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右腕の行方
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「やーっとくっついたかと思ったけど…」
「なんでおれ達と一緒にいるんだ?」
シモンと(多分)気持ちが一緒だと分かって1週間。
何事もなく、俺はトレバー達と25階に来ていた。
俺がシモンとごにょごにょと言っただけで察したらしい3人が「よかったー! これで兄さんに殺されそうにならなくて済む!」とヒューがガッツポーズを決め、トレバーとグレンがなぜか抱き合ってた。
っていうか…殺されるって…。
「兄さんがうちに来るたびに、見えない圧でどれだけ牽制されてたことか…」
「な、なんか悪いな…」
うっうっと泣くヒューにどうしたらいいか分からず、とりあえず背中を撫でておく。
「兄さんもハルトが気になるならさっさと言えばよかったのにな」
「それはまぁ…いろいろあったみたいだから」
「あ、ここ右ね」と言いながらダンジョンを進めば、ずしりと頭に何かが乗った。
「ルス…。頭に乗るなって、何度も言ったよな?」
“ふむ。ここがやはり一番落ち着くからな”
「落ち着くとか落ち着かないとかじゃないんだよ。重いの。分かる?」
“極限まで軽くしているからな。重いことはないだろう”
「じゃあこの重さはなんだよ」
“さぁな?”
くかか、と笑いながら俺の頭の上に座るルスに文句を言いながら、南を目指す。
今の25階はただのダンジョンだ。路が変わることはないけれど、1日経つと路が変わってしまう。だから、冒険者が迷わないように道標を書いていくのが今の俺の仕事。もちろんトレバー達も一緒に。
というか、トレバー達がいないと俺はあっさり死ぬからな。主に戦闘的な意味で。
そして時々こうやってルスが俺の頭の上に乗ってくる。なぜかは知らないけど。
「今日の路は随分と簡単だな」
「そうだな。オレ達でも覚えられそう」
“かかか”
頭の上で笑うルスは今日もご機嫌だ。
“しかし冒険者とやらは素晴らしいな”
「そうなのか?」
“1週間足らずですでに30階まで踏破している”
「それってすごいの?」
そうトレバーに問えば「そうだな」と、顎に指を絡める。
「25階から30階まではそれほど問題はない」
「ふむふむ」
「けどそれは、ある程度の冒険者に限ったことだけどな」
「うん?」
どういうこと?
「そうだな…。俺たちは50階までは楽勝だけど、そこから先は厳しいかもな」
「え? そうなの?」
「ああ。兄さんなら…えーっと、第五部隊なら60階までは軽々行けそうだけどな」
「ああー…第五部隊…」
戦闘狂という名の変態の集まりで60階。トレバー達でさえ50階。と、なると30階まで踏破ってすごいんだな。
改めて冒険者のすごさを感じていると「あ、お兄さんじゃない」と声をかけられる。どうやら路に迷っていた人のようだ。
「ここから先、一緒に行きます?」
「え? いいの?」
「最短で向かうなら一緒の方がいいですよ」
「ありがとう! ちょっとポーションが心もとないから一度戻ろうと思ったんだけど、迷っちゃって…」
そう告げるのは女性ばかりのパーティ。皆疲れが出ているのか、座っている人もいる。
ハワードから借りたカバンから不味くないポーションを取り出すと、近くにいたヒューに渡す。
「はい。これどーぞ」
「あ、ありがとうございます…。けどいいんですか?」
「いいよ。これは国から支給されてるやつだから」
「ありがとう。使わせてもらうわね」
そう。俺たちはルーセントヌールから依頼されてダンジョンに潜っている。だからポーションなんかは使いたい放題。代わりに材料を取りに行くのも俺たちなんだけど。
そして、俺たちはこの国にいる冒険者たちからは顔が知られている存在になった。
なんせ、25階を踏破した栄誉は俺たちになってしまったからだ。
初め、それは出来ないって何度も断った。けど、他の冒険者たちが「面白い敵と戦えたから満足」だの「あの道標がなかったらやばかったからそいつにしてくれ」だのという意見が多く出たらしく、陛下代理…ウィンダム様が俺たちを踏破とした。
お陰で国からそれは色んなものを貰った。だけど『面白い敵』を倒したドロップ品よりかは少ないらしい。だから辞退をした冒険者がたくさんいたらしい。
その『面白い敵』は全滅してますけどね。
そんなこんなで俺は冒険者の知り合いが一気に増えて、ダンジョンをトレバー達とふらふらしていると声をかけられている。
そして、俺たちの仕事は路に迷っている冒険者の保護と誘導。
なんせ1日で路が変わってしまうのだ。1日前の地図で入ってその通りに動いてもすでに使えない。だからこうして路が変わった瞬間ダンジョンに入り、迷った冒険者に声をかけているのだ。
「気にするな。さ、それを飲んだら出口…26階の入り口まで歩くぞ」
「は、はい!」
そう言って、ポーションを飲む女性パーティ。というか女性ばっかりで危なくないのかな?なんて思っていると、とんとんと手を叩かれた。
「どうしたの?」
「いや。隻腕なんて珍しくもなんだから堂々とすればいいのに、って思っただけ」
「でも怖くない?」
「そうでもないだろ」
「トレバー達がおかしいんだよ」
「そうか?」
小声で会話をしていると「いけるぞー」というヒューの声に「はーい」と返事をすると、トレバーの側に寄る。そして時々後ろを振り返りながら、路を進んだ。
「おかえり」
「ただいま」
すっかりとくつろぎの場になった魔道具開発部。
そこにシモンもいて、ダンジョンから戻った挨拶をすれば、ハワードから「つまんなーい!」と声が上がった。
つまんないって…。
「せーっかくらぶらぶになったのに、なーんの進展もないの!」
「ら…ッ?!」
何を言ってんだ?! ハワードは?!
