27 / 27
第三章
ブロミアン村と失踪事件
しおりを挟む
王都を出て二週間以上が経った。俺たちは王家の領土を順調に馬車で進み、ルネリアン辺境伯爵の領土に入ったばかりだった。王家の領土は5人の公爵に分割統治されており、その街道は警備が行き届いていて安全だった。そのため、俺たちは町に寄ることなく野宿をしていった。目的の地帯までは領土境から北西に向かって5日ほどかかる。事前の情報では緩やかな小山が続く森林地帯だということだった。
そして、北西に進む俺たちはラシェルという数千人規模の町に着いた。この日は久しぶりにベッドの上で疲れを癒し、ちゃんとした料理を食べるために宿屋で泊まることにした。思い返してみれば、これが俺の初宿屋だった。町の外れにあった宿屋は、グッターとロットが泊まっていたエルン市のものよりも庶民的で、田舎のコテージのような自然の情調が溢れる内外装だった。
それに、俺たちは作り立てのおいしい食事に飢えていたのだ。実は、俺たちの中でちゃんと調理が出来る人はいなかったのだ。岩山探査の時はハンメル団長の屋敷のマーサさんが用意してくれていたし、最初の旅だったので干し肉やパンだけでも良かった。だが、本格的に長い旅となると、ずっと干し肉やパンでは思いのほかきつかったのだ。果物やそのほかの保存が効く食料もあったが、とにかく暖かいご飯が食べたくなった。そして、持ってきていた鍋で調理することになったのだが、貴族であるグッターとロットはもちろんまるっきしで、俺とトニーも基本的に食べられれば何でもよかったので、雑なものしか作れなかった。結局、貴族なのにも関わらずエドさんが一番ましだったので、旅の調理はエドさんが作ることになった。しかし、それでも暖かいだけで大したものは出来なかったのだ。何より、調理する前提の食材を全く持ってきていなかったのだった。
そんな俺たちは宿屋の食堂で久ぶりの美味しいご飯を食べた。そして、これからの旅でちゃんと調理できるように、野菜などを買いに行くことにした。町に出ると、剣や鎧をつけた冒険者らしき人たちが数多く見受けられ、今までに見てきた町とは全く違う様相を呈していた。
俺たちは市場の店員に聞きながら,魔法袋に詰め込めるだけ食料を買った。そして、町を散策していると、トニーが冒険者ギルドに行ってみたいと言ってきた。エドさんは嫌がっていたが、トニーがどうしても行きたい駄々をこね始め、渋々了承したエドさんが人に場所を聞きながら冒険者ギルドを目指すことになった。
ギルドに着くと、たくさんの冒険者で賑わっていた。今までに行ったどの冒険者ギルドよりも本格的な雰囲気が漂っていた。どうやら冒険者の活動が活発な地域のようだ。中に入ったトニーは一目散に依頼書が張られている掲示板に向かって走っていった。俺たちがトニーを追ってレストランや酒場がある広い室内を横切ると、いかつい風貌をした冒険者たちがじろじろと見てきた。俺たちは向けられる視線を避けるように足早に進み、掲示板の前に着いた。
王都のギルドに引けを取らないほどの大量の依頼書が張られていた。トニーは目を輝かせながら、その一角にあった今月限定の特別依頼の枠をみていた。
*ブラックウルフの皮 一頭につき金貨100枚
*ワイバーンの皮一頭分 金貨1000枚
*アシェル町とルグミアン森の往復 護衛 20日間 金貨50枚(審査あり、食事付き)
護衛の報酬額ですらかなり高い。ブラックウルフは知らないが、ワイバーンと言えばエルン市で一度その革で作られた高級鞄を見かけた記憶がある。金貨1000枚という桁違いの額からワイバーンという魔物の危険性が伺える。だが、実力があればやっぱり冒険者は夢のある仕事だとわかる。貼られている依頼書を適当に見ていると、掲示板端にある一つの依頼書が目に留まった。
*ブロミアン村 失踪事件調査 出来高報酬 金貨20枚(食事なし、宿付き)
「君たち、冒険者の仕事に興味があるの?」
突然後ろから女性の声が聞こえ、振り返ると受付らしき10代後半の女の子だった。
「えっ、はい。この失踪事件というのが少し気になって」
「ブロミアン村なら私たち途中で通るよ」
横に立っていたロットが言った。受付けの女の子は俺たちが文字を読めるということに驚きながらも、
