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ちゃんとやってるんだ
しおりを挟む「ハルトー? 調子はー?」
「…太りそう」
「むはは!」
25階攻略まであと3日となった。
毎日トレバー達が来てくれて果物を持ってきてくれる。そしてそれをテレンスさんに流してケーキへと変えてもらって、トレバー達に渡されている。
あれだ。win-winな関係だ。
そして俺はそのおいしいケーキを毎日給餌されている。
食事をとった後にケーキ。おやつにケーキ。腹が減ればケーキ。
運動したいけど右腕がなくなってすぐ、俺が転んだことを知っているシモンの目があるからできないんだよなー…。
つまりは食っちゃ寝のニート生活。
本も読もうとしたんだけど、片腕だとやっぱり読みづらくて早々にやめた。
右腕があるときは押さえてたからなー。それがなくなったのはやっぱり辛い。
でも変わったことが一つ。
シモンに用がある騎士団の人の視線がなくなった事。あれだけ見られてたのに、右腕がなくなってからそれがない。
陛下代理の人(名前知らないからな)が何か言ってくれたのかもしれないけど。
「それで? なんか用?」
「そうそう。バカが呼んでるんだけど、どうする?」
「バカの方…と言うことは陛下代理の人か」
「ふはは。そうだね」
ハワードの言うバカとクソ。その2人のことが分かるのもなんかなー…。
でもさー。俺としては名前で呼びたいわけですよ。
「ハワード。名前教えてよ」
「えー? ハルトを傷物にしたバカだよー?」
「傷物て…」
「そうでしょー? でも僕は傷物でも歓迎するけど!」
「ああ。マッピング能力を買ってくれるのは嬉しいけど…」
「ありゃりゃ。伝わってないかー」
「?」
ふふーと笑うハワードに眉を寄せると、なぜかシモンから冷たい視線を受ける。
なんだよ。
それに睨み返せば、視線が逸らされ黙々と書類らしきものを処理していく。
「ウィンダム」
「うん?」
「名前。知りたかったんでしょ?」
「まぁ…うん」
にひ☆と笑うハワードに少しだけ困惑しながら頷く。
どうしたんだ?
「それで、どうする? 嫌なら行かなくてもいいよ」
「うーん…ウィンダム様、結構メンタルやばそうだったからな…。元気な姿が見られるなら見たいな」
「…ハルトってホントお人よしだよね」
「なんだよ」
「そこが長所だなって思っただけ☆」
やぱ☆と笑うハワードを不思議に思っていると、ガタと椅子が動く音がした。
そうそう。右腕が動かなくなった時から、なぜか聴力が少しだけよくなった。きっと身体が生存本能で少しでも危険を早く知るためにこうなったんじゃないかって医者に言われた。
ルスとは関係ないみたいで、ちょっとほっとした。
俺の身体はルスに頼ることなく、自身で必死に対応しようとしていることに。
だから物の音も聞き分けられるようになった。
「行くなら着替えさせるぞ」
「この服でもよくない?」
「それでもいいけど、宰相とか青筋立てそう。それでも面白そうだけどねー」
「いいんだ」
断られる前提で言ってみたけどハワードがいいって言うならいいんだろうけど、やっぱり着替えよう。
「すぐ行くの?」
「いつでもいいよー。真夜中でも」
「いや…さすがにそれは…」
「待たせればいいんだよ。あのバカなんか」
ぷぷ!と怒るハワードに苦笑いを浮かべると、よっこいせと立ち上がろうとする仕草を見せればすぐさまシモンが反応する。
や。さすがに気を付けるからさ。そんな反応しなくても…。
「なんかシモンの過保護がすごいんだけどなんかあったの?」
「ん。なんもない」
「んなわけないじゃん。シモンー」
「ハワード!」
「…右腕を斬られた後、1人で移動して転んだ」
「あーッ!」
何で言っちゃうかな?!
別に隠しておいてくれても…ってハワード怖ッ!