羞恥でぱくぱくと口を開けるだけの俺にシモンは何も言わず膝を叩いてるし、トレバー達は俺たちを完全に無視してくつろぎ始めている。
ちなみに花村さんは時間外なのでここにはいない。テレンスさんはいるんだけどね。
「ハワード!」
「ぴゃあ!」
すると奥の扉からケーキ片手に出てきたのはテレンスさん。
俺もちょっとビビった。
「人の恋路を茶化すな! さっさと書類を片付けろ!」
「ええー…だってつまんないんだもーん…」
「つまる、つまらないの問題じゃねぇ!」
「やーだー! つまんないからやーだー!」
ここで駄々をこねるハワードはさすがとしか言いようがない。
俺なんか怖くてびくぶるしてるだけだし。
「ハルト」
「お、おう…」
びくびくとしながらすすっとシモンの膝に躊躇いなく乗る。するとテレンスさんが「ハル坊は定位置に着いたな」と言ってケーキを置いてくれた。
仕事の後にケーキが食える幸せ…。
給餌をしてもらいながら食うケーキはうまい。
実は左手で飯を食う練習をしていたんだけど、一度喉に詰まらせて慌てて右腕でコップを掴もうとしたことがあった。
その時はトレバーに助けてもらったんだけど、俺一人で食うとものを詰め込み過ぎて喉に詰まらせるという子供のようなことを何度か見ていたグレンに「給餌以外で飯を食うな」と言われてしまった。
それから毎食、おやつも含めてシモンに、シモンがいない時はトレバー達に給餌されている。
ハワードも給餌したいらしいけど、なぜか止められている。理由はなんとなく分かるんだけどさ。その度に肩を落としてしょんぼりするハワードに心が痛むから、一度だけ給餌させたいと思っている。
左手でカップを持ちあげて、紅茶を飲む。今現在、俺に許されることはこれだけだ。俺一人では絶対に生きていけないな、と思う。
すると、またもやずしりと頭が重くなった。おい。
「ルス」
“やはりハルトの頭が一番落ち着くな”
「やめろ。俺の頭はお前の巣じゃないんだぞ」
“かかか。よいではないか”
「よくねぇよ」
俺の頭を何だと思ってんだ、こいつは。
じとりとルスを見上げても、見ないから余計に悔しい。
“人の食べ物など興味はなかったが、けーきとやらはうまいな”
「え? お前、ケーキ食って大丈夫なのか?」
“…ハルトよ。お前は我がダンジョンで何を食っているか忘れたのか?”
「あ」
そうだった。こいつはダンジョンの中でいろんなものを吸収してるんだったな。
魔物の死体からまぁ…いろいろ。俺のあれやこれやも吸い込まれてるから複雑だ。
「ルス様も食べていきますか?」
“そうだな。おお、そうだ。おい”
そう言って、嘴で羽の付け根を突くルス。なんだ?
すると、ほわりと蛍が俺の目の前に現れた。あ、こいつは。
「…久しぶり?」
「でもないけど、久しぶり。どう? 今の暮らしは」
目の前でふわふわと浮いている蛍は妖精のサニー。サニーはよくルスにくっついて俺たちと話している。
妖精の存在を知らせて城に自由に行き来できるようにしたけど、人間が怖いからか今のところ俺たち以外で妖精の姿を見た人はいない。
まぁ25階の件があるからしばらくは姿を見せないと思うけど。それでもサニーは積極的に俺たちの前に姿を見せてくれている。
テレンスさんを初めて見た時は、ルスの羽に隠れてたけど。
それでも何度か顔を合わせるうちに警戒が解けて、少しだけ話もするようになった。
「ハルトのおかげで変わりなく過ごせてる」
「そっか。よかった」
“あれから反省したらしくてな。大人しいものよ”
くかかと笑いながらそう話すルスに、にこにことしながら聞けばテレンスさんが、大きめのケーキを俺の前に置いた。
これは俺用じゃなくてルス用。そして小さなタルトを隣に置くと、トレバー達にも渡しにいった。
おお! これは…新作?!
「シモン! 食いたい!」
「落ち着け。タルトは逃げん」
「逃げる! だから早く!」
足をばたつかせて「はよはよ!」と催促をすれば、呆れながらもタルトを小さく切って口元に寄せてくれる。それを、ぱくりと食べれば香ばしいアーモンドが口いっぱいに広がる。
「うまー!」
「そりゃよかった! まだまだあるからどんどん食えよ!」
「ありがとな!」
「ハル坊は小さいんだ! 一杯食って大きくなれよ!」
「…おう」
がははと笑うテレンスさんだけど、小さいと言われてちょっと落ち込む。そうか…やっぱり小さいのか…。
しょぼ、と肩を落とす俺にシモンが黙って頭を撫でてくれた。
こいつ…。俺を子供扱いしてんな。
「だから! 頭を! 撫でるな!」
「近くにあるから、つい」
「ついじゃねぇ!」
ふんがー!と怒る俺に、ハワードが「ぶはははは!」と笑ってるし、トレバー達も笑ってる。
ちくしょう。
ルスもかかかと笑ってるし、なんならサニーも肩を震わせてる。
なんだよー!
