事務職員として異世界召喚されたけど俺は役に立てそうもありません!

マンゴー山田

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すぐ忘れちゃうんだよ

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「ハルトはそのままでいいから色々聞かせてねー」
「はぁ…」

ダンジョンから戻ってきて3日目。
2日間まるっと寝てたらしく、起きたら頭がぼーっとしてた。
噛みついた左腕は完治。右腕はなんとなーく感覚はあったけど、動かせない状態。
けど、全く感覚がないわけじゃないからちょっと嬉しい。

それで、目が覚めたらシモンがいて。
もちろん冒険者風の服じゃなくて、騎士団の服ね。カッコいいんだよ。団服。
一度は憧れるよなー。

そんなこんなで怪我とか体調とか聞かれて、左手は大丈夫だけど右腕は動かないことを伝えたら、険しい顔してた。
と、そこで「ぐぅ」と腹が鳴った。それに少し驚いてたけど、仕方ないだろ!

「まずは食事にするか」
「あー…助かるー…」

ざっと計算して4日位食ってないんだよー。
でも喉は乾いてない。と、いうことは誰かが水だけは飲ませてくれたのか。
ありがたいんだけど、その方法についてはあまり聞かないでおこう。なんとなく、俺の勘が「聞いちゃだめよ」と言っているのだ。
聞いてもいいんだけどさ。
今はちょっと遠慮したい。精神的に。

とまぁ、食事を運んできてもらって(これにはびっくりした)部屋で飯を食うことに。
めっちゃいい匂いだけど、食事の内容的になんか病院食みたいな感じに首を傾げた。

「これ?」
「何がっつり食べようとしてるの。君、4日位何も食べてないんだよ?」
「うん。だから…」
「急に固形物を入れたらまた吐くぞ」
「うっ」

シモンの吐く、という言葉にしぶしぶスープみたいなやつにパンが浮いてるそれを食べようとして右手が使えないことに気付いた。

「あー…スプーン、持てないんだけど…どうしたら?」
「しまった。そうだった!」

ハワードが、若干芝居がかったリアクションで大げさにそう言った後「ごめんごめん」と笑いながらシモンを見た。
うん?
その視線に気付いたシモンが眉を寄せたが、にっこりと見えない圧をかけるハワードに折れたみたいだった。

あ。とっても嫌な予感。

嫌な予感程よく当たる。ご先祖様たちはよく言ったもんだ。
俺の隣にシモンが座ると、スプーンを手にした。

ああああ! やっぱり?!

「と、いうことでシモンに食べさせてもらってね☆」
「いや! だから何でそうなるんだよ!」

なにが「と、いうこと」だ! によによとしてるハワードに、がうっと噛みつけば「ぐううぅ」とさっきよりも大きく腹が鳴った。

「ぷくく。我慢しないでシモンに食べさせてもらいなよ」
「うぐぐぐ…!」

によによから、にやにやと笑い方を変えたハワードを睨むけど「やだー!子猫が睨んでるー! 可愛いー!」と言われてしまう始末。
くそぅ…。

「ほら、食え」
「ううう…」

っていうかなんでシモンは普通なんだよ!

「騎士団長様に食べさせてもらえるなんて、ハルトは幸せ者だね!」
「ハワードぉぉぉ! んぐ!」

文句の一つも言おうと、大きく口を開けた瞬間にスプーンが突っ込まれた。
おぐ?!
しかしすぐにそれは去り、残ったのは…。

「ぶふぅ!」
「ハルト?!」

熱々のそれに思わず吹き出せば、ハワードが「あはははははは!」と腹を抱えて笑う。
笑いどころじゃねぇ!

「あぢぢ! 舌、火傷したかも…」
「す、すまん! 今ポーションを…!」

あわあわと慌てふためくシモンが、ひぃひぃと笑っているハワードからビンを受け取る。

ハワードはお薬屋さんか?

けど口の中が痛くて、それを早くくれと左手を伸ばしたものの、それは空振りに終わった。
なんでだよ!
それからキュポンと軽快な音を聞いた後、なぜか顎を掴まれ上を向かされる。

はい?

