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最終話. 人間も神も最終的にドラゴンになる
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「で? 聞きたいことは?」
僕が呼ぶよりも早く、ハロハロ女神が現れたことに驚くというよりも呆れた。
けど「健也呼んだー?」と言いながら僕の首に腕を回すのはやめてほしかった。それに「だから彼女っぽいことするなって!」と怒れば「えー」と不満げに、けどにやにやとしながら僕を見てる。
あ、これ絶対遊んでるやつ。今そんな状況じゃないからね。そんなハロハロ女神にちらりとテーブルに並んでるケーキたちを見て「じゃあこれいらないんだ」と言えば急に首から腕を離し、真面目な表情で「ごめんなさい」と謝ってくる。
どんだけこれ食べたいんだ…。ハロハロ女神よ…。そんな僕たちのやり取りを黙って見ている父ちゃんたちに「あ、ごめん」と言いながらハロハロ女神を座らせると、僕たちも座る。けど父ちゃんは遠慮してた。気にしないよ? この女神。
そして冒頭へ戻る。
テーブルの上に置いてある母ちゃん作の菓子にフォークでつつきながらそう問いかけるハロハロ女神に僕は肩をすくめる。
村のみんなが生きていると知って父ちゃんの胸でわんわんと泣いた後、お兄さんと兄ちゃんずが落ち着かせてくれて鼻をすすりながらお茶を飲んでいるとローレンスがなぜか僕を懐かしむような瞳で僕を見ていた。それにこくんと首を傾げたけど、僕はその瞳をする人を知っているような気がした。
でも前世のことはほとんど覚えていない僕である。どんな人生を送ってきたのかはうすぼんやりとしか覚えていない。だけど物や食べ物のことは覚えてるからたぶん、あまり覚えてないのは人なんだろうな。たぶん…思い出したくもないことがあったんだろう。
むっしゃむっしゃとケーキを頬張るハロハロ女神にローレンスとお兄さんを除く全員がどうしたらいいのか分からない状態。
まぁ…信仰してる女神がケーキをワンホール食べる姿は衝撃的だろうね…。
でもハロハロ女神は教会でも食べ物を寄付してもらってるんでしょ? 僕、知ってるんだからね。
「まずは『運命の鍵穴』と『運命の鍵』のこと…かな?」
「ああ、それね」
僕が普通にハロハロ女神にそう問えば、フォークを口に加え上下に動かしている。危ないし、行儀悪いよ。ハロハロ女神。
ほらー。父ちゃんなんかすごい顔してるじゃんかー。何か言いたけど女神だから何も言えない顔ー。
「『運命』はもう貴方達はもう分かってるわよね?」
「えっと…?」
「我々が『運命』だと、いうことだろう」
「はえ?」
我々?
どういうこと?
ローレンスの言葉が理解できずにこくんと首を傾げれば「私と、ライル。お前だ」と言われた。
あれー? お兄さんが入ってないよ?
「お兄さんは?」
「ギルベルトは私が後からねじ込んだからねー」
「はい?!」
何言ってんのこの人?! あ、人じゃないか。この女神?!
ウインクしてるけど、お兄さんの眉間にしわ寄ってるじゃん! 巻き込まないであげてよー!
「そもそもなぜ健…ライルが『鍵穴』なのか分かる?」
「…分んない」
その質問にふるふると首を左右に振る。そもそもハロハロ女神の考えてることなんか全然わかんないよー?
「あなたにタチができると思ってんの?」
「タチ?」
そう言ってビシッとフォークを僕に向けるハロハロ女神。だから危ないって。
というかタチってなに? かくんと首を傾ける僕に対して、ローレンスは咳き込み、お兄さんと兄ちゃんず、そして父ちゃんがものすごい顔をしてる。え? え? なに?
「まぁその言葉はギルベルトにでも聞きなさない」
「? お兄さん、後で教えてね?」
「あ…ああ…」
なんとも複雑な表情をしてるお兄さんに僕は不思議そうに見つめると、ハロハロ女神はくつくつと肩を上下に震わせている。
なんだよー!
「でもね、鍵穴は間違いじゃないのよ?」
「?」
笑いながら僕にそう言うハロハロ女神は実に楽しそうだ。
すると、とん、と人差し指で僕の胸を軽く押すと、にまりと笑う。
「その鍵で【その魔法】が使えなくなることもできるの」
「ふぁ?!」
「今の【その魔法】が危険なものだって分ってるでしょ? それに何も『鍵』は開けるだけが仕事じゃないもの。その逆だって可能なのよ?」
「それって…」
つまりは今僕が使ってる【ユニーク魔法】。これを使えなくすることもできるけど、お兄さんの協力が必要になる、ということか。
「今までは運よく捕まらなかったけど、捕まって【それ】がばれたら何に使われるか分からないのよ?」
「そんな危険なもの当然ストッパーかけるでしょ?」というハロハロ女神の言葉に、ようやくその意味を理解した。
さっと顔色を変えた僕を見て「そういうこと」と夜明けの金色の空と空色のオッドアイが僕を射抜く。
「だから『保護』をしろ、ということか」
「まぁ、そういうこと」
「だが『鍵』なら誰でもいいはずでは?」
ローレンスが呟き、お兄さんがハロハロ女神にそう言えば「そうなんだけどね」とちらりとローレンスを見た。
「ローレンスに『鍵』も渡しておいたんだけど、あんなことしでかすから『鍵』が消えちゃったのよ。でもね、気持ちが通じ合った人との方が強固になるのよ」
あんなことを強調する言い方に、ローレンスはしれっとしているけどたぶん効いてるんだろうな。
「だから新たにあなたと言う『鍵』を作った。無事ライルとくっついてくれて助かったわ」
「…それって」
もしもくっつかなければどうなっていたんだろうかという疑問の前に、お兄さんは僕とくっつくために何かをされた、と言っているようなものだ。
「安心なさい。私がそうなるよう仕向けたのはライルの容姿だけだから。ローレンスは…まぁ、ねぇ?」
そう言ってローレンスを見るハロハロ女神。あれ? もしかしてローレンスも知り合いだったりするの?