「その失踪事件ね…結構前から依頼が出てるんだけど、全然解決してないのよね。ここ何ヶ月間で何組もの冒険者が臨んだけどだめだったの」
そう言うと、彼女は受付にやって来た冒険者に呼ばれて行ってしまった。それから、トニーは一通りギルドの中を見て回り、満足げな表情をした。俺はふと思い出し、自分のレベル鑑定をしようとした。しかし、エドさんが慌てて俺を止めた。王国調査隊の任務があるので、出来るだけ目立たないようにしなければならないと言われ、俺たちはそのままギルドをあとにした。この前、ルハン町に戻った時に鑑定してもらっていたので、特に大きな不満もなかった。ただトニーに微妙に負けていたのが悔しくて、もしかしたらともう一回鑑定したかっただけだったのだ。
宿屋に戻った俺たちは久しぶりにベッドの上でぐっすり眠り、翌朝ラシェル町を出発した。
俺たちの馬車は荷台が覆われた幌型で、基本的にはエドさんが御者席で二頭の馬の手綱を握っている。エドさん以外は馬車の操縦がまともに出来ないのだ。旅に出てわかったが、俺たちは日常生活の知識と経験がない中々の無能集団だったのだ…
しばらくの間、いつものように馬車に揺られながら進んでいると、
「あのブロミアン村の失踪事件少し気にならないか?」
と突然トニーが聞いてきた。
「うん、あたしも少し気になったのじゃ。折角だから寄っていくのじゃ」
…トニーとグッターはあの依頼に興味があるのか…
「あの村ならちょうど夜には着くはずだよ」
ロットが二人の肩を持つようなことを言った。
「なるほど、ちょうどいいのじゃ。今夜はあの村に泊まるのじゃ」
「村の人からいろいろ聞いてみようぜ」
いつになく、トニーとグッターがノリノリだな…俺はどちらでもいいが、二人が息を揃えているのがちょっと嫌だな…
最初は嫌がっていたエドさんだったが、止まらない二人に押され、今夜はブロミアン村で一泊することになった。
そして、日が傾いて来た辺りで、俺たちはブロミアン村に着いた。ざっと見て数百軒近くの家が建ち並んでおり、その向うには広大な森林が続いていた。そして、積み上げられた丸太やそれらを加工した様々な木材が至るところに並べられてあった。林業を中心とした集落のようだ。
俺たちは最初に目に入った村人に話しかけ、宿屋がないかどうかを聞いた。すると、村人は一人の老夫婦の大きな家を紹介してくれた。宿屋ではなかったが、食事付きで空いている部屋を金貨一枚で貸してくれるという。昨日泊まった宿屋は一人銀貨3枚だったので、5人全員で金貨1枚は手ごろな料金だ…と思う。さらに、老夫婦は村の木材を運ぶ馬車の世話人を紹介してくれた。その人は餌込みで馬二頭のお世話を銀貨二枚で引き受けてくれた。道中に気が付いたが、何気に馬の餌代は俺たち一人分の食費よりも高いのだ。
60代前後の老夫婦はこなれた様子で俺たちを案内した。宿屋と同じような生活感のない部屋で、老夫婦のとは別の来客のためだけの食事部屋があった。普段からこういう商売をやっているようだった。家の内装を見る限り比較的裕福な夫婦のようだった。
息子夫婦が南の町で働いているというこの老夫婦のおばあさんはデボラで、おじいさんはエタンという名だった。暗めのオレンジ色の長い髪を後ろに束ねたデボラさんは人当たりが良さそうな顔と恰幅の良い体系をしていた。白髪が広がった頭髪に、深みのある顔立ちのおじいさんは細身だが筋肉質で、力強い雰囲気を醸し出していた。だが、どこか相容れない隔たりを感じさせるものがあった。
用意してくれた食事を頂く俺たちに、二人は村について話をしてくれた。この村は人口300人程度で、ルネリアン辺境伯爵の直接領土だった。辺境伯爵の領土は林業が盛んで、この村はその代表的な場所の一つだった。木材は一括で南の大きな街に運ばれるため、運搬用の馬車が何台も辺境伯爵から貸し与えられているという。
エドさんは自分が王都の騎士で、俺たちが王都高等学園の課外活動の一環で旅をしていることなどを話した。その内、トニーが我慢し切れなくなったのか、依頼書にあった失踪事件について聞いた。その瞬間、二人のお顔色が変わった。少し押し黙ってから、エタンさんが事件について神妙な面持ちで話してくれた。
