ロリっ子Jkは平穏を愛す

赤オニ

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 夢を見ていた。長い長い夢。
 酷い内容だったから思い出したくもないけど、そばにいる気配に、安堵が胸の奥に広がる。
 そーちゃんの声が聞こえる。遠くからだけど、絵本の読み聞かせをするような、穏やかな声。


 時折聞こえる涙声に、大丈夫だよって笑いかけたいのに、体はピクリとも動いてくれない。瞼は重く、意識が遠のく。
 そばにいるのに、分かるのに、伝えられない。
 そーちゃん。わたし、大丈夫。ずっとそばにいるからね。わたしは、離れないよ。だって、約束したでしょう? 友達になった、あの日に。


 パッと目を開くと、クリーム色の壁が見えた。やけに近いなと感じて、触れようと手を伸ばすと、すり抜けた。
 目の前に壁はあるのに、わたしの手は何も無いところを触れたみたいに、感覚がない。
 ゾワゾワと這い上がってくる恐怖に、悪夢の続きに、ヒュッと息を呑む。


 体が震える。カチカチ歯が鳴る音は聞こえるのに、目の前の壁には触れなくて、自分がいるのかいないのか分からない恐ろしさに叫び声を上げそうになる。


「さっきから、何なんだよ!」


 怒鳴り声に、ビクリと肩が跳ねた。
 そろそろと声のした方へ視線を向けると、学ランに身を包んで、やけに傷だらけのお兄さんが、わたしを睨んでいるのが見えた。


 可愛らしい顔を歪めて、頬や額に擦り傷や切り傷を負い、所々血を滲ませながら、声を荒らげる。
 その目は真っ直ぐ、わたしの目を見ている。見えている、わたしが。確かに、わたしはこの場に存在しているのだと理解して、体中の力が抜ける。


 涙が零れて、とめどなく溢れてくる。いつものように唇を噛んで静かに泣くんじゃなくて、その日わたしは初めて声を上げて泣いた。


 泣き出したわたしを見て、オロオロする姿が可笑しくて、泣きながら笑う。
 ああ、笑える。わたしは、こんな姿でも、変わらず笑えるんだーー。涙を拭って、ふわりとニーチャンのそばに降り立つ。


 すっかり体に馴染んでしまった動作に、こっそり苦笑いを浮かべた。
 そばに降りたわたしを見て、少しだけ身構える姿に、大丈夫だよと伝えるつもりで笑う。鋭かった目付きが、和らいでいく。


 部屋の中は、ぐっちゃぐちゃになっていた。家具という家具は倒れ、小物は大体壊れている。壁にはいくつものへこみがあって、ガラス戸は粉々になっている。
 ニーチャンの傷は、わたしが起こした所謂ポルターガイストの強力版みたいなやつで、負ったようだった。


 突然現れて突然部屋の中滅茶苦茶にした挙句怪我まで負わせるとか、わたし酷すぎるな……。
 謝り倒すわたしを見て、ニーチャンは笑って許してくれた。


 ガーゼや消毒液を手馴れた様子で出して、自分で手当しようとしたので、慌てて手伝う。その姿にも、なぜか笑っていた。


 ガラス片が飛び散って危ないから、とぐちゃぐちゃの部屋をそのままに、ニーチャンはリビングらしき部屋へ移動する。
 そのあとを大人しく着いていく。
 ソファに腰を下ろしたニーチャンに続いて、勝手にソファに座るとふかふかすぎてひっくり返りそうになった。


 わたわたしながら体勢を直すわたしに、隣で笑い転げていた。ようやく落ち着いた頃に、ポツリとニーチャンが言葉をこぼす。


「……君、なりたてだったんだね」
「なりたて、って?」
「その姿に。あやかしにも驚かなかったし、僕にも普通に触れてたから、全然わからなかった」


 よく分からないので、大人しく頭の上にはてなマークを浮かべて首を傾げると、軽く肩を揺すって続けてくれる。


「幽霊だろ、君。あやかしに近い雰囲気だけど、そこまで実体がない。多分、突然死んじゃったとか、そういうのじゃないかな。僕の言葉で、理解したんだね。見たところ、小学校2、3年ぐらいだろ? その年で自分の死を理解するなんて、君は悲しいぐらい、賢い子なんだね」


 後半の言葉に、抑えていた感情が出そうになるけど、ぐっとこらえる。そして、わたしが見た光景と、そーちゃんの声から考えるに、恐らくだけどわたしはまだ死んでない。


 てか、思い出せばあの裏山のおじいちゃんが言っていたじゃないか、半分棺桶にいるって。
 それはつまり、半分は生きてる。肉体が死んだら幽世行き確定とも言われた。ついでのように幽霊じゃなくて妖怪に近いモノになるとも言われた。
 ……わたし、まだ生きてるよ? 半分だけらしいけど。