「あの時いきなりライルを襲うんだから私もびっくりしたわよ」
「…本当に申し訳ないと思ってる」
「もし…」
「ん?」
ホント勘弁してよ、というハロハロ女神とローレンスの会話にお兄さんがぽつりと呟く。その呟きはそれほど大きくないのに、やけに大きく響いた。
「もし、ローレンスが『鍵』を持ったままなら…俺は…」
「安心なさい。確かに『鍵』をあなたにも与えたけど、選ぶのはライルよ。私じゃない」
きっとお兄さんは『鍵』がなかったら僕とこういう仲にならなかったのか、という疑問を告げたんだろう。僕もローレンスと違う形で出会った後、お兄さんと会っていたらまた違う関係になったんだろうか。
そんな不安がきっと顔に出ていたんだろう。お兄さんの空色が揺らいでいるのを見て僕も少し揺らいでしまった。
「ライル。私が言った言葉、覚えてる?」
「え? うん」
「ここで今、言ってみなさい」
「え? ここで?」
何、この授業中に先生の言ったことを言いなさいって一人立たされてる気分になるやつ。
でも「ほら早く」とハロハロ女神にせっつかれ、僕は溜息を一つ吐く。
「『あなたが信じたものを信じなさい』」
「よくできました」
ぱちぱちと手を叩くハロハロ女神に言われて、ようやくその言葉の意味が分かったような気がした。
そっか。
『運命の鍵』なんかなくてもたぶん、僕はお兄さんを好きになってたんだ。
「…悪い。ライル」
「ううん。僕も不安になっちゃった」
そうだよ。
僕が信じたものを信じれば大丈夫。それはお兄さんにも言えたことで。
だから、お兄さんも大丈夫。絶対、僕はお兄さんを好きになってたから。
「あれがなかったらワンチャンあったかもね?」
「…私はライルを見守れればそれでよかったからな」
「…そう言うことにしておきましょうか。ってそこの二人! 帰ってらっしゃい!」
んはっ!
そうだった。まだ話しは終わってなかったね!
というかなんか今すごい会話をしていたような…?
ちらりとハロハロ女神とローレンスを見れば、何でもない顔をしてる。ちょっと気になるから後でケーキでハロハロ女神を釣ってみよう。
「そうだ。すっかりと忘れていたが」
「へ?」
ローレンスがついうっかり、と言わんばかりに告げると父ちゃんも兄ちゃんずもどこか緊張したようにローレンスを見つめる。
え? え? 何?
「ライルを迎えに来たついでに今迫ってきているガウル帝国を追い払いたんだが協力してもらえるかい?」
「はいー?!」
なにさらっと言ってんのこの人?!
ガウル帝国は何かと付けて近隣の国に戦争を吹っ掛ける好戦的で迷惑な国だ。力による実力が全ての国が何で今更この村に?!
「どうやらネズミが入りこんでライル、君を見つけたようだ」
「僕?!」
「ああ、力でねじ伏せるために兵をこちらに向かわせているようでね」
「ええー…?」
なんで僕なのー?
というかハロハロ女神が言ってたネズミさんって裏切り者じゃなくて、ガウル帝国のスパイだったの?!
「ね? ネズミがいたでしょ?」
「でもよくそんなことが…」
「ここを見つけて7年間は見守っていたが最近になってうるさくなったからな。この村はうちのだからって書面を送ったら武力に出られた」
「何やってんの?!」
そりゃこの村はほぼ二国の間にあるけど…。いや、若干ヴァルハード国に近いかな? 僕が東に土地を広げちゃったからね…。
まさかそんなことがあったとは。僕この村に引きこもり状態だからねー…。
「元白蛇の情報から割り出してまだ余裕があると判断しているが…早々にお帰り願いたいものだな」
「え…ええー…」
「ということは隊も動いているのですか?」
「ああ。中隊をな。今は村の近くで野営中だ」
「ここ強い魔物結構出るから早く村の中に入れてあげてよー」
「いいのか? そうするとこの村はヴァルハード国だと認めることになるが」
「そんなのはどうでもいいよ。っていうか中隊って何人くらいなの?」
というかここかどっちの国に属してるとか考えたことなかったよ…。父ちゃんも、兄ちゃんずも、お兄さんもどことなく緊張した表情なのは元騎士だからだろうなー。お兄さんは現役の騎士さんなんだけどね。
「って元白蛇?」
「ああ。ここに来る途中にたまたま出会ってな。隊に加わってもらっている」
「ニコル…か」
お兄さんのどこかほっとしたような声に、僕もほっとする。気になってからね。
「でもそれだけで足りるの?」
そう、問題はそこだ。
武力の国に数で押されたらさすがに危ないと思うんだけど。
「今は150名程だが…ライル。お前はこの村を何だと思っている?」
「村?」
ローレンスがにやりと笑う意味が分からず、こくんと首を傾げる。
この村って訳あり村でしょ? というか大半が追放された兵士さん達だし…。
「あ」
「気付いたか?」
「ここ、元近衛兵さんと兵士さんがたくさんいるんだった」
「それに、元師団長に騎士団長補佐もいる。これ以上にない援軍だと思わないか?」
なるほど。その戦力も入れての数、なのかな? っていうか大半の人が戦いから遠のいてるけど大丈夫なのかな?
あ、でも魔物が出ると何人かで討伐しに行ってたっけ? まさかそれが鍛錬になってたりするの?!
「ああそうだ。ライル」
「どうしたの?」
静かだなーと思ったハロハロ女神だけど、気付いたらテーブルの上のお菓子全部なくなってる…。すごいな、女神の本気。
「そろそろ私も白蛇は飽きちゃってね…。違うものになりたいんだけどなんかいいのない?」
「はい?」
何言ってんの?
白蛇に飽きた?
「女神リリス、ライは国のことはほとんど知らないので…」
「あ、そうだった。ライル。今の私のシンボルは白蛇で描かれてるのよ」
「はぁ…」
白蛇?
シンボルって象徴とかだよね?
確かおじいちゃん司祭の着てた服にそんなのが…?
「数百年も同じだと飽きるのよね…」
「というか勝手に変えちゃっていいの?」
「構わん。私が許可しよう」
「教会の意思がない!」
「まぁいいんじゃなんですか?」
「いいんだ?!」
王様がいいって言ったらいいんだ?!
もう何が何だか分かんない!
「ああ、そうだ。レイナード、ユリウス、バジル。お前たちも前線に来てもらう」
「ええ?!」
驚いたのは僕だけ。父ちゃんとユリウス兄ちゃんは「はっ」と敬礼をし、バジル兄ちゃんは躊躇ってから少し遅れて同じく敬礼をする。
「ギルベルト」
「はい」
「お前は騎士団団長代理として前線行きだ。よかったな」
「光栄です」
「や…やだ! お兄さん戦うの?!」
前線。
それは戦いが一番激しい所でしょ?! そんなところにお兄さんを放り込むの?!
父ちゃんも、兄ちゃんずも!
思わずお兄さんの腕にしがみついていやいやと首を振ると、頭をぽんと撫でられた。
なに?
なんでそんなに嬉しそうなの?!