始まりは半年前、村の住人が一人忽然と姿を消してしまった。最初はそこまで気にしていなかったが、月に一人ずついなくなっていったため、辺境伯爵に騎士団を派遣してもらって調査をしたが、何もわからなかった。その後も失踪が続き、冒険者ギルドにも依頼を出して何組かの冒険者たちに調査してもらったが、結局何も分からなかったという。
突然いなくなってしまうため、事件なのかどうかもはっきりせず、調べようがなくただ漠然とした不安が村に広がっているという。6人目が消えてから一ヶ月近く経っており、何があるか分からないので、俺たちに夜は外出しない方がいいとエタンさんは忠告してくれた。そして、彼は家を足早に出て行った。
トニーとグッターはああだこうだ言いながら事件について話し合っていた。俺もこの奇妙な事件に考えを巡らせていると、エタンさんがある男を連れてやって来た。男は40代中盤で、貴族のような気品溢れる出で立ちだった。
「初めまして、この村の村長をやっておりますフィルマン・ド・サボワです」
フィルマンと名乗った村長は子供だらけの俺たちに一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに元の表情に戻り、
「王都の騎士と学園生が来ているとエタンから聞いて挨拶に参りました。気を悪くしないで下さい。外から客が来たらすぐに報告するように私からエタンに言ってあるのです。もし良ければ私の屋敷でお話をしませんか?」
と言って、フィルマンさんは俺たちが返事をする前に先導するように手で入口を指し、軽くお辞儀をした。エドさんは少し困ったような表情をしながら、誘いを無下に出来ず誘導されるままに老夫婦の家を出た。俺たちも後をついて行った。トニーは新たな展開に目をキラキラさせながら歩いていた。
村の入口から反対の村の奥の方向に進むと二階建ての屋敷があった。大きくはあったが、余計な装飾などがなく村に溶け込むように建っていた。
俺たちはすぐに屋敷の中の応接室に案内された。フィルマンさんは使用人に指示を出して飲み物を用意させた。そして、縦長のソファの上に並んで座っている俺たちに向かって改めて自己紹介をした。彼は南の地域のフィルマン男爵家の次男だった。フィルマン家は代々この村の村長を任されてきたのだという。俺たちも軽く自己紹介をした。そして、フィルマンさんは失踪事件について話しだした。
「こちらにわざわざ来て頂いてお話をするのは、王都の騎士であるエドワルトさんと名高い王都高等学園の皆さんなら何か知恵をお貸しして頂けるかも知れないと思ったからです。実は最初に失踪した男性はその数日前に森のある場所に行っておりまして、そこから帰って来た彼はすぐに体調を壊し、しばらく治療を受けていたのです。これは村の中でも限られたものしか知りません」
フィルマンさんは初対面の、しかも俺たちのような子供たちに村人にも隠していた情報を開示してきた。
「なぜ村の人には隠しているのですか?何か事件と関係があるのですか?」
と言ったエドさんもフィルマンさんの言動を不審に思っているようだった。
「ある場所というのは、ここから北にある森林地帯なのです。辺境伯爵からこの村の伐採量を増やすようにという要請があり、私は木材を仕入れることが出来る新たな地区の調査をしていたのです。最初に失踪した男はその調査をしに行っていたのです。その彼が帰って来てすぐに病にかかったと村中に知られれば、これからの伐採地区の拡大に影響が出るので伏せていました。その男はすぐに回復しましたし、余計な不安を煽りたくなかったのです」
「ルネリアン辺境伯爵の騎士団が失踪事件の調査を行ったんですよね?その時は北の森林を調べなかったのですか?」
「…ええ、騎士団は北の森林を隈なく調査したのですが、何も出てこなかったのです。しかも、そもそも失踪なのかどうかも調べようがなく、調査は打ち切りになってしまいました。ちなみ、騎士たちが帰って来てから病になったものは一人もいません」
「なぜ私たちにこのような話をしてくれたのですか?」
