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第六章
クレイドル
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クレイドルの討伐は、グランチェス支部からの10名とウィルたち5名を2つのチームに分けて行われる事になった。
ウィルたちはジャンケンで、ウィル、ラリィ、セイルの3名、ゼンとリズの2名に分かれた。ウィルたちのチームは猟師が襲われた山の方へ、リズたちは楓たちが襲われた麓の森の方へと向かった。ちなみにネコは、侯爵邸で留守番である。
「これでクレイドルも駆除できるし、もう安心だな。いや、ピンチになったら誰かさんに俺ごと斬られるかもしれねーし、まだ安心はできないか」
ウィルたちと行動を共にするグランチェス支部チームには、セドリックの姿もあった。
「剣の腕はへぼくても、俺の間合いに入ってこないよう気を付けるくらいは出来るようになったんだろ」
「魔物の山で育った猿と違って、俺は都会育ちなんでね。まだまだ未熟で申し訳ゴザイマセン、守護剣士サマ」
「こんの……っ!」
「まあまあまあまあ」
雪に足を取られないよう山道を歩きながら、ラリィがウィルを制する。
「お前、すっげー嫌われてるじゃん。ウケる」
「ウケるところじゃないんですよ。可愛い後輩が侮辱されてるんだから、先輩として何か言ったらどうですか」
「オレに泣きついてくるくらいの可愛げがあったら、考えてやるんだけどなー」
「役に立たねぇ先輩だな」
「だってよ。言われてるぞ、セイル」
「お前ら、遊びに来てるわけじゃないんだぞ」
賑やかなウィル、ラリィ、セドリックをセイルは睨む。
山道は狭く、急斜面である。足を踏み外せば、どこへ転がり落ちて行くかわからない。
今は山を迂回して隣のティルア帝国へ行く街道が整備されているが、街道が出来る前はこの山道を通るのが一般的であった。その名残が残っている程度の山道なので、お世辞にも歩きやすい道とは言えない。
「結局セイル先輩がキレたのって、何だったんですか?」
「さあ? 知らね。彼女の手を触られてムカついたんじゃねーの?」
小声で会話をするウィルとラリィ。
「彼女って?」
「だから、リズだよ。こいつらデキてんだよ」
「あり得ないでしょ。セイル先輩、リズ先輩のこと男にしか見えないって言ってましたよ。凶器を振り回す女は女じゃないって」
「そんな事言ったって、オレは見たし」
「ラリィ先輩の勘違いだと思いますけどね」
ウィルはセイルを振り返った。セイルは耳が良いので、2人の会話は筒抜けである。
「くだらない話はいいから、さっさと歩け。クレイドルとやらを呼んでこい」
「呼んでくるのは無理ですよ」
呼んで来てくれるなら喜んで呼ぶのだが。そろそろ登山も疲れて来た。
「この辺りで4名の被害が出ています。猟師が2名に剣士が2名」
グランチェス支部の隊士が言う。
更に進むと、少しだけ開けた道に出た。そこから登っていく道と、山の奥に入っていく道に分かれている。
「別れ道です。4名ずつに分かれましょう」
ウィルはラリィと登る道に。セイルは奥への道を選ぶ。
「……何でお前もこっちに来るんだよ」
「仲間がお前に裏切られないように見張る為だよ」
セドリックと、もうひとり支部の隊士が同じ道を選んだ。
「そーかよ。しっかり目ぇ開いて見張ってろ」
言うや否や、ウィルは腰に差していた剣を鞘から抜いた。それと同時に、木々の間から滑空してきたガーゴイルを一撃で斬り捨てる。
「ウィル、カッコいいー♡ 痺れるぅ!」
歓声を上げるラリィ。
ちなみに狭い山道では大剣ヴァルキリーでは戦いにくい為、剣士に支給される通常の剣を帯剣してきたのである。
「……ちっ。相変わらずバケモノ並みの瞬発力しやがって」
「俺が何しても突っかかってきやがって……アイザックかよ」
ぶつぶつとつぶやくセドリックに、ウィルは苛々を募らせる。
「アイザックは俺と相部屋だったんだよ」
「1年間同じ部屋で寝起きすると、性格も似るんだな」
「じゃあオレとウィルもそのうち似てくるかもしれねーな!」
「いや、それは無いっす。オレ、ラリィ先輩ほど馬鹿じゃないんで」
