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海編
最後の調味料
しおりを挟む「はへぇ…これは…」
首が痛くなるような高さの建物にあんぐりと口を開けて見上げれば、下あごを持ち上げられて口を閉じられる。
毎回、毎回申し訳ないです。でも僕の顎を持ち上げた後、一仕事終えたようににっこりと笑うフリードリヒの顔が好きなんだよね。
さて。今日、僕達がぞろぞろと騎士さんを連れてやって来たのは港町からちょっと歩いたところにある村。漁村って言った方がいいのかな? そこにいる。
けどさ。
「これ稼働してるよね」
「そうなのかい?」
「はい。煙出てるし、それに天日干しもされてます」
「ふむ?」
それは奇妙な、というフリードリヒの表情に、アルシュたちも先生たちも王子様たちも首を傾げている。
っていうかなんでガラムヘルツ殿下もシュルスタイン皇子も当たり前のようにここにるんだろう? ウィンシュタインの問題なのに。
よく分んない。
まぁいいや。
「レイジス。ここは何を作っている所なんだい?」
「おそらくかつお節ですねー」
「かつお…」
「武士?」
「シュルスタイン皇子、それだと違う意味になっちゃいます」
むふ、と笑うと「そうか」と真顔で顎に手を当てるシュルスタイン皇子。およ?
「いや。レイジスに名を呼ばれるのは嬉しいものだと思ってな」
「はわ?!」
そう言ってふっと笑うシュルスタイン皇子にはぼぼ!と頬を赤く染めれば、ささーっとフリードリヒの後ろに隠れる。はばば! なにあれー!
熱々の頬を両手で押さえて「静まれー。静まり給えー」とぶつぶつ呟いていると、つつーと背筋を上から下に撫でられる。
「はぴゃあ?!」
それにびっくん!と全身を跳ねさせれば「レイジス?!」とフリードリヒが慌てて僕の二の腕を掴み「どうした?!」と問いかけてくる。
「いいいいい今背中を…!」
「背中?!」
つつーって撫でられましたぁ!って泣きつけばぎゅうって抱き締めてくれる。うええん!お化けとかじゃないよね?!
実は僕、お化けとかそう言うのがすっごい苦手で…。でも心霊番組とかあると怖いけど見ちゃうんだけど、その後トイレとかお風呂とか入れないくてさ…。
分かってるよ! 全部合成だったり作り物だってことは! でもさ…怖いものは怖いじゃん?
「だってレイジス様面白いんだもん」
「リーシャああぁぁぁぁ!」
てへ☆と舌を出して笑うリーシャにびああああああ!と泣きながら「絶対青汁飲ませてやるんだからああぁぁぁ!」と叫べば「アオジル?」とガラムヘルツ殿下とシュルスタイン皇子が首を傾げる。
アルシュとノア、先生たちも同様に首を傾げている。よし! ならみんなで青汁飲もう! 健康になろう!
ぐぎぎとリーシャを睨みながらそんなことを考えていると「あの…よろしいでしょうか?」とここの領主であるカルモさんがおずおずと僕たちに声をかけてくる。
あ、ごめんなさい。すっかりと忘れてました。
「大丈夫ですよ。いつものじゃれ合いですからお気になさらず」
「ノア…」
にっこりと笑うノアにそうだけどぉ!とぐぎぎと恨みがましく睨めば「そんな可愛らしい顔をしてもおやつは持っていませんからね」と笑う。違うもん!
「それで? ずっと要請を受けていたのはこの村で間違いないのだな?」
「はい、殿下」
ちらちらと僕を見ながらカルモさんがそう告げる。でも僕的には恐らくかつお節工場だと思われるここが稼働しているということは非常に大きな意味を持つ。
だって…。
かつお節があるのならお出汁が取れるのだ! 昆布があれば尚よしなんだけど、ざっと見た感じここはお魚を加工してる村なんだ。
なんせその辺りにお魚が天日干しされてるからね! これは期待大なのだ!
「でもこれだけ加工品が作れるってことは日持ちもするような気がするんですけど」
それこそ生のお魚さんよりもずっと日持ちするじゃない? だからここの加工品を王都へ出荷すればいいと思うんだけど。
「それがですね…」
「カルモ!」
「ひえっ?!」
カルモさんを呼んだと思しきおっちゃんが、ずんずんと大股でこっちに近付いてくる。おお! なんか漁村の人!って感じする! いいね!
フリードリヒに抱き締められてるから、にょきっと首だけを伸ばせばすぐその頭を腕の中に収められる。むむ。
「レイジスはちょっとそのままね?」
「むむー」
「一応、ですよ」
こそっとノアに言われれば、先生たちも前に出ているし、ガラムヘルツ殿下もシュルスタイン皇子も騎士さんが前に出ている。警戒態勢だ。
「ようやくか!」
「すすすすすみません!」
おおう。強いな。相手は貴族なのに。
するとぐりんとおっちゃんの首がこちらに向いた。ちょっと怖い。
「となるとあんたがウィンシュタインの王子か?」
「ああ。フリードリヒだ」
「なんだ。ガキじゃねぇか。王族はここのものなんざどうでもいいってことか」
けっ、と言葉を吐き捨てるおっちゃん。おっちゃんの言葉からだいぶ放置されてたんだなぁ…。
フリードリヒは大丈夫なのかな?とちらりと上目遣いで見れば「大丈夫だよ」とにっこりと微笑む。うん。ノーダメだ。
「なるほど? ウィンシュタインはそれほど長くここを放置していたのか」
「ああそうだ。オレ達が作ってるものは聖女の末裔様が残してくれていったものなのによ!」
んんん? 聖女の末裔?
「失礼。それはどいう言う…」
「っかー! 王族はそんなことも知らねぇのか!」
僕も困惑してるけどフリードリヒも困惑している。なんならその場にいる全員が困惑している。
「聖女の末裔…? そんな話は聞いたこともありませんが…」
「はぁ?! お前も信じねぇってのか?!」
「いえ。勉強不足だと思いまして。それでその聖女の末裔の方のお名前は?」
おお! ノアすごーい!
にこりと笑いながらそう言うノアにおっちゃんが途端に顎をあげて腕を組む。おお?
「いいか。よく聞けよ? 聖女の末裔様はサルマー、サルマー・エリオット様だ」
「エリオット?」
おや? その苗字に聞き覚えがありそうな反応ですな。
僕はさっぱりだけどね!
「エリオット家は確か伯爵家でしたね」
「それに…」
そこまで言ってちらりとソルゾ先生が僕を見る。うん?
首を傾げてぱちぱちと瞬きをすれば「ソルゾ」とフリードリヒの声が飛ぶ。
「エリオット家と言えばユアソーン家の分家だったか?」
「ああ、道理で。どこかで聞いたことのある名だと思った」
はえ?! ガラムヘルツ殿下もシュルスタイン皇子もエリオットさんを知っているんですか?!
「あんたたちエリオット家を知っているのか?!」
「少しだけだが」
「そうか、そうか! あんたたちは知っていたのか!」
そう言って瞳を輝かせるおっちゃんとにこにこしているガラムヘルツ殿下。おっちゃん、その人他国の王子様だよ。
なーんて言える訳もなく「エリオット家がなぜ?」とフリードリヒが顎に手を乗せる。
「で、今更なんだってんだ」
「ああ、すまない。そうか、エリオット家が関係しているのならレイジスも無関係ではないと思ってな」
「はぁ?」
何言ってんだ?という表情を浮かべるおっちゃん。たぶん僕も同じような顔してる。
「レイジス」
「あ、はい!」
肩を抱かれたままくるりと身体を反転させられると、おっちゃんとご対面。あ、どうも。
「こいつがどうしたってんだ?」
「レイジス、自己紹介を」
「はい! えっとレイジス・ユアソーンです」
「ユアソーン…?」
「はい。ユアソーンです」
にぱーっと笑いながらそう言えば「可愛いな」「ああ、可愛い」と皇子たちが頷く。いや。今そういう場面じゃないよね?
「ならあんたがエリオット家の本家…?!」
「まぁそう言うことだ」
僕の紹介が終わると、すっとフリードリヒの身体で隠される。その隙にすすっとハーミット先生とアルシュが僕の隣に来ると完全に隠れてしまう。ちっちゃいからねー。悔しく無いもん!
ぷすぷすと一人で頬を膨らませていると「確かエリオット家が爵位を得たのは50年ほど前だと思うが?」とフリードリヒが呟けば「記録ではそうなってますね。今では手広くやっています」とノアと話している。
ふーん。ユアソーン家って結構すごいところだったのか。その辺りはぜーんぜん分かんないからねー! えへん。
「いや。だがユアソーン家には女はいないと思ったはずだが?」
はて?とおっちゃんが首を捻るのも無理はない。なんせ今僕が来ているのはルスーツさんおすすめの昨日と同じようなセーラー服風のワンピースなのだから。もちろん今日はちゃんと髪も三つ編みにされてぐるっと後頭部で巻かれている。シニヨンヘアみたいな感じ。それにちゃんとおっきなツバの麦わら帽子をかぶってる。しかも赤いリボンが結んであってその結び目にうさぎのブローチがつけられててとっても可愛いんだ!
それといつものうさうさバッグを斜めからかけてるからパッと見、完全に女の子だと思われてもおかしくはない。準備が済んでガラムヘルツ殿下とシュルスタイン皇子に会ったら二人とも固まっちゃってね…。それに騎士さん達もなんかやる気がみなぎってた。そんな警戒しなくても僕、男の子だからね? ちゃんとついてるからね?
そんなおっちゃんの疑問に答えるべく、ハーミット先生の身体の隙間からぴょわっと手をあげて上半身を出す。
「あ、僕男の子ですよー!」
「はっはっ。冗談はよせ」
「あれー?」
本当のことなんだけどなー?
「だがな嬢ちゃん。ユアソーン家を名乗るのはやめとけよ?」
「ホントにユアソーンなんだけどなぁ…」
まぁ女の子と間違えられるのは慣れてるからね! 気にしないよ!
でも気になるのはこの工場っぽいの。外しか見てないから何とも言えないけど、これしっかり作られてるよねー。
ということはサルマーさんなる人は結構すごい知識の持ち主だったんだろうな。
「ね、ね。フリードリヒ殿下」
「どうしたんだい? レイジス?」
「僕この中見たいです! かつお節作りみたいです!」
くいくい、とフリードリヒの服を引っ張ってそう言えば「カツオブシと言うのはこの中で作られているのかい?」と聞かれる。
ううーん…僕も断言はできないけどなんとなーくそんな感じがしただけなんだよね。
「かつお節?」
「ん?」
「嬢ちゃん。その言葉、誰から聞いた?」
おや? なんかおっちゃんの声色が硬くなったぞ? 警戒されてる?
「聞いたって言うか…えっと、本で読みました?」
なんで半疑問形なのかって? フリードリヒ達だけならなんとか誤魔化せそうだけど、今はガラムヘルツ殿下もシュルスタイン皇子もいるからね。下手なことは言えないんだ。
「……………」
じいっと僕を見つめるおっちゃん。けどその時間は「あー! スワリさん! こんな所で油売ってないで早く作業に戻ってくださいよー!」とおばちゃんの登場によりすぐに終わった。
ここでも女性は強いなー。
おばちゃんが僕たちを見つけた瞬間「あらあら! やだわ! こんな格好で!」と恥ずかしそうに顔を真っ赤にして建物の中に入っていった。
「カルモ」
「は、はい」
「集会所にそいつらを案内しろ」
「はい」
そう言ってスワリさんがおばちゃんが消えていった建物に入っていくと、カルモさんがハンカチで汗を拭きながら「ではこちらへ」と言って集会所へと案内してくれた。
「嬢ちゃんはかつお節を知っているな?」
「はい! あとは昆布とか」
「ふむ」
村の集会所に案内された僕たちは外よりもひんやりとするそこで座って待っていると、スワリさんが竹籠を持って現れた。
おお? なんだなんだ?
そして質問をされ答えれば「嬢ちゃんなら信用できる」と言われて竹籠に乗ったものを見せてくれた。そこに乗っていたものは…。
「かつお節だぁ!」
そこには硬い硬い切り身が二つと、その隣には乾燥した昆布が。
「わっふーぅ! 昆布もあるー!」
いえー!とテンション爆上がりな僕とは対象的に「コンブ?」と首を傾げる面々。
これでお出汁が作れるー!とかつお節を手にしてまるで捧げものをするように持ち上げれば「ぶばっ」とおっちゃんが吹き出した。
「嬢ちゃん、本当にこれが何なのか知ってんだな」
「もちろんですよーぅ! これでおいしいお出汁を作ってー、おうどんにーおそばにー天ぷらにーうふふー」
「レイジス、涎出てるよ」
「はわわ!」
でへへと頬をゆるっゆるにしてたからねー。涎出ちゃうー。あ、もう出てた。
涎をフリードリヒにいつも通り拭いてもらってかつお節に頬摺りすれば「今日の詫びだ。もってけ」とスワリさんに言われると、ぎゅんっと首を捻る。あたた。勢い良すぎた。
「いいんですか?!」
「ああ。もってけ。それとこれを広めてくれると助かる」
「もちろんですよー! 王宮に持っていって広めよう!」
「おうきゅ…?!」
「ふむ。ならハガルマルティアも広めようか。レイジスがここまで喜ぶものだからな」
「ならストラウムも約束しよう」
「は?」
ガラムヘルツ殿下とシュルスタイン皇子の言葉にきょとんとしているスワリさん。ついでにカルモさんもぽかんとしてる。
あれ? 言わなかったっけ?
なんだか微妙な空気が漂い始めた中、悲鳴が聞こえてきた。おお?! なんだ?!
そしてばたばたと何人かが集会所にやってくるとこう叫んだ。
「クラーケンが出ました!」
焦った表情のスワリさんとカルモさん。そして騎士の人たちと王族も瞳を細める中、僕はたらりと涎を垂らす。
うっひょー! タコさんかイカさんキターッ! 足一本でいいからおくれ―!
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