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給餌再び
しおりを挟む俺が無事転倒し、シモンにベッドまで運んでもらい少し話しをしているときに、どたどたと足音を響かせながら部屋に向かってくるのを聞いた。
それにシモンと顔を見合わせたけど、苦い顔をしていたからここに向かっている人が分かるのだろう。
とはいってもここはトレバー達の家。つまり。
「ハルトぉー!」
ばぁん!とドアを壊さんばかりに開けてなだれ込んできたのはトレバー、グレン、ヒューム。
この家の持ち主たち。
けれど、どこか涙目になってるのはなんでなんだろうか。
大きく肩を動かして、俺を見つめる目が大きくなっている。
なんだよ。死人に出会ったみたいな顔して。
「久しぶり?」
そう言った瞬間、3人がベッドに向かってきた。
怖ッ!
しかもシモンは巻き込まれる前に、立ち上がって避難してるし。
おいー!
「ハルト! もういいのか?!」
「腹は?! 腹減ってないか?!」
「くらくらしないか?! 何かしてほしいことはないか?!」
それぞればらばらに話すものだから、言葉が聞き取れない。
それに困惑しながらも、ずいずいと近付いてくる3人が言いたいことが一つだけ分かった。
「右腕はないけど、大丈夫だよ。ありがとう」
にっこりと笑ってそう言えば「はああぁぁぁぁ…」と3人から力が抜け、ベッドの下に塊になった。
だ、大丈夫か?
「よかった…ハルトが生きてて…本当によかった…」
ヒューの言葉に「あ」と声が出た。
それを聞き逃す3人ではない。しゅばっとものすごい勢いで顔を上げると、ずずいとまた近寄られた。
「なんだ?! なにかしたいことがあるのか?!」
「あー…。そういえば生きてるなって思って」
「どういうことだ?」
俺の言葉に静かに反応したのはシモンだった。
「いや…。右腕を斬った時点で俺を殺すこともできたのに、生かされてるなって思っただけ」
「それは…」
起きた時に不思議に思ったことはもしかして、まだ『生きている』ことだったんじゃないかと思う。
なんせ右腕を斬り落とした時点で、俺の抵抗はほぼ不可能。だから殺すことも簡単だったはず。
けれどそれをせずに、俺を生かしてくれている。
まぁ、放っておいても出血が多すぎてそのまま死ぬ可能性もあったんだろうけど。
でも、俺はそうじゃないと思う。なぜ、と聞かれると困るんだけど。
「もしかして…シモンだったから?」
「あー…。そのことなんだけどな…」
「うん?」
なにか言いにくそうにグレンが頬を掻きながらそう告げた時。
ぐううぅぅ…。
「………………」
盛大に俺の腹が鳴った。
それに顔を熱くさせながら、そっと腹を擦ると「きゅるるるる」と今度は可愛く鳴る。
タイミング…!
腹が鳴るにもタイミングがあるだろ…!
きゅっと唇を硬く結び、徐々に背を丸めていけば「ぷっ」と誰かが笑った。
そして。
「ぶははははっ! 腹!」
「っくく…そうだな。1週間碌に食ってないもんな…ッ」
「…話しの前に腹をどうにかするか」
そう冷静に告げるトレバーだけど、肩、震えてるの知ってるからな。
それにぎろりと睨めば「悪かったって」と笑いながら頭を撫でるのはヒュー。
くっそー…!
「とにかく、だ。ハルトに飯を食わせるのが先だ」
肩を震わせながらグレンがそう言えば、シモンも「そうだな」と顔を背けながら告げる。
こいつ…。絶対笑ってんじゃねぇか…。
そんな4人に、それぞれを睨んでやると「ぐぎゅるるる」とまたもや盛大に腹が鳴った。
それに耐え切れず、グレン、トレバー、更にはシモンが吹き出した。
お前ら…!
「全員アウトーッ!」
そんな俺の叫びが空しく部屋に響いた。
シモンにお姫様抱っこをされながら(俺は嫌だって言ったんだぞ?!)1階へ。
するとそこにはシスター…花村さんが座っていて。
シモンに横抱きにされる情けない姿を見られながらも、花村さんの表情が今にも泣きだしそうなほど、ほっとしているのを見てしまったからか何も言えなくて。
「ハルト…君…。よかった…」
「えと…シスターにもご心配をおかけして…」
「いいえ。いいえ。ハルト君が元気なら…それでいいの…」
花村さんの少し震える声に、なんだか申し訳なくなって。
俺が寝ている1週間、ずっと心配をかけてたんだろうな…。ごめん。
「ところで、もう起きても大丈夫なのですか?」
花村さんにも俺の右腕がないことを知らされているのだろう。
俺の様子を見てもさして動揺していない辺り、すごいなと素直に思う。
「ああ。それでハルトの腹が盛大に鳴って…」
そこまでグレンが言えば、またしても腹が鳴った。
それを聞いて、ヒューが吹き出した。ちくしょう…。
顔を真っ赤にして、ぐぬぬとしていると花村さんが「あらあら」と少しだけ驚いている。
「悪いが飯を食わせる」
「ええ。そうしてください」
「……………」
シモンがそう言ってことはもしかして?
