8 / 18
8
しおりを挟む
邪魔な者たちを強制的に有休にしながらヘルベルトの部屋に向かう。彼の部屋は日当たりの悪い、湿気が溜まるようなじめじめとした部屋があてがわれている。
立太子したにも関わらず、だ。
ヘルベルトの環境はあまりにも悪すぎた。『あの事』があったからこうなってしまった。
ならばヘルベルトを立太子にせず、弟のサイラスを立てればよかったのだ。それでもそうしなかったのは、ヘルベルトを苦しめるためだろう。
両親からも弟からも周りからも相手にされず、『病弱』だからと言われ続け碌に外にも出してもらえなかった。
暗く、空気の悪い部屋で一人、ぼんやりと生きてきたヘルベルト。勉強もマナーも最低限しか教えられていない。
そんな中、出会ったのが『イヴ』だった。暗闇の中で生きていたヘルベルトにとって、イヴはまさに光だった。『正統なる王家の血』を持っていることを知ってからは、それにふさわしくある様に努力を重ねた。
イヴを『友』として慕い、イヴもまた『友』として互いを支え合っていた。
それが壊れたのは、ヘルベルトが結婚し子供が生まれてからだった。
つまりはヘルベルトとオニキスとの間にデディヴィアが生まれなければいいのである。
暴論だけどな。
それを阻止するためには、俺自身が身体を文字通り差し出す必要がある。
以前のイヴたちはどうだったかは分からない。俺の前のイヴであるスノウは『イヴ』だった頃の記憶はないと言っていた。
そしてイヴの言葉。
『何度も繰り返した』
と言っていたから、それに気付けなかったのだろう。縦しんば気付けたとしても、すでに時遅し。すでにヘルベルトの暴走は止められなかったのだろう。
無理もない。なんせ今までは乙女ゲームの世界だったのだ。俺みたいな前日譚の世界ではない。
乙女ゲームの世界ではヘルベルトとイヴがすでに出会っている。つまりはヘルベルトのイヴへの好感度が一番高い時期から始まると予想できる。
それでもイヴとしてヘルベルトをラスボス化させないというのは高難易度に近い。
その点、俺は前日譚。ヘルベルトとイヴの出会いの話しでもある。この時点で俺の攻略難易度はかなり下がっている。
そして――。
「ここを…曲がる…」
ヘルベルトの部屋に続く最後の角を曲がると、スノウがボロボロの扉を開く。
「――…ッ!」
スノウがその空気にぶつかった瞬間、顔を顰めた。無理もない。
「スノウ?」
「………ッ! 申し訳ございません」
直ぐに執事としての顔に戻ると、ヘルベルトと俺を先に部屋に通す。それから扉を閉めると、イブキを抱えたままボロボロのカーテンを開きにかかった。
「ダメだ!」
するとヘルベルトから制止の声がかかった。それにスノウは動じず、手にしたカーテンを開けば光が差し込んだ。
それから窓を開け放ち、部屋の空気を入れ替える。
「ダメだ! カーテンも窓も開けては…!」
「お言葉ですが」
痩せた身体のどこにそんな力があるのか。
吠えるようにスノウに噛みつくヘルベルトに噛みつかれたスノウは顔一つ変えずヘルベルトに向かって静かに言い放つ。
「このような環境では主様…イヴ様やイブキ様にとっては害になります故」
「ここは僕の部屋だ…っ!」
「そうですね。そしてこれからこの部屋はイヴ様とイブキ様が滞在する部屋にもなります」
「え…?」
スノウの言葉に困惑するヘルベルト。まぁ、そうなるよな。説明も何もなかったわけだし。
「申し訳ございません、ヘルベルト王太子殿下」
「イヴ様…」
「私のことはどうかイヴ、とお呼びください。名代と使者ではありますが、立場的にはイブキやヘルベルト王太子殿下よりも下になります」
汚れた床に躊躇いなく膝を付き、胸に手を当て頭を垂れればヘルベルトから呼吸が漏れた。
「その…イブキ…様、というのは…?」
「イブキはエルフの国の次期国王。ですが先の衝動により意識を失っており、失礼ながらスノウの腕の中におります」
そう告げるとスノウも膝を付く。
困惑し混乱しているヘルベルトだが、さすがというかなんというか。
『正統なる王家の血』がそうさせるのか。
「…わかり、ました。あの…頭を上げてもらえませんか? 僕に頭を下げる価値など…ないので」
しかし自己肯定力は低い。これはもう仕方ない。
これ以上は可哀想なので、ヘルベルトの言う通り頭を上げれば、ほっと息を吐いていて。