「身勝手なお願いではありますが、可能であれば皆さんに一度北の森林を調査して頂きたいのです。辺境伯爵の騎士団も冒険者もさじを投げてしまっていて、私としては藁にもすがる思いなのです…もちろん、森林に行ったことが失踪と何の関連もない可能性が高いのもわかっています…しかし…失踪した人たちはみんな大切な村民でした。これからも失踪者が出るかも知れないので何とか原因を突き止めたいのです。どんなに小さなことでも、何かわかることがもしあれば…もちろん、お礼も致します」
俺たちのような子供にも頭を下げるフィルマンさんはどこか追い詰められたような必死な表情をしていた。何かを隠しているような雰囲気はあったが、打算や悪意のようなものは感じられなかった。
「エドさん、その北の森に行くだけ行ってみようよ」
話を聞いていたロットが小さく言った。
「そうだぜ、ちょっとくらいいいだろ?どうせ長い旅になるんだし」
「そうなのじゃ、フィルマンさんがあたしたちにこんなに必死で頼んでいるのじゃ。少しくらいなら構わないのじゃ」
とトニーとグッターが隣から付け加えた。俺も誠実そうな人柄が感じられるフィルマンさんのために、森の調査くらいならいいだろうと考えた。エドさんは真剣なフィルマンさんのお願いと俺たちの説得で北の森の調査に行くことを了承した。
「本当にありがとうございます。わかったことがあれば、どんなに小さなことでも構いません。少しばかりですが、食料なども提供させていただきますので、宜しくお願いします」
と言ってフィルマンさんは頭を下げた。
俺たちは失踪した男が調査しに行ったという森の場所を聞いて、屋敷をあとにした。そして、老夫婦の家に戻って、森の調査に行くことともう一泊することを伝えた。
翌朝、馬車を取りに行くと、フィルマンさんが用意してくれたという食料を抱えたブリスという30代半ばの男が待っていた。ブリスさんは途中まで道案内をするように言われていた。俺たちはブリスさんを加え、北に向かって出発した。馬車を数時間走らせると道がなくなり、それ以上馬車で進むことが出来なくなった。俺たちは馬車をブリスさんに任せて、徒歩で失踪した男が調査していたという場所に向かった。
そして、北西に進む俺たちはラシェルという数千人規模の町に着いた。この日は久しぶりにベッドの上で疲れを癒し、ちゃんとした料理を食べるために宿屋で泊まることにした。思い返してみれば、これが俺の初宿屋だった。町の外れにあった宿屋は、グッターとロットが泊まっていたエルン市のものよりも庶民的で、田舎のコテージのような自然の情調が溢れる内外装だった。
それに、俺たちは作り立てのおいしい食事に飢えていたのだ。実は、俺たちの中でちゃんと調理が出来る人はいなかったのだ。岩山探査の時はハンメル団長の屋敷のマーサさんが用意してくれていたし、最初の旅だったので干し肉やパンだけでも良かった。だが、本格的に長い旅となると、ずっと干し肉やパンでは思いのほかきつかったのだ。果物やそのほかの保存が効く食料もあったが、とにかく暖かいご飯が食べたくなった。そして、持ってきていた鍋で調理することになったのだが、貴族であるグッターとロットはもちろんまるっきしで、俺とトニーも基本的に食べられれば何でもよかったので、雑なものしか作れなかった。結局、貴族なのにも関わらずエドさんが一番ましだったので、旅の調理はエドさんが作ることになった。しかし、それでも暖かいだけで大したものは出来なかったのだ。何より、調理する前提の食材を全く持ってきていなかったのだった。
そんな俺たちは宿屋の食堂で久ぶりの美味しいご飯を食べた。そして、これからの旅でちゃんと調理できるように、野菜などを買いに行くことにした。町に出ると、剣や鎧をつけた冒険者らしき人たちが数多く見受けられ、今までに見てきた町とは全く違う様相を呈していた。
俺たちは市場の店員に聞きながら,魔法袋に詰め込めるだけ食料を買った。そして、町を散策していると、トニーが冒険者ギルドに行ってみたいと言ってきた。エドさんは嫌がっていたが、トニーがどうしても行きたい駄々をこね始め、渋々了承したエドさんが人に場所を聞きながら冒険者ギルドを目指すことになった。
