ヒノ

ひげん

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第二章

ロットの願いと鉱石探しの終わり

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俺たちは豪華な応接室にいた。トニーは落ち着きがなく、きょろきょろしながら室内を見渡している。グッターは逆に落ち着いた様子で、緊張した面持ちのロットの隣に座っている。

ついさっきまで、ロットは三人の文官のような男たちにいろいろな質問をされていた。彼らはロットの地図が信用に値するかどうかを審査する偉い人と専門家たちだった。三角定理やどうせんほうがどうたらと専門的なことをロットと話していた。そして、俺たちは一旦応接間で戻され待機していた。

「ロット、さっきは何を聞かれてたの?隣にいたけど、全然理解できなかったよ」

「うんん…地図の測量方法とか、基本的なことを聞かれただけだよ」

「ロットが作る地図ってやっぱりすごかったんだね。あんな偉い人たちに呼ばれるなんて。俺は王城に入れただけで満足だよ。外も中も豪華だね!しかも水までもがうまい!」

トニーは出された柑橘系風味の水を飲みながら言った。彼は朝から興奮しっぱなしだった。

正確には、俺たちは王城の中でなく、王城に隣接した王国の政府中枢の建物の中にいる。王城は王国の様々な政府機関の本部と連なっており、大きな中庭や広場を取り囲んで一つの巨大な建築物を成していた。そして、その建物群は王都を見渡せる少し高い丘のような平地の上にあり、王都の周囲よりも頑丈そうな城壁に囲まれていた。巨大な城門から入れば二重三重の検問があり、厳重に警備されていた。今朝、ここにたどり着くだけでも一苦労だったのだ。

しばらくすると、ロットだけ呼ばれて出て行った。





「なるほど。昨日、国務府の職員が言っていた通り、ローンフェッティ―さんが作った地図がすごいということはわかりました。それで、彼女自身の知識と能力はどうでしたか?」

モルンバイン団長は目の前に座っている3人の文官と話していた。

「知識は専門家の我々にも劣らない確かなものでした。しかし…それだけでこの精度の地図を数日間で作れるとは考えられません。しかも、彼女は我々のような最先端の測量や図画の道具を持っていませんでした」

3人の中の50代の初老の男が答えた。

「では、彼女が作ったものではないと…」

「いえ、証拠はありませんが、彼女が作ったもので間違いないと思っています。この地図に描かれていない詳細な測量値まで知っていましたから。作った者でなければ、あそこまで詳しく知っていることはないかと」

「…彼女が行った測量方法がわからないということですかね?」

「彼女は自らの測量方法を細かく教えてくれましたが、その方法では彼女が得た詳細な値は説明がつかないのです。彼女は我々の知ることが出来ない正確な位置情報などを記していたのです…私の個人的な見解ですが、何か特別な才能があるのかも知れません」

「なるほどね…しかし、彼女が作った地図は一般に出回られるとまずいですね」

「はい、彼女の地図は王や軍部が秘密裏に持っているものよりも精度が上ですから…我々が最初に発見して幸運だったと言えるかも知れません」

3人の文官の中の左端の40代の男が行った。

「確かにそうですね…彼女の処遇やこの地図については追って伝えますので今日はこの辺で。今日のことはくれぐれも内密にお願いします。これは国家機密並みに重要な案件になるかも知れませんので…あとは私とアマドさんが直接彼女と話します」

とモルバイン団長が言うと、40代の文官の男が合図をし、他の文官2人が部屋を出て行った。そして、モルバイン団長は部屋の外にいる秘書のような男にロットを呼びに行かせた。

「これは第五騎士団の幹部のみなさんと我々王国調査隊の内だけの話にします。獣人襲撃事件もありますので、知る者が少ない方がいいでしょう。しかし、そのヒノとトニーという少年は偶然とは言え、いろいろと知りすぎていますな…」

「そうですね。あの二人は今、ハンメルさんのところに預けてはあるのですがね…」

「まあ、その辺はモルバイン団長にお任せしますよ…ところで、魔法府のハル教授から届いたあの首輪の分析結果ですが、モルバイン団長はどう思いますか?」

「西の砂漠の王国、デルシアの技術に似た作りだという報告でしたね…闇属性の魔法使いはみんな信用できない曲者ばかりですが、ハル教授の知識と腕は確かだと聞きます。結果は間違いないでしょう」

「デルシアの先代とは友好的な関係が続いていたが、代替わりして何か大きな変化があったのかも知れません。王の勅命で第八騎士団も動き始めたと聞きましたし」

「彼らが動き出したのですか…どこか陰気臭くて私たちとはあまり馬が合わないんですよね…お互い諜報活動が多いというのもあるんでしょうけどね」

「私も第八騎士団はあまり好きではありませんね。調査隊の私が言うのもあれですが、秘密が多くて不気味なんですよね。今回だって、私たちにあまり情報が下りてこないんですよ」