「ヘルベルト王太子殿下」
「あの…」
「我らエルフの国はあなた様を裏切りはしませぬ」
「え…?」
「あなた様を決して裏切りはしませぬ」
じっと瞳を見つめてそう告げれば、何か言いたげな唇が「はく」と動いたがそれだけで。
ヘルベルトに必要なのは『理解者』と『裏切らない者』。これらの者がいるだけでヘルベルトは穏やかに暮らせるはずだ。
少しの間は。
その間にどれだけヘルベルトと絆を結べるかが勝負になる。
その為にあれに一撃を加えたのだから。それにあのおっさんに対しての処罰は甘いものになるだろう。そうなることは分かっている。身内に甘いんだからな、あいつらは。
だがそんな処罰よりも厳しいのが魔具の使用制限。
この国…いや、世界中で使われている魔具。
今ではなくてはならない物が突然使えなくなるストレスは計り知れないだろう。それに庶民が使えているものが、一番上であるという傲慢な考えを持つ者が使えない。それが一番屈辱だろうし。
今日明日くらいなら我慢できるかもしれないが、俺が課した期限は一週間。その間にどれだけ心を折れるかは未知数。あいつらなら今日だけでも音をあげそうだけどな。
一週間後が楽しみだ。
おまけとして、この城全部の魔具にも制限をかけておいたからどうなるか…。楽しみだな。
「イヴ…様」
「私のことはイヴで構いませんよ。ヘルベルト王太子殿下」
「ですが…」
「うーん…出会って直ぐのエルフに呼び捨ては難しいですよね…」
「出会ってすぐのエルフ…」
「はい。出会ってすぐのエルフです」
にこりと微笑みながらそう言えば「ふふっ。出会ってすぐのエルフ…。ふふふっ」と笑い始めた。
やばい。ヘルベルトの笑いのツボが分からん。
「ふふふっ」
「笑えるだけの元気があれば大丈夫ですね。…いや大丈夫ではないんですが」
「ふふっ。イヴ様って面白い方ですね」
「面白い…ですか?」
「はい」
くすくすと笑うヘルベルトに気恥ずかしさを感じながら、とりあえずこの部屋を綺麗にしなければならない。ぐるりと見回してもこの部屋は使用人たちの物よりも悪いのだ。
次期国王とは思えぬ部屋。杖を出現させ、怒りで杖を強く握ってしまったが許してほしい。
「イヴ様?」
「まずは部屋を綺麗にしてしまいますね」
「ですが…」
「こればかりはいくらヘルベルト王太子殿下と言えど止めることは許しません」
おずおずと人の顔色を伺いながら尋ねるのは生きていくために身に着けたものだろう。そこまで追い込まれているヘルベルトを見ていると、あのバカどもをもう少しどうにかすればよかった。
「イヴ」
スノウのどこか怒気を含んだ声にハッとすると、ヘルベルトも心配そうに俺を見つめている。
なんだ?
「後で治療しますからね」
「? あ、あぁ…」
なんだか良く分からないが、今はこの部屋をどうにかしなければ。
杖を握り直し、トントンと二回叩けば俺を中心に魔法陣が展開される。
「うわっ!」
「落ち着いてください。大丈夫ですから」
初めて見る魔法陣にヘルベルトが驚き、俺に抱きついてくる。そのうちお前もできるようになるからな。
これからの成長を楽しみにしながら、魔法陣を部屋の大きさまで広げるとトンともう一度杖を叩けば、それが昇っていく。それは俺たちやボロボロの家具、空気を通過し天井まで到達すると、光が弾けた。
「…え?」
光が治まり、ふわふわと光の残滓が浮かんでいるのを見つめると俺は頷く。うむ。我ながら素晴らしい。
ヘルベルトからは驚きの声が上がり、ぽかんと変わり果てた部屋を見つめいている。ふふふ。おじさん頑張っちゃったよ。
「こ、れ…」
「今日からここがヘルベルト王太子殿下の新しいお部屋になります」
にこりと微笑みながらそう告げれば、口を半開きにしたまま俺のローブを握りしめ瞬きを繰り返している。
いきなりぼろ部屋が絢爛豪華に変わればそうなる、か。放心状態のヘルベルトをそのままにしておいて、スノウに視線を送れば彼もまたこくりと頷いた。
そしてそのまま隣の部屋に続く扉を開き、姿を消すとヘルベルトが「え?!」と驚愕の声をあげた。
「え? 部屋?」
「はい。別の空間を利用した部屋になります」
「べ…?!」
「ええ。ここはリビング、それから寝室と浴室、洗面所にお手洗い。それとキッチンですね」
「ええ?!」
これから一週間ここで籠城するために必要な部屋も同時に増やしておいた。角の一部屋だけじゃ到底生活できないからな。