“くかか。いいではないかハルト”
「なにがだよ!」
“皆に愛されている証拠ではないか”
「ぅぐ」
にやりと笑うルスにそう言われて、言葉に詰まる。
分かってるよ。それくらい。
でも子供扱いされたくないだけ。なんていうか…俺の小さいプライドが邪魔してんだよ。俺だって男だからな。
「ケーキうまい」
“そうだな”
「妹たちにも持って行ってあげたい…」
“できそうか?”
「できるが…その身体だと持って行けなんじゃないか?」
“ならハルトに頼めばいい”
「そうだな」
「おい!」
“お使いだ。頼んだぞ”
「ちょ…」
何勝手に決めてんだよ!と言おうとしたけど、サニーがキラキラとした瞳で「いいの? 持ってきてくれるの?」って見てくるからそれから先は言えなくなって。
「…分かった」
「ありがと! ハルト!」
「はいはい」
ぺちー!と頬に突撃してくるサニーが可愛くて、面倒だとかそう言ったものはなくなる。
まぁ、散歩だと思えばいいか。
「お?」
なんて思ってたんだけど、シモンになぜか抱きしめられた。
なんだ?
「どうした?」
「…なんでもない」
「?」
どうしたんだよ。突然。
サニーも驚いて、俺の肩にちょこんと座ってる。可愛いなー、お前。
それが顔に出てたのか「ハルトー。顔がだらしないぞー」とヒューに言われて、慌てて引き締める。
「と、ところでルスは何の用があってきたんだよ」
“む?”
ケーキを突いているルスにそう言えば“なんだったか?”と首を捻っている。おい。
「まさかケーキ食いに来ただけ、とか言うなよ?」
“そんなわけがあるか。ああ、そうだった”
そこでようやく用事を思い出したのか、ルスが嘴をクリームまみれにして話す。
けど、クリームが気になって仕方ない俺に気付いたのか、サニーがナプキンを引きずっていった。それに気付いたルスが“おお、助かったぞ”と笑いながら嘴を綺麗にすると、羽でサニーの頭を撫でていた。
“ハルト、お前の右腕なんだがな”
「あー…遠くに行った右腕?」
“くかか。そうだ。その右腕なのだけどな、そのままにしておくと危険だと判断した”
「俺の右腕が危険に…悲しい」
産まれた時から22年間一緒にいた右腕がついに危険とまで言われてしまった…。
むしろここまで来ると悲しいを通り過ぎて笑ってしまう。
“それでだな。我が食ってもいいか?”
「は? 食う?」
“うむ。そうすれば我と同化して危険はなくなる”
「ついに餌になるのか…。悲しすぎる」
そりゃ熊とか豹とかに食われるよりはよっぽどいいんだけどさ…。でもなんか改めて『餌』って言われると悲しい。
うん? 餌?
「なぁ、ルス」
“なんだ?”
「俺の右腕が餌になるんだったら、10階の若樹の中にいる雛鳥にあげてくれないか?」
“………………”
「は?」
俺の言葉にルスが固まり、ハワードとシモンから発せられた「は?」に近い声が漏れた。
「え?」
「ハルト。どういうこと? そんなこと聞いてないんだけど?」
「え? は?」
ずも、とどこか黒く重い空気を纏いながら俺を見るハワードに、ひくりと口元を引きつらせシモンにしがみつけば、抱きしめられた。
「何それ。若樹は見たけど、中に雛? どういうこと?」
「あ、え…と? え?」
「それは俺らも初めて聞く」
「ん゙ん゙っ!」
トレバー達も聞いてない、と言われじゃああれは俺だけしか知らなかったのか!
だってトレバー達もいたんだから知ってると思ったんだもん!
“…あれの中を見たのか”
「あ、うん。ダメだったの?」
“そうか。ならその時はもう…”
「あ? え?」
「ハルト! どういうことなの!」
「なんかごめん!」
ハワードに詰められて半泣きになる俺。
“ハワード。それは我から説明した方が早い”
「ルス様」
まさかの助け舟にほっとすると「大丈夫か?」とシモンが頬を撫でてくれる。それにこくこくと頷くと「よかった」と笑う。
あー…。その顔反則ですー。きゅんってする。
“いちゃいちゃするのはいいが、先に説明をするぞ”
「い、いちゃいちゃ…!」
「そうだよ! いちゃいちゃはいつでもできるけど説明は今だけなんだからね!」
「ア、ハイ。スミマセン」
ぷんぷんと怒るハワードの興味がルスに移った事はよかったけど、なんで怒られてんの? 俺。
それにハワード達は笑うだけだし。
“あの若樹の中に雛がいるのは確かだ”
「というかその雛ってなんですか?」
はーいと手を上げて話すグランに“うむ”と頷くと嘴を開く。
“あれは我の次の精霊だ”
「え?」
“我とて永遠の命ではない。我の命が尽きたらあの雛の中に吸い込まれる。まぁ、栄養になるな”
「そう、なの?」
“うむ。我の中に代々の精霊の力がある”
大精霊って言うからてっきり不死だと思ってたけど、そんなことないんだ。
なんか悲しいな。
“恐らくハルトに若樹の中身が見えたのは、そのとき既に右腕が我と同化していたからだろう”
「はぇ…?」
「ルス様」
“どうした?”