 だけど、神妙な面持ちで話すニーチャンに実はまだ生きてまーすとは言い出せる雰囲気ではなく、事故に遭ったことを話す。


 車に轢かれて、気がついたら外をうろついていた、ということにしておいた。
 ニーチャンはすぐに納得してくれたので、これでいいと思う。多分。
 他にも、色々話をしてくれた。


 自分には他の人には見えないモノが見えることや、それらによくちょっかいをかけられること。それが嫌で、わたしのことも含めて不気味なモノ呼ばわりしてしまったこと。


 ニーチャンには、他人には理解しえない世界が当たり前のように見えていて、とても苦労したんだと伝わってくる。
 悲しそうに笑う姿が、必死に返答のない母に話しかける自分と重なって、気が付いたら手を握っていた。


 そーちゃんより、少しだけ大きい手は温かくて、生きているんだなぁと感じる。驚いて、わたしの目を見るニーチャンに、笑いかける。


「じゃあねぇ、これからはわたしが貴方の守護霊? に、なってあげる! わたしが、あやかしになるまでの期間限定ね!」


 生き返るまで、と口を滑らしそうになり、慌てて誤魔化す。
 ピースサインを作って、にっと笑えば、ふっと小さく笑ってくれた。それから、へにゃりと顔を歪めて、笑いながら、ボロボロ涙を流す。
 嗚咽混じりに、聞こえた言葉。


「初めてだなぁ、悪意のないモノなんて」


    わたしの使ったポルターガイスト的なものは、ちょっと難しいけど練習したら普通に使えるようになった。物を浮かせたり、人を浮かせたり、浮かせたまま移動させることもできる。
 指先で物を浮かせ、それを滑らすように移動させ、壊れないように置く。


 何度か練習して、コツ? をつかめた。やっぱりね、守護霊(死んでないけど)的存在としては、力が使えるに越したことはないし。いざって時にニーチャン守れないとね!


 ふわふわ浮きながら移動するのは、水の中にいるみたいでちょっとだけ楽しかった。でも、基本は歩く。
 床を、地面を踏みしめて歩く。すり抜けられるけど、わたしは死んだ身ではないから、それを認めたら流石に耐えきれない。


 霊体には体力がないのか、どこまででも歩けるし飛べる。
 多分、飛びすぎるとそのまま昇天してしまいそうだから、怖くなってある程度でやめた。
 ニーチャンのあとを着いてまわったり、適当にそこら辺に漂っているモノを捕まえてみたり、意外と受け入れることが出来た。


 それは、まだ自分の肉体が生きているから、という思いもあったのかもしれない。


 とはいえ、いつも付きまとわれてはニーチャンも迷惑だろうと思い、たまにふらふら外へ出る。
 妖怪とか幽霊なんて、テレビや本の中だけの存在で、身近にあるものではなかった。それに今自分がなっていることが、何だか可笑しく思える。


 気が向いて裏山のおじいちゃんの元へ行くと、社が壊されていた。周りで、あやかしたちが泣いている。いつも穏やかに笑って迎えてくれたおじいちゃんの気配が、しない。


 あやかしが泣きながらぼそぼそ呟く。祓い人が来た、と。
 この小さな山で、長を務めていたおじいちゃんは、祓い人とやらに祓われてしまったそうな。
 ニーチャンに絡んでいたあやかしにこれからどうするのか聞くと、別の山へ移り住むしかないと言っていた。祓い人に見つかってしまっては、終わりだからと。


 祓い人って、何だ。除霊師とか、そういうあれ? じゃぁ、何でおじいちゃんは祓われてしまったのかな。そこに居るだけで消されてしまうなんて、あまりにも理不尽で、悲しい。


 おじいちゃんのいなくなった社をぼんやり見つめ、戻ろうと踵を返し、誰かがこちらへ歩いてくるのが見えた。数人の足音が聞こえて、おまけに、何となくだけど伝わってくる嫌な気配。


 これはもしかして、いやいやもしかしなくても祓い人登場ではなかろうか。
 ドキドキしながら草むらに身を潜める。かくれんぼしたなぁってほのぼの思い出していたけど、その人の姿を見てそんな呑気な考えは吹き飛ぶ。


 ーー怖い。
 あの人たちは、わたしの世界に見えるモノなんかよりもずっと、怖い者だ。


 戻らなくちゃ。見つかったら、おじいちゃんみたいにわたしまで消されてしまうかもしれない。
 わたしは今、ニーチャンの守護霊的なモノだから、消されたら困るし。消されたことで肉体が死んでしまったら大変だ。


 息を潜めて、その場から逃げる。その人は、怖いぐらい笑ってた。祓い人だって、怖い人だってすぐにわかった。
 祓い人はその人だけで、他の人たちはおじいちゃんを祓うようにお願いした人のようだった。


 細めた目の奥に光る、何かを感じてしまった。あの人は、危ない。幽体になったわたしには、危険な人。
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