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5. 飯テロとお兄さんの正体

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「ま、この村のことはおいおい話すとして…」

そう言って父ちゃんがじいっと白蛇様と卵を見る。そしてスッと瞳を細くした。
あ、これめっちゃ怒ってるやつ。まぁ、当然といえば当然なんだけど。

「ライル」
「はい!」

父ちゃんに名前を呼ばれると、僕はピシッと背を伸ばす。僕を構い倒していた兄ちゃんたちもピシッと背を伸ばして足を小さく開き、手を後ろに回す。体育の『休め』の体勢をとるのはもう癖なんだろうね。僕はしないけど。
三人で背を伸ばしていると、なぜかお兄さんも『休め』の体勢になっているのが視界に入ってちょっと面白い。

「どういうことだ」
「えっと。まずは確認からいいですか?」
「…なんだ」

白蛇様からちらりと僕に視線を移した父ちゃんは威圧がすごい。うーん、久しぶりだなー。こんな父ちゃんを見るのは。

「大蛇の卵狩猟はもう解禁されたんですか?」
「されていないな」
「ならそういうことです」

そこまで言えば父ちゃんは僕から視線を戻すと、シュルシュルと舌を動かす白蛇様に向かって頭を下げた。

「大変申し訳ない。俺の頭じゃ足りないかもしれないがこれで許してはくれないか」

その様子を黙って見てた兄ちゃんずが、その鋭い視線をお兄さんに向けた。そのお兄さんはバツが悪そうに、しかし視線を逸らさずじっと父ちゃんを見ている。

「あ。卵ならちゃんと僕が治療したし、これはお返しするよ!」
「フシュルルルル」

はーいと手を上げて父ちゃんにそう告げれば、白蛇様も「そうだ」と言わんばかりに頷いてくれた。可愛いなー。
僕の言葉に父ちゃんが頭を上げ、もう一度頭を下げると白蛇様も満足したのかチロチロと舌を動かすだけ。

「詳しい話は家に着いてから聞かせてもらおうか。兄ちゃん」
「…はい」

父ちゃんから発せられる威圧に耐えてるお兄さんすごい。

「それから白蛇様だが…なぜ連れてきた?」
「えっとね、ベヒモスに追われてこの森に来てたみたい。だから連れてきたんだけど…」
「ベヒモスだと?!」

父ちゃんが叫ぶと同時に背筋を伸ばして動かなかった兄ちゃんずが、僕の身体をぺたぺたと触り始める。

「兄ちゃん! くすぐ…くすぐったいー!」
「ベヒモスと戦ったんだろ?!」
「怪我は?!」

兄ちゃんずにもみくちゃにされながらうはは、と笑いながら「僕は戦ってないよ」と言ったところで、その手がピタリと止まった。
そして信じられない、という目で僕を見た。乱れた服を直しながら父ちゃんを見れば「本当か」と疑いの瞳を向けられた。うーん、信用されてない。
確かに強い魔物を見る度に一人突っ込んでは討伐してるからなぁ…。
あれだよ。モンスター狩り。
そんな感じのゲームがあったでしょ? 雪山とか渓谷とかで巨大モンスターを狩るっている有名なゲーム。
僕は太刀一筋でモンスターを狩ってたなー。でも今でもトラウマな某モンスターにコロコロされてからはボウガンやらヘビーやらを使い始めたんだよねー。
こっちの世界じゃ魔法撃ちたい放題だから、防御の風魔法を纏ってガンガン色んな魔法を撃つだけであっさりと倒れちゃうからね。父ちゃんや兄ちゃんず曰く「お前は常識外れ」って言われたんだけどさ。酷くない?
でも最近は最上級魔法撃ってないからね。どこにもクレーターできてないし、山も抉れてない。いたって平和だよ。
そんな僕が「戦っていない」と言っても信じてくれないのはそれらがあるからだろうね。