「もし、右腕がそのままならハルトはもっと早い段階でルス様のようになっていたんですか?」
“そうだな。その時点で我と同化していた、といっても過言ではない。そうなるとあの愚かな王はいい仕事をしたな”
くかかと笑うルスに対して、ハワードはなんとも複雑な表情を浮かべていて。
まぁ、そうだよなー。俺も複雑だもん。
“さて、ハルトよ。本当にあの雛の餌にしてもかまわないんだな?”
「…他に使い方はないんだろ?」
“そうさな。封印してダンジョンの地下深くに埋める手もあるが?”
「あ、それ時間が経ったら伝説のお宝になる可能性があるやつだ」
「お宝目ざしてダンジョン潜ってようやく見つけたらお宝が腕…うん。それは…」
腕を見つけてもどうしろと、と笑うトレバーに、そりゃそうだよと俺も笑う。
“腕を武器に変えてもいいが、この国と同等の力を持つ武器など困るだろう?”
そう言ってハワードを見るルスに、ハワードが頷く。
“王家で管理をしてもいいが、国を滅ぼしかねんものだ。できるか?”
「無理ですね」
“なら雛に食わせた方が安全だな”
これで、危険な俺の右腕の行方は決まったわけだけど…。
「あのさ。右腕がないとやっぱ不便なんだよ」
「シモンに助けてもらえばいいじゃん」
「いつもいつも助けてもらうのはやっぱりさ…」
「トイレも大変そうだしな」
「トイレはハルトが恥ずかしがるからな」
「さすがにトイレは…」
そう。今一番困るのはトイレ。男だからまぁうにゃうにゃなんだけど、でもやっぱり服を整えるのが大変でさ。トイレから出たらまずは服を整えてもらってる。
“ふむ。そうだな”
「魔法でなんかできないのか?」
“少し待て。サニー、手伝え”
「? いいよ?」
サニーと?という疑問はルスの光でどこかへ消えた。
だから! いきなり! 光るな!
「ぐおおおお! 目が…!」
「ハルト」
光を直視した俺がシモンの上でもだもだしていると、そっと目元に手が置かれた。それにほっとすると、しばらく暗闇を楽しむ。
ああー…。まだ光が見えるー。
“これでいいだろう。よくやった。サニー”
「えへへー」
なんか楽しそうな会話が聞こえるけど俺はそれどころじゃないからな。
ようやく光が消えて、暗闇が戻ってきた。シモンの手をぺしぺしと叩いて「大丈夫」と伝えると、ゆっくりと手が離れていく。
ただいま。
「お前な…!」
文句を言おうとしてゆっくりと瞼を持ち上げると、ルスが何かをシモンに渡していた。
なんだ?
「ハルト」
「何?」
シモンの手に平に乗せられていたのは、小さな玉。ガラスでも宝石でもないそれに眉を寄せればルスが説明を始める。
“それをハルトの身体に付けると、魔力が疑似の腕を作り上げるはずだ”
「え? マジで?」
“物は試しだ。シモン”
「はい」
するとシモンが俺の胸のあたりにそれを触れさせると、ぞわりとした感覚の後、右側に奇妙な感覚がした。
「これ…」
すると水色の半透明の腕が生えていて。
それだけでも驚きなのに、指を動かせば滑らかに、本当の腕のように動く。
「すげぇ…」
“だがあくまでそれは魔力でできた腕。魔力が尽きれば消えるからな”
「めちゃくちゃ性能のいい義手じゃん!」
“もちろん物はつかめるし、ハルトの意志で動く”
「ありがとな! ルス!」
すげー!すげー!と握ったり開いたりと手を動かしていると、身体が急激に重くなる。それと同時に右腕も消えた。
「な…」
“だから言っただろう。魔力でできている、と”
「うえ…気持ち悪い…」
“ハルトは魔力はあるくせに使い方を知らんようだ”
「ぅえええ…」
「透視も道標も使い方が分かっていませんからね」
“なら、明日からダンジョンで魔力の使い方を学べ。トレバー達なら安心できる”
「え? おれ達、ですか?」
“なんだ。できんとは言わせんぞ”
「あー…そういう意味じゃ…」
そう言ってちらりとシモンを見るトレバー。うん? シモン?
「シモンに頼むのは間違いだって分かってますね」
「…教えることくらいできる」
「無理だって! 君は感覚で習得するタイプだから、教えるのには向いてないんだもん」
からからと笑うハワードになるほど、と頷く。感覚だけで習得すると、どうしてこうなったのかがうまく伝わらないもんな。
「じゃあ、トレバー達にお願いする」
「まだ死にたくねぇよぉ…」
「シモンには言っておくから、さ。頼むよ」
「…死の危険がないなら」
そう言ってびくびくと震えるトレバー達に苦笑いを浮かべると、シモンを見る。
そこには「なぜだ」と見てくる瞳。可愛いなー。くそー。
でも、ここで「じゃあ…」と言えば魔力の使い方は分からずじまいだからな。胸が痛むけど心を鬼にする。
「すねるなって」
「すねてない」
すねてるんだよなぁ、とほこりとしながらシモンの頭を撫でる。
「トレバー達なら安心だろ?」
「…ハワードよりましかもな」
「ちょっと!」
「どうしたら許可くれるんだ?」
「…ここでは言えない」
「まぁ!」
きゃあ!と口元を両手で隠すハワードと、苦笑いを浮かべるトレバー達。
え? 言えないこと?!
あれ? なんか間違えた?!