それに。
「扉も潰しておきました」
「え?」
このことだけは正しく理解できたのだろうヘルベルトから、瞳の光が消えた。
「あなたも…僕を閉じ込めるの?」
そう。ここは謂わばヘルベルトの世界全て。そこに再び戻された、と思ったのだろう。間違ってはいないが、間違いでもある。
「あなたを閉じ込めたりは致しませんよ」
「なら…!」
「今、この城内で魔具が使えるのはこの部屋だけです」
「どういう…?」
「先ほど、あの者たちは私に対して害を与えてきました。その罰で魔具が使えなくなっているのです」
「…父様が」
「あなた様が気に病むことではございません。全てあの者たちがしたことですので」
そう言いながら杖を握りしめれば「イヴ」と、呼ばれた。呼ばれた方を見れば珍しく眉を吊り上げているスノウがいて。
「イブキは?」
「ベッドの方に」
「そうか」
これでイブキの方は安心だな。それよりスノウの腕は…、と杖を消して手を伸ばせばその手を掴まれた。うん?!
「手当を致しますので大人しくしていてくださいね」
「てあて?」
そういえばそんなこと言ってたような…?と記憶を辿っていると、強く握られた手から鈍い痛みが生まれる。
「いってぇ…!」
「爪で傷つけたんですよ。全く」
「あー…悪い」
「悪いじゃありません」
「…ありがとう」
「はい。どういたしまして」
軽いやり取りをスノウとしていると、魔具で手の傷を癒してくれた。やっぱり少し時間がかかるな…。スノウも魔法の練習したら早くなんねぇかね?
治療を受けながらそんなことを考えていると、ぎゅうとローブに力が入ったことに気が付いた。この場でローブを掴んでいるのはヘルベルトのみ。ふとヘルベルトを見て、俺は瞳を見開いた。
ヘルベルトの視線が今にもスノウを射殺そうとしていたことに―。
立太子したにも関わらず、だ。
ヘルベルトの環境はあまりにも悪すぎた。『あの事』があったからこうなってしまった。
ならばヘルベルトを立太子にせず、弟のサイラスを立てればよかったのだ。それでもそうしなかったのは、ヘルベルトを苦しめるためだろう。
両親からも弟からも周りからも相手にされず、『病弱』だからと言われ続け碌に外にも出してもらえなかった。
暗く、空気の悪い部屋で一人、ぼんやりと生きてきたヘルベルト。勉強もマナーも最低限しか教えられていない。
そんな中、出会ったのが『イヴ』だった。暗闇の中で生きていたヘルベルトにとって、イヴはまさに光だった。『正統なる王家の血』を持っていることを知ってからは、それにふさわしくある様に努力を重ねた。
イヴを『友』として慕い、イヴもまた『友』として互いを支え合っていた。
それが壊れたのは、ヘルベルトが結婚し子供が生まれてからだった。
つまりはヘルベルトとオニキスとの間にデディヴィアが生まれなければいいのである。
暴論だけどな。
それを阻止するためには、俺自身が身体を文字通り差し出す必要がある。
以前のイヴたちはどうだったかは分からない。俺の前のイヴであるスノウは『イヴ』だった頃の記憶はないと言っていた。
そしてイヴの言葉。
『何度も繰り返した』
と言っていたから、それに気付けなかったのだろう。縦しんば気付けたとしても、すでに時遅し。すでにヘルベルトの暴走は止められなかったのだろう。
無理もない。なんせ今までは乙女ゲームの世界だったのだ。俺みたいな前日譚の世界ではない。
乙女ゲームの世界ではヘルベルトとイヴがすでに出会っている。つまりはヘルベルトのイヴへの好感度が一番高い時期から始まると予想できる。
それでもイヴとしてヘルベルトをラスボス化させないというのは高難易度に近い。
その点、俺は前日譚。ヘルベルトとイヴの出会いの話しでもある。この時点で俺の攻略難易度はかなり下がっている。
そして――。
「ここを…曲がる…」
ヘルベルトの部屋に続く最後の角を曲がると、スノウがボロボロの扉を開く。
「――…ッ!」
スノウがその空気にぶつかった瞬間、顔を顰めた。無理もない。
「スノウ?」
「………ッ! 申し訳ございません」
直ぐに執事としての顔に戻ると、ヘルベルトと俺を先に部屋に通す。それから扉を閉めると、イブキを抱えたままボロボロのカーテンを開きにかかった。
「ダメだ!」