そんな疑問は、シモンがポーションを口に含んだ瞬間解決した。

「おい?! まさ…んぐ?!」
「うはははははは!」

やはりというかなんというか。
シモンに口移しでポーションを飲まされる俺。そして指さして爆笑するハワード。
やめろ!と身体を押そうにも、右腕は動かず左手は力が入らない。

くそぉぉ! なにが悲しくて男と…シモンとキスなんかしてんだよー!

イケメンとキスとか一部じゃご褒美だろうけどな!
俺は別にそういう気はないの! ノーマルなの!

っていうか舌! なんで舌入れてんの?!

パニックになりかけながらも、口をふさがれて液体を流し込まれてんだ。息をしなけりゃ死ぬ。
短すぎる人生の中での知識を引っ張り出して、鼻で息をしてみたんだが…。

「ん、ふ…ぅ」

アッー! 変な息?声?が出た!
漫画でしか見たことない声じゃないですかー! やだー!

そして涙目になりながらも、いつまでも口の中に液体を残しておくわけにもいかず、ごきゅんと飲み込めばなぜか舌が口の中を動き回りだした。

ひえ?!

けど、ぬるぬると口の中を舐めまわる舌が気持ちよくて…。
こいつ…キス、うまいな。
舌を受け入れ、若干ぽやんとし始めたところでそれが抜けていく。

「ふあ…?」

なんで?とシモンを見れば「っぐ」となぜか呻かれる。
そして、唇を指で拭かれたところでハッとする。

「うわー?!」
「あっはははは! うんうん。身も心も問題なさそうでよかった!」
「って笑いながら言うな!」

右腕をテーブルに叩きつけようとして、失敗に終わる。
そうだったー!
感覚は少しあるから動かせるものだと思ってた! 感覚があるだけで、動かせないんだって!

「うがー!」
「むはははは!」
「笑うな!」

ついには、足をバタバタと動かして笑うハワードに怒りが湧く。
あー!もー! 腹立つー!

「ハワード」

シモンの低い声に、こいつも少し腹が立っていることに気付く。そうだぞー!言ってやれー!
俺じゃ遊ばれるだけだと分かってるからシモンに託す。
けど。

「いいじゃないか! 君だってパニックになってたくせにー!」
「っぐ! それは…!」

そう言ってビシッと指をさすハワードに言葉を詰まらせるシモン。おいー! お前まで黙ったらハワードを誰が止めるんだよ!
くいくいと左手で袖を引っ張り「おい!」と声をかければ、びくりと肩が跳ねた。

「―――ッ?!」
「なんで黙るんだよ!」
「そ、れは…」
「それはじゃな…!」

シモンに、ハワードを止めろよ!と言おうとしたところで、腹が盛大になった。

「ぶっはははははは!」
「~~~~~ッ!」

ハワードにネタを与えてしまった俺は、左手で腹を押さえると羞恥で顔が熱くなるのを感じる。
くっそー!

「…とりあえず、飯を食え」
「お前のせいだーッ!」

うがぁ!と勢いよく噛みつくと、どうしたらいいのか分からずスプーンを持ったままシモンが困惑していた。



シモンからスープを給餌のごとく与えられ、波乱の食事を終えれば今度は眠気が襲ってきた。
さんざん寝たのにもかかわらず、身体はまだ休息を求めているらしい。

「眠い所悪いねー」
「平気。あの時の眠気よりも耐えられるから」
「だからって腕に噛みつかないでよー? あれ、びっくりしたんだからさー」
「悪かったって」

さっきまで俺の食事をにやにやしながら見てた奴とは違い、ぷりっと怒っている。
まぁ、腕に噛み痕があったらびっくりするか。心配させて悪かった、と謝る。

「自分で自分を傷つけるのはやめてよね?」
「気を付ける」

そこまで言って、あれ?と思った。
俺…左腕の傷、自分でつけたって言ったっけ?