焦り始める俺とは逆に、からからと笑うルス、それにサニー。テレンスさんまでも笑い始めて、早まったことに気付いたのだった。
ちなみにお許しは、俺からのキスだった。
なんか要求されるかと警戒してたけどそれだけだったから、びっくりしたわ。
「なんでおれ達と一緒にいるんだ?」
シモンと(多分)気持ちが一緒だと分かって1週間。
何事もなく、俺はトレバー達と25階に来ていた。
俺がシモンとごにょごにょと言っただけで察したらしい3人が「よかったー! これで兄さんに殺されそうにならなくて済む!」とヒューがガッツポーズを決め、トレバーとグレンがなぜか抱き合ってた。
っていうか…殺されるって…。
「兄さんがうちに来るたびに、見えない圧でどれだけ牽制されてたことか…」
「な、なんか悪いな…」
うっうっと泣くヒューにどうしたらいいか分からず、とりあえず背中を撫でておく。
「兄さんもハルトが気になるならさっさと言えばよかったのにな」
「それはまぁ…いろいろあったみたいだから」
「あ、ここ右ね」と言いながらダンジョンを進めば、ずしりと頭に何かが乗った。
「ルス…。頭に乗るなって、何度も言ったよな?」
“ふむ。ここがやはり一番落ち着くからな”
「落ち着くとか落ち着かないとかじゃないんだよ。重いの。分かる?」
“極限まで軽くしているからな。重いことはないだろう”
「じゃあこの重さはなんだよ」
“さぁな?”
くかか、と笑いながら俺の頭の上に座るルスに文句を言いながら、南を目指す。
今の25階はただのダンジョンだ。路が変わることはないけれど、1日経つと路が変わってしまう。だから、冒険者が迷わないように道標を書いていくのが今の俺の仕事。もちろんトレバー達も一緒に。
というか、トレバー達がいないと俺はあっさり死ぬからな。主に戦闘的な意味で。
そして時々こうやってルスが俺の頭の上に乗ってくる。なぜかは知らないけど。
「今日の路は随分と簡単だな」
「そうだな。オレ達でも覚えられそう」
“かかか”
頭の上で笑うルスは今日もご機嫌だ。
“しかし冒険者とやらは素晴らしいな”
「そうなのか?」
“1週間足らずですでに30階まで踏破している”
「それってすごいの?」
そうトレバーに問えば「そうだな」と、顎に指を絡める。
「25階から30階まではそれほど問題はない」
「ふむふむ」
「けどそれは、ある程度の冒険者に限ったことだけどな」
「うん?」
どういうこと?
「そうだな…。俺たちは50階までは楽勝だけど、そこから先は厳しいかもな」
「え? そうなの?」
「ああ。兄さんなら…えーっと、第五部隊なら60階までは軽々行けそうだけどな」
「ああー…第五部隊…」
戦闘狂という名の変態の集まりで60階。トレバー達でさえ50階。と、なると30階まで踏破ってすごいんだな。
改めて冒険者のすごさを感じていると「あ、お兄さんじゃない」と声をかけられる。どうやら路に迷っていた人のようだ。
「ここから先、一緒に行きます?」
「え? いいの?」
「最短で向かうなら一緒の方がいいですよ」
「ありがとう! ちょっとポーションが心もとないから一度戻ろうと思ったんだけど、迷っちゃって…」
そう告げるのは女性ばかりのパーティ。皆疲れが出ているのか、座っている人もいる。
ハワードから借りたカバンから不味くないポーションを取り出すと、近くにいたヒューに渡す。
「はい。これどーぞ」
「あ、ありがとうございます…。けどいいんですか?」
「いいよ。これは国から支給されてるやつだから」
「ありがとう。使わせてもらうわね」
そう。俺たちはルーセントヌールから依頼されてダンジョンに潜っている。だからポーションなんかは使いたい放題。代わりに材料を取りに行くのも俺たちなんだけど。
そして、俺たちはこの国にいる冒険者たちからは顔が知られている存在になった。
なんせ、25階を踏破した栄誉は俺たちになってしまったからだ。
初め、それは出来ないって何度も断った。けど、他の冒険者たちが「面白い敵と戦えたから満足」だの「あの道標がなかったらやばかったからそいつにしてくれ」だのという意見が多く出たらしく、陛下代理…ウィンダム様が俺たちを踏破とした。
お陰で国からそれは色んなものを貰った。だけど『面白い敵』を倒したドロップ品よりかは少ないらしい。だから辞退をした冒険者がたくさんいたらしい。
その『面白い敵』は全滅してますけどね。
そんなこんなで俺は冒険者の知り合いが一気に増えて、ダンジョンをトレバー達とふらふらしていると声をかけられている。
そして、俺たちの仕事は路に迷っている冒険者の保護と誘導。
なんせ1日で路が変わってしまうのだ。1日前の地図で入ってその通りに動いてもすでに使えない。だからこうして路が変わった瞬間ダンジョンに入り、迷った冒険者に声をかけているのだ。
「気にするな。さ、それを飲んだら出口…26階の入り口まで歩くぞ」
「は、はい!」
そう言って、ポーションを飲む女性パーティ。というか女性ばっかりで危なくないのかな?なんて思っていると、とんとんと手を叩かれた。
「どうしたの?」
「いや。隻腕なんて珍しくもなんだから堂々とすればいいのに、って思っただけ」
「でも怖くない?」
「そうでもないだろ」
「トレバー達がおかしいんだよ」
「そうか?」
小声で会話をしていると「いけるぞー」というヒューの声に「はーい」と返事をすると、トレバーの側に寄る。そして時々後ろを振り返りながら、路を進んだ。
「おかえり」
「ただいま」
すっかりとくつろぎの場になった魔道具開発部。
そこにシモンもいて、ダンジョンから戻った挨拶をすれば、ハワードから「つまんなーい!」と声が上がった。
つまんないって…。
「せーっかくらぶらぶになったのに、なーんの進展もないの!」
「ら…ッ?!」
何を言ってんだ?! ハワードは?!