アマドという男が言い終わると、部屋にロットが入ってきた。

「ローンフェッティ―さん、ここに掛けてください」

というモルバイン団長の言葉に、ロットはちらっと目を合わせて軽くお辞儀をし、静かに座った。モルバイン団長とアマドの二人は、朝の質疑応答で彼女が過度の人見知りだとわかっており、彼女を緊張させないように柔らかい表情を心がけていた。

「ローンフェッティ―さん、単刀直入に言いますと、あなたがつくった地図は精度が高すぎて、軍や王国の機密扱いになります。一般に公開出来ないということです」

「…はい…」

「…つまり、地図も含め、あなたの能力も隠さなければいけないということです。知られてしまうと、他の国があなたを狙ってくる可能性すらあるのです。なので、あなたには今後一切その能力について口外しないようにお願いしなければなりません」

「…もう地図を作ってはならないということですか?…」

「いえ、あなたの能力は大変価値のあるものです。そこで提案なのですが、ローンフェッティ―さん、我々の下で地図製作の仕事をしませんか?あなたはまだ王都高等学園の学生ですが、その能力を学園生活で何年も腐らしておくには勿体ないと考えています。それに、あなたももっと現場で学びながら地図を製作したいはず。我々なら、あなたが地図製作を続けながら卒業出来るように取り計らえます」

「…はい、いろいろな場所に行って地図を作りたいです」

「よかった。それなら、近々あなた専用のチームをつくって、ローンフェッティ―さんが専念出来るような環境を準備します。もちろん、給料も出します」

「…あの…チームというのは…どういう人が入るのですか?」

「私とここにいるアマドさんが機密を守れて、あなたの護衛が出来る人をちゃんと選んで差し上げます」

「…わたし…あの……ヒノたちがいいです。今のパーティーがいいんです…」

力んだのか、普段よりも大きい声を出して言ったロットは恥ずかしそうにすぐに下を向いた。しかし、その言葉には確かな意思が込められていた。モルバイン団長とアマドは驚いたような顔をして互いを見た。少しの間、沈黙が流れアマドさんが口を開いた。

「それはいいかも知れませんね」

「え?アマドさん何を「まあまあ、ローンフェッティ―さん、申し訳ないですが少し席を外してもらえますか?」」

モルバイン団長を遮ってアマドさんが言った。扉に向かって歩いて行ったロットは部屋を出る直前に急に立ち止まった。

「…あの…おこがましいかも知れませんが、もう一つお願いを聞いてもらえませんか?」

と言ってロットは振り返り、勇気を振り絞って彼女のお願いを伝えて部屋を出た。





応接間で待機していた俺たち3人は執務室に呼び戻された。中に入ると、モルバイン団長とロット、そしてアマドという文官の一人がいた。俺たちは言われるがまま、部屋の中央にあるソファにロットの横に並んで座った。モルバイン団長はもったいぶった感じで話を切り出した。

「皆さんにいろいろと伝えたいこととお願いしたいことがあります。その前にまず、君たちに聞きたいことが一つあります。さきほど、ローンフェッティ―さんは我々の下で地図製作の仕事をしてくれることになりました。その代わり、彼女から旅の護衛として皆さんに同行してほしいというお願いがありました。皆さんはどうですか?」

俺たちは驚きながらも、ロットの方を見た。ロットは隣のグッターの袖を握りながら、

「…わたし、みんなと旅を続けたいんです…」

と言った。グッターの袖をつかむ手が小さく震えていた。普段は一切自分の都合を優先しないロットが勇気を出して精一杯の我儘を言ったように感じた。

「おう、全然いいぜ。俺はロットとの旅楽しかったしな」

トニーがいの一番に返事をした。何も深く考えてなさそうだが、気のいい性格がにじみ出た返答だった。

「あたしも構わないのじゃ。ロットにはたくさん助けられたから、あたしも助けるのじゃ」

グッターも護衛として同行するつもりなのかとも思ったが、彼女はロットの一番の理解者であり、一番信頼されている友人だ。グッターがいるからロットは普段通り振舞えるのだ。

「ええ、もちろん。喜んで参加するよ」

俺たちが言い終わると、ロットは涙を流してうつむいてしまったが、かすかに見える横顔は嬉しそうだった。

「…すまないが、話を続けていいかな…話さなければならないことが他にたくさんあります」

そう言ってモルバイン団長は話を続けた。





俺は三日前にされたモルバイン団長とアマドさんの話を思い出しながらトニーの横に座っていた。

「あの…理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

「私はここにいないし、君も何も見ていない。それに知らない方が身のためだ。早く印を押しなさい」

目の前にはアマドさんと震えながら書類に印を押す60代くらいのおじいさんがいた。彼は王都高等学園の学園長だ。震えながら印を押したのは俺とトニーの入学手続きだ…そう、俺とトニーはロットやグッターと同じこの学園に入学することが決まったのだ。