「落ち着いて、ライ。前線とはいっても姿を見せることが目的だから」
「どういう…」
「相手にこれだけの人がいる、と見せるだけだ。それで引いてくれればいい」
「引いてくれなかったら?」
僕の質問に、少しだけ寂しそうに笑うお兄さんにやっぱり危ないから嫌だ!と唇を噛むと「引くわよ」とハロハロ女神が楽しそうに告げる。
「なんで…」
「言ったでしょ? 蛇の姿は飽きた、と。それに違うのになりたいって」
「あ…」
「蛇以上のものをライルが考えればいい」
そう言ってにまりと笑う女神はちょっとだけ冷たくて。
「なに、こちらには女神もいる。それに魔法消去持ちの私が出れば早々は仕掛けてこないだろう」
「でも…」
「ライ。俺の仕事はなんだっけ?」
「…騎士さん」
「お仕事の内容は?」
「…王都の人たちを守ること」
ふくれっ面を見られたくなくて俯きながらお兄さんの質問に答えていくと「そうだね」と頭を撫でられる。
「俺はその仕事に誇りを持っているとも言ったよね?」
「…うん」
「今守らなきゃいけないのはライ、君だよ」
「ふえ?」
お兄さんの声に顔を上げれば、綺麗な空色が僕を優しく見つめてくれている。それは父ちゃんも兄ちゃんずも同じで。ローレンスも温かく僕を見つめてくれてる。
「みんないるんだ。大丈夫」
「でも…」
「もしかして皆の腕を信用してない?」
「そう…じゃないけど…」
「じゃあ、ライ。大丈夫だよ」
お兄さんにそう言われると大丈夫だと思えちゃうのが不思議だ。僕は父ちゃんと兄ちゃんず、それにローレンスを見ればみんな頷く。
それにハロハロ女神を見れば「大丈夫よ」と頷いてくれた。
「…分かった。でも怪我だけはしないでね」
「ああ、ありがとう。ライル」
「よし! 話しはまとまったわね」
ぱんっと両手を叩きハロハロ女神がそう言うと、ローレンスは「準備をしてくる」と家を出ていく。父ちゃんと兄ちゃんずも呼ばれて付いていってしまい残されたのはお兄さんと僕とハロハロ女神のみ。
「ライル」
「何?」
「蛇より強いもの、イメージできる?」
「ん…まぁ…何となく?」
「ならローレンスが次来た時に、そのイメージを魔力で練って形になさいな」
「分かった」
鷹を出す感じでいいのかな? なんて思っていると「そうそう」と頷かれた。思考読むのやめてよー!
「なら私はこれで戻るわね。…ギルベルト」
「はい」
「健也…いやライルをよろしく頼んだわ」
「はい。お任せください」
「頼もしいわねー。じゃ、カッコイイの期待してるから!」
そう言ってふっと空気に溶けたハロハロ女神。思わず顔を見合わせて笑うと、ローレンスが来るまで待機となった。
蛇より強いものをイメージしながら。
「いってらっしゃい!」
「ああ、行ってくる」
あの後ハロハロ女神の言う通りにローレンスが来て、村の先に陣を整えガウル帝国が来るのを待った。
騎士の鎧を着たお兄さんはカッコよくてついつい見とれていると「しゃんとしろ」とローレンスに怒られた。なんか解せないんだけど。
でもその怒られ方に安心するのはなんでだろう?
それでガウル国のお偉いさんが出てきて一触即発って所で、僕がハロハロ女神に言われた通り魔力を練ってイメージしたものを形作っていく。
すると両軍の上空に僕のイメージしたそれが姿を現した。
それは白い竜。竜と言っても金の鎧を着て、青白い光をまとう姿だ。勿論二足歩行な上、手には青白い光を集めた剣。ばさりと羽が羽ばたくたびに風が舞い上がる。
「オオオオオオオ!」と吠える姿にガウル帝国は途端に戦意を喪失。そりゃドラゴンが相手ならそうなるよね…。てかやりすぎた。
そんなドラゴン姿になったハロハロ女神は蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていくガウル帝国に向かって、青白いブレスを吐き出す。途端、悲鳴が聞こえ僕は唖然とする。
何してんの?!と思わず叫べば、何を勘違いしたのかハロハロ女神はサムズアップをかます。違うから!
というかヴァルハードの騎士さんと兵士さん達もめっちゃ驚いてんじゃん! 一言言っておいてよ!
なんて睨んでも、ローレンスは知らん顔。お兄さんは苦笑いを浮かべてるだけ。まぁ事前に知らされてたのお兄さんだけだもんね…。
で、用事が終わったからそのまま帰るのかと思ってたけど、うちの村で一泊して翌日みんな帰っていった。その兵士さんの中にはこの村にいる人の知り合いもたくさんいたみたいですごく楽しそうだった。なんなら宴会してたからね。いいと思うよ!
もしかしてローレンスはこの人たちを連れてきたかったのかな?なんて思ったり。まさかね。
ハロハロ女神は白竜になったままローレンスと共に王都へと行ったみたい。何するんだろうと若干不安に思いながら見送ると一ヶ月後、父ちゃんからその後を教えてもらった。
どうやらローレンスが白竜のハロハロ女神を披露。教会側も知らされてなかったから抗議をされたらしいんだけど「女神リリスが、白蛇の姿から白竜へとそのお姿を変えられたのだ」と宣言。それと同時にハロハロ女神も「オオオオオ!」と咆哮。
その迫力に教会側があっさりと折れた。まぁ…蛇もあれだけど竜を野放しになんかできないからねぇ…。
その白竜がローレンスの言うことを聞いている、というのもあってすぐに白蛇から白竜へとシンボルが変わったらしい。
素晴らしいほどの力技に僕は苦笑いを浮かべる。
それで父ちゃんや兄ちゃんず、お兄さんのことなんだけど…。
まずこの村は国の保護下に入ったらしい。ガウル帝国がいつ来るか分らないし、来たとしてもここが最前線になることが分かってるからね。
それも踏まえて、堂々と兵士さんや騎士さんを在住させることになった。
7年間一緒に住んでた人たちは王都に戻ってもいいし、残ってもいいって言われたらしいけど皆残ってくれた。嬉しいな。
村の東側の森をちょびっとだけ開拓して(今回はちゃんと許可を貰った)兵士さん達の宿舎や家族向けの家なんかを魔法でぽぽぽんと建てたりした。
おかげでちょっとだけ大きくなった村だけど『白竜様誕生の地』として口コミで伝えられたらしくて、結構な人たちが来るようになった。けどこの村は国、というより王族の保護地となってるから入れなくなってるらしいから、その辺の宿泊施設等々を急遽拵えるためにまたもや東側を開拓。
森がなくなっちゃいそう…。
でも村に入れないのは何事だっていう貴族に対してはローレンスが力ねじ伏せて文句があるなら話を聞こうって喧嘩を売ったらしいって話し。
貴族が王族に喧嘩を売れるはずもなく一応この話しは終わったらしい。
権力怖い。
国の保護下だから村の作物なんかはそのまま作ってもいいみたい。これは素直にローレンスに感謝した。
そうそう、国の保護下にはもう一つ理由があって…。
なんとローズさんがそのままこの村に住んでくれることが決まったんだ。それにブリジットさんも。
兵士さんと騎士さんがうろうろしてるから何かあればすぐに対処ができる、ってことでのんびり暮らすみたい。料理も気に入ってもらえたみたいで「もう王都の食事は食べられませんわね」と笑っていた。執事のカリムさんも土いじりをしながらローズさんと暮らしてる。
お兄さんのお父さん―騎士団長さんは流石に王都じゃないと無理みたいだから、ここと王都を結ぶポータルを作ってみた。
ポータルは魔法のカードを持ってないと入れない仕様だから、普通の人は入れない。これで騎士団長さんもここから王都へと通うことができるになった。
お兄さんと一緒の方がいいのかな?なんて思ったけどローズさんとブリジットさんに「一緒に暮らしなさい。後、私たちのことはお義母さんと呼ぶように」と言われてしまった…。
この世界にきてお母さんが4人になったよ!
