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事務職員として異世界召喚されたけど俺は役に立てそうもありません!
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「やっぱり納得できない?」
ぽてぽてとダンジョン10階の一本道をハワードと並んで歩く。
もちろんトレバー達とシモンも一緒。
ついでにウィンダム様とマシュー殿下も一緒。
今日一日、10階は立ち入り禁止なんだってさ。
まぁ、王族が全員いるんだから、そうなるんだろうけど。
なんでそんなことになっているのか、というとルスが現れたからだ。
なんでも“右腕を雛に食わせるから見に来い”と一方的に告げられた。
というか、何が悲しくて自分の右腕を食われる所を見なければならんのか。
そう思ったけど既に右腕とは決別をしているからか、そこまで悲しくない。
ない生活に慣れつつあるからな。だから、というかなんというか。
シモンに玉を埋め込んでもらって、せっかく右腕を魔力で作れるにも関わらず、トイレでしか使わない。…トイレは本当に大変だからな。
そしてその道中、ハワードと話しているわけだけども…。
「だって婚約者を譲る…って…」
「うーん…そう言われてもねー…。あ。でもね、婚約者を譲るのは条件付きなんだよ」
「え?」
そう。俺が聞いていたのは婚約者を譲る、というあれのこと。
色々考えたけど、やっぱり納得できないとハワードに愚痴ってみた。
きょとんとしたハワードがうーん…と眉を下げた後「あ、そっか」とハワードが何かに気付いた。
「ハルトは前提を知らないんだもんね。いきなりそんな話をしたらそうなるか」
うんうんと頷くハワードに眉を寄せれば「ああ、ごめんごめん☆」と笑う。
「つまりはね。婚約者を譲る、なんてことは殆どないんだよ」
「え? じゃあ、あの話は嘘ってことか?」
「そうでもないよ? さっき言ったでしょ? 条件付きだって」
「うん」
俺たちの会話を聞いてるトレバー達は顔には出さないけど「こんな大事な話、聞いてていいのか?」って不安そうになってる。
すまん。でもトレバー達なら平気だって思ってるから、話してるんだけどね。
「条件は一つだけ。『朔月』または魔物討伐で殉職なんだ」
「なるほど」
だから『朔月』で殉職扱いのルカさんの婚約者―シモンを俺に譲る、なんてことができたのか。
その条件を知らないから、罪悪感が半端なかったけどな。
だってまだ生きてるわけだし。
「いきなり起こる小規模な『朔月』でもやっぱり少なからず犠牲者が出るからね」
「あれはマジで怖いな」
「でしょー?」
『朔月』はまだ3度ほどしか経験してないけど、あれはやばいな。地震でさえ知らせてくれるのに。
…その地震を知らせるものがなかったときは、『朔月』と似たような感じだったんだろうな。
「あれを何度も経験してるから、感覚がマヒしちゃってるけどハルトを見てるとやっぱり怖いなーって思うよね」
「そうだな…」
「やっぱり、もだもだしてるじゃん」
「…仕方ないだろ。そう簡単に気持ちを切り替えられないって」
「…そうかもね。でも」
そこまで言って、ハワードが言葉を切った。
「シモンの勇気まで無駄にしてほしくないな」
「え?」
「シモンもルカへの執着を断ち切るのに、勇気を振り絞ったんだから」
「……………」
ふん、と鼻息を荒くするハワードの言葉を聞いて、シモンを見れば表情は変わっていないけど、どことなく気まずそう。
「それにさ。ハルトの世界だって、婚約者がいなくなっても残った方がそのまま、ってことはないんでしょ?」
「そりゃ…まぁ…」
「それと同じだと思えばいいんだよ」
「でも…」
それは亡くなったりしたときだろ?とハワードを見れば、肩を竦められた。
「あの時も言ったけど、兄上たちはもういないんだ」
「生きてる、けどね」
「あっちでね。こっちじゃもういないんだよ」
「ん…」
そう言われてシモンの隣にいてもいいことに、少しの罪悪感が薄れたような気がした。
「ありがと。ハワード」
「どういたしまして」
にぱ、と笑うハワードに俺も笑えば、頭をわしわしと撫でられた。
「トレバー」
「っとと、つい癖でな」
俺の頭を撫でていたトレバーが慌てて頭から手を離すと「シモンこわーい☆」とハワードが笑う。
すると突然腹が痛みだす。
正確には臍なんだけど。
思わず腹を押さえる俺に、ハワードが「大丈夫?!」と声をかけてくれる。
「平気…」
「ちょっと休む?」
「そこまで痛くないから…」
「痛くなったらすぐに言ってね?」
「分かった」
ハワードに身体を支えられながらそう告げれば、眉が寄っていることに申し訳なくなる。
というか本当に何なんだよ…。
痛む腹を擦っていると、なぜかハワードが半眼で俺を見ているし、ウィンダム様は苦笑い、マシュー殿下は盛大に呆れていて。トレバー達は心配そうに見ていて。
「な…なに?」
「いや…。シモンといちゃいちゃできるからってさすがに前日にするとか…」
「昨日はしてないぞ?!」
ハワードの言葉に慌てて返せば「昨日はなんだ」と、笑う。
しまった、と思ったが時すでに遅し。
「仲がいいことはいい事だよ」
「くぅ…ッ!」
ウィンダム様にフォローをされて、恥ずかしいやら申し訳ないやら。
そんな俺に「まぁまぁ」と慰めてくれるとトレバーに癒される。
ありがとな…!
そんな会話をしながら辿り着いた、大きな扉の前。
グレンが手を扉に触れれば、扉の中にあった小さな…それこそ人が一人通れる扉が開いて。
何度見てもやっぱり面白いな、と思いながら中へと進む。
そして俺よりも背の高い光る樹まで歩く。ウィンダム様とマシュー殿下がきょろきょろとしているのは、初めて入ったからだろう。
わかる。俺もそうだったから。
“来たか”
「おうよ」
光る樹の上からルスが現れる。
ルスに頭を下げるのはウィンダム様。いきなり?!
「ルス様。この度はありがとうございました」
“気にするな。我の…気まぐれだからな”
かかかと笑うルス。
え? なんかあったの? けど、そんなことも聞けずにちょっとそわそわとしていると「トイレ?」とハワードにこそっと聞かれたが「違う」と少し低めの声で言えば「うんうん。可愛いなぁ」と頭を撫でられた。
“ハルト”
「なに?」
“我からも礼を言わせてもらう”
「え? なんだよ。急に」
ルスが頭を下げると、ウィンダム様も頭を下げる。
「ちょ、ちょっと…!」
「私の早とちりで右腕を失くしてしまい、申し訳ない」
「い、いや…! そのことについての謝罪は受けてますから!」
“あの妖精たちを救ってくれてありがとう”
「え…ええー…」
なんだか良く分からない謝罪におろおろとしていると、小さくため息を吐く。
「顔を上げてください。ルスも」
俺の言葉に顔を上げる一人と一羽。
「むしろウィンダム様のおかげで私はまだ人間辞めてませんし、妖精たちも俺の仕事を手伝ってくれるし。だから謝られることも、感謝をされることもないです」
右腕を撫でながらそう言えば、ウィンダム様の唇がきゅっと引き締まった。
何か言いたそうだったけど言葉を飲み込んだようで、一度息を吐くと柔らかく微笑む。
「そうか。ではこの話はこれで終いにしよう」
「そうしてくれると助かります」
“かかか。ほんにお人よしだな! ハルトは!”
嘴を大きく開いて笑うルスに、俺も笑う。
“さて、改めて聞くぞ”
「なんだ?」
“右腕はいらぬのだな?”
「ああ。右腕はルスの好きにしてくれ」
“人の王よ。そなたもそれでよいな?”