うん、チカタナイネ。

「ベヒモスと戦ってくれたのはそこの白蛇様だよ」
「なんと…!」

その一言で父ちゃんも、兄ちゃんずも白蛇様に視線が移る。白蛇様は「どうだ」と言わんばかりに頭を擡げ、鼻息を荒くして胸を張っている。可愛い。

「だがにわかにベヒモスが出たとは…」
「あ、それならお兄さんが素材をたんまり持ってるよ。肉とか瓶入りの血とか心臓とか」
「…………」

うん、信じられないよね。僕が魔法を使わずに剣でおっきい魔物倒したよ、という報告くらい信じられないよね。父ちゃんの目が飛び出そう。ちょっと危ない。
ほらー、父ちゃんがそんなこと言うから白蛇様が尻尾をびたんびたんさせてるじゃない。後で何か食べるか聞いてみよう。

「お兄さん、ちょっと素材見せてあげてよ」
「あ、あぁ…」

今までじっと動かなかったお兄さんがパンパンになっている麻袋の口を開け、中からベヒモスの毛を取り出せば父ちゃんと兄ちゃんずの息を飲む音が聞こえた。

「ね?」
「シュルルル」

嘘じゃないでしょ?と言えば、父ちゃんが「失礼」と言ってお兄さんからベヒモスの毛を受け取りまじまじと見ている。鑑定使って見てるのかな?
そりゃにわかには信じがたいよね。ベヒモスなんて。この村でも偽物を掴ませられる商人さんがいるんだし。

「間違いない」
「でしょ。でもさ…」

そこまで言うとユリウス兄ちゃんが、僕の口を塞いだ。そしてバジル兄ちゃんに視線を移すと「お口を閉じろ」と目で言われた。
はーい、と大人しく黙ると「…ありがとな」と言って父ちゃんがお兄さんに素材を返すと、目元を手で覆った。
あー…結構まずそう。
ちら、と兄ちゃんずを見れば、同じように複雑そうな顔をしている。

「ライル」
「ふぁい!」

兄ちゃんに口を抑えられたままだったから変な返事になっちゃった。ユリウス兄ちゃんに「離してやれ」という父ちゃんの言葉に兄ちゃんが塞いでた手を離してくれた。

「白蛇様を元の場所に戻すことは可能か?」
「んー…たぶん無理」

ちらりと白蛇様を見てそう言えば「そうか」と呟くと、腕を組んで僕を見た。

「流石にこの大きさじゃあ受け入れられねぇ」
「あ、じゃあ小さくすればいい?」

全長数十メートルだからねー。村に入れても寝る場所とか確保できないし。新しく場所を作ってもいいけど。

「新しい場所は作るなよ」
「はぁーい」

僕の考えなどお見通しな父ちゃんが僕に釘をさすと、このやり取りを見ていた白蛇様にお願いをしてみることにした。

「大変失礼ですが、そのお身体を縮めてしまってもよろしいでしょうか」
「フシュルルル」

「構わん」と言われた気がして「ありがとうございます」と頭を下げる。

「小さくなったらお家を作りますね!父ちゃん、村の中心に近い場所にお社作ってもいい?!」
「…なぜ中心なんだ。西側に作ればいいじゃないか」
「僕も西側にしようかと思ったけど、白蛇様っているだけで魔物が怯えちゃって近付かないんだよ」

「ね?」と白蛇様に問えば「シュルルル」と舌を動かす。

「なるほど。なら中心がいいかもな」
「でしょ?!」

ふむ、と顎を撫でる父ちゃんに「やった!」と喜ぶ僕。そんな僕の頭を撫でてくれる兄ちゃんず。
んふふー。兄ちゃんずに頭撫でてもらうの好きなんだよね。お兄さんに撫でられるのも好きだけど。

「ならまずは小さくしてからだな」
「任せて! 白蛇様、失礼します」

兄ちゃんずが頭を撫でるのをやめて僕から一歩下がる。僕が白蛇様に頭を下げれば「よい」と言われた。
それに「ありがとうございます」と礼を述べると両手を前に突き出し、その両手に魔力を溜めはじめる。すると淡い紫色の光が白蛇様を包み、全身へとその光が行き渡ったのを感じるとそのまま魔力を圧縮していく。
しゅるしゅると次第に小さくなっていく白蛇様を見ながらもう少し、と言う所でかくん、と膝が折れた。

「「ライ!」」

兄ちゃんずの声が重なり、僕の身体を支えてくれる。

「大丈夫か?!」
「気分は?!」
「だいじょ、ぶ」

気力を振り絞り、魔力がすっからかんになる寸前まで圧縮をすると、白蛇様の身体が普通の蛇のサイズへと変わった。それにほっとすると魔力の枯渇でだる重くなった身体をバジル兄ちゃんに預ける。

「魔力枯渇?!」
「ライ! また無理をしたな!」

兄ちゃんずの声に、へらりと笑う。そうだった。今、僕の魔力半分くらいしかないんだったんだ。
すると僕の手を取るお兄さんの手が仄かに光る。

「まりょく…」
「俺の魔力じゃ少しの足しにしかならないだろうが…」
「おい! 待て!」

そのお兄さんの手を力づくで払い、僕を隠すように立ちふさがるユリウス兄ちゃん。
どうしたんだろう。
ぎゅうと僕を守るように抱き締めるバジル兄ちゃんもちょっと怖い。

「こいつに魔力を渡すな」
「にいちゃ…」

途端に緊張に包まれた空気。ユリウス兄ちゃんとお兄さんの無言のにらみ合いの最中、僕はユリウス兄ちゃんの足元に白蛇様が音もなく近付いていくのを視界にとらえた。

「はく…じゃ、ま?」
「ライ?」

はふはふと肩で息をしながら白蛇様を呼べば、バジル兄ちゃんが「どうした?」と尋ねてくる。けど白蛇様の紅い瞳が「静かに」と告げているから口を閉ざす。
何をするんだろう、と見ていると、白蛇様がその口を大きく開き牙を見せた。

まさか…。

「いってええぇぇぇっ?!」
「?!」

僕の予想通り、白蛇様がユリウス兄ちゃんのふくらはぎを思いっきり噛んだ。兄ちゃんの声に驚いたのはお兄さんだけじゃなくて、バジル兄ちゃんも父ちゃんも驚いている。

「なんだ?!」

まだ白蛇様が噛み付いていて離そうとしない辺り、結構怒ってるなとぼんやり見つめる。

「な、な、な?!」

混乱している兄ちゃんに、父ちゃんが「白蛇様が噛み付いておられるぞ」と告げると「はぁ?!」と叫ぶ。
分かる。なんでか知らないけど、白蛇様おこだよ。たぶん激おこってやつ。
兄ちゃんが身体を捻ってようやくふくらはぎを見たけど、怒っていいのかどうか分からず複雑な表情を浮かべている。
その間にお兄さんが僕に近付くと、バジル兄ちゃんが警戒を露わにする。

けれど。

「あ゙だだだだだだッ! 痛っ! 痛いですって!」

どうやら益々深く噛みついたようでユリウス兄ちゃんが慌てふためいている。しかも身体は小さくても元は大蛇。掴んで離すこともできず、激痛に耐えている。

「手を」
「おい!」
「い゙だだだッ!」
「―――っ!」

兄ちゃんたちがお兄さんの邪魔をしようとするとどうやら深く噛み付くらしく、ユリウス兄ちゃんが声を荒げる。するとお兄さんが膝を付き、僕の手を取ると再び魔力を与えられる。

「ん…ありがと、おにいしゃ…」
「しゃべるな」

お兄さんの両手で包まれた手から、じんわりと温かなものが流れ込んでくる。そしてそれは冷えてきた身体を温め、ぽかぽかとしてくる。

「顔色が…」

お兄さんの魔力を受け取り始めると呼吸が楽になり、バジル兄ちゃんも驚きで瞳が大きくなっている。

「きもちいい」

素直に出た言葉にお兄さんが苦笑いを浮かべながら「それはよかった」と告げるとバジル兄ちゃんが固まり、ユリウス兄ちゃんが白蛇様に噛まれたままその場に倒れ、父ちゃんは何やら険しい顔をしている。
ちなみに白蛇様はユリウス兄ちゃんが倒れる前に、ささーと逃げていき、今はお兄さんの腕に巻き付いて舌をチロチロと出しながら僕を見ている。可愛い。

「ライが…俺のライがぁ…」

まるで地面にめり込んだ某キャラのように倒れ、ぶつぶつと呟くユリウス兄ちゃんはちょっと怖い。バジル兄ちゃんなんか微笑を浮かべたまま固まってるから、僕が離れたらこういった彫刻ですって言われても疑わないかもしれない。
父ちゃんは…。うん。痛い。視線がめっちゃ痛い。突き刺さる。けど、それはお兄さんも一緒なんだよね。でもお兄さんはどこ吹く風。すごいな、お兄さん。

「どうだ?」
「ん…枯渇状態から回復したみたい。ありがと」
「どういたしまして」
「でもお兄さんの魔力大丈夫?」
「魔力枯渇は慣れてるから平気だ。ありがとな」

そう言って、くしゃりと髪を撫でてくる大きな掌が気持ちよくてすりすりとしていると、両手でまるでわんちゃんみたいにわしゃわしゃと頭を撫でられた。

「ふへへ」

ぐしゃぐしゃの髪をお兄さんに整えられ笑えば、お兄さんもまた笑い返してくれる。
暫し見つめ合っていると「んんっ」とわざとらしい声が聞こえ、ハッとする。
視線をそちらに向ければ、父ちゃんが僕たちを見ていた。うわー…すっかり忘れてた。あ、白蛇様がぐぐーっと身体を伸ばして僕の頬を舐めてくれてる。可愛い。

「ユリウス! バジル!」
「はいっ!」

父ちゃんの一言で兄ちゃんずが我に返り、ぴしっと背を伸ばした。倒れてたユリウス兄ちゃんが数秒で復活して背を伸ばす姿はすごい、の一言で。
僕を支えてくれていたバジル兄ちゃんは、お兄さんを一度睨んでからお兄さんに託してくれた。そんな訳で僕は今、お兄さんに身体を支えられている。

「続きは家で聞こう。ライル」
「あ、はいっ!」

父ちゃんの視線が僕に向いたから力が入らない身体で背を伸ばせば、お兄さんがそっと支えてくれた。

「ありがと」
「いや、気にするな」

一日一緒にいただけなのになんだかずっと一緒にいたような気がする。不思議。

「お前たち…。まぁいい。ライルは魔力が回復し次第森を元に戻すように」
「はぁーい」
「ただし」
「ほえ?」

父ちゃんの言葉に首を傾げれば、白蛇様も一緒に首を傾げる。可愛い。

「白蛇様とベヒモスが戦ったところはそのままにしておけ」
「?」

帰る時にちらっと見たけど木々はなぎ倒されて見晴らしがすごくよくなってたし、地面も穴開いてたけどいいのかな? 白蛇様とベヒモスの血もあったから当分は魔物が近寄らないとは思うけど。

「昨日の地響きは、近くの村まで届いている」
「あっ」

そこまで言われて僕は声を出す。
近くの村がもしそれを行商人さんや旅人さんに言っていたら、王都に『噂』として持ち込まれる可能性はある。
そこから調査をするにしても早くて数か月。何もしなければ問題はない。結局は田舎の『噂』で終わるのだから。
僕の魔法でにょきにょき生やすよりも、自然に任せた方がいいってことか。
それとも――。

「よし、なら家に行くぞ。ユリウス、バジル」
「はっ」

父ちゃんに呼ばれた兄ちゃんずが、それぞれお兄さんに一睨みしてから父ちゃんの後ろを付いていく。
それを僕は見送るとお兄さんに「僕たちも行こうか」と言えば「そうだな」とどこか緊張したような表情を見せるお兄さんに、無理もないかと小さな溜息を吐く。
その後、ふらつく僕を横抱きにしてすたすたと歩き出したお兄さんに「恥ずかしいから!」と言いながら両手で顔を隠してたけど「少しでも魔力が渡せるから」と言われてしまった。そして家に着いた僕たちをユリウス兄さんが迎え入れてくれたけど、何とも言えない表情をしていた。
なんだろう。ごめんなさい。ユリウス兄ちゃん。
心で謝ると、バジル兄ちゃんに食堂へと案内された。

「おかえり!ライ! 腹減ってないか?」

そこで待っていたのは母ちゃんだった。ふくよかで豪傑な母ちゃんが、お兄さんに抱きかかえられている僕の頭をわしわしと撫でてくれた。

「そう言えばお腹すいた…」
「あっはっはっ! そうだろう、そうだろう! ライの好きなハンバーガー作ったら食いな!」
「うっわ! ホント?!母ちゃん大好き!」

お兄さんに抱きかかえられたまま母ちゃんに手を伸ばして軽く抱きしめる。
すると僕のお腹が「ぐうぅぅぅ」とご飯の催促をする。

「あわわっ」
「…っくく」
「わ、笑うなよ!」

それは当然抱きかかえているお兄さんにも聞こえる訳で。母ちゃんの身体から腕を離してお兄さんの胸をどんどんと叩いても「痛い痛い」と笑われる。
ノーダメなのは分ってたけど、やっぱり悔しい!
うぐぐと悔しがっても「ぐううぅぅきゅるるる」と二度目の催促が鳴れば、母ちゃんもまた豪快に笑うわけで。

「あっはっはっはっ! ほら、ライル。先に飯を食っちまいな! ああ、あんたもね」
「俺も…、ですか?」
「当たり前だろ! 昼飯なんだから!」

そう言ってウインクする母ちゃんはカッコイイ。もう席に座ってる兄ちゃんずの視線は、相変わらずお兄さんをそれだけで殺しそうな鋭さを纏っている。
過保護なんだよねー。兄ちゃんずは。
やれやれと思いながらも、バジル兄ちゃんが立ち上がり近付いてくる。そして僕をお兄さんの腕から奪い取ると、横抱きにしたまますたすたとユリウス兄ちゃんの隣に座らせられた。
その隣にバジル兄ちゃんが座ると、お兄さんは苦笑いを浮かべる。

「お前はそこだ」

不機嫌な声でユリウス兄ちゃんが指さすのは僕の正面。両隣は兄ちゃんずだからね。空いてるのはそこだね。
父ちゃんはご飯どうするんだろう。

「あの人はちょっと出かけるってさ」
「ふぅーん…。あ、白蛇様も何か食べられます?」

僕を横抱きにしてるときはお兄さんの首に巻きついていた白蛇様だけど、今は腕に巻き付いてシュルシュル言ってる。可愛い。

「おや、可愛らしいお客さんだね! 何か食べるかい? 肉か果物か野菜か…」
「フシュルルルル」
「母ちゃん果物がいいって。今の時期だと桃かな?」
「ああ、ジョシュアさんからたくさんもらったね。それでいいかい?」

母ちゃんの言葉に「シュルル」と答えた後、腕からするりと机の上に移動した白蛇様に僕がにこにことしていると、正面にいたお兄さんの口元も緩んでいる。うんうん、白蛇様可愛いもんね。

「じゃあ、先にライたちのご飯を持ってこようかね」
「わーい! ご飯ー!」

そう言えば昨日のお昼ご飯食べてから木の実しか食べてないんだった。

「バジル兄ちゃん」
「どうした? ライ?」

お兄さんを睨んでいた視線を柔らかな物に変え僕を見てくるバジル兄ちゃん。器用だよね。

「僕のカバンの中にあの赤い実がいっぱい入ってるから後で持ってくるね」
「あれか。森に入ってもなかなか見つからないのによく見付けたな。偉いぞ、ライ」

言いながら僕の頭をぐりぐりと撫でてくれるのはユリウス兄ちゃん。待って待って、あんまりぐりぐりされると首が取れちゃいそうだから。

「ユリウス」
「おお、すまんすまん。ライが可愛くてな」
「もう! ユリウス兄ちゃん!」

僕らがそうやってじゃれていると「相変わらず仲がよくていいねぇ」と母ちゃんが手と腕にお皿を持って僕たちの前にそれを置いていく。

「ふぉあ…おいしそう」
「まだあるからたくさん食べなよ! 兄ちゃんも!」
「は、はい」

笑いながら背中をバンバン叩く母ちゃんにお兄さんは小さく呻く。母ちゃん見た目のとおり力強いからね。僕なんか叩かれたら数歩前につんのめるんだよ。

「そういや手を洗ってない…。ま、面倒だし浄化しちゃおう! お兄さんも、白蛇様も一緒に」

「お、おい!」というお兄さんの驚いた表情と兄ちゃんずの「やめろ!」という叫びを聞きながら僕はささっと浄化魔法を使う。これで汚れはなくなった! やったね! 更にこれ使うとトイレも行かなくて済むんだよ! 浄化されちゃうからね!
そして途端に怠さに襲われる。そうだった。今の魔力、枯渇ギリギリだったんだ。

「あぅ…」
「食え!ライ! 食うんだ!」

ぐったりと背もたれに身体を預けると、僕の目の前にエリキシルの瓶が置かれた。それに手を伸ばし飲もうとしたのを察した兄ちゃんずが、それを奪うとコルクを抜き僕の口元に瓶を押し当てる。
それを初めは少しずつちびちびと飲むと、次第に普通にこくこくと飲める様になる。
「ぷはー!」と時間をかけて瓶一本分のエリキシルを飲み干すと、バジル兄ちゃんが口元をナプキンで拭いてくれた。ありがと、兄ちゃん。

「お兄さんもありがとう」
「魔力がないのに魔法を使うからだ」
「うう…ごめんなさい」

反省します、と身体を小さくすると兄ちゃんずがお兄さんを睨む。いや、今のは僕が悪いんだから睨んじゃダメ。
魔力が四分の一回復した所で身体の怠さと重さがなくなった。肩を抱いて支えてくれていたユリウス兄ちゃんに「ありがと」とお礼を言ってから「僕が悪いんだから睨まないで」と言えば「…分ってはいるんだがな」とバツが悪そうに視線を逸らす。

「もう! なんで兄ちゃんたちはお兄さんを睨むの! 睨むのダメだからね!」

一気にそう言ってむぅと頬を膨らませながら僕は「いただきます!」と両手を合わせ、ほかほかと湯気をあげる大きめのバンズにしゃきしゃきのレタス、瑞々しいトマトに肉厚のパテ。熱で元気を無くしたスライスチーズに自家製のマヨネーズが挟まれたバンズを掴んで「あーん!」とそれに齧り付く。
僕の一口は非常に小さく、それだけだとバンズとレタスだけしか食べられない。でも、そのレタスがおいしくて「うまーい!」と頬をリスのように膨らませながら言えば「食うかしゃべるかどっちかにしろ」とユリウス兄ちゃんに怒られる。

「ごめんなさい」
「分ったのならいいんだ。ほら、ミニトマトをやるから」

自分のお皿からミニトマトを僕のお皿へと乗せてくれたバジル兄ちゃんに、口の中の物を咀嚼し飲み込んだ後「ありがとう!」とお礼を言えば「ラルは良い子だね」と頭を撫でられた。
兄ちゃんに貰ったミニトマトをさっそく口に放り込んで噛めば、ぶちゅっと潰れるのと同時に中身が口の中に甘みが広がる。あー、ミニトマトうまー。
「うまうま」とミニトマトを食べながら、フライドポテトを摘まんで食べる。うん、これもうまい。

「母ちゃん、今日もご飯おいしい!」
「そうかい、それはよかった。一杯食べて大きくなりな!」
「頑張る!」

白蛇様のご飯を持って来た母ちゃんに、ふんすと決意を露わにすると「あっはっはっ」と笑われる。あ、絶対大きくなれないって分ってるやつだ。
いいもん! もう兄ちゃんず達みたいに身長は伸びなくてもいい! せめて170は欲しい!
ハンバーガーを手で掴んで齧り付きながらお兄さんを見れば、どこか困惑した様子でハンバーガーを見つめている。

「お兄さんそれ嫌いだった?」

ごくん、と口の中身を飲み込んでからそう問えば「あ、いや」と返ってきた。うん、めっちゃ困惑してる。どうかしたのかな?
白蛇様は母ちゃんに切ってもらった桃を頑張って丸のみしてる最中。可愛い。

「…その、手で掴んで食べるのか?」
「そだよ? その方がおいしいし」

こてん、と首を傾げれば兄ちゃんずの鼻の下が伸びた。どうしたの。

「そう…か」

じっとハンバーガーと睨めっこをしているお兄さんは初めてハンバーガーを見た父ちゃんや兄ちゃんず、そして作ってくれた母ちゃんでさえ困惑して手を付けなかったな、と思い出す。

「もしかしてナイフとフォークいる?」
「…………」
「そかそか。ごめんね、気付かなかった」

マヨネーズで汚れた指をぺろりと舐めると「母ちゃーん」と呼べば「ナイフとフォークかい?」と言いながら顔を出した。あ、やっぱり用意してた。

「ごめんごめん、用意してたことをすっかり忘れてたよ」

悪かったね、と笑いながらお兄さんのお皿の横にナイフとフォークを置くと、またキッチンへと戻っていく。
兄ちゃんずは何も言わず黙々とハンバーガーを手で持ち齧り付いている。

「あわわ! ユリウス兄ちゃんお尻からマヨネーズ出てる!」
「む、それはいかん」

僕が指摘すると兄ちゃんは慌ててお尻からも齧り付く。それを見てうん、と頷くと僕もまたかじり付く。もぐもぐと口を動かしているとバジル兄ちゃんがナプキンで口元を拭いてくれた。
マヨいっぱい入れてくれたんだね。ありがとう、母ちゃん。

「食わないのか?」
「あ、はい」

ユリウス兄ちゃんの一言でようやくお兄さんが動き出す。ナイフとフォークで食べるのかな?と思っていると恐る恐るハンバーガーを手で掴む。
おお、お兄さん度胸あるなぁ! 兄ちゃんたちなんか三回目くらいでようやく覚悟が決まったというのに。
どうやって食べるのかしばらく迷った後、お兄さんがハンバーガーに齧り付いた。

「―――っ?!」

すると一瞬の沈黙の後、お兄さんの綺麗な空色の瞳が大きくなったと思ったら、二口目をかじる。
うんうん、やっぱそうなるよね。母ちゃんのハンバーガー超うまいから。某チェーン店のハンバーガーっぽくしようと思ったけど、モリスさんから貰えるバンズがふわふわなんだけどしっとりしているという絶妙な硬さでな。

「フライドポテトはトマトソースがあるけど…お兄さん食べてみる?」
「いいのか?」

左手でハンバーガーを持ち、ぐいっと口元を右の親指で拭う。どこか瞳を輝かせながら言うお兄さんに「もちろん」と答えれば、僕の側に置いてあったごろごろトマトのソースをお兄さんの方へと渡そうとして指が触れた。

「あっ」
「悪い」

そう言えばさっきお兄さん口元を指で拭ってたな、なんて思いながら触れた指のままハンバーガーを持とうとしてユリウス兄ちゃんにその指を丹念に拭かれる。
あーっ! ちょ、何してるのー!

「ユリウス兄ちゃん!」
「ほら、さっさと食え」

ふん、と鼻であしらわれ、ぷうと頬を膨らませると残りのハンバーガーを口の中へと放り込む。どうやら兄ちゃんたちは二つ目を食べているらしい。早い。
お兄さんも一つ目を完食し、トマトソースをかけたフライドポテトを摘まんでいる。時々白蛇様にポテトを食べさせてるけどいいのかな? でも白蛇様も嬉しそうに丸のみしてるからいいんだろうなぁ。

「はい、お待ち!」
「ありがとう!母ちゃん!」
「ありがとうございます」

僕らが食べ終わるタイミングを見計らったのか、母ちゃんが空いた皿を回収し新しいハンバーガーが乗ったお皿を置いてくれる。
そこでふと、あることを思い出した。
そう言えば季節限定のものがあったな、と。
思い出してしまえば急に食べたくなるのが日本人。

「母ちゃん!」
「どうしたんだい? ライ」
「あのさ、えっとちょっと待って」

確かこういうリングの中に卵を入れて焼いてたよな? 「よし」とそのリングをイメージして魔力を溜めて指でくるっと円を描けば、コロン、とそれが現れた。

「ライ? 急にどうしたんだい?」
「ん。母ちゃん、これに卵を入れて焼いてくれない? 半熟で」
「また変なものを作って。ちょっと待ってな」

変なものを作るのは得意な僕は卵が焼きあがるのを大人しく待つ。すると兄ちゃんたちが「俺たちも焼いてもらおう」と食べかけのハンバーガーを置いて、ポテトを食べ始めた。
それを見たお兄さんも、白蛇様にポテトをあげながら待つことにしたようだ。それに「ぷくく」と笑うと三つ、同じものを作り出す。
新しいものってわくわくするよね。分かる。

「ライ、できたけどどうするんだい?」
「あ、ここ! ハンバーガーの中に入れて!」
「へぇ、またあんたは変わった食べ方して」
「急に食べたくなったから。あと兄ちゃんたちとお兄さんの分もお願いしていい?」

まんまるに焼かれた卵をパテの上に乗せて蓋をする。そしてそのままかじりつく。

「んまーい!」

そうそう、これこれ! 秋になると出てくるあれだよ!
むはー、まさかこの世界で食べられるとは思わなかったー!
はぐはぐと言葉を発せずに無心で食べていると、にゅるんと白蛇様が側に来ていた。食べたいのかな?と思って、小さくちぎってお皿の上に乗せればぱくんと直ぐに食べる。
そして満足そうに、むふーと鼻息を吐き出すとまたお兄さんの側へと戻っていく。
すると母ちゃんが「お待たせ!」と現れ、兄ちゃんたちとお兄さんの半分に割られたそこへと置いていく。そして蓋をして一口。
皆目がおっきくなって、それから会話もせずただひたすらハンバーガーを食べてた。僕は二つでお腹いっぱいになっちゃったからポテトをもそもそ食べながら桃のジュースを飲む。
そう言えばストローが欲しいなって思ってたんだっけ。魔力は少ないけど今作っちゃおうかなー。なんてぼんやり考えてたら、兄ちゃんずとお兄さんが三つ目を所望してた。もちろん卵入りで。
結局三人とも四つ食べた所でごちそうさま。その間、僕は白蛇様と一緒にポテトを食べながらストローを作った。
兄ちゃんずに「行儀が悪い」と言われたけど、今作らないと絶対もう作らないと思うからさ。
作りたての曲がるストローをカップに差して、蛇腹部分を曲げてからちゅるちゅると吸っていると隣にいた兄ちゃんずが急に悶え始め、ユリウス兄ちゃんは両手で顔を覆って天を仰ぎ、バジル兄ちゃんは目元を手で覆って何やらぶつぶつ言い始めた。お兄さんはにこにこと笑いながら「ライは可愛いな」と言い始めるし。
お兄さんの言葉に兄ちゃんずが全力で首を振っていたが、僕はよく分らない。
でもこの蛇腹って白蛇様のお腹に似てるよね。だから『蛇腹』っていうんだろうけど。
結局僕がストローでジュースを飲み干すまで兄ちゃんずは悶えたまま動かず、お兄さんはただにこにこと上機嫌に笑っていた。

よく分んない。

お昼ご飯も終わって、テーブルでまったりしていると父ちゃんが帰ってきた。そしてそのまま応接室という名のリビングへと移動し、お兄さんと僕を座らせ兄ちゃんずはお兄さんの後ろで立っている。
もちろん『休め』の体勢で。
白蛇様は僕の膝の上でぷうぷうと寝息を立ててる。めっちゃ可愛い。

「さて、貴殿についてだが」

お昼ご飯の時に見せたほわほわは消え少しピリッとした空気の中、父ちゃんが口を開いた。

「まずは名前を聞いてもいいか?」
「ハロルド、と言います」

へぇー、お兄さんハロルドって言うのか。なんて間抜けな顔をしていたら、父ちゃんの顔つきが変わった。
それに気付いたのだろうが、お兄さんはただ父ちゃんをじっと見つめている。
どうしたの?

「ハロルドか。姓は?」
「ありません、ただの『ハロルド』です」
「…そうか」

お兄さんの言葉に父ちゃんは、はぁと溜息を一つ吐くとその瞳が鋭くなった。

「慣れない嘘はつかない方がいいぞ、ハロルド。いや、タリス家の次男坊。ギルバード」

父ちゃんの言葉に兄ちゃんずの肩ぴくりと跳ねた。お兄さんからも少しだけピリピリとした空気が漏れて白蛇様が起きて頭を擡げた。

「いや、こういった方がいいか? ヴァルハード第一騎士団、団長補佐官殿」

ふぁ?!
お兄さん騎士団、団長補佐だったの?!


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