やったね!
で、僕の両親。王都でお仕事してるからたまにこっちに遊びに来てくれる。しかも弟と妹がいて嬉しくなっちゃった! 弟は遊びたい盛りの5歳、妹は2歳らしい。僕、お兄ちゃん!
両親が仕事の時は僕が預かってたりしたから、それを聞きつけた人たちのお子さんを預かってたら大人数になっちゃって、もう託児所を作ろう!ということで村の一部を更に開拓。託児所を作って昼間は僕もそこにいる。その方が安心だってお兄さんが言うんだもん。僕、来年成人だよ?
父ちゃんと、母ちゃん兄ちゃんずはここを出るときは僕も一緒だって言ってくれた。それに思わず泣き出した僕を兄ちゃんずと母ちゃんが慰めてくれた。
本当の家族じゃないけど、もう一つの本当の家族みたいなものだからね。嬉しかったんだ。
父ちゃんと兄ちゃんずはポータルで王都へ出勤してる。ものすごく便利だと褒められた。
僕はと言うとローズさんとブリジットさんの言う通り、お兄さんと二人で暮らしてる。今まで住んでたところからちょっと離れた所。これもちゃんと許可を貰った。
お兄さんを王都へと送りだして僕も託児所へと行く準備をしているとポータルが光った。
ちなみに家にはポータルがある。
設計主の特権だね!
忘れ物かな?なんて思ってたら、そこにいたのはなんとローレンスだった。
現国王様がなんでこんなところにー?!
てか、なんでポータルに?! ここ、お兄さんと僕しか入れないように…って、あ。
「ちょっと!先輩! また魔法消去使ったでしょ!」
「やはり食事はここの方がいいからな。ああ、おはよう。ライル」
「おはようございます。宇佐美原先輩…じゃなくって!」
そう。このローレンス。実は会社の先輩である宇佐美原 夕だったのだ。ええー! 先輩も転生者だったんですか?!
会社でも大変お世話になった先輩だったから邪険にはできず「あー、うー」と言っていると、頭をぽんぽんと撫でられた。そして海色が細められる。うん、それ宇佐美原先輩の癖だよね。
それと僕。どうやら事故の影響と村で一人きりになった精神的ショックで10歳くらいまで後退。ハロハロ女神が先輩のことと併せて教えてくれた。
もっと早く言え。
でも二度目の子供時代、楽しいけどな!
それと記憶も後退して25歳くらい。精神は10歳くらいだから、15歳の差があるけど何とかうまくいってるのはハロハロ女神のおかげ…だと思う。ありがとな。
そんなことをつらつらと考えているとポータルが光り、今度はお兄さんが不機嫌全開で現れた。
「…何をしている」
「ああ。朝食を食べたくてね」
「わざわざここに来なくても用意されてるだろ」
「ライルに会いたくてな」
「そっちが目的だろうが。朝食なら用意させる。帰るぞ」
「少しは息抜きをさせてくれてもいいだろうに…」
「義兄さんのは息抜きじゃない。逃亡と言うんだ」
ぷんすこと怒るお兄さんと、ひょうひょうとしてるローレンスとのやりとりに僕はくすくすと笑えば「ライル」とお兄さんに呼ばれた。
「ライ、今度こいつが来たら問答無用で送り返してくれればいいから」
「なんだ。私は荷物か?」
「似たようなものだろう。ほら、戻るぞ」
「朝食は…」
「母ちゃんにそう言ってくるよ」
「ライ。甘やかすからこいつは調子に乗るんだ」
「じゃあお昼ご飯! お兄さんの分も持っていくから!」
ね? とお兄さんにお願いすれば「む」と悩むお兄さん。そんなお兄さんをにやにやしながら見てるローレンスの脛を蹴っ飛ばしておく。いくら先輩でもお兄さんお手を煩わせちゃいけません。
「…っつつ。やはりライルには敵わないな」
「先輩も先輩です! あんまりわがまま言うとこのポータル閉じちゃうからね!」
「ふむ。それは困るな」
「なら少しは大人しくしててくれ…」
はぁ、と溜息を吐くお兄さんの背中をぽんぽんと叩いて慰める。
「じゃあ、お兄さんの元気の出るおまじない!」
そう言ってお兄さんに抱き付くとちゃんと受け止めてくれる。そしてくるくると回るとローレンスが溜息を吐いてるのが見えた。
いいじゃん。僕ら親公認の仲だし。
そして最後にちゅっと触れすだけのキスをすると「はいはい。ごちそうさま」と肩を竦めるローレンス。
「じゃあお昼ご飯お願いしてくるね!」
「頼んだ。と言うわけで朝食は自室でお願いしますね? 陛下」
「…分かった分かった。じゃあな」
やれやれと呆れたようなローレンスと並んでポータルに入るお兄さん。二人にばいばいをして僕はまず託児所に行ってから母ちゃんのところに行こうとドアを開ける。
今日も天気は快晴。
空には元気に飛び回るハロハロ女神と、それを見上げるミニ白蛇様。
異世界転生して色んな事があったけど、魔法使いでよかった。
だって、向こうじゃ体験できないことが体験できたんだから!
これから起こることもお兄さんと一緒ならきっと大丈夫。
だってハロハロ女神が言ってたじゃない。
『あなたが信じたものを信じなさい』って。
「よし! じゃあ行こう!」
気合を入れて一歩を踏み出した。
終
僕が呼ぶよりも早く、ハロハロ女神が現れたことに驚くというよりも呆れた。
けど「健也呼んだー?」と言いながら僕の首に腕を回すのはやめてほしかった。それに「だから彼女っぽいことするなって!」と怒れば「えー」と不満げに、けどにやにやとしながら僕を見てる。
あ、これ絶対遊んでるやつ。今そんな状況じゃないからね。そんなハロハロ女神にちらりとテーブルに並んでるケーキたちを見て「じゃあこれいらないんだ」と言えば急に首から腕を離し、真面目な表情で「ごめんなさい」と謝ってくる。
どんだけこれ食べたいんだ…。ハロハロ女神よ…。そんな僕たちのやり取りを黙って見ている父ちゃんたちに「あ、ごめん」と言いながらハロハロ女神を座らせると、僕たちも座る。けど父ちゃんは遠慮してた。気にしないよ? この女神。
そして冒頭へ戻る。
テーブルの上に置いてある母ちゃん作の菓子にフォークでつつきながらそう問いかけるハロハロ女神に僕は肩をすくめる。
村のみんなが生きていると知って父ちゃんの胸でわんわんと泣いた後、お兄さんと兄ちゃんずが落ち着かせてくれて鼻をすすりながらお茶を飲んでいるとローレンスがなぜか僕を懐かしむような瞳で僕を見ていた。それにこくんと首を傾げたけど、僕はその瞳をする人を知っているような気がした。
でも前世のことはほとんど覚えていない僕である。どんな人生を送ってきたのかはうすぼんやりとしか覚えていない。だけど物や食べ物のことは覚えてるからたぶん、あまり覚えてないのは人なんだろうな。たぶん…思い出したくもないことがあったんだろう。
むっしゃむっしゃとケーキを頬張るハロハロ女神にローレンスとお兄さんを除く全員がどうしたらいいのか分からない状態。
まぁ…信仰してる女神がケーキをワンホール食べる姿は衝撃的だろうね…。
でもハロハロ女神は教会でも食べ物を寄付してもらってるんでしょ? 僕、知ってるんだからね。
「まずは『運命の鍵穴』と『運命の鍵』のこと…かな?」
「ああ、それね」
僕が普通にハロハロ女神にそう問えば、フォークを口に加え上下に動かしている。危ないし、行儀悪いよ。ハロハロ女神。
ほらー。父ちゃんなんかすごい顔してるじゃんかー。何か言いたけど女神だから何も言えない顔ー。
「『運命』はもう貴方達はもう分かってるわよね?」
「えっと…?」
「我々が『運命』だと、いうことだろう」
「はえ?」
我々?
どういうこと?
ローレンスの言葉が理解できずにこくんと首を傾げれば「私と、ライル。お前だ」と言われた。
あれー? お兄さんが入ってないよ?
「お兄さんは?」
「ギルベルトは私が後からねじ込んだからねー」
「はい?!」
何言ってんのこの人?! あ、人じゃないか。この女神?!
ウインクしてるけど、お兄さんの眉間にしわ寄ってるじゃん! 巻き込まないであげてよー!
「そもそもなぜ健…ライルが『鍵穴』なのか分かる?」
「…分んない」
その質問にふるふると首を左右に振る。そもそもハロハロ女神の考えてることなんか全然わかんないよー?
「あなたにタチができると思ってんの?」
「タチ?」
そう言ってビシッとフォークを僕に向けるハロハロ女神。だから危ないって。
というかタチってなに? かくんと首を傾ける僕に対して、ローレンスは咳き込み、お兄さんと兄ちゃんず、そして父ちゃんがものすごい顔をしてる。え? え? なに?
「まぁその言葉はギルベルトにでも聞きなさない」
「? お兄さん、後で教えてね?」
「あ…ああ…」
なんとも複雑な表情をしてるお兄さんに僕は不思議そうに見つめると、ハロハロ女神はくつくつと肩を上下に震わせている。
なんだよー!
「でもね、鍵穴は間違いじゃないのよ?」
「?」
笑いながら僕にそう言うハロハロ女神は実に楽しそうだ。
すると、とん、と人差し指で僕の胸を軽く押すと、にまりと笑う。
「その鍵で【その魔法】が使えなくなることもできるの」
「ふぁ?!」
「今の【その魔法】が危険なものだって分ってるでしょ? それに何も『鍵』は開けるだけが仕事じゃないもの。その逆だって可能なのよ?」
「それって…」
つまりは今僕が使ってる【ユニーク魔法】。これを使えなくすることもできるけど、お兄さんの協力が必要になる、ということか。
「今までは運よく捕まらなかったけど、捕まって【それ】がばれたら何に使われるか分からないのよ?」
「そんな危険なもの当然ストッパーかけるでしょ?」というハロハロ女神の言葉に、ようやくその意味を理解した。
さっと顔色を変えた僕を見て「そういうこと」と夜明けの金色の空と空色のオッドアイが僕を射抜く。
「だから『保護』をしろ、ということか」
「まぁ、そういうこと」
「だが『鍵』なら誰でもいいはずでは?」
ローレンスが呟き、お兄さんがハロハロ女神にそう言えば「そうなんだけどね」とちらりとローレンスを見た。
「ローレンスに『鍵』も渡しておいたんだけど、あんなことしでかすから『鍵』が消えちゃったのよ。でもね、気持ちが通じ合った人との方が強固になるのよ」
あんなことを強調する言い方に、ローレンスはしれっとしているけどたぶん効いてるんだろうな。
「だから新たにあなたと言う『鍵』を作った。無事ライルとくっついてくれて助かったわ」
「…それって」
もしもくっつかなければどうなっていたんだろうかという疑問の前に、お兄さんは僕とくっつくために何かをされた、と言っているようなものだ。
「安心なさい。私がそうなるよう仕向けたのはライルの容姿だけだから。ローレンスは…まぁ、ねぇ?」
そう言ってローレンスを見るハロハロ女神。あれ? もしかしてローレンスも知り合いだったりするの?
「あの時いきなりライルを襲うんだから私もびっくりしたわよ」
「…本当に申し訳ないと思ってる」
「もし…」
「ん?」
ホント勘弁してよ、というハロハロ女神とローレンスの会話にお兄さんがぽつりと呟く。その呟きはそれほど大きくないのに、やけに大きく響いた。
「もし、ローレンスが『鍵』を持ったままなら…俺は…」
「安心なさい。確かに『鍵』をあなたにも与えたけど、選ぶのはライルよ。私じゃない」
きっとお兄さんは『鍵』がなかったら僕とこういう仲にならなかったのか、という疑問を告げたんだろう。僕もローレンスと違う形で出会った後、お兄さんと会っていたらまた違う関係になったんだろうか。
そんな不安がきっと顔に出ていたんだろう。お兄さんの空色が揺らいでいるのを見て僕も少し揺らいでしまった。
「ライル。私が言った言葉、覚えてる?」
「え? うん」
「ここで今、言ってみなさい」
「え? ここで?」
何、この授業中に先生の言ったことを言いなさいって一人立たされてる気分になるやつ。
でも「ほら早く」とハロハロ女神にせっつかれ、僕は溜息を一つ吐く。
「『あなたが信じたものを信じなさい』」
「よくできました」
ぱちぱちと手を叩くハロハロ女神に言われて、ようやくその言葉の意味が分かったような気がした。
そっか。
『運命の鍵』なんかなくてもたぶん、僕はお兄さんを好きになってたんだ。
「…悪い。ライル」
「ううん。僕も不安になっちゃった」
そうだよ。
僕が信じたものを信じれば大丈夫。それはお兄さんにも言えたことで。
だから、お兄さんも大丈夫。絶対、僕はお兄さんを好きになってたから。
「あれがなかったらワンチャンあったかもね?」
「…私はライルを見守れればそれでよかったからな」
「…そう言うことにしておきましょうか。ってそこの二人! 帰ってらっしゃい!」
んはっ!
そうだった。まだ話しは終わってなかったね!
というかなんか今すごい会話をしていたような…?
ちらりとハロハロ女神とローレンスを見れば、何でもない顔をしてる。ちょっと気になるから後でケーキでハロハロ女神を釣ってみよう。
「そうだ。すっかりと忘れていたが」
「へ?」
ローレンスがついうっかり、と言わんばかりに告げると父ちゃんも兄ちゃんずもどこか緊張したようにローレンスを見つめる。
え? え? 何?
「ライルを迎えに来たついでに今迫ってきているガウル帝国を追い払いたんだが協力してもらえるかい?」
「はいー?!」
なにさらっと言ってんのこの人?!
ガウル帝国は何かと付けて近隣の国に戦争を吹っ掛ける好戦的で迷惑な国だ。力による実力が全ての国が何で今更この村に?!
「どうやらネズミが入りこんでライル、君を見つけたようだ」
「僕?!」
「ああ、力でねじ伏せるために兵をこちらに向かわせているようでね」
「ええー…?」
なんで僕なのー?
というかハロハロ女神が言ってたネズミさんって裏切り者じゃなくて、ガウル帝国のスパイだったの?!
「ね? ネズミがいたでしょ?」
「でもよくそんなことが…」
「ここを見つけて7年間は見守っていたが最近になってうるさくなったからな。この村はうちのだからって書面を送ったら武力に出られた」
「何やってんの?!」
そりゃこの村はほぼ二国の間にあるけど…。いや、若干ヴァルハード国に近いかな? 僕が東に土地を広げちゃったからね…。
まさかそんなことがあったとは。僕この村に引きこもり状態だからねー…。
「元白蛇の情報から割り出してまだ余裕があると判断しているが…早々にお帰り願いたいものだな」
「え…ええー…」
「ということは隊も動いているのですか?」
「ああ。中隊をな。今は村の近くで野営中だ」
「ここ強い魔物結構出るから早く村の中に入れてあげてよー」
「いいのか? そうするとこの村はヴァルハード国だと認めることになるが」
「そんなのはどうでもいいよ。っていうか中隊って何人くらいなの?」
というかここかどっちの国に属してるとか考えたことなかったよ…。父ちゃんも、兄ちゃんずも、お兄さんもどことなく緊張した表情なのは元騎士だからだろうなー。お兄さんは現役の騎士さんなんだけどね。
「って元白蛇?」
「ああ。ここに来る途中にたまたま出会ってな。隊に加わってもらっている」
「ニコル…か」
お兄さんのどこかほっとしたような声に、僕もほっとする。気になってからね。
「でもそれだけで足りるの?」
そう、問題はそこだ。
武力の国に数で押されたらさすがに危ないと思うんだけど。
「今は150名程だが…ライル。お前はこの村を何だと思っている?」
「村?」
ローレンスがにやりと笑う意味が分からず、こくんと首を傾げる。
この村って訳あり村でしょ? というか大半が追放された兵士さん達だし…。
「あ」
「気付いたか?」
「ここ、元近衛兵さんと兵士さんがたくさんいるんだった」
「それに、元師団長に騎士団長補佐もいる。これ以上にない援軍だと思わないか?」
なるほど。その戦力も入れての数、なのかな? っていうか大半の人が戦いから遠のいてるけど大丈夫なのかな?
あ、でも魔物が出ると何人かで討伐しに行ってたっけ? まさかそれが鍛錬になってたりするの?!
「ああそうだ。ライル」
「どうしたの?」
静かだなーと思ったハロハロ女神だけど、気付いたらテーブルの上のお菓子全部なくなってる…。すごいな、女神の本気。
「そろそろ私も白蛇は飽きちゃってね…。違うものになりたいんだけどなんかいいのない?」
「はい?」
何言ってんの?
白蛇に飽きた?
「女神リリス、ライは国のことはほとんど知らないので…」
「あ、そうだった。ライル。今の私のシンボルは白蛇で描かれてるのよ」
「はぁ…」
白蛇?
シンボルって象徴とかだよね?
確かおじいちゃん司祭の着てた服にそんなのが…?
「数百年も同じだと飽きるのよね…」
「というか勝手に変えちゃっていいの?」
「構わん。私が許可しよう」
「教会の意思がない!」
「まぁいいんじゃなんですか?」
「いいんだ?!」
王様がいいって言ったらいいんだ?!
もう何が何だか分かんない!
「ああ、そうだ。レイナード、ユリウス、バジル。お前たちも前線に来てもらう」
「ええ?!」
驚いたのは僕だけ。父ちゃんとユリウス兄ちゃんは「はっ」と敬礼をし、バジル兄ちゃんは躊躇ってから少し遅れて同じく敬礼をする。
「ギルベルト」
「はい」
「お前は騎士団団長代理として前線行きだ。よかったな」
「光栄です」
「や…やだ! お兄さん戦うの?!」
前線。
それは戦いが一番激しい所でしょ?! そんなところにお兄さんを放り込むの?!
父ちゃんも、兄ちゃんずも!
思わずお兄さんの腕にしがみついていやいやと首を振ると、頭をぽんと撫でられた。
なに?
なんでそんなに嬉しそうなの?!
「落ち着いて、ライ。前線とはいっても姿を見せることが目的だから」
「どういう…」
「相手にこれだけの人がいる、と見せるだけだ。それで引いてくれればいい」
「引いてくれなかったら?」
僕の質問に、少しだけ寂しそうに笑うお兄さんにやっぱり危ないから嫌だ!と唇を噛むと「引くわよ」とハロハロ女神が楽しそうに告げる。
「なんで…」
「言ったでしょ? 蛇の姿は飽きた、と。それに違うのになりたいって」
「あ…」
「蛇以上のものをライルが考えればいい」
そう言ってにまりと笑う女神はちょっとだけ冷たくて。
「なに、こちらには女神もいる。それに魔法消去持ちの私が出れば早々は仕掛けてこないだろう」
「でも…」
「ライ。俺の仕事はなんだっけ?」
「…騎士さん」
「お仕事の内容は?」
「…王都の人たちを守ること」
ふくれっ面を見られたくなくて俯きながらお兄さんの質問に答えていくと「そうだね」と頭を撫でられる。
「俺はその仕事に誇りを持っているとも言ったよね?」
「…うん」
「今守らなきゃいけないのはライ、君だよ」
「ふえ?」
お兄さんの声に顔を上げれば、綺麗な空色が僕を優しく見つめてくれている。それは父ちゃんも兄ちゃんずも同じで。ローレンスも温かく僕を見つめてくれてる。
「みんないるんだ。大丈夫」
「でも…」
「もしかして皆の腕を信用してない?」
「そう…じゃないけど…」
「じゃあ、ライ。大丈夫だよ」
お兄さんにそう言われると大丈夫だと思えちゃうのが不思議だ。僕は父ちゃんと兄ちゃんず、それにローレンスを見ればみんな頷く。
それにハロハロ女神を見れば「大丈夫よ」と頷いてくれた。
「…分かった。でも怪我だけはしないでね」
「ああ、ありがとう。ライル」
「よし! 話しはまとまったわね」
ぱんっと両手を叩きハロハロ女神がそう言うと、ローレンスは「準備をしてくる」と家を出ていく。父ちゃんと兄ちゃんずも呼ばれて付いていってしまい残されたのはお兄さんと僕とハロハロ女神のみ。
「ライル」
「何?」
「蛇より強いもの、イメージできる?」
「ん…まぁ…何となく?」
「ならローレンスが次来た時に、そのイメージを魔力で練って形になさいな」
「分かった」
鷹を出す感じでいいのかな? なんて思っていると「そうそう」と頷かれた。思考読むのやめてよー!
「なら私はこれで戻るわね。…ギルベルト」
「はい」
「健也…いやライルをよろしく頼んだわ」
「はい。お任せください」
「頼もしいわねー。じゃ、カッコイイの期待してるから!」
そう言ってふっと空気に溶けたハロハロ女神。思わず顔を見合わせて笑うと、ローレンスが来るまで待機となった。
蛇より強いものをイメージしながら。
「いってらっしゃい!」
「ああ、行ってくる」
あの後ハロハロ女神の言う通りにローレンスが来て、村の先に陣を整えガウル帝国が来るのを待った。
騎士の鎧を着たお兄さんはカッコよくてついつい見とれていると「しゃんとしろ」とローレンスに怒られた。なんか解せないんだけど。
でもその怒られ方に安心するのはなんでだろう?
それでガウル国のお偉いさんが出てきて一触即発って所で、僕がハロハロ女神に言われた通り魔力を練ってイメージしたものを形作っていく。
すると両軍の上空に僕のイメージしたそれが姿を現した。
それは白い竜。竜と言っても金の鎧を着て、青白い光をまとう姿だ。勿論二足歩行な上、手には青白い光を集めた剣。ばさりと羽が羽ばたくたびに風が舞い上がる。
「オオオオオオオ!」と吠える姿にガウル帝国は途端に戦意を喪失。そりゃドラゴンが相手ならそうなるよね…。てかやりすぎた。
そんなドラゴン姿になったハロハロ女神は蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていくガウル帝国に向かって、青白いブレスを吐き出す。途端、悲鳴が聞こえ僕は唖然とする。
何してんの?!と思わず叫べば、何を勘違いしたのかハロハロ女神はサムズアップをかます。違うから!
というかヴァルハードの騎士さんと兵士さん達もめっちゃ驚いてんじゃん! 一言言っておいてよ!
なんて睨んでも、ローレンスは知らん顔。お兄さんは苦笑いを浮かべてるだけ。まぁ事前に知らされてたのお兄さんだけだもんね…。
で、用事が終わったからそのまま帰るのかと思ってたけど、うちの村で一泊して翌日みんな帰っていった。その兵士さんの中にはこの村にいる人の知り合いもたくさんいたみたいですごく楽しそうだった。なんなら宴会してたからね。いいと思うよ!
もしかしてローレンスはこの人たちを連れてきたかったのかな?なんて思ったり。まさかね。
ハロハロ女神は白竜になったままローレンスと共に王都へと行ったみたい。何するんだろうと若干不安に思いながら見送ると一ヶ月後、父ちゃんからその後を教えてもらった。
どうやらローレンスが白竜のハロハロ女神を披露。教会側も知らされてなかったから抗議をされたらしいんだけど「女神リリスが、白蛇の姿から白竜へとそのお姿を変えられたのだ」と宣言。それと同時にハロハロ女神も「オオオオオ!」と咆哮。
その迫力に教会側があっさりと折れた。まぁ…蛇もあれだけど竜を野放しになんかできないからねぇ…。
その白竜がローレンスの言うことを聞いている、というのもあってすぐに白蛇から白竜へとシンボルが変わったらしい。
素晴らしいほどの力技に僕は苦笑いを浮かべる。
それで父ちゃんや兄ちゃんず、お兄さんのことなんだけど…。
まずこの村は国の保護下に入ったらしい。ガウル帝国がいつ来るか分らないし、来たとしてもここが最前線になることが分かってるからね。
それも踏まえて、堂々と兵士さんや騎士さんを在住させることになった。
7年間一緒に住んでた人たちは王都に戻ってもいいし、残ってもいいって言われたらしいけど皆残ってくれた。嬉しいな。
村の東側の森をちょびっとだけ開拓して(今回はちゃんと許可を貰った)兵士さん達の宿舎や家族向けの家なんかを魔法でぽぽぽんと建てたりした。
おかげでちょっとだけ大きくなった村だけど『白竜様誕生の地』として口コミで伝えられたらしくて、結構な人たちが来るようになった。けどこの村は国、というより王族の保護地となってるから入れなくなってるらしいから、その辺の宿泊施設等々を急遽拵えるためにまたもや東側を開拓。
森がなくなっちゃいそう…。
でも村に入れないのは何事だっていう貴族に対してはローレンスが力ねじ伏せて文句があるなら話を聞こうって喧嘩を売ったらしいって話し。
貴族が王族に喧嘩を売れるはずもなく一応この話しは終わったらしい。
権力怖い。
国の保護下だから村の作物なんかはそのまま作ってもいいみたい。これは素直にローレンスに感謝した。
そうそう、国の保護下にはもう一つ理由があって…。
なんとローズさんがそのままこの村に住んでくれることが決まったんだ。それにブリジットさんも。
兵士さんと騎士さんがうろうろしてるから何かあればすぐに対処ができる、ってことでのんびり暮らすみたい。料理も気に入ってもらえたみたいで「もう王都の食事は食べられませんわね」と笑っていた。執事のカリムさんも土いじりをしながらローズさんと暮らしてる。
お兄さんのお父さん―騎士団長さんは流石に王都じゃないと無理みたいだから、ここと王都を結ぶポータルを作ってみた。
ポータルは魔法のカードを持ってないと入れない仕様だから、普通の人は入れない。これで騎士団長さんもここから王都へと通うことができるになった。
お兄さんと一緒の方がいいのかな?なんて思ったけどローズさんとブリジットさんに「一緒に暮らしなさい。後、私たちのことはお義母さんと呼ぶように」と言われてしまった…。
この世界にきてお母さんが4人になったよ!
やったね!
で、僕の両親。王都でお仕事してるからたまにこっちに遊びに来てくれる。しかも弟と妹がいて嬉しくなっちゃった! 弟は遊びたい盛りの5歳、妹は2歳らしい。僕、お兄ちゃん!
両親が仕事の時は僕が預かってたりしたから、それを聞きつけた人たちのお子さんを預かってたら大人数になっちゃって、もう託児所を作ろう!ということで村の一部を更に開拓。託児所を作って昼間は僕もそこにいる。その方が安心だってお兄さんが言うんだもん。僕、来年成人だよ?
父ちゃんと、母ちゃん兄ちゃんずはここを出るときは僕も一緒だって言ってくれた。それに思わず泣き出した僕を兄ちゃんずと母ちゃんが慰めてくれた。
本当の家族じゃないけど、もう一つの本当の家族みたいなものだからね。嬉しかったんだ。
父ちゃんと兄ちゃんずはポータルで王都へ出勤してる。ものすごく便利だと褒められた。
僕はと言うとローズさんとブリジットさんの言う通り、お兄さんと二人で暮らしてる。今まで住んでたところからちょっと離れた所。これもちゃんと許可を貰った。
お兄さんを王都へと送りだして僕も託児所へと行く準備をしているとポータルが光った。
ちなみに家にはポータルがある。
設計主の特権だね!
忘れ物かな?なんて思ってたら、そこにいたのはなんとローレンスだった。
現国王様がなんでこんなところにー?!
てか、なんでポータルに?! ここ、お兄さんと僕しか入れないように…って、あ。
「ちょっと!先輩! また魔法消去使ったでしょ!」
「やはり食事はここの方がいいからな。ああ、おはよう。ライル」
「おはようございます。宇佐美原先輩…じゃなくって!」
そう。このローレンス。実は会社の先輩である宇佐美原 夕だったのだ。ええー! 先輩も転生者だったんですか?!
会社でも大変お世話になった先輩だったから邪険にはできず「あー、うー」と言っていると、頭をぽんぽんと撫でられた。そして海色が細められる。うん、それ宇佐美原先輩の癖だよね。
それと僕。どうやら事故の影響と村で一人きりになった精神的ショックで10歳くらいまで後退。ハロハロ女神が先輩のことと併せて教えてくれた。
もっと早く言え。
でも二度目の子供時代、楽しいけどな!
それと記憶も後退して25歳くらい。精神は10歳くらいだから、15歳の差があるけど何とかうまくいってるのはハロハロ女神のおかげ…だと思う。ありがとな。
そんなことをつらつらと考えているとポータルが光り、今度はお兄さんが不機嫌全開で現れた。
「…何をしている」
「ああ。朝食を食べたくてね」
「わざわざここに来なくても用意されてるだろ」
「ライルに会いたくてな」
「そっちが目的だろうが。朝食なら用意させる。帰るぞ」
「少しは息抜きをさせてくれてもいいだろうに…」
「義兄さんのは息抜きじゃない。逃亡と言うんだ」
ぷんすこと怒るお兄さんと、ひょうひょうとしてるローレンスとのやりとりに僕はくすくすと笑えば「ライル」とお兄さんに呼ばれた。
「ライ、今度こいつが来たら問答無用で送り返してくれればいいから」
「なんだ。私は荷物か?」
「似たようなものだろう。ほら、戻るぞ」
「朝食は…」
「母ちゃんにそう言ってくるよ」
「ライ。甘やかすからこいつは調子に乗るんだ」
「じゃあお昼ご飯! お兄さんの分も持っていくから!」
ね? とお兄さんにお願いすれば「む」と悩むお兄さん。そんなお兄さんをにやにやしながら見てるローレンスの脛を蹴っ飛ばしておく。いくら先輩でもお兄さんお手を煩わせちゃいけません。
「…っつつ。やはりライルには敵わないな」
「先輩も先輩です! あんまりわがまま言うとこのポータル閉じちゃうからね!」
「ふむ。それは困るな」
「なら少しは大人しくしててくれ…」
はぁ、と溜息を吐くお兄さんの背中をぽんぽんと叩いて慰める。
「じゃあ、お兄さんの元気の出るおまじない!」
そう言ってお兄さんに抱き付くとちゃんと受け止めてくれる。そしてくるくると回るとローレンスが溜息を吐いてるのが見えた。
いいじゃん。僕ら親公認の仲だし。
そして最後にちゅっと触れすだけのキスをすると「はいはい。ごちそうさま」と肩を竦めるローレンス。
「じゃあお昼ご飯お願いしてくるね!」
「頼んだ。と言うわけで朝食は自室でお願いしますね? 陛下」
「…分かった分かった。じゃあな」
やれやれと呆れたようなローレンスと並んでポータルに入るお兄さん。二人にばいばいをして僕はまず託児所に行ってから母ちゃんのところに行こうとドアを開ける。
今日も天気は快晴。
空には元気に飛び回るハロハロ女神と、それを見上げるミニ白蛇様。
異世界転生して色んな事があったけど、魔法使いでよかった。
だって、向こうじゃ体験できないことが体験できたんだから!
これから起こることもお兄さんと一緒ならきっと大丈夫。
だってハロハロ女神が言ってたじゃない。
『あなたが信じたものを信じなさい』って。
「よし! じゃあ行こう!」
気合を入れて一歩を踏み出した。
終
応援ありがとうございます!
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