ギルドに着くと、たくさんの冒険者で賑わっていた。今までに行ったどの冒険者ギルドよりも本格的な雰囲気が漂っていた。どうやら冒険者の活動が活発な地域のようだ。中に入ったトニーは一目散に依頼書が張られている掲示板に向かって走っていった。俺たちがトニーを追ってレストランや酒場がある広い室内を横切ると、いかつい風貌をした冒険者たちがじろじろと見てきた。俺たちは向けられる視線を避けるように足早に進み、掲示板の前に着いた。
王都のギルドに引けを取らないほどの大量の依頼書が張られていた。トニーは目を輝かせながら、その一角にあった今月限定の特別依頼の枠をみていた。
*ブラックウルフの皮 一頭につき金貨100枚
*ワイバーンの皮一頭分 金貨1000枚
*アシェル町とルグミアン森の往復 護衛 20日間 金貨50枚(審査あり、食事付き)
護衛の報酬額ですらかなり高い。ブラックウルフは知らないが、ワイバーンと言えばエルン市で一度その革で作られた高級鞄を見かけた記憶がある。金貨1000枚という桁違いの額からワイバーンという魔物の危険性が伺える。だが、実力があればやっぱり冒険者は夢のある仕事だとわかる。貼られている依頼書を適当に見ていると、掲示板端にある一つの依頼書が目に留まった。
*ブロミアン村 失踪事件調査 出来高報酬 金貨20枚(食事なし、宿付き)
「君たち、冒険者の仕事に興味があるの?」
突然後ろから女性の声が聞こえ、振り返ると受付らしき10代後半の女の子だった。
「えっ、はい。この失踪事件というのが少し気になって」
「ブロミアン村なら私たち途中で通るよ」
横に立っていたロットが言った。受付けの女の子は俺たちが文字を読めるということに驚きながらも、
「その失踪事件ね…結構前から依頼が出てるんだけど、全然解決してないのよね。ここ何ヶ月間で何組もの冒険者が臨んだけどだめだったの」
そう言うと、彼女は受付にやって来た冒険者に呼ばれて行ってしまった。それから、トニーは一通りギルドの中を見て回り、満足げな表情をした。俺はふと思い出し、自分のレベル鑑定をしようとした。しかし、エドさんが慌てて俺を止めた。王国調査隊の任務があるので、出来るだけ目立たないようにしなければならないと言われ、俺たちはそのままギルドをあとにした。この前、ルハン町に戻った時に鑑定してもらっていたので、特に大きな不満もなかった。ただトニーに微妙に負けていたのが悔しくて、もしかしたらともう一回鑑定したかっただけだったのだ。
宿屋に戻った俺たちは久しぶりにベッドの上でぐっすり眠り、翌朝ラシェル町を出発した。
俺たちの馬車は荷台が覆われた幌型で、基本的にはエドさんが御者席で二頭の馬の手綱を握っている。エドさん以外は馬車の操縦がまともに出来ないのだ。旅に出てわかったが、俺たちは日常生活の知識と経験がない中々の無能集団だったのだ…
しばらくの間、いつものように馬車に揺られながら進んでいると、
「あのブロミアン村の失踪事件少し気にならないか?」
と突然トニーが聞いてきた。
「うん、あたしも少し気になったのじゃ。折角だから寄っていくのじゃ」
…トニーとグッターはあの依頼に興味があるのか…
「あの村ならちょうど夜には着くはずだよ」
ロットが二人の肩を持つようなことを言った。
「なるほど、ちょうどいいのじゃ。今夜はあの村に泊まるのじゃ」
「村の人からいろいろ聞いてみようぜ」
いつになく、トニーとグッターがノリノリだな…俺はどちらでもいいが、二人が息を揃えているのがちょっと嫌だな…
最初は嫌がっていたエドさんだったが、止まらない二人に押され、今夜はブロミアン村で一泊することになった。
そして、日が傾いて来た辺りで、俺たちはブロミアン村に着いた。ざっと見て数百軒近くの家が建ち並んでおり、その向うには広大な森林が続いていた。そして、積み上げられた丸太やそれらを加工した様々な木材が至るところに並べられてあった。林業を中心とした集落のようだ。