「そいじゃ、ダンジョンのこと教えてくれる? とはいっても粗方はシモンから聞いてるんだけど」
「ああ、なるほど」

ちらりとシモンを見ればシモンもまた俺を見ていて、バチっと盛大に視線が合う。
それに慌てて視線を逸らせば「それでねー」とハワードがのんきに話を続ける。

こういうハート、持ちたい。

「ハルトがダンジョンで感じたこととか教えてくれる?」
「でもシモンから聞いたんだろ?」
「粗方、ね? もしかしたらハルトだけが気付いてることがあるもだからね」

そう言って、ささっと懐から紙とペンを取り出した。
なんだろう…。取材を受けてる気分になるのは。
そんなことを思いながら「えーっと…」とダンジョンでの出来事を思い出す。

「あ。そうだ。思い出してるところ悪いんだけどさ」

話の腰を折るのが好きだな。
まぁいいや。

「何?」
「ダンジョンをどう歩いたか覚えてたら…断片的でもいいんだけど、路を紙に書いてくれる?」
「いいけど…」

はい、とペンを渡されて右手で取ろうとして「あ」と声が出た。

だから! なんで! 忘れるの!

ハワードも「あ」って言ってたから、忘れてたな。シモンだけが呆れた視線でオレ達を見てたから、シモンだけ気付いてたんだな。

はっず。

「えー…っと。路はまた今度書いて!」
「あ、ああ!」
「それで、何か気になることはある?」

気を取り直してもう一度。
でもさ。

「気になること、ねぇ…?」

粗方知ってるなら特にはない、かな?

「あ、そうだ」
「何々?」
「あの指輪って何だったんだ?」
「あ、そっち?」
「え?」
「うん。気にしないで」

にっこりと笑うハワードだけどなんかおかしい。
そこまで気にすることじゃないんだけど。

「あの指輪はねー、魔道具だよ」
「あれが? っていうか魔道具?!」

おお! なんか異世界っぽい!
ここ異世界だけど!

「そうそう。俺が作ったんだけどね」
「ハワードが?! すげぇ!」

えへん、と胸を張るハワードに俺はすごい、すごいと褒めればどんどんと仰け反っていく。楽しい。

「って、どこまでさせるの。でもうまく発動してよかったよ」
「あれすげーのな! ガラスの膜みたいなのが出て弾いてくれたぜ!」
?」
「ああ! なぁ!シモン!」

俺を背負ってくれていた時に、常に発動させていたから知っているはず。
振られたシモンは一度頷くと口を開いた。

「そうだな。ダークウルフの炎と爪、アックスビークの嘴、ウィル・オー・ウィスプの光からも守られたな」
「………………え?」

嘘だろ?みたいな表情で口を開けてぽかんとしてるハワードに、俺も「え?」ってなる。
何その想定してませんでしたって顔。

「え? ホントに?」
「ああ」
「うーわー…! マジかぁー…!」

べちんと自分の額を叩いて天を仰ぐハワードに、ちょっと引く。え?何?

「ダークウルフとウィル・オー・ウィスプの報告はあったけど、アックスビークもいるのぉ~…?」
「リッチもいたが、そのうちミノタウロスやキングなんかも出てきそうだったな」
「嘘―ッ!」

やだー!と手で顔を覆って、ぶんぶんと左右に振っている。
えー…。ちょっと…。怖いんだけど。

「なんで30階層の奴らまで出てきてるのさー!」
「知らん。ダンジョンに…世界樹に聞け」
「うわーん! 仕事が増えるじゃんかー!」

わっと泣きながら机に突っ伏すハワードを見て、完全にドン引きする俺。
うわ…。

「それがお前の仕事だからな。頑張れ」
「心のこもってない頑張れ程、頑張れないことはないよー!」

がばっと起き上がって俺を見るハワードの視線に、ひくりと口元を引きつらせる。
えー。嫌だよ…。

「ハルトぉ…」
「はいはい。頑張れ、頑張れ」
「頑張る!」
「おい!」

シモンより心がこもってなかったけどいいんだ。
それより、なんでシモンが怒ってんだよ。

「指輪の件はそういうことだから。また作ってハルトに試してもらうからね!」
「試作品だったのかよ! あれ!」

でも試作品でも大いに俺を守ってくれたからな。感謝しかない。

「っと…」
「大丈夫か?」
「ああ、なんとか?」
「あー…だいぶ眠そうだね。ご飯も食べたから余計に眠そうだね」
「ハワード」
「うん。今日はここまででいいよ。また明日なんか気付いたら教えてね」