するとヘルベルトから制止の声がかかった。それにスノウは動じず、手にしたカーテンを開けば光が差し込んだ。
それから窓を開け放ち、部屋の空気を入れ替える。
「ダメだ! カーテンも窓も開けては…!」
「お言葉ですが」
痩せた身体のどこにそんな力があるのか。
吠えるようにスノウに噛みつくヘルベルトに噛みつかれたスノウは顔一つ変えずヘルベルトに向かって静かに言い放つ。
「このような環境では主様…イヴ様やイブキ様にとっては害になります故」
「ここは僕の部屋だ…っ!」
「そうですね。そしてこれからこの部屋はイヴ様とイブキ様が滞在する部屋にもなります」
「え…?」
スノウの言葉に困惑するヘルベルト。まぁ、そうなるよな。説明も何もなかったわけだし。
「申し訳ございません、ヘルベルト王太子殿下」
「イヴ様…」
「私のことはどうかイヴ、とお呼びください。名代と使者ではありますが、立場的にはイブキやヘルベルト王太子殿下よりも下になります」
汚れた床に躊躇いなく膝を付き、胸に手を当て頭を垂れればヘルベルトから呼吸が漏れた。
「その…イブキ…様、というのは…?」
「イブキはエルフの国の次期国王。ですが先の衝動により意識を失っており、失礼ながらスノウの腕の中におります」
そう告げるとスノウも膝を付く。
困惑し混乱しているヘルベルトだが、さすがというかなんというか。
『正統なる王家の血』がそうさせるのか。
「…わかり、ました。あの…頭を上げてもらえませんか? 僕に頭を下げる価値など…ないので」
しかし自己肯定力は低い。これはもう仕方ない。
これ以上は可哀想なので、ヘルベルトの言う通り頭を上げれば、ほっと息を吐いていて。
「ヘルベルト王太子殿下」
「あの…」
「我らエルフの国はあなた様を裏切りはしませぬ」
「え…?」
「あなた様を決して裏切りはしませぬ」
じっと瞳を見つめてそう告げれば、何か言いたげな唇が「はく」と動いたがそれだけで。
ヘルベルトに必要なのは『理解者』と『裏切らない者』。これらの者がいるだけでヘルベルトは穏やかに暮らせるはずだ。
少しの間は。
その間にどれだけヘルベルトと絆を結べるかが勝負になる。
その為にあれに一撃を加えたのだから。それにあのおっさんに対しての処罰は甘いものになるだろう。そうなることは分かっている。身内に甘いんだからな、あいつらは。
だがそんな処罰よりも厳しいのが魔具の使用制限。
この国…いや、世界中で使われている魔具。
今ではなくてはならない物が突然使えなくなるストレスは計り知れないだろう。それに庶民が使えているものが、一番上であるという傲慢な考えを持つ者が使えない。それが一番屈辱だろうし。
今日明日くらいなら我慢できるかもしれないが、俺が課した期限は一週間。その間にどれだけ心を折れるかは未知数。あいつらなら今日だけでも音をあげそうだけどな。
一週間後が楽しみだ。
おまけとして、この城全部の魔具にも制限をかけておいたからどうなるか…。楽しみだな。
「イヴ…様」
「私のことはイヴで構いませんよ。ヘルベルト王太子殿下」
「ですが…」
「うーん…出会って直ぐのエルフに呼び捨ては難しいですよね…」
「出会ってすぐのエルフ…」
「はい。出会ってすぐのエルフです」
にこりと微笑みながらそう言えば「ふふっ。出会ってすぐのエルフ…。ふふふっ」と笑い始めた。
やばい。ヘルベルトの笑いのツボが分からん。
「ふふふっ」
「笑えるだけの元気があれば大丈夫ですね。…いや大丈夫ではないんですが」
「ふふっ。イヴ様って面白い方ですね」
「面白い…ですか?」
「はい」
くすくすと笑うヘルベルトに気恥ずかしさを感じながら、とりあえずこの部屋を綺麗にしなければならない。ぐるりと見回してもこの部屋は使用人たちの物よりも悪いのだ。
次期国王とは思えぬ部屋。杖を出現させ、怒りで杖を強く握ってしまったが許してほしい。
「イヴ様?」
「まずは部屋を綺麗にしてしまいますね」
「ですが…」
「こればかりはいくらヘルベルト王太子殿下と言えど止めることは許しません」
おずおずと人の顔色を伺いながら尋ねるのは生きていくために身に着けたものだろう。そこまで追い込まれているヘルベルトを見ていると、あのバカどもをもう少しどうにかすればよかった。
「イヴ」
スノウのどこか怒気を含んだ声にハッとすると、ヘルベルトも心配そうに俺を見つめている。
なんだ?
