構わない。病み上がりで悪いんだが、早速いろいろと話を聞かせてくれないか?」
大きな椅子から立ち上がって俺に挨拶した。そして、俺は近くの豪華なソファに座り一連の出来事の顛末を聞きながら質問に答えた。
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