俺たちは最初に目に入った村人に話しかけ、宿屋がないかどうかを聞いた。すると、村人は一人の老夫婦の大きな家を紹介してくれた。宿屋ではなかったが、食事付きで空いている部屋を金貨一枚で貸してくれるという。昨日泊まった宿屋は一人銀貨3枚だったので、5人全員で金貨1枚は手ごろな料金だ…と思う。さらに、老夫婦は村の木材を運ぶ馬車の世話人を紹介してくれた。その人は餌込みで馬二頭のお世話を銀貨二枚で引き受けてくれた。道中に気が付いたが、何気に馬の餌代は俺たち一人分の食費よりも高いのだ。
60代前後の老夫婦はこなれた様子で俺たちを案内した。宿屋と同じような生活感のない部屋で、老夫婦のとは別の来客のためだけの食事部屋があった。普段からこういう商売をやっているようだった。家の内装を見る限り比較的裕福な夫婦のようだった。
息子夫婦が南の町で働いているというこの老夫婦のおばあさんはデボラで、おじいさんはエタンという名だった。暗めのオレンジ色の長い髪を後ろに束ねたデボラさんは人当たりが良さそうな顔と恰幅の良い体系をしていた。白髪が広がった頭髪に、深みのある顔立ちのおじいさんは細身だが筋肉質で、力強い雰囲気を醸し出していた。だが、どこか相容れない隔たりを感じさせるものがあった。
用意してくれた食事を頂く俺たちに、二人は村について話をしてくれた。この村は人口300人程度で、ルネリアン辺境伯爵の直接領土だった。辺境伯爵の領土は林業が盛んで、この村はその代表的な場所の一つだった。木材は一括で南の大きな街に運ばれるため、運搬用の馬車が何台も辺境伯爵から貸し与えられているという。
エドさんは自分が王都の騎士で、俺たちが王都高等学園の課外活動の一環で旅をしていることなどを話した。その内、トニーが我慢し切れなくなったのか、依頼書にあった失踪事件について聞いた。その瞬間、二人のお顔色が変わった。少し押し黙ってから、エタンさんが事件について神妙な面持ちで話してくれた。
始まりは半年前、村の住人が一人忽然と姿を消してしまった。最初はそこまで気にしていなかったが、月に一人ずついなくなっていったため、辺境伯爵に騎士団を派遣してもらって調査をしたが、何もわからなかった。その後も失踪が続き、冒険者ギルドにも依頼を出して何組かの冒険者たちに調査してもらったが、結局何も分からなかったという。
突然いなくなってしまうため、事件なのかどうかもはっきりせず、調べようがなくただ漠然とした不安が村に広がっているという。6人目が消えてから一ヶ月近く経っており、何があるか分からないので、俺たちに夜は外出しない方がいいとエタンさんは忠告してくれた。そして、彼は家を足早に出て行った。
トニーとグッターはああだこうだ言いながら事件について話し合っていた。俺もこの奇妙な事件に考えを巡らせていると、エタンさんがある男を連れてやって来た。男は40代中盤で、貴族のような気品溢れる出で立ちだった。
「初めまして、この村の村長をやっておりますフィルマン・ド・サボワです」
フィルマンと名乗った村長は子供だらけの俺たちに一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに元の表情に戻り、
「王都の騎士と学園生が来ているとエタンから聞いて挨拶に参りました。気を悪くしないで下さい。外から客が来たらすぐに報告するように私からエタンに言ってあるのです。もし良ければ私の屋敷でお話をしませんか?」
と言って、フィルマンさんは俺たちが返事をする前に先導するように手で入口を指し、軽くお辞儀をした。エドさんは少し困ったような表情をしながら、誘いを無下に出来ず誘導されるままに老夫婦の家を出た。俺たちも後をついて行った。トニーは新たな展開に目をキラキラさせながら歩いていた。
村の入口から反対の村の奥の方向に進むと二階建ての屋敷があった。大きくはあったが、余計な装飾などがなく村に溶け込むように建っていた。
俺たちはすぐに屋敷の中の応接室に案内された。フィルマンさんは使用人に指示を出して飲み物を用意させた。そして、縦長のソファの上に並んで座っている俺たちに向かって改めて自己紹介をした。彼は南の地域のフィルマン男爵家の次男だった。フィルマン家は代々この村の村長を任されてきたのだという。俺たちも軽く自己紹介をした。そして、フィルマンさんは失踪事件について話しだした。
「こちらにわざわざ来て頂いてお話をするのは、王都の騎士であるエドワルトさんと名高い王都高等学園の皆さんなら何か知恵をお貸しして頂けるかも知れないと思ったからです。実は最初に失踪した男性はその数日前に森のある場所に行っておりまして、そこから帰って来た彼はすぐに体調を壊し、しばらく治療を受けていたのです。これは村の中でも限られたものしか知りません」
フィルマンさんは初対面の、しかも俺たちのような子供たちに村人にも隠していた情報を開示してきた。
「なぜ村の人には隠しているのですか?何か事件と関係があるのですか?」
と言ったエドさんもフィルマンさんの言動を不審に思っているようだった。
「ある場所というのは、ここから北にある森林地帯なのです。辺境伯爵からこの村の伐採量を増やすようにという要請があり、私は木材を仕入れることが出来る新たな地区の調査をしていたのです。最初に失踪した男はその調査をしに行っていたのです。その彼が帰って来てすぐに病にかかったと村中に知られれば、これからの伐採地区の拡大に影響が出るので伏せていました。その男はすぐに回復しましたし、余計な不安を煽りたくなかったのです」
「ルネリアン辺境伯爵の騎士団が失踪事件の調査を行ったんですよね?その時は北の森林を調べなかったのですか?」
「…ええ、騎士団は北の森林を隈なく調査したのですが、何も出てこなかったのです。しかも、そもそも失踪なのかどうかも調べようがなく、調査は打ち切りになってしまいました。ちなみ、騎士たちが帰って来てから病になったものは一人もいません」
「なぜ私たちにこのような話をしてくれたのですか?」
「身勝手なお願いではありますが、可能であれば皆さんに一度北の森林を調査して頂きたいのです。辺境伯爵の騎士団も冒険者もさじを投げてしまっていて、私としては藁にもすがる思いなのです…もちろん、森林に行ったことが失踪と何の関連もない可能性が高いのもわかっています…しかし…失踪した人たちはみんな大切な村民でした。これからも失踪者が出るかも知れないので何とか原因を突き止めたいのです。どんなに小さなことでも、何かわかることがもしあれば…もちろん、お礼も致します」
俺たちのような子供にも頭を下げるフィルマンさんはどこか追い詰められたような必死な表情をしていた。何かを隠しているような雰囲気はあったが、打算や悪意のようなものは感じられなかった。
「エドさん、その北の森に行くだけ行ってみようよ」
話を聞いていたロットが小さく言った。
「そうだぜ、ちょっとくらいいいだろ?どうせ長い旅になるんだし」
「そうなのじゃ、フィルマンさんがあたしたちにこんなに必死で頼んでいるのじゃ。少しくらいなら構わないのじゃ」
とトニーとグッターが隣から付け加えた。俺も誠実そうな人柄が感じられるフィルマンさんのために、森の調査くらいならいいだろうと考えた。エドさんは真剣なフィルマンさんのお願いと俺たちの説得で北の森の調査に行くことを了承した。
「本当にありがとうございます。わかったことがあれば、どんなに小さなことでも構いません。少しばかりですが、食料なども提供させていただきますので、宜しくお願いします」
と言ってフィルマンさんは頭を下げた。
俺たちは失踪した男が調査しに行ったという森の場所を聞いて、屋敷をあとにした。そして、老夫婦の家に戻って、森の調査に行くことともう一泊することを伝えた。
翌朝、馬車を取りに行くと、フィルマンさんが用意してくれたという食料を抱えたブリスという30代半ばの男が待っていた。ブリスさんは途中まで道案内をするように言われていた。俺たちはブリスさんを加え、北に向かって出発した。馬車を数時間走らせると道がなくなり、それ以上馬車で進むことが出来なくなった。俺たちは馬車をブリスさんに任せて、徒歩で失踪した男が調査していたという場所に向かった。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(12件)
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
面白いです!
更新されるのを楽しみにしています。
面白いです。
更新されるのを楽しみにしています。
更新はしないのですか?