「後で治療しますからね」
「? あ、あぁ…」
なんだか良く分からないが、今はこの部屋をどうにかしなければ。
杖を握り直し、トントンと二回叩けば俺を中心に魔法陣が展開される。
「うわっ!」
「落ち着いてください。大丈夫ですから」
初めて見る魔法陣にヘルベルトが驚き、俺に抱きついてくる。そのうちお前もできるようになるからな。
これからの成長を楽しみにしながら、魔法陣を部屋の大きさまで広げるとトンともう一度杖を叩けば、それが昇っていく。それは俺たちやボロボロの家具、空気を通過し天井まで到達すると、光が弾けた。
「…え?」
光が治まり、ふわふわと光の残滓が浮かんでいるのを見つめると俺は頷く。うむ。我ながら素晴らしい。
ヘルベルトからは驚きの声が上がり、ぽかんと変わり果てた部屋を見つめいている。ふふふ。おじさん頑張っちゃったよ。
「こ、れ…」
「今日からここがヘルベルト王太子殿下の新しいお部屋になります」
にこりと微笑みながらそう告げれば、口を半開きにしたまま俺のローブを握りしめ瞬きを繰り返している。
いきなりぼろ部屋が絢爛豪華に変わればそうなる、か。放心状態のヘルベルトをそのままにしておいて、スノウに視線を送れば彼もまたこくりと頷いた。
そしてそのまま隣の部屋に続く扉を開き、姿を消すとヘルベルトが「え?!」と驚愕の声をあげた。
「え? 部屋?」
「はい。別の空間を利用した部屋になります」
「べ…?!」
「ええ。ここはリビング、それから寝室と浴室、洗面所にお手洗い。それとキッチンですね」
「ええ?!」
これから一週間ここで籠城するために必要な部屋も同時に増やしておいた。角の一部屋だけじゃ到底生活できないからな。
それに。
「扉も潰しておきました」
「え?」
このことだけは正しく理解できたのだろうヘルベルトから、瞳の光が消えた。
「あなたも…僕を閉じ込めるの?」
そう。ここは謂わばヘルベルトの世界全て。そこに再び戻された、と思ったのだろう。間違ってはいないが、間違いでもある。
「あなたを閉じ込めたりは致しませんよ」
「なら…!」
「今、この城内で魔具が使えるのはこの部屋だけです」
「どういう…?」
「先ほど、あの者たちは私に対して害を与えてきました。その罰で魔具が使えなくなっているのです」
「…父様が」
「あなた様が気に病むことではございません。全てあの者たちがしたことですので」
そう言いながら杖を握りしめれば「イヴ」と、呼ばれた。呼ばれた方を見れば珍しく眉を吊り上げているスノウがいて。
「イブキは?」
「ベッドの方に」
「そうか」
これでイブキの方は安心だな。それよりスノウの腕は…、と杖を消して手を伸ばせばその手を掴まれた。うん?!
「手当を致しますので大人しくしていてくださいね」
「てあて?」
そういえばそんなこと言ってたような…?と記憶を辿っていると、強く握られた手から鈍い痛みが生まれる。
「いってぇ…!」
「爪で傷つけたんですよ。全く」
「あー…悪い」
「悪いじゃありません」
「…ありがとう」
「はい。どういたしまして」
軽いやり取りをスノウとしていると、魔具で手の傷を癒してくれた。やっぱり少し時間がかかるな…。スノウも魔法の練習したら早くなんねぇかね?
治療を受けながらそんなことを考えていると、ぎゅうとローブに力が入ったことに気が付いた。この場でローブを掴んでいるのはヘルベルトのみ。ふとヘルベルトを見て、俺は瞳を見開いた。
ヘルベルトの視線が今にもスノウを射殺そうとしていたことに―。
47
あなたにおすすめの小説
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる