その男、黒幕につき -乙女ゲーの黒幕に転生させられたようなので、ラスボスをラスボスにさせないように頑張ります!-

マンゴー山田

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邪魔な者たちを強制的に有休にしながらヘルベルトの部屋に向かう。彼の部屋は日当たりの悪い、湿気が溜まるようなじめじめとした部屋があてがわれている。

立太子したにも関わらず、だ。

ヘルベルトの環境はあまりにも悪すぎた。『あの事』があったからこうなってしまった。
ならばヘルベルトを立太子にせず、弟のサイラスを立てればよかったのだ。それでもそうしなかったのは、ヘルベルトを苦しめるためだろう。
両親からも弟からも周りからも相手にされず、『病弱』だからと言われ続け碌に外にも出してもらえなかった。
暗く、空気の悪い部屋で一人、ぼんやりと生きてきたヘルベルト。勉強もマナーも最低限しか教えられていない。
そんな中、出会ったのが『イヴ』だった。暗闇の中で生きていたヘルベルトにとって、イヴはまさに光だった。『正統なる王家の血』を持っていることを知ってからは、それにふさわしくある様に努力を重ねた。
イヴを『友』として慕い、イヴもまた『友』として互いを支え合っていた。

それが壊れたのは、ヘルベルトが結婚し子供が生まれてからだった。

つまりはヘルベルトとオニキスとの間にデディヴィア子供が生まれなければいいのである。
暴論だけどな。
それを阻止するためには、俺自身が身体を文字通り差し出す必要がある。
以前のイヴたちはどうだったかは分からない。俺の前のイヴであるスノウは『イヴ』だった頃の記憶はないと言っていた。
そしてイヴの言葉。

『何度も繰り返した』

と言っていたから、それに気付けなかったのだろう。縦しんば気付けたとしても、すでに時遅し。すでにヘルベルトの暴走は止められなかったのだろう。
無理もない。なんせ今までは乙女ゲームの世界だったのだ。俺みたいな前日譚の世界ではない。
乙女ゲームの世界ではヘルベルトとイヴがすでに出会っている。つまりはヘルベルトのイヴへの好感度が一番高い時期から始まると予想できる。
それでもイヴとしてヘルベルトをラスボス化させないというのは高難易度に近い。
その点、俺は前日譚。ヘルベルトとイヴの出会いの話しでもある。この時点で俺の攻略難易度はかなり下がっている。

そして――。

「ここを…曲がる…」

ヘルベルトの部屋に続く最後の角を曲がると、スノウがボロボロの扉を開く。

「――…ッ!」

スノウがその空気にぶつかった瞬間、顔を顰めた。無理もない。

「スノウ?」
「………ッ! 申し訳ございません」

直ぐに執事としての顔に戻ると、ヘルベルトと俺を先に部屋に通す。それから扉を閉めると、イブキを抱えたままボロボロのカーテンを開きにかかった。

「ダメだ!」

するとヘルベルトから制止の声がかかった。それにスノウは動じず、手にしたカーテンを開けば光が差し込んだ。
それから窓を開け放ち、部屋の空気を入れ替える。

「ダメだ! カーテンも窓も開けては…!」
「お言葉ですが」

痩せた身体のどこにそんな力があるのか。
吠えるようにスノウに噛みつくヘルベルトに噛みつかれたスノウは顔一つ変えずヘルベルトに向かって静かに言い放つ。

「このような環境では主様…イヴ様やイブキ様にとっては害になります故」
「ここは僕の部屋だ…っ!」
「そうですね。そしてこれからこの部屋はイヴ様とイブキ様が滞在する部屋にもなります」
「え…?」

スノウの言葉に困惑するヘルベルト。まぁ、そうなるよな。説明も何もなかったわけだし。

「申し訳ございません、ヘルベルト王太子殿下」
「イヴ様…」
「私のことはどうかイヴ、とお呼びください。名代と使者ではありますが、立場的にはイブキやヘルベルト王太子殿下よりも下になります」

汚れた床に躊躇いなく膝を付き、胸に手を当て頭を垂れればヘルベルトから呼吸が漏れた。

「その…イブキ…様、というのは…?」
「イブキはエルフの国の次期国王。ですが先の衝動により意識を失っており、失礼ながらスノウの腕の中におります」

そう告げるとスノウも膝を付く。
困惑し混乱しているヘルベルトだが、さすがというかなんというか。
『正統なる王家の血』がそうさせるのか。

「…わかり、ました。あの…頭を上げてもらえませんか? 僕に頭を下げる価値など…ないので」

しかし自己肯定力は低い。これはもう仕方ない。
これ以上は可哀想なので、ヘルベルトの言う通り頭を上げれば、ほっと息を吐いていて。

「ヘルベルト王太子殿下」
「あの…」
「我らエルフの国はあなた様を裏切りはしませぬ」
「え…?」
「あなた様を決して裏切りはしませぬ」

じっと瞳を見つめてそう告げれば、何か言いたげな唇が「はく」と動いたがそれだけで。
ヘルベルトに必要なのは『理解者』と『裏切らない者』。これらの者がいるだけでヘルベルトは穏やかに暮らせるはずだ。

少しの間は。

その間にどれだけヘルベルトと絆を結べるかが勝負になる。
その為にあれに一撃を加えたのだから。それにあのおっさんに対しての処罰は甘いものになるだろう。そうなることは分かっている。身内に甘いんだからな、あいつらは。
だがそんな処罰よりも厳しいのが魔具の使用制限。
この国…いや、世界中で使われている魔具。
今ではなくてはならない物が突然使えなくなるストレスは計り知れないだろう。それに庶民が使えているものが、一番上であるという傲慢な考えを持つ者が使えない。それが一番屈辱だろうし。
今日明日くらいなら我慢できるかもしれないが、俺が課した期限は一週間。その間にどれだけ心を折れるかは未知数。あいつらなら今日だけでも音をあげそうだけどな。
一週間後が楽しみだ。
おまけとして、この城全部の魔具にも制限をかけておいたからどうなるか…。楽しみだな。

「イヴ…様」
「私のことはイヴで構いませんよ。ヘルベルト王太子殿下」
「ですが…」
「うーん…出会って直ぐのエルフに呼び捨ては難しいですよね…」
「出会ってすぐのエルフ…」
「はい。出会ってすぐのエルフです」

にこりと微笑みながらそう言えば「ふふっ。出会ってすぐのエルフ…。ふふふっ」と笑い始めた。
やばい。ヘルベルトの笑いのツボが分からん。

「ふふふっ」
「笑えるだけの元気があれば大丈夫ですね。…いや大丈夫ではないんですが」
「ふふっ。イヴ様って面白い方ですね」
「面白い…ですか?」
「はい」

くすくすと笑うヘルベルトに気恥ずかしさを感じながら、とりあえずこの部屋を綺麗にしなければならない。ぐるりと見回してもこの部屋は使用人たちの物よりも悪いのだ。
次期国王とは思えぬ部屋。杖を出現させ、怒りで杖を強く握ってしまったが許してほしい。

「イヴ様?」
「まずは部屋を綺麗にしてしまいますね」
「ですが…」
「こればかりはいくらヘルベルト王太子殿下と言えど止めることは許しません」

おずおずと人の顔色を伺いながら尋ねるのは生きていくために身に着けたものだろう。そこまで追い込まれているヘルベルトを見ていると、あのバカどもをもう少しどうにかすればよかった。

「イヴ」

スノウのどこか怒気を含んだ声にハッとすると、ヘルベルトも心配そうに俺を見つめている。
なんだ?

「後で治療しますからね」
「? あ、あぁ…」

なんだか良く分からないが、今はこの部屋をどうにかしなければ。
杖を握り直し、トントンと二回叩けば俺を中心に魔法陣が展開される。

「うわっ!」
「落ち着いてください。大丈夫ですから」

初めて見る魔法陣にヘルベルトが驚き、俺に抱きついてくる。そのうちお前もできるようになるからな。
これからの成長を楽しみにしながら、魔法陣を部屋の大きさまで広げるとトンともう一度杖を叩けば、それが昇っていく。それは俺たちやボロボロの家具、空気を通過し天井まで到達すると、光が弾けた。

「…え?」

光が治まり、ふわふわと光の残滓が浮かんでいるのを見つめると俺は頷く。うむ。我ながら素晴らしい。
ヘルベルトからは驚きの声が上がり、ぽかんと変わり果てた部屋を見つめいている。ふふふ。おじさん頑張っちゃったよ。

「こ、れ…」
「今日からここがヘルベルト王太子殿下の新しいお部屋になります」

にこりと微笑みながらそう告げれば、口を半開きにしたまま俺のローブを握りしめ瞬きを繰り返している。
いきなりぼろ部屋が絢爛豪華に変わればそうなる、か。放心状態のヘルベルトをそのままにしておいて、スノウに視線を送れば彼もまたこくりと頷いた。
そしてそのまま隣の部屋に続く扉を開き、姿を消すとヘルベルトが「え?!」と驚愕の声をあげた。

「え? 部屋?」
「はい。別の空間を利用した部屋になります」
「べ…?!」
「ええ。ここはリビング、それから寝室と浴室、洗面所にお手洗い。それとキッチンですね」
「ええ?!」

これから一週間ここで籠城するために必要な部屋も同時に増やしておいた。角の一部屋だけじゃ到底生活できないからな。
それに。

「扉も潰しておきました」
「え?」

このことだけは正しく理解できたのだろうヘルベルトから、瞳の光が消えた。

「あなたも…僕を閉じ込めるの?」

そう。ここは謂わばヘルベルトの世界全て。そこに再び戻された、と思ったのだろう。間違ってはいないが、間違いでもある。

「あなたを閉じ込めたりは致しませんよ」
「なら…!」
「今、この城内で魔具が使えるのはこの部屋だけです」
「どういう…?」
「先ほど、あの者たちは私に対して害を与えてきました。その罰で魔具が使えなくなっているのです」
「…父様が」
「あなた様が気に病むことではございません。全てあの者たちがしたことですので」

そう言いながら杖を握りしめれば「イヴ」と、呼ばれた。呼ばれた方を見れば珍しく眉を吊り上げているスノウがいて。

「イブキは?」
「ベッドの方に」
「そうか」

これでイブキの方は安心だな。それよりスノウの腕は…、と杖を消して手を伸ばせばその手を掴まれた。うん?!

「手当を致しますので大人しくしていてくださいね」
「てあて?」

そういえばそんなこと言ってたような…?と記憶を辿っていると、強く握られた手から鈍い痛みが生まれる。

「いってぇ…!」
「爪で傷つけたんですよ。全く」
「あー…悪い」
「悪いじゃありません」
「…ありがとう」
「はい。どういたしまして」

軽いやり取りをスノウとしていると、魔具で手の傷を癒してくれた。やっぱり少し時間がかかるな…。スノウも魔法の練習したら早くなんねぇかね?
治療を受けながらそんなことを考えていると、ぎゅうとローブに力が入ったことに気が付いた。この場でローブを掴んでいるのはヘルベルトのみ。ふとヘルベルトを見て、俺は瞳を見開いた。

ヘルベルトの視線が今にもスノウを射殺そうとしていたことに―。


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