羞恥でぱくぱくと口を開けるだけの俺にシモンは何も言わず膝を叩いてるし、トレバー達は俺たちを完全に無視してくつろぎ始めている。
ちなみに花村さんは時間外なのでここにはいない。テレンスさんはいるんだけどね。
「ハワード!」
「ぴゃあ!」
すると奥の扉からケーキ片手に出てきたのはテレンスさん。
俺もちょっとビビった。
「人の恋路を茶化すな! さっさと書類を片付けろ!」
「ええー…だってつまんないんだもーん…」
「つまる、つまらないの問題じゃねぇ!」
「やーだー! つまんないからやーだー!」
ここで駄々をこねるハワードはさすがとしか言いようがない。
俺なんか怖くてびくぶるしてるだけだし。
「ハルト」
「お、おう…」
びくびくとしながらすすっとシモンの膝に躊躇いなく乗る。するとテレンスさんが「ハル坊は定位置に着いたな」と言ってケーキを置いてくれた。
仕事の後にケーキが食える幸せ…。
給餌をしてもらいながら食うケーキはうまい。
実は左手で飯を食う練習をしていたんだけど、一度喉に詰まらせて慌てて右腕でコップを掴もうとしたことがあった。
その時はトレバーに助けてもらったんだけど、俺一人で食うとものを詰め込み過ぎて喉に詰まらせるという子供のようなことを何度か見ていたグレンに「給餌以外で飯を食うな」と言われてしまった。
それから毎食、おやつも含めてシモンに、シモンがいない時はトレバー達に給餌されている。
ハワードも給餌したいらしいけど、なぜか止められている。理由はなんとなく分かるんだけどさ。その度に肩を落としてしょんぼりするハワードに心が痛むから、一度だけ給餌させたいと思っている。
左手でカップを持ちあげて、紅茶を飲む。今現在、俺に許されることはこれだけだ。俺一人では絶対に生きていけないな、と思う。
すると、またもやずしりと頭が重くなった。おい。
「ルス」
“やはりハルトの頭が一番落ち着くな”
「やめろ。俺の頭はお前の巣じゃないんだぞ」
“かかか。よいではないか”
「よくねぇよ」
俺の頭を何だと思ってんだ、こいつは。
じとりとルスを見上げても、見ないから余計に悔しい。
“人の食べ物など興味はなかったが、けーきとやらはうまいな”
「え? お前、ケーキ食って大丈夫なのか?」
“…ハルトよ。お前は我がダンジョンで何を食っているか忘れたのか?”
「あ」
そうだった。こいつはダンジョンの中でいろんなものを吸収してるんだったな。
魔物の死体からまぁ…いろいろ。俺のあれやこれやも吸い込まれてるから複雑だ。
「ルス様も食べていきますか?」
“そうだな。おお、そうだ。おい”
そう言って、嘴で羽の付け根を突くルス。なんだ?
すると、ほわりと蛍が俺の目の前に現れた。あ、こいつは。
「…久しぶり?」
「でもないけど、久しぶり。どう? 今の暮らしは」
目の前でふわふわと浮いている蛍は妖精のサニー。サニーはよくルスにくっついて俺たちと話している。
妖精の存在を知らせて城に自由に行き来できるようにしたけど、人間が怖いからか今のところ俺たち以外で妖精の姿を見た人はいない。
まぁ25階の件があるからしばらくは姿を見せないと思うけど。それでもサニーは積極的に俺たちの前に姿を見せてくれている。
テレンスさんを初めて見た時は、ルスの羽に隠れてたけど。
それでも何度か顔を合わせるうちに警戒が解けて、少しだけ話もするようになった。
「ハルトのおかげで変わりなく過ごせてる」
「そっか。よかった」
“あれから反省したらしくてな。大人しいものよ”
くかかと笑いながらそう話すルスに、にこにことしながら聞けばテレンスさんが、大きめのケーキを俺の前に置いた。
これは俺用じゃなくてルス用。そして小さなタルトを隣に置くと、トレバー達にも渡しにいった。
おお! これは…新作?!
「シモン! 食いたい!」
「落ち着け。タルトは逃げん」
「逃げる! だから早く!」
足をばたつかせて「はよはよ!」と催促をすれば、呆れながらもタルトを小さく切って口元に寄せてくれる。それを、ぱくりと食べれば香ばしいアーモンドが口いっぱいに広がる。
「うまー!」
「そりゃよかった! まだまだあるからどんどん食えよ!」
「ありがとな!」
「ハル坊は小さいんだ! 一杯食って大きくなれよ!」
「…おう」
がははと笑うテレンスさんだけど、小さいと言われてちょっと落ち込む。そうか…やっぱり小さいのか…。
しょぼ、と肩を落とす俺にシモンが黙って頭を撫でてくれた。
こいつ…。俺を子供扱いしてんな。
「だから! 頭を! 撫でるな!」
「近くにあるから、つい」
「ついじゃねぇ!」
ふんがー!と怒る俺に、ハワードが「ぶはははは!」と笑ってるし、トレバー達も笑ってる。
ちくしょう。
ルスもかかかと笑ってるし、なんならサニーも肩を震わせてる。
なんだよー!