「フルミヤがそう決めたのなら、それに従うだけです」
“分かった”
右腕の最終確認をされると、ルスの真上に俺の右腕が現れる。
神々しく光を放つ右腕に苦笑いを浮かべると、これでお別れなんだと改めて思う。
“人の子よ。これを伝え続けよ”
「はい」
“新たな世界樹には人の心が宿る、と”
「はっ」
頭をたれ、胸に手を当てて片膝をつくウィンダム様と、マシュー殿下。それにハワードとシモン。
トレバー達と俺はこれからのことを見守る。
右腕がふわりと浮いて若樹へと向かっていくと、それが吸い込まれ光り輝いた。
その光りにトレバー達は顔を背けるけど、俺は光の中でも眩しさは感じずじっと樹を見つめていると、樹の中にいた雛が動いた。
右腕の形が崩れ光の粒に変わると、それを嘴が吸っていく。
右腕だったものをあっという間に吸い込むと、閉じていた瞳が開いた。
それに驚くこともなく、開いたばかりの瞳と視線が合った。
“ありがとう。君のおかげで大きくなれそうだよ”
「そっか。それはよかった」
“うん。ありがとう。ママ”
にこりと笑う雛にとんでもないことを言われたと同時に、ぽんと誰かに肩を叩かれビクリと身体が跳ねた。
「ハルト?」
「っ?! ああ…大丈夫」
肩を叩いたのはシモン。心配そうに俺を見ていたけど、へらりと笑えば、ほっとしていた。
“これで雛は大丈夫だろう”
「ん。よかった」
“これで我も役目を終えられそうだ”
「え?」
かかかと笑うルスの言葉に驚けば、ルスは“なんだ”と半眼になった。
「役目を終えるって…」
“我もそろそろ交代を考えていたのだ”
「でも…」
“かかか。随分と長くここを見てきたのだ。交代をしてもいいだろう?”
ルスのその言葉に俺は何も言えない。なんせここに来てからまだ1年も経っていない。
けれどルスの言葉はなんとなく分かるのだ。
「ルスが決めたのならいいんじゃない?」
“くかかか! ハルトは分かるやつだ!”
ばさばさと羽を広げながら笑うルスに、俺は少しだけ寂しく感じていた。
だが。
“ハルトが死ぬまでは代らんけどな!”
そう言ってくかかか!と笑うルスに「もー。びっくりさせないでくださいよー」とハワ―ドが突っ込んでいた。
と、まぁそんなことがあって現在。
「なにこれー…」
「25階より明らかにやべぇよな…」
俺たちは今、ダンジョン50階にいたりする。
まぁ踏破報告は43階までなんだけどさ。
なんで踏破報告があった階よりも下にいるのか、というと…。
“かかか! ここならば思う存分ハルトと遊べるからな! くかかか!”
というわけで。
つまりはルスが俺たちを招待してくれた。
「だがこれはさすがに…」
「きっついよな…」
選択肢が与えられすぎて呆然としている俺たち。
10叉路とか意味わからん。
どこに入ってもやばそうな気がするんだよな…。
けど、魔物はそれほど強くないのが救いだ。
ルス曰く“人間たちのアラクネ乱獲に怯えて出てこない”とのこと。
大型種の魔物たちにとって、アラクネ乱獲は相当堪えたようで、あまり出てこないらしい。
「魔物が出ても問題ない」
「ひゅー! 兄さんかっくいー!」
口笛を吹いて茶化すヒューに、苦笑いを浮かべるとじっと路を見つめる。
「それよりハルトにダンジョン探索依頼が来てるんだろ?」
「まぁね…」
「行かないのか?」
「うーん…この国にとって利があるなら行く。なければ行かない」
「ふぅーん」
「ま、それを判断するのは陛下だけどな」
陛下の体調が右腕を与えた日に回復したらしく、今では色々されているらしい。
時間ができたハワードは魔道具作り。ウィンダム様は陛下の補助、マシュー殿下はそのまま第二騎士団を率いている。
それと花村さんだけど、グレンといい感じになってはいるけど「しばらくは友人ですかね?」と言っていた。
グレンも「友人でもいいさ」と笑っていたから、時間が経てばくっつくと思っている。
「よし。決めた」
「おっし! なら行くか!」
左から3番目を左手で指さして「こっちに行く」と示せば、気合を入れて歩き始めた。
事務職員としてここに呼ばれたけど、今はダンジョンで働いてる。
ここに来た時はこんなことになるとは思わなかったけどな。
結局、俺は初めから事務職員としては役に立たちそうもなかったな!
ぽてぽてとダンジョン10階の一本道をハワードと並んで歩く。
もちろんトレバー達とシモンも一緒。
ついでにウィンダム様とマシュー殿下も一緒。
今日一日、10階は立ち入り禁止なんだってさ。
まぁ、王族が全員いるんだから、そうなるんだろうけど。
なんでそんなことになっているのか、というとルスが現れたからだ。
なんでも“右腕を雛に食わせるから見に来い”と一方的に告げられた。
というか、何が悲しくて自分の右腕を食われる所を見なければならんのか。
そう思ったけど既に右腕とは決別をしているからか、そこまで悲しくない。
ない生活に慣れつつあるからな。だから、というかなんというか。
シモンに玉を埋め込んでもらって、せっかく右腕を魔力で作れるにも関わらず、トイレでしか使わない。…トイレは本当に大変だからな。
そしてその道中、ハワードと話しているわけだけども…。
「だって婚約者を譲る…って…」
「うーん…そう言われてもねー…。あ。でもね、婚約者を譲るのは条件付きなんだよ」
「え?」
そう。俺が聞いていたのは婚約者を譲る、というあれのこと。
色々考えたけど、やっぱり納得できないとハワードに愚痴ってみた。
きょとんとしたハワードがうーん…と眉を下げた後「あ、そっか」とハワードが何かに気付いた。
「ハルトは前提を知らないんだもんね。いきなりそんな話をしたらそうなるか」
うんうんと頷くハワードに眉を寄せれば「ああ、ごめんごめん☆」と笑う。
「つまりはね。婚約者を譲る、なんてことは殆どないんだよ」
「え? じゃあ、あの話は嘘ってことか?」
「そうでもないよ? さっき言ったでしょ? 条件付きだって」
「うん」
俺たちの会話を聞いてるトレバー達は顔には出さないけど「こんな大事な話、聞いてていいのか?」って不安そうになってる。
すまん。でもトレバー達なら平気だって思ってるから、話してるんだけどね。
「条件は一つだけ。『朔月』または魔物討伐で殉職なんだ」
「なるほど」
だから『朔月』で殉職扱いのルカさんの婚約者―シモンを俺に譲る、なんてことができたのか。
その条件を知らないから、罪悪感が半端なかったけどな。
だってまだ生きてるわけだし。
「いきなり起こる小規模な『朔月』でもやっぱり少なからず犠牲者が出るからね」
「あれはマジで怖いな」
「でしょー?」
『朔月』はまだ3度ほどしか経験してないけど、あれはやばいな。地震でさえ知らせてくれるのに。
…その地震を知らせるものがなかったときは、『朔月』と似たような感じだったんだろうな。
「あれを何度も経験してるから、感覚がマヒしちゃってるけどハルトを見てるとやっぱり怖いなーって思うよね」
「そうだな…」
「やっぱり、もだもだしてるじゃん」
「…仕方ないだろ。そう簡単に気持ちを切り替えられないって」
「…そうかもね。でも」
そこまで言って、ハワードが言葉を切った。
「シモンの勇気まで無駄にしてほしくないな」
「え?」
「シモンもルカへの執着を断ち切るのに、勇気を振り絞ったんだから」
「……………」
ふん、と鼻息を荒くするハワードの言葉を聞いて、シモンを見れば表情は変わっていないけど、どことなく気まずそう。
「それにさ。ハルトの世界だって、婚約者がいなくなっても残った方がそのまま、ってことはないんでしょ?」
「そりゃ…まぁ…」
「それと同じだと思えばいいんだよ」
「でも…」
それは亡くなったりしたときだろ?とハワードを見れば、肩を竦められた。
「あの時も言ったけど、兄上たちはもういないんだ」
「生きてる、けどね」
「あっちでね。こっちじゃもういないんだよ」
「ん…」
そう言われてシモンの隣にいてもいいことに、少しの罪悪感が薄れたような気がした。
「ありがと。ハワード」
「どういたしまして」
にぱ、と笑うハワードに俺も笑えば、頭をわしわしと撫でられた。
「トレバー」
「っとと、つい癖でな」
俺の頭を撫でていたトレバーが慌てて頭から手を離すと「シモンこわーい☆」とハワードが笑う。
すると突然腹が痛みだす。
正確には臍なんだけど。
思わず腹を押さえる俺に、ハワードが「大丈夫?!」と声をかけてくれる。
「平気…」
「ちょっと休む?」
「そこまで痛くないから…」
「痛くなったらすぐに言ってね?」
「分かった」
ハワードに身体を支えられながらそう告げれば、眉が寄っていることに申し訳なくなる。
というか本当に何なんだよ…。
痛む腹を擦っていると、なぜかハワードが半眼で俺を見ているし、ウィンダム様は苦笑い、マシュー殿下は盛大に呆れていて。トレバー達は心配そうに見ていて。
「な…なに?」
「いや…。シモンといちゃいちゃできるからってさすがに前日にするとか…」
「昨日はしてないぞ?!」
ハワードの言葉に慌てて返せば「昨日はなんだ」と、笑う。
しまった、と思ったが時すでに遅し。
「仲がいいことはいい事だよ」
「くぅ…ッ!」
ウィンダム様にフォローをされて、恥ずかしいやら申し訳ないやら。
そんな俺に「まぁまぁ」と慰めてくれるとトレバーに癒される。
ありがとな…!
そんな会話をしながら辿り着いた、大きな扉の前。
グレンが手を扉に触れれば、扉の中にあった小さな…それこそ人が一人通れる扉が開いて。
何度見てもやっぱり面白いな、と思いながら中へと進む。
そして俺よりも背の高い光る樹まで歩く。ウィンダム様とマシュー殿下がきょろきょろとしているのは、初めて入ったからだろう。
わかる。俺もそうだったから。
“来たか”
「おうよ」
光る樹の上からルスが現れる。
ルスに頭を下げるのはウィンダム様。いきなり?!
「ルス様。この度はありがとうございました」
“気にするな。我の…気まぐれだからな”
かかかと笑うルス。
え? なんかあったの? けど、そんなことも聞けずにちょっとそわそわとしていると「トイレ?」とハワードにこそっと聞かれたが「違う」と少し低めの声で言えば「うんうん。可愛いなぁ」と頭を撫でられた。
“ハルト”
「なに?」
“我からも礼を言わせてもらう”
「え? なんだよ。急に」
ルスが頭を下げると、ウィンダム様も頭を下げる。
「ちょ、ちょっと…!」
「私の早とちりで右腕を失くしてしまい、申し訳ない」
「い、いや…! そのことについての謝罪は受けてますから!」
“あの妖精たちを救ってくれてありがとう”
「え…ええー…」
なんだか良く分からない謝罪におろおろとしていると、小さくため息を吐く。
「顔を上げてください。ルスも」
俺の言葉に顔を上げる一人と一羽。
「むしろウィンダム様のおかげで私はまだ人間辞めてませんし、妖精たちも俺の仕事を手伝ってくれるし。だから謝られることも、感謝をされることもないです」
右腕を撫でながらそう言えば、ウィンダム様の唇がきゅっと引き締まった。
何か言いたそうだったけど言葉を飲み込んだようで、一度息を吐くと柔らかく微笑む。
「そうか。ではこの話はこれで終いにしよう」
「そうしてくれると助かります」
“かかか。ほんにお人よしだな! ハルトは!”
嘴を大きく開いて笑うルスに、俺も笑う。
“さて、改めて聞くぞ”
「なんだ?」
“右腕はいらぬのだな?”
「ああ。右腕はルスの好きにしてくれ」
“人の王よ。そなたもそれでよいな?”
