I'll

ままはる

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第五章

無感情

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ーー魔法士としてグリーンヒルで働いていたゼンの本当の父親は、不慮の事故で亡くなった。

入籍前に既にゼンを身籠もっていた母親は、堕胎費用を父親の両親に請求したが、堕胎できる期間は過ぎており、出産を余儀なくされた。

父親の両親はゼンを引き取ることを提案したが、母親はそれを拒否。慰謝料を受け取ると、生まれたばかりの赤子を連れて行方をくらませた。

母親はやがて別の男と結婚。
しかし男は粗暴で嫉妬深く、ゼンを毛嫌いした。特に父親の魔力を受け継いだことが気に入らず、ゼンが魔法を使おうものなら激しく叱責し、躾と称して暴行を繰り返した。

「そんなよくある……虐待家庭」

両手をパッと広げ、何でも無いことのように話すゼン。

「いや……よくは無いでしょう、そんな家……」

ウィルは続きの言葉が出てこなかった。
ウィルの家はごく一般的な家庭だと思う。母親はとにかくウィルに甘くて優しくて、父親は厳しかったけれど、尊敬できる人だった。だから、親から疎まれる気持ちは、正直わからない。

「物置小屋に放置されて死にかけていたところに……叔父さんが来て、ランク家に引き取られた」

「ゼンが十歳の頃だったな」

ライトはあの時、もっと早くに行動していれば良かったと今でも後悔している。

「正直なところ、私もゼンのことは頭の隅にはあったが、気にかけることは無かった」

きっかけは、妻だった。
ライトの妻はゼンのことは知らず、何かのきっかけで親戚の話になった折に、セイルと同い年の従兄弟がどこかにいると話した。
妻は父親の人脈と財力を駆使し、ゼンを探し出した。そして彼の置かれた境遇を知ると、断固として引き取るべきだと言い張った。
それが、十年前の話。

「取り敢えず、そのクソババアとクソジジイに殴り込みに行く?」

拳を握り締めて立ち上がるラリィ。

「いや……本当に大丈夫だ」

ちょっと乗り気で立ち上がりかけたライトを手で制するゼン。

「金には困っていない。別に構わない」

「銅貨一枚たりとも、やる必要はないがな」

不機嫌そうなセイルに、ゼンは困ったように頭を掻く。

「俺は、ランク家に来てから……幸せだった。叔父さんも、叔母さんも、俺を本当の子供のように扱ってくれた。今も……こうやって、俺の代わりに怒ってくれている」

「ゼン……」

「だから、もう充分。あの人たちには……何の感情も、ありません」

もう覚えていないけれど、遠い昔は母親に愛されることを望んでいた気がする。手を繋いで歩く親子を羨ましいと思った気がする。
しかしそんな想いを遥かに超えるほどの愛情を、ランク家では貰った。

「くっ……! なんていい子なんだ! 健気だなぁ、可愛いなぁ!」

ゼンに頬擦りする勢いで抱きしめるライトを、ウィルは心底気持ちが悪いものを見る目で見る。

「おっさん……いつもとキャラ違くね?」

「プライベートでは、いつもこんな感じだ」

ゼンはされるがままである。

「ランク家の人間は……いい意味で頭がおかしい」

「俺はそこに含むなよ」

「いい意味なのに……」

セイルは煙草の煙を吐きながら、やや自嘲気味に薄く笑う。

「お前の方が、本物のランク家の人間みたいだな」

「……セイル」

ライトは少し悲しそうな目をセイルに向けたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「なんだ、嫉妬か! セイルも私の可愛い息子だ。ほれ、昔のように高い高いしてやろうか?」

「とっとと帰れ!」

セイルはライトを追い出し、その日の夜は更けていった。





ーーそして翌日、冒頭に繋がる。

ゼンはゆっくりと地面に置かれた首に近付いていき、血で顔に張り付いた髪を指先で払った。
苦悶の表情で歪んだその顔は、間違いなく昨日喫茶店で見た顔。隣の男は、十年前に何度も自分を痛めつけた義父である。

「ゼン! 一体何がーー」

騒ぎを聞いて駆けつけたライトが、首の前にしゃがんでいるゼンを見つけた。

「……部隊長。これ……」

「っ!」

ライトもまた、見覚えのある顔に絶句する。
ゼンの目を覆うべきか、大衆の目から首を隠すべきか、一瞬迷った。

「ーーウィル! ゼンを連れてこの場を離れてくれ」

人だかりの中にウィルの姿を見つけて、呼び付ける。

「ゼンのご両親だ」

「え……」

恐る恐る近付いてきたウィルは、その一言を聞いて強くゼンの手を引いた。

「ウィル……大丈夫だ」

「いや、大丈夫じゃ……ないでしょ」

「ウィルは班長に事情を説明して、ゼンはこのまま部屋で待機。恐らく警察の事情聴取があるだろう」

ウィルはゼンの手を引いて、足早に寮の中に入って行った。
どう声を掛けたらいいかわからず、無言で階段を上がっていく。

「……弥月、だろうか」

「え?」

「さっきの、あれ」

言われてみれば、こんなこと普通ではない。明らかにゼンの両親だと分かっていて、あの場所に晒したのに違いない。
しかし。

「冷静ですね……」

「……」

「家庭環境は違うとは思いますけど、俺は親が死んだ時、何も考えられなかったから」

「……」

ゼンは部屋までの廊下を歩きながら、黙考する。
この場合、どういう感情が普通なのだろうか。
悲しむ?
怒る?
それとも、死んだことを喜ぶものだろうか。

「何も感じないな……」

ぽつりと呟いて部屋の鍵を開けるゼンの背中を、ウィルは無言で見守る。そして部屋に入ったゼンがドアを閉じる寸前、口を開く。

「……ゼン先輩、ちょっと待って」

「?」

ウィルは隣の自室に入り、ネコを抱えて出て来た。

「俺、戻ってリズ先輩に報告してから仕事に戻るんで」

「ああ……?」

ネコをゼンに押し付け、ウィルは小走りで来た道を戻って行った。

「ミャァ」

人懐っこいネコは、ゼンの首元に顔を擦り付けてくる。ネコの体は、温かい。

「……俺は、十三歳に気を遣われたのか……」

部屋の中に入り、ソファに座って暫くネコの背中を撫でていた。
やがて膝の上で眠ってしまったネコの寝息を聞いていると、不思議と穏やかな気持ちになってくる。
動物は会話をしなくていいから、楽だ。
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