“くかか。いいではないかハルト”
「なにがだよ!」
“皆に愛されている証拠ではないか”
「ぅぐ」
にやりと笑うルスにそう言われて、言葉に詰まる。
分かってるよ。それくらい。
でも子供扱いされたくないだけ。なんていうか…俺の小さいプライドが邪魔してんだよ。俺だって男だからな。
「ケーキうまい」
“そうだな”
「妹たちにも持って行ってあげたい…」
“できそうか?”
「できるが…その身体だと持って行けなんじゃないか?」
“ならハルトに頼めばいい”
「そうだな」
「おい!」
“お使いだ。頼んだぞ”
「ちょ…」
何勝手に決めてんだよ!と言おうとしたけど、サニーがキラキラとした瞳で「いいの? 持ってきてくれるの?」って見てくるからそれから先は言えなくなって。
「…分かった」
「ありがと! ハルト!」
「はいはい」
ぺちー!と頬に突撃してくるサニーが可愛くて、面倒だとかそう言ったものはなくなる。
まぁ、散歩だと思えばいいか。
「お?」
なんて思ってたんだけど、シモンになぜか抱きしめられた。
なんだ?
「どうした?」
「…なんでもない」
「?」
どうしたんだよ。突然。
サニーも驚いて、俺の肩にちょこんと座ってる。可愛いなー、お前。
それが顔に出てたのか「ハルトー。顔がだらしないぞー」とヒューに言われて、慌てて引き締める。
「と、ところでルスは何の用があってきたんだよ」
“む?”
ケーキを突いているルスにそう言えば“なんだったか?”と首を捻っている。おい。
「まさかケーキ食いに来ただけ、とか言うなよ?」
“そんなわけがあるか。ああ、そうだった”
そこでようやく用事を思い出したのか、ルスが嘴をクリームまみれにして話す。
けど、クリームが気になって仕方ない俺に気付いたのか、サニーがナプキンを引きずっていった。それに気付いたルスが“おお、助かったぞ”と笑いながら嘴を綺麗にすると、羽でサニーの頭を撫でていた。
“ハルト、お前の右腕なんだがな”
「あー…遠くに行った右腕?」
“くかか。そうだ。その右腕なのだけどな、そのままにしておくと危険だと判断した”
「俺の右腕が危険に…悲しい」
産まれた時から22年間一緒にいた右腕がついに危険とまで言われてしまった…。
むしろここまで来ると悲しいを通り過ぎて笑ってしまう。
“それでだな。我が食ってもいいか?”
「は? 食う?」
“うむ。そうすれば我と同化して危険はなくなる”
「ついに餌になるのか…。悲しすぎる」
そりゃ熊とか豹とかに食われるよりはよっぽどいいんだけどさ…。でもなんか改めて『餌』って言われると悲しい。
うん? 餌?
「なぁ、ルス」
“なんだ?”
「俺の右腕が餌になるんだったら、10階の若樹の中にいる雛鳥にあげてくれないか?」
“………………”
「は?」
俺の言葉にルスが固まり、ハワードとシモンから発せられた「は?」に近い声が漏れた。
「え?」
「ハルト。どういうこと? そんなこと聞いてないんだけど?」
「え? は?」
ずも、とどこか黒く重い空気を纏いながら俺を見るハワードに、ひくりと口元を引きつらせシモンにしがみつけば、抱きしめられた。
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「あ、え…と? え?」
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「ん゙ん゙っ!」
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「あ、うん。ダメだったの?」
“そうか。ならその時はもう…”
「あ? え?」
「ハルト! どういうことなの!」
「なんかごめん!」
ハワードに詰められて半泣きになる俺。
“ハワード。それは我から説明した方が早い”
「ルス様」
まさかの助け舟にほっとすると「大丈夫か?」とシモンが頬を撫でてくれる。それにこくこくと頷くと「よかった」と笑う。
あー…。その顔反則ですー。きゅんってする。
“いちゃいちゃするのはいいが、先に説明をするぞ”
「い、いちゃいちゃ…!」
「そうだよ! いちゃいちゃはいつでもできるけど説明は今だけなんだからね!」
「ア、ハイ。スミマセン」
ぷんぷんと怒るハワードの興味がルスに移った事はよかったけど、なんで怒られてんの? 俺。
それにハワード達は笑うだけだし。
“あの若樹の中に雛がいるのは確かだ”
「というかその雛ってなんですか?」
はーいと手を上げて話すグランに“うむ”と頷くと嘴を開く。
“あれは我の次の精霊だ”
「え?」
“我とて永遠の命ではない。我の命が尽きたらあの雛の中に吸い込まれる。まぁ、栄養になるな”
「そう、なの?」
“うむ。我の中に代々の精霊の力がある”
大精霊って言うからてっきり不死だと思ってたけど、そんなことないんだ。
なんか悲しいな。
“恐らくハルトに若樹の中身が見えたのは、そのとき既に右腕が我と同化していたからだろう”
「はぇ…?」
「ルス様」
“どうした?”
「もし、右腕がそのままならハルトはもっと早い段階でルス様のようになっていたんですか?」
“そうだな。その時点で我と同化していた、といっても過言ではない。そうなるとあの愚かな王はいい仕事をしたな”
くかかと笑うルスに対して、ハワードはなんとも複雑な表情を浮かべていて。
まぁ、そうだよなー。俺も複雑だもん。
“さて、ハルトよ。本当にあの雛の餌にしてもかまわないんだな?”