「フルミヤがそう決めたのなら、それに従うだけです」
“分かった”
右腕の最終確認をされると、ルスの真上に俺の右腕が現れる。
神々しく光を放つ右腕に苦笑いを浮かべると、これでお別れなんだと改めて思う。
“人の子よ。これを伝え続けよ”
「はい」
“新たな世界樹には人の心が宿る、と”
「はっ」
頭をたれ、胸に手を当てて片膝をつくウィンダム様と、マシュー殿下。それにハワードとシモン。
トレバー達と俺はこれからのことを見守る。
右腕がふわりと浮いて若樹へと向かっていくと、それが吸い込まれ光り輝いた。
その光りにトレバー達は顔を背けるけど、俺は光の中でも眩しさは感じずじっと樹を見つめていると、樹の中にいた雛が動いた。
右腕の形が崩れ光の粒に変わると、それを嘴が吸っていく。
右腕だったものをあっという間に吸い込むと、閉じていた瞳が開いた。
それに驚くこともなく、開いたばかりの瞳と視線が合った。
“ありがとう。君のおかげで大きくなれそうだよ”
「そっか。それはよかった」
“うん。ありがとう。ママ”
にこりと笑う雛にとんでもないことを言われたと同時に、ぽんと誰かに肩を叩かれビクリと身体が跳ねた。
「ハルト?」
「っ?! ああ…大丈夫」
肩を叩いたのはシモン。心配そうに俺を見ていたけど、へらりと笑えば、ほっとしていた。
“これで雛は大丈夫だろう”
「ん。よかった」
“これで我も役目を終えられそうだ”
「え?」
かかかと笑うルスの言葉に驚けば、ルスは“なんだ”と半眼になった。
「役目を終えるって…」
“我もそろそろ交代を考えていたのだ”
「でも…」
“かかか。随分と長くここを見てきたのだ。交代をしてもいいだろう?”
ルスのその言葉に俺は何も言えない。なんせここに来てからまだ1年も経っていない。
けれどルスの言葉はなんとなく分かるのだ。
「ルスが決めたのならいいんじゃない?」
“くかかか! ハルトは分かるやつだ!”
ばさばさと羽を広げながら笑うルスに、俺は少しだけ寂しく感じていた。
だが。
“ハルトが死ぬまでは代らんけどな!”
そう言ってくかかか!と笑うルスに「もー。びっくりさせないでくださいよー」とハワ―ドが突っ込んでいた。
と、まぁそんなことがあって現在。
「なにこれー…」
「25階より明らかにやべぇよな…」
俺たちは今、ダンジョン50階にいたりする。
まぁ踏破報告は43階までなんだけどさ。
なんで踏破報告があった階よりも下にいるのか、というと…。
“かかか! ここならば思う存分ハルトと遊べるからな! くかかか!”
というわけで。
つまりはルスが俺たちを招待してくれた。
「だがこれはさすがに…」
「きっついよな…」
選択肢が与えられすぎて呆然としている俺たち。
10叉路とか意味わからん。
どこに入ってもやばそうな気がするんだよな…。
けど、魔物はそれほど強くないのが救いだ。
ルス曰く“人間たちのアラクネ乱獲に怯えて出てこない”とのこと。
大型種の魔物たちにとって、アラクネ乱獲は相当堪えたようで、あまり出てこないらしい。
「魔物が出ても問題ない」
「ひゅー! 兄さんかっくいー!」
口笛を吹いて茶化すヒューに、苦笑いを浮かべるとじっと路を見つめる。
「それよりハルトにダンジョン探索依頼が来てるんだろ?」
「まぁね…」
「行かないのか?」
「うーん…この国にとって利があるなら行く。なければ行かない」
「ふぅーん」
「ま、それを判断するのは陛下だけどな」
陛下の体調が右腕を与えた日に回復したらしく、今では色々されているらしい。
時間ができたハワードは魔道具作り。ウィンダム様は陛下の補助、マシュー殿下はそのまま第二騎士団を率いている。
それと花村さんだけど、グレンといい感じになってはいるけど「しばらくは友人ですかね?」と言っていた。
グレンも「友人でもいいさ」と笑っていたから、時間が経てばくっつくと思っている。
「よし。決めた」
「おっし! なら行くか!」
左から3番目を左手で指さして「こっちに行く」と示せば、気合を入れて歩き始めた。
事務職員としてここに呼ばれたけど、今はダンジョンで働いてる。
ここに来た時はこんなことになるとは思わなかったけどな。
結局、俺は初めから事務職員としては役に立たちそうもなかったな!
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Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
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名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
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片腕がないのに明るい性格、周囲の人々が協力的で素敵な話だなあと楽しく読んでます。気持ちが10代に若返りしてます。