これはアマドさんの発案だったらしいが、モルバイン団長もその意見を支持した。ロットの地図作りの仕事に同行を許された俺たちは、学園での護衛も含めてロットと同じ文官専科に入学することになった。おそらく、獣人襲撃事件の事を知っている俺たちを手元に置く意味もあるのだろう。

そして、アマドさんは俺たちが学期中にいつでも自由に旅が出来るように、実地研修というありそうで存在しない課外活動の項目を創り出した。活動の詳細は王国調査隊の印が押され秘匿とされた。ラドさんが言うには、王国調査隊はいわゆる王直属の諜報機関であった。王国の秘密に深く関わり、影から支える絶大な権力を持った組織だった。そして、このアマドさんという人はその長で、知る人にとっては絶対に関わりたくない恐ろしい人物なのだそうだ。目の前にいる偉い学園長の震える手と止まらない汗からも、その恐怖は伝わってきた。

アマドさんの職権乱用なのではと思える超法規的措置により、ものの10分もしない内に俺たちの入学手続きは終わった。そして、近日中に俺たちが生活する寮の部屋を準備させるということになり、俺たちは学園長室を出た。

外にはグッターとロットが待っていた。アマドさんは俺たちに別れを告げ、どこかに行ってしまった。新しい地図製作の候補地は一週間後くらいに王国調査隊から通達されるということになった。

俺たちは学園長室を出て、貴族の館のような豪華で歴史を感じさせる廊下を歩きながら、これから一週間の予定を話し合っていた。

実は、三日前の話し合いで、ロットはグッターの学費のことも相談していた。そして、なんと王国調査隊に借りるという形でグッターの学費は支払われることになった。利子も返済期限もないという穴しかない契約書だった。グッターはその幼い顔には似合わない心から安堵したような表情でロットに抱き着いてお礼を言っていた。そうして、俺たちの鉱石探しの旅、ないしはグッターの学費稼ぎの旅はアマドさんの執務室で静かに幕を閉じた。グッターの学費や俺たちの高等学園への入学と生活費は一種の口止め料なのかも知れない。あのあと、4人でロットの地図に関することを一切口外しないと王国調査隊の公式文書で誓約書を書いた。

「ロットには本当に感謝しているのじゃ。これであたしも魔法学園を卒業できるのじゃ。ケッケッケッ」

グッターは屈託のない笑顔で変な笑い方をした。

「ううん、グッターの役に立ててよかった。それに、わたしはみんなとまた旅出来るのが嬉しい」

ロットはあれからさらに話安くなった。グッターがいなくても俺とトニーに気軽に話しかけるようになった。

「期限がないとは言え、出来るだけ早くお金を返すのじゃ。ロットといっしょに旅出来るし、その道中にヒノとトニーが盗賊退治を頑張ればすぐに返済出来るのじゃ」

おお、ついに自分の口で言ったな…やっぱり味をしめていたか…しかも、頑張るのは俺とトニーかよ…自分で鉱石を探せよな…

「そういえば、あの岩山に鉱石の反応があったんだよね?あそこ調べてみたいよな。洞窟の中の魔物もちょっと見てみたいし…そうだ!アマドさんに言って地図の旅を少し延期してもらってあそこに、あっ…」

と言い終わる前にトニーは何かを思い出し、苦い表情を浮かべた。

彼はすぐにやらなければならないことがあるのを思い出し、テンションが一気に下がったのだ。そう、彼は勉強しなくてはならない。

学園生活に関して、俺とトニーは勉強が出来なくても心配ないとアマドさんは言ってくれたが、いくらなんでも文字すら読めないやつが入学するのは流石にまずいということになったのだ。そして、トニーは王都の塾のようなところに通って、入学式までの二か月間最低でも読み書きと九九、そして三桁の足し算と引き算を覚えなければならなくなった。トニーは今回の旅で覚えていた母音の文字すら半分忘れるという悲惨な状況にあった。盗賊から奪った大金に大した反応を見せなかったのも、その正確な量を理解できていなかったからなんじゃないかという疑惑を持ったが、俺は口に出さなかった…

「あの洞窟近くの岩山はいずれ必ず探査を行うのじゃ。だが、今日はヒノとトニーにこの辺を案内するのじゃ。ヒノとトニーは旅以外の時は学園の寮で生活するから、詳しくなっておいた方がいいのじゃ」

「私もいっしょに案内する」

「トニー、お前…もう塾に行かなくていいのか?折角、高いお金を払ってもらったんだから、この際ちゃんと覚えろよ」

「…うん、そうするよ…」

そんなにいやなのか…

「おお、そうだった、忘れていたのじゃ。確か、あの塾は西のアマレット通り沿いにあるのじゃ。あたしたちもいっしょに行ってあげるのじゃ」

そうして、この後から入学式まで必死で裏工作に奔走する学園長の苦労を知る由もなく、俺たちは学園をあとにするのだった。


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