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第六章
ラグエル
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ラリィの目が、照明弾の光を捉えた。
「あれはセイルたちの方か! ヤバい……ヤバいぞ! こんな所にいる場合じゃねぇじゃん!」
照明弾が打ち上がった方向へ向かうべきだろうか。ウィルたちはまだこちらへは来ていない。彼らも今の照明弾に気付いただろうし、クレイドルを優先するはずだ。しかし武器も持たず道も分からないのに、動いても良いものだろうか……髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回しながら考えるラリィ。
「あー! 考えても仕方ねぇ! オレは行く!」
「ラリィ君」
「うひゃいっ!?」
歩き出そうとしたラリィの頭上から突然声が降ってきて、思わず変な声が出た。
「大丈夫? ここから落ちたんだって? 怪我してない?」
「キリー!」
ふわりと上から降りてきたキリーは、心配そうにラリィの身体を観察する。
「ラリィ君が遭難しないように付いてて欲しいって、ウィルにこっそり頼まれたの」
「さすがオレの可愛い後輩! 次セドリックに何か言われたら、オレが守ってやるからな!」
「私はよくわからないんだけど、ウィルはセイル君の方に向かうって言ってたよ。だからラリィ君もーー」
そう言い掛けて、キリーはぴたりと動きを止めた。それから両手を耳に添え、耳を澄ます。
「どした?」
「何か……聞こえない?」
「何かって……?」
ラリィも周囲の音に集中した。風が唸る音しか聞こえないーーと思ったが、否。風の音ではない。
「人の声か……?」
男の唸り声のように聞こえる。
ラリィはキリーと顔を見つめ合わせた。
「まさか……幽霊?」
ディアス侯爵の話を思い出したラリィ。声が聞こえて来た方角は、照明弾が上がった方では無い。
「こんな昼間に? 遭難者とか怪我人じゃない?」
「じゃあ助けに行った方がいいよな?」
セイルたちの方も気になるが、声のする方が距離も近そうである。本当に怪我人がいるのなら、放ってはおけない。
「あっちの沢の方から聞こえるよ」
キリーが耳を澄ましながらラリィを先導して行く。
「ラリィ君、剣は?」
「なくした! この声が魔物だったら、オレ死ぬなぁ」
あはは、と呑気に笑うラリィにキリーは苦笑いを浮かべた。何ものにも触れられないキリーでは、万が一ラリィが襲われたとしても助けられない。
「ラリィ君のポジティブなところは好きだけど、もうちょっと危機感は持った方がいいと思うわ」
「オレもキリーは明るくて可愛いから好きだぞ!」
「やだもう、ラリィ君ったら!」
本来なら背中をパシッと叩きたいところだが、キリーの手はラリィの身体をすり抜けた。
ーー声が、確かにはっきりと男の唸り声であると判別できるほど、ふたりは近くまで来た。
「あの洞穴の中だな」
沢のすぐそばに、人が入っていけそうな横穴が空いている。
「この……クソがぁぁぁ!」
明らかな怒声。憎しみの籠ったその声が、穴の奥から漏れ聞こえてくる。
「おーい! 大丈夫かー? 助けが必要かー?」
穴の入り口から、ラリィが大きな声で呼び掛けた。怒声は一旦ピタリと止まったがーー
「うるっっせぇ! ぶっ殺すぞてめぇ! いいや、ぶっ殺してやるからこっちに来いや! オラァァ!」
「すげー元気じゃん。これ、中に入って行ったらぶっ殺されるやつじゃん」
「怖……ラリィ君、ほっといて行こう」
ラリィはキリーと共に回れ右をする。さわらぬ神に祟りなし。ブチギレている輩に関わるべからず。
「クソ、クソ、クソォぉぉ! 焔真のクソ野郎があぁぁ!」
「……焔真?」
聞き覚えのある単語が聞こえ、足を止めるラリィ。一旦腕を組んで考えてから、もう一度洞穴の方に向き直った。
「焔真って、銀髪の男のことかー?」
「っ! そこにいるのか!? こっちに来やがれ、クソ焔真! ギッタギタにしてぶっ殺す!」
どうやらラリィの知っている焔真と同一人物のことであるらしい。こうなってはもう、放置して行くわけにはいかない。
「私が様子を見てくるよ」
どうやら向こうは洞穴から出られない様子。キリーならば、何かあったとしても怪我をする心配は無いだろう。
キリーは無防備に洞穴の中へ入って行きーーそして割とすぐに戻ってきた。
「どうだった? キリー? 大丈夫か?」
「あー……うん。取り敢えず、ラリィ君も入って大丈夫だよ」
「なんだよー。なんか怖いんだけど」
「行けばわかるよ」
微妙な表情のキリーに促され、ラリィは恐る恐る洞穴の奥へと足を進めて行く。洞穴の天井には隙間があって、そこから光が漏れ入っている為それほど暗くは無い。
「おう、てめぇか。クソ焔真を知ってるのは」
洞穴の行き止まりにいたのは、身体の至る所に包帯を巻きつけた傷だらけの男だった。ただし出血しているわけではなく、怪我で弱っているわけでもない。
「えーと……こんなトコで何してんの?」
「あぁ? 見てわかんねぇのかよ!」
「わかんねーよ」
男は憎々しげな表情で、自分の足元を指差した。そこには一本の槍が置かれていて、その槍には札のようなものが貼られている。その札は男を囲うように、地面の四方にも貼られていた。
「ここに閉じ込められてんだよ!」
「はぁ?」
「頭悪ぃのか、てめぇは! いいからこの札を剥がしやがれ!」
「ヤだよ! なんかお前、ヤバそうだし」
「ああ、そうだ! ヤバいくらいオレはキレてるぜ!」
「そんなキレてる奴に近付きたくねーよ」
「ラリィ君。多分この人、守護剣の精霊だよ」
ふたりのやり取りを見兼ねたキリーが口を出した。
「ほらな! やっぱりヤバ……え、何? 守護剣?」
「女ぁ! 何を勝手なこと言ってやがる! とにかく何でもいいからこの札剥がせやぁ!」
「守護剣? いや、槍じゃね? どゆこと?」
このふたりでは、事態の収集が全くつかない。キリーは大きなため息をついた後、思い切り息を吸った。
「うるさぁぁぁい! ふたりとも、一回黙ってそこに座りなさぁい!」
狭い洞穴の中で、キリーの高い声はよく響く。男もラリィも目を丸くして、おとなしく座った。
「まずはあなた!」
キリーは男を指差す。
「名前は!?」
「ラ……ラグエル」
「ラグエルね。私はキリー。こっちはラリィ君よ」
どうも、とラリィは小さく頭を下げる。
「はい、ラリィ君。ラグエルと握手してみて」
「握手?」
「いいから!」
一喝され、ラリィはさっと手を差し出す。ラグエルも一瞬躊躇したが、キリーに凄まれて無言でその手を握り返すーーはずだったが、ラグエルの手はラリィの手をすり抜けた。
「……あ」
この感覚は、キリーが自分をすり抜ける時と同じである。
「ね? この人、私と一緒なのよ」
キリーはニッコリと笑い、それから地面に正座する男たちに言う。
「さぁ、状況を整理しましょう」
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