「…他に使い方はないんだろ?」
“そうさな。封印してダンジョンの地下深くに埋める手もあるが?”
「あ、それ時間が経ったら伝説のお宝になる可能性があるやつだ」
「お宝目ざしてダンジョン潜ってようやく見つけたらお宝が腕…うん。それは…」
腕を見つけてもどうしろと、と笑うトレバーに、そりゃそうだよと俺も笑う。
“腕を武器に変えてもいいが、この国と同等の力を持つ武器など困るだろう?”
そう言ってハワードを見るルスに、ハワードが頷く。
“王家で管理をしてもいいが、国を滅ぼしかねんものだ。できるか?”
「無理ですね」
“なら雛に食わせた方が安全だな”
これで、危険な俺の右腕の行方は決まったわけだけど…。
「あのさ。右腕がないとやっぱ不便なんだよ」
「シモンに助けてもらえばいいじゃん」
「いつもいつも助けてもらうのはやっぱりさ…」
「トイレも大変そうだしな」
「トイレはハルトが恥ずかしがるからな」
「さすがにトイレは…」
そう。今一番困るのはトイレ。男だからまぁうにゃうにゃなんだけど、でもやっぱり服を整えるのが大変でさ。トイレから出たらまずは服を整えてもらってる。
“ふむ。そうだな”
「魔法でなんかできないのか?」
“少し待て。サニー、手伝え”
「? いいよ?」
サニーと?という疑問はルスの光でどこかへ消えた。
だから! いきなり! 光るな!
「ぐおおおお! 目が…!」
「ハルト」
光を直視した俺がシモンの上でもだもだしていると、そっと目元に手が置かれた。それにほっとすると、しばらく暗闇を楽しむ。
ああー…。まだ光が見えるー。
“これでいいだろう。よくやった。サニー”
「えへへー」
なんか楽しそうな会話が聞こえるけど俺はそれどころじゃないからな。
ようやく光が消えて、暗闇が戻ってきた。シモンの手をぺしぺしと叩いて「大丈夫」と伝えると、ゆっくりと手が離れていく。
ただいま。
「お前な…!」
文句を言おうとしてゆっくりと瞼を持ち上げると、ルスが何かをシモンに渡していた。
なんだ?
「ハルト」
「何?」
シモンの手に平に乗せられていたのは、小さな玉。ガラスでも宝石でもないそれに眉を寄せればルスが説明を始める。
“それをハルトの身体に付けると、魔力が疑似の腕を作り上げるはずだ”
「え? マジで?」
“物は試しだ。シモン”
「はい」
するとシモンが俺の胸のあたりにそれを触れさせると、ぞわりとした感覚の後、右側に奇妙な感覚がした。
「これ…」
すると水色の半透明の腕が生えていて。
それだけでも驚きなのに、指を動かせば滑らかに、本当の腕のように動く。
「すげぇ…」
“だがあくまでそれは魔力でできた腕。魔力が尽きれば消えるからな”
「めちゃくちゃ性能のいい義手じゃん!」
“もちろん物はつかめるし、ハルトの意志で動く”
「ありがとな! ルス!」
すげー!すげー!と握ったり開いたりと手を動かしていると、身体が急激に重くなる。それと同時に右腕も消えた。
「な…」
“だから言っただろう。魔力でできている、と”
「うえ…気持ち悪い…」
“ハルトは魔力はあるくせに使い方を知らんようだ”
「ぅえええ…」
「透視も道標も使い方が分かっていませんからね」
“なら、明日からダンジョンで魔力の使い方を学べ。トレバー達なら安心できる”
「え? おれ達、ですか?」
“なんだ。できんとは言わせんぞ”
「あー…そういう意味じゃ…」
そう言ってちらりとシモンを見るトレバー。うん? シモン?
「シモンに頼むのは間違いだって分かってますね」
「…教えることくらいできる」
「無理だって! 君は感覚で習得するタイプだから、教えるのには向いてないんだもん」
からからと笑うハワードになるほど、と頷く。感覚だけで習得すると、どうしてこうなったのかがうまく伝わらないもんな。
「じゃあ、トレバー達にお願いする」
「まだ死にたくねぇよぉ…」
「シモンには言っておくから、さ。頼むよ」
「…死の危険がないなら」
そう言ってびくびくと震えるトレバー達に苦笑いを浮かべると、シモンを見る。
そこには「なぜだ」と見てくる瞳。可愛いなー。くそー。
でも、ここで「じゃあ…」と言えば魔力の使い方は分からずじまいだからな。胸が痛むけど心を鬼にする。
「すねるなって」
「すねてない」
すねてるんだよなぁ、とほこりとしながらシモンの頭を撫でる。
「トレバー達なら安心だろ?」
「…ハワードよりましかもな」
「ちょっと!」
「どうしたら許可くれるんだ?」
「…ここでは言えない」
「まぁ!」
きゃあ!と口元を両手で隠すハワードと、苦笑いを浮かべるトレバー達。
え? 言えないこと?!
あれ? なんか間違えた?!
焦り始める俺とは逆に、からからと笑うルス、それにサニー。テレンスさんまでも笑い始めて、早まったことに気付いたのだった。
ちなみにお許しは、俺からのキスだった。
なんか要求されるかと警戒してたけどそれだけだったから、びっくりしたわ。
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