I'll

ままはる

文字の大きさ
72 / 75
第六章

ラグエル

しおりを挟む

⭐︎

 ラリィの目が、照明弾の光を捉えた。

「あれはセイルたちの方か! ヤバい……ヤバいぞ! こんな所にいる場合じゃねぇじゃん!」

 照明弾が打ち上がった方向へ向かうべきだろうか。ウィルたちはまだこちらへは来ていない。彼らも今の照明弾に気付いただろうし、クレイドルを優先するはずだ。しかし武器も持たず道も分からないのに、動いても良いものだろうか……髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回しながら考えるラリィ。

「あー! 考えても仕方ねぇ! オレは行く!」
「ラリィ君」
「うひゃいっ!?」

 歩き出そうとしたラリィの頭上から突然声が降ってきて、思わず変な声が出た。

「大丈夫? ここから落ちたんだって? 怪我してない?」
「キリー!」

 ふわりと上から降りてきたキリーは、心配そうにラリィの身体を観察する。

「ラリィ君が遭難しないように付いてて欲しいって、ウィルにこっそり頼まれたの」
「さすがオレの可愛い後輩! 次セドリックに何か言われたら、オレが守ってやるからな!」
「私はよくわからないんだけど、ウィルはセイル君の方に向かうって言ってたよ。だからラリィ君もーー」

 そう言い掛けて、キリーはぴたりと動きを止めた。それから両手を耳に添え、耳を澄ます。

「どした?」
「何か……聞こえない?」
「何かって……?」

 ラリィも周囲の音に集中した。風が唸る音しか聞こえないーーと思ったが、否。風の音ではない。

「人の声か……?」

 男の唸り声のように聞こえる。
 ラリィはキリーと顔を見つめ合わせた。

「まさか……幽霊?」

 ディアス侯爵の話を思い出したラリィ。声が聞こえて来た方角は、照明弾が上がった方では無い。

「こんな昼間に? 遭難者とか怪我人じゃない?」
「じゃあ助けに行った方がいいよな?」

 セイルたちの方も気になるが、声のする方が距離も近そうである。本当に怪我人がいるのなら、放ってはおけない。

「あっちの沢の方から聞こえるよ」

 キリーが耳を澄ましながらラリィを先導して行く。

「ラリィ君、剣は?」
「なくした! この声が魔物だったら、オレ死ぬなぁ」

 あはは、と呑気に笑うラリィにキリーは苦笑いを浮かべた。何ものにも触れられないキリーでは、万が一ラリィが襲われたとしても助けられない。

「ラリィ君のポジティブなところは好きだけど、もうちょっと危機感は持った方がいいと思うわ」
「オレもキリーは明るくて可愛いから好きだぞ!」
「やだもう、ラリィ君ったら!」

 本来なら背中をパシッと叩きたいところだが、キリーの手はラリィの身体をすり抜けた。
 ーー声が、確かにはっきりと男の唸り声であると判別できるほど、ふたりは近くまで来た。

「あの洞穴の中だな」

 沢のすぐそばに、人が入っていけそうな横穴が空いている。

「この……クソがぁぁぁ!」

 明らかな怒声。憎しみの籠ったその声が、穴の奥から漏れ聞こえてくる。

「おーい! 大丈夫かー? 助けが必要かー?」

 穴の入り口から、ラリィが大きな声で呼び掛けた。怒声は一旦ピタリと止まったがーー

「うるっっせぇ! ぶっ殺すぞてめぇ! いいや、ぶっ殺してやるからこっちに来いや! オラァァ!」
「すげー元気じゃん。これ、中に入って行ったらぶっ殺されるやつじゃん」
「怖……ラリィ君、ほっといて行こう」

 ラリィはキリーと共に回れ右をする。さわらぬ神に祟りなし。ブチギレている輩に関わるべからず。

「クソ、クソ、クソォぉぉ! 焔真のクソ野郎があぁぁ!」
「……焔真?」

 聞き覚えのある単語が聞こえ、足を止めるラリィ。一旦腕を組んで考えてから、もう一度洞穴の方に向き直った。

「焔真って、銀髪の男のことかー?」
「っ! そこにいるのか!? こっちに来やがれ、クソ焔真! ギッタギタにしてぶっ殺す!」

 どうやらラリィの知っている焔真と同一人物のことであるらしい。こうなってはもう、放置して行くわけにはいかない。

「私が様子を見てくるよ」

 どうやら向こうは洞穴から出られない様子。キリーならば、何かあったとしても怪我をする心配は無いだろう。
 キリーは無防備に洞穴の中へ入って行きーーそして割とすぐに戻ってきた。

「どうだった? キリー? 大丈夫か?」
「あー……うん。取り敢えず、ラリィ君も入って大丈夫だよ」
「なんだよー。なんか怖いんだけど」
「行けばわかるよ」

 微妙な表情のキリーに促され、ラリィは恐る恐る洞穴の奥へと足を進めて行く。洞穴の天井には隙間があって、そこから光が漏れ入っている為それほど暗くは無い。

「おう、てめぇか。クソ焔真を知ってるのは」

 洞穴の行き止まりにいたのは、身体の至る所に包帯を巻きつけた傷だらけの男だった。ただし出血しているわけではなく、怪我で弱っているわけでもない。

「えーと……こんなトコで何してんの?」
「あぁ? 見てわかんねぇのかよ!」
「わかんねーよ」

 男は憎々しげな表情で、自分の足元を指差した。そこには一本の槍が置かれていて、その槍には札のようなものが貼られている。その札は男を囲うように、地面の四方にも貼られていた。

「ここに閉じ込められてんだよ!」
「はぁ?」
「頭悪ぃのか、てめぇは! いいからこの札を剥がしやがれ!」
「ヤだよ! なんかお前、ヤバそうだし」
「ああ、そうだ! ヤバいくらいオレはキレてるぜ!」
「そんなキレてる奴に近付きたくねーよ」
「ラリィ君。多分この人、守護剣の精霊だよ」

 ふたりのやり取りを見兼ねたキリーが口を出した。

「ほらな! やっぱりヤバ……え、何? 守護剣?」
「女ぁ! 何を勝手なこと言ってやがる! とにかく何でもいいからこの札剥がせやぁ!」
「守護剣? いや、槍じゃね? どゆこと?」

 このふたりでは、事態の収集が全くつかない。キリーは大きなため息をついた後、思い切り息を吸った。

「うるさぁぁぁい! ふたりとも、一回黙ってそこに座りなさぁい!」

 狭い洞穴の中で、キリーの高い声はよく響く。男もラリィも目を丸くして、おとなしく座った。

「まずはあなた!」

 キリーは男を指差す。

「名前は!?」
「ラ……ラグエル」
「ラグエルね。私はキリー。こっちはラリィ君よ」

 どうも、とラリィは小さく頭を下げる。

「はい、ラリィ君。ラグエルと握手してみて」
「握手?」
「いいから!」

 一喝され、ラリィはさっと手を差し出す。ラグエルも一瞬躊躇したが、キリーに凄まれて無言でその手を握り返すーーはずだったが、ラグエルの手はラリィの手をすり抜けた。

「……あ」

 この感覚は、キリーが自分をすり抜ける時と同じである。

「ね? この人、私と一緒なのよ」

キリーはニッコリと笑い、それから地面に正座する男たちに言う。

「さぁ、状況を整理しましょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

姉が美人だから?

碧井 汐桜香
ファンタジー
姉は美しく優秀で王太子妃に内定した。 そんなシーファの元に、第二王子からの婚約の申し込みが届いて?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...