「お前、先輩に馬鹿って言うなよ!」
口を動かしながら、ラリィも剣を抜いた。木の幹を下から上に駆け上がる何かが見えた。
「ウィル、今のって魔物? 動物?」
「? 何かいました?」
「なんかすばしっこいのが見えたんだけど……」
背後だった為、ウィルには見えなかった。だが、心当たりならある。
「モモンガか、この時期ならーー」
セドリックも思い当たり、頭上を見上げた。
「ジャックフロスト」
同時に木の上から、小人が降って来た。
体長は30センチほどで、全身雪のように白い。目と口は穴を開けただけのような空洞で、ニッコリと笑っているような形をしている。それらが5体ほど、ウィルたちに向かって落下してきた。
「うわっ! なんだこいつら! 冷たっ!」
ジャックフロストの1体がラリィの頭に張り付いた。氷のように冷たくて、悲鳴を上げて引き剥がす。
「雪の魔物です。人に対して悪戯を仕掛けてきますけど、脅威ではありませんよ」
冷静に説明するセドリックの足元で、ジャックフロストは短い手を精一杯伸ばしている。その手の先から冷たい冷気が出ていて、セドリックの靴に霜が降りた。
「この程度です。なので普段は駆逐対象から外しているのですが、稀に集団で襲ってくることがあるので、その時は気を付けてください」
「それってさぁ……」
ウィルは剣を構えて、ザワザワと揺れる木々を見上げる。
「こう言う事だよな」
頭上から更にジャックフロストたちが落下してきた。その数は10や20どころではない。
「うわあぁ!」
慌ててセドリックやもうひとりの隊士も剣を抜く。体にへばりつくものを引き剥がし、足元に群がるものを斬り捨てる。斬られたジャックフロストは、ただの氷の塊となって地面にゴロリと転がった。
「冷てぇー! 離せよ!」
ラリィの両脚に3体ずつジャックフロストが引っ付いている。見かけよりもずっしりと重さがある為、ラリィは身動きが取れない。更にジャックフロストたちは、俊敏な動きでラリィの両腕にもくっついた。
「何やってるんですか」
「た、助けてー! どうにも出来ないー!」
腕まで塞がれては、追い払うことも出来ない。ウィルは呆れた顔でラリィの腕のジャックフロストを斬ろうと、剣を向けた。
「ちょ、ちょっと待って! なんか怖い! オレまで斬るなよ!?」
「斬りませんよ! 危ないからフラフラしないでください!」
「いや、だって、すげぇ怖いって!」
「じゃあ全身霜焼けになりますか?」
「それは嫌ー! じっとしてるから助けーー」
トドメにジャックフロストは、ラリィの顔面に張り付いた。突然視界が遮られ、全身にくっついたジャックフロストの重さも相まって、ラリィはバランスを崩す。
「……あら?」
「ラリィ先輩!?」
道を踏み外し、斜面を転がり落ちて行くラリィ。
「嘘だろ……こんな雑魚相手に……?」
ウィルは斜面の下を覗き込んだ。既にラリィの姿は見えない。それに傾斜はきつく、とても下から登ってこれそうにはない。
「今のは俺のせいじゃねぇよな?」
「ま……まぁ」
一応セドリックに確認した後、改めて斜面の下へ声を掛ける。
「ラリィせんぱーい! 無事ですかー!?」
「……なんとか生きてるー」
下の方でラリィの返事が聞こえたので、ウィルはほっと安堵した。
ラリィは擦り傷は負ったものの、雪がクッションになったのでダメージはほとんど無かった。しかし落ちた衝撃で、どこかに剣を落としてしまったようだ。
立ち上がり、傾斜を見上げる。剣は見当たらないし、ウィルたちがどこにいるかもわからない。
「そこでじっとしててくださーい! 我々もそちらに向かいますー!」
「りょーかーい!」
隊士の声に応えたものの、丸腰でひとりぼっちは心細すぎる。
「今魔物が出てきたらピンチだよなぁ」
或いは、ウィルたちが自分を見つけられなかったらーー
「雪山で遭難はヤバくね?」
日が落ちたら凍死するかもしれない。いくら根性で入隊試験をクリアしたとは言え、根性で真冬の雪山を生き抜く自信は無い。
「ウィルー! 早く助けに来てー!」
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