そう言ってよっこいせ、と立ち上がるハワードに俺は気になっていたことを口にする。

「なぁ、この世界って幻とか幻惑とかの魔法ってあるのか?」
「え?」

俺の言葉に、ほわほわとしていたハワードの表情が険しくなった。
けど、眠くて俺はそれに気付かなかった。

「壁に手を付いた時、に突き抜ける感覚がしたんだ。だから…」
「幻だと?」
「うん。あとへんなおとと、こえが…」

ああ、ちくしょう。
ハワードに伝えたいことがあるのに、強烈な眠気に抗えない。
そうだ。あの時みたいに痛みがあれば起きれるかもしれない。
そう思って左手を持ち上げた瞬間。

「ダメだ、と言っただろう」
「でも」
「そうそう。また明日聞くから。今日はもう寝ちゃいな」
「…わかった」

身体から力が入らなくなって、そのままソファにもたれたまま重くなった瞼を閉じる。
狭くなった視界から見えたのは、満足そうに微笑むハワードの顔だった。



■■■



シモンにもたれかかり、すうすうと寝息を立てるハルトを見るとほっこりとする。
可愛いなぁ。
でれでれと鼻の下を伸ばしていると、シモンがハルトを気にしながらも俺を見る。

「幻…か」

その声は堅く、先ほどまで穏やかに話していた人物だとは思えない。
ハルトには甘々だもんねー。君。

「ハルトの言うことが本当なら大変なことになるね」
「…そうだな」

ハルトを見つめる瞳はやはり穏やかで。
7年間ずっと険しい顔をしていたシモンが年相応に見えるのが嬉しい。
がむしゃらに走り続けてきた7年間。俺も結構走ってるとは思うんだ。
でも、シモンをここまで柔らかくすることができなかった。だからハルトには感謝しかない。

「さて。俺は父上に報告してくるよ」
「…オレも行った方がいいか?」
「へーきへーき。それよりもシモンにはここにいてほしいんだ」
「…マシュー殿下か」
「そ。君がいれば第一騎士団長の権限でここには入れないから」

ほーんと厄介だよねぇ。あの脳足りん。
だからハルトとユナは絶対に守らなければならない。
今回のことで狙われるであろうハルトは特に、ね?

「そいじゃあちょっと行ってくる」
「…ああ」
「そうだ。君、しばらくハルトの部屋を使ってよ」
「それは構わないが」
「よかったー。嫌だって言われたら命令しなきゃならないとこだったからさー」

あっはっはと笑ってから、紙とペンを懐にしまう。
そうだ。

「紙とペンは置いておくから、ハルトが書きたいって言ったら書かせてあげて」
「書くのはオレか?」
「もちろん! それと右腕のことも、もう少し詳しく聞いてくる」
「頼む」
「そうそう。頼ってくれていいんだよ。君よりは権力があるからねー」

にひひと笑って、今度こそソファから立ち上がると小さく息を吐く。

「えっちなことはハルトが許可したら許す」
「ハワード?!」
「抵抗できないのをいいことに無理やりことに及んだら、君でも許すわけにはいかないからね?」
「…承知いたしました」

シモンの返答ににっこりと笑ってから、俺は部屋を出ようとドアに近付く。
すると、何やら揉めているような気配。

あー…もー…。面倒くさいなー。

通路に騎士を置いてきて正解だったよー。
これからのやり取りにうんざりとしながら、気合を入れてドアを開ければ元気すぎる声がぶつかった。

あーあ。本当。この兄、面倒くさい。


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