「ホント、君の危機感ってゴミ以下だよね」
「ごめんて!」
じとりと半眼で見つめられて焦る俺。
転んだのは確かだからな。しかもその後ポーション飲んで回復したけど、トレバー達にも怒られたし。
「シモンがいるなら転ぶことはないから頼りなよ」
「あ、うん」
にこにことしているハワードに曖昧な言葉を返すと「行くぞ」とシモンに背中を押されながら着替えに向かった。
「申し訳なかった」と頭を深々と下げられて謝罪をされ、それを受け入れた。
あのマシュー殿下も頭を下げていたし、冷たい視線を向けていた人たちも俺に頭を下げてくれた。
それに25階の原因がルスじゃない、ということも一応誤解は解けたみたいだしよかった。
…本当かどうかはこれから調べに行くんだけどさ。
それと顔色もよくなってて、俺的にはほっとした。
あの時、土気色に近かったからさ。
右腕はくっつくから問題ないから許せることだよな。これでくっつかなかったらマジで国に養ってもらうところだったけど。
「久しぶりに歩く気さえする」
「あはは! ずっと部屋にいたもんねぇ」
「だから太るっていっただろうが」
のほほんと歩くハワードにがるると噛みつきながら、ふらふらとする俺をシモンがさりげなく支えてくれる。
やっぱりバランス取りづらいんだよなー…。慣れてないからかもしれないけど。
ハワードと会話をしながら『魔道具開発部』へ向かう途中。
何かブレる音がして、先を歩くハワードの袖を引く。
「どったの?」
「なんか…音が…」
そう言った瞬間。
「うわっ!」
「『朔月』…!」
目の前に魔物が現れた。
城の中なのに?!
そんな考えはハワードに抱きこまれることで中断。
なんだか良く分からん魔物にシモンが駆けて行った。
「なに…なに…何?!」
「なんでこんな時間に…ッ!」
珍しく焦るハワードの声が、本当に突然起こるものだと知る。
これなら対処のしようがないわな!
そんなことを思いながら、ただただハワードに抱きしめられる。
「ハワード!」
「分かってる! ハルトは任せて、君は城内の魔物をよろしく!」
「…ああ。ハルト」
シモンに声をかけられると、ハワードが腕を緩めてくれた。
「ハワードとこのまま魔道具開発部へ行け」
「わ、分かった」
こくりと頷くと、頭を撫でられた。
するとそのまま、次々と湧き出る魔物を1人で倒していく。
そんな背中を見つめるとハワードに左手を掴まれ「行くよ」と告げられ、背中を向けて駆け出した。
「ッだー! もうなんなの!」
「はわ…ハワード…! 息…つらい…ッ!」
魔物と出くわしたら逃げ、騎士さんに任せるという戦法を使いながら走る。
城内もパニック状態のようで、逃げ惑う人が多い。
城内という場所の問題で魔法は使えない。
その為、魔導士と思しき人が逃げている。
騎士さん達も頑張ってはいるけれど、魔物が強いのか2~3人で魔物を倒しているようだ。
そんな中を俺たちは駆け抜ける。
魔物と戦い、怪我をしている人も見かけるけれど、俺には治療をしてやることもできない。
ぐっと唇をかみしめながら「ごめん」と心で謝りながら走り抜ける。
「ハルト、大丈夫?」
「ごめ…も、息…っ!」
ぜいぜいと肩で大きく息を吐きながら、もつれそうになる足を何とか動かす。
繋がれた左手に引っ張られるように動いているだけで、俺自身はすでに限界を迎えている。
魔道具開発部を目指していたけど、魔物のせいで遠ざかってしまっている。ハワードもどこかに隠れようとしているのだろうが、下手に部屋に飛び込めば先に避難している人が危険に晒されることを危惧しているみたいで、とにかく走る。
だからハワードが…王族しか入れない所まで走っているらしい。走りながら教えてくれたけど、ここは俺も来たことはない場所だ。
「もうちょっとだから…! 頑張って!」
「ま…ッ!」
ぐい、と引っ張られた瞬間、足がもつれてバランスが崩れ、右側から倒れる。
「い…ッ!」
「ハルト!」
どしゃりと倒れた俺をハワードが「ごめんね! ごめんね!」と必死に謝っているけど、悪いのは俺だし、と言おうとしても出てくるのはヒューヒューという呼吸音だけ。
そんな俺たちを狙ったかのように、魔物が現れた。
「はわー…にげ…」
「逃げれるわけないでしょ!」
俺はいいから、とハワードに伝えたけど、ハワードは倒れた俺をかばうように前に出た。
やめろ!と声を出したいけど、呼吸をするだけで精一杯。
なんとか立ち上がれないかと試すけど、バランスを再び崩して右側から倒れこむ。