ちらりと横抱きにされたまま顔を見上げれば「なんだ?」と視線が合う。
それに慌てて逸らすと「はいはい、ごちそうさま。ちょっくら飯の準備するからおとなしく待ってろよ」と頭を撫でられた。
そして飯の準備が整うまで、なぜか俺はシモンに横抱きにされたままだった。
なんでだよ。椅子があるんだから降ろせよ。
「それで。シスターは俺の様子を見に来た、と」
「はい。そしたら突然シモン様が走り出しまして…」
「あれはびっくりした。おれ達を置いて走ってくんだもんな」
にひひと笑うグレンをまる無視して、俺の口にスプーンを運んでくれる。
トレバー達が飯を準備してくれて、もしゃもしゃと飯を食ってたんだけど空腹が強すぎて咀嚼が追いつかなくてな…。
はい。喉に詰まらせて死にかけました。
なので再び給餌。
左手は常にコップを持ってる状態に。
なんか…間抜けだな。
でも知らずに右に倒れていく俺の身体を支えながらの給餌は難しくて、なんとシモンの膝の上に横になって座って給餌中。
めちゃくちゃ行儀悪いんだけどね。
でもこうしないとまた喉を詰まらせて死にかねない、とトレバーに真剣な表情で言われて申し訳ないけどこんな状態に。
恥ずかしいんだけど、空腹には勝てずそれを承諾し、飯をもぐもぐ中。
ちなみに飯はスープにパンを浸したもの。
うめぇ…。
1週間ぶりの飯だから、胃が驚くだろうとのことでこうなってるらしい。
でもコーンスープとパンだからめちゃくちゃうまい。次! 早く次!と急かしていると「やっぱり、兄さんに頼んで正解だな」とトレバーが笑っている。
「おれ達だったら、ハルトの要求通りめっちゃ早く食わせそうだしな」
「分かる。そして喉を詰まらせそう」
うんうん、と頷きながらグレンとヒューが話してるのを聞きながら、口を動かすとごっくんと飲み込む。
「シモン! はよ!」
「…いくら腹が減っているからって急いで食うと腹が痛くなるぞ」
「いいから! はよ!」
ばたばたと足を動かして「はよはよ!」と催促をすると、すぅっと瞳が細くなった。
すみません。痛かったですね。
シモンに睨まれて大人しくすると「そうだな」とにやりと笑う。
え?
「次、急かす様なら口移しで食わせるからな」
「ア、ハイ。ゴメンナサイ」
それだけはやめてください。お願いします。
何が悲しくて人前で口移しをしなきゃならんのだ。
シモンのその言葉を聞いて、渋々ゆっくりと咀嚼して飲み込む。
それを繰り返し、スープとパンがなくなる頃に、皿が置かれた。
なんだなんだ?
「フルーツは食べられそうですか?」
「ありがとうございます! 果物好きなんですよー」
「よかった。お見舞いの品に果物を選んで正解でした」
うふふと笑う花村さんにほわんと癒されると、桃っぽいそれが口元に運ばれる。
それをもぎゅりと口に含めば、あふれ出す果汁。
「うまぁ…」
「ゆっくり食え」
シモンの言葉にこくこくと頷きながら、果物を食う。
それでも2、3個食べたら腹が一杯になった。余ったものをトレバー達に渡せば、ぱくぱくと食べていく。
「食いかけで悪いな」
「気にすんな。それにしてもうまいな」
そう言いながらもぐもぐと食べているトレバー達を見てから、花村さんを見ればにこにことしていて。
「腹一杯…」
「よかったな」
「ああ」
久しぶりに腹一杯食ったような気がする。
さすさすと腹を擦って「満足」と言えば、3人に笑われた。
失礼な。
「そうだ。なんか食いたいもんあるか?」
「あー…そうだなー」
肉も食いたいし魚も食いたい。
けど、今一番食べたいのは…。
「テレンスさんのケーキ食いたい…」
「ああー。分かる」
クリームがあんまり甘くなくて普通にぱくぱく食えちゃうんだよ。
クッキーも甘さ控えめだし。
ああ。だめだ。思い出すだけで涎が…。
「ハルト君」
「はい?」
ケーキを思い浮かべていると、花村さんに呼びかけられた。それに慌てて頭の中のケーキを消すと、花村さんを見る。
すると、にっこりと微笑んでいた笑みが消えていて。
あ。なんか…嫌な予感?
「大けがをしている所申し訳ありませんが、できるだけ早くお城に来ていただけませんか?」
「え? なんかあったんですか?」
「実は…」
そう言いながら俯いていく花村さんに、よほどのことがあったのかとごくりと喉を鳴らす。
そして俯いた花村さんが顔を上げるとこう、口にした。
「ハワード様が、切れ散らかして手に負えないんです」
「はい?」
花村さんのその言葉の意味が分からず思わず間の抜けた声を上げた俺だった。
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