「ハルト!」
「にげろ…おれ、おいてっていいから…」
「何言ってんだ!」
「いいから…」
こんな茶番をやってる間にも魔物はゆっくりと近付いてくる。
足が速いやつじゃなくてよかったと思いながらも、ハワードを逃がすにはどうしたらいいのか考えていた。
すると。
「第二隊!」
「はっ!」
声が聞こえてきたと思ったら、第一騎士団の団服とは違う団服を着た人たちが俺たちに向かって走ってきた。
そして俺たちを通り過ぎ、魔物と戦闘を開始。
それをぽかんとしながら見ていると、ハワードが「大丈夫だからね?」と抱きしめてくれた。
そこで助かったのだと気付き、身体から力が抜けた。
「はっ。第一騎士団にいたお前がこんなに情けないとはな」
カツ、と俺の側まで近付いた靴音に首を捻れば、そこには面白お兄さん…マシュー殿下がいて。
「なんでクソが…」
「兄上からの命令だよ。第一、第二共に魔物のせん滅を優先せよ、とのことだ」
「そ…なんだ…」
「立てるか?」
「…手は借りない」
「お前じゃねぇよ。そっちの異世界人だ」
「は?」
低い声での「は?」に驚き、ハワードを見れば半眼でマシュー殿下を見つめている。
そして。
「ハルトは僕に任せてよね」
「はんっ。魔物相手に丸腰で向かおうとしてた奴が言うセリフか?」
「武器があれば倒せてた」
「どうだかな」
マシュー殿下とハワードの会話を聞きながら呼吸を整えていると「キイヤアアァァァァ!」と耳をつんざく声を魔物が上げた。
それに耳を塞ごうとしたけど、左腕も痛くて防げない。
「お前はきついからな」
「え?」
そう言って、マシュー殿下が俺の耳を塞いでくれた。
ハワードも叫び声はきつかったからか、自分の耳を塞いでいる。あ、よかった。
それにほっとしていると、手が離れていった。
「団長。終わりました」
「よくやった。この辺りにまだいるかもしれないから気を引き締めろよ」
「はっ!」
どうやら怪我もなく戻ってきた団員たちにそう話すマシュー殿下にぽかんとすれば「なんだ」とじろりと睨まれた。
「あ、いや。ちゃんと団長なんだなって思って」
「んだと?」
「シモンを見てるからそうなるのは違いないよね」
「ハワード!」
「んべ」
マシュー殿下とハワードって仲いいよな。
舌を出すハワードに抱きしめられながら、ゆっくりと立ち上がると第二騎士団の団員たちに囲まれて移動。
「それよりごめんね」
「いいよ。転んだのは俺のせいなんだから」
「右側大丈夫?」
「平気。痛みはあんまりないから」
そんな会話をしながらやって来たのは重厚な扉の前。
え? 何ここ。
「ここは王族専用だ」
「え? じゃあ、俺入っちゃダメじゃん」
「緊急の時は関係ないからね」
そう言って開かれた扉の先へと進めば、ぶわりと光があふれ出る。
は?
それは髪を、服を揺らし、目を焼く。
それほどまでに眩しい光が俺を中心に溢れ、大きく膨らんでいった。
“大事ないか?”
「え?」
光の中で聞こえたその声に驚く。
“お前は今大事な身体であろう?”
「言い方」
“急に『朔月』の気配があったから来てみたが…。ふむ。愚かな王の弟が助けたか”
「ああ。マシュー殿下に助けてもらった」
“ふむ。ならば何か褒美でも与えるか”
「ハワードにも」
“ふっ。分かっておる”
「って言うかこの光なに?」
“浄化の光だ。このまま国を包んでいく。それが終われば消えるから安心しろ”
「そっか。よかった」
その言葉にほっとした俺に、ルスがからからと笑った。
“お前が死んでしまったらつまらないからな”
「そんな理由…」
“なに。そんなお前に我からプレゼントだ”
「ええー…」
“いらないとかぬかすなよ?”
「ハイ。イタダキマス」
見えない圧に負けてそう言えば、満足そうなルスに苦笑い。
すると光が急速に収縮し、足元から元に戻っていくと、俺の周りに何かがあることに気付いた。
そして、その光が治まるとハワードの声が聞こえた。
「ハルト!」
「ここにいる!」
その言葉に返事をすると、俺を見つけたハワードがぎょっとしている。
「ハルト…何それ?」
「…ルスからのプレゼント」
ぺたんと座り込んだ俺の周りにはたくさんの光る実や草、枝なんかが散乱していて。
「…異世界人は草が好きなのか?」
それを見たマシュー殿下のその言葉に、ただ笑って返すしかなかった。
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