I'll

ままはる

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第八章

後悔

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⭐︎

 ラリィに泣きつかれたウィルは、そのままグランチェスの酒場へと連れて行かれた。

 あの酷い二日酔いを経験して以降、酒を避けているウィルは気が進まなかったが、そんな彼を宥めながらラリィはテーブル席に腰を下ろしバーテンダーに声を掛ける。

「ビールと、お子ちゃまにも出せるやつ、ちょーだい」
「それはそれでムカつく……」

 不貞腐れながらも、酒場という大人の店に興味はあるウィル。

 創世祭だからなのか、まだ日も明るいというのに店内に客の姿は多くみられ、小さなステージでは陽気な音楽を奏でる生演奏が開かれている。

「……あ。セイル先輩だ」
「どこ?」

 カウンターで煙草をふかしながら、独りでグラスを傾けるセイルを発見した。
 ラリィはニッコリと笑うと、セイルに近付いていく。

「カッコいいお兄さぁん♡  あたしと一緒に飲みましょ♡」
「……」

 気味の悪い裏声でしなだれ掛かるラリィに、セイルは心底嫌な表情を浮かべた。それからウィルもいる事に気が付き、呆れてため息をつく。

「酒場に連れて来ていい歳じゃないだろ……」
「飲まなきゃいーじゃん」

 ラリィに手を引かれ、セイルは渋々テーブル席へと移動した。

「創世祭に独りで飲んでても、つまんねーだろ?」
「酔っ払いの相手をするよりマシだ」
「ラリィ先輩、さっきリズ先輩にフラれて傷心なんですよ」

 セイルは煙草の煙を細く吐き出しながら、ラリィを見た。

「正気か。班の中でいざこざを起こすなら、2人とも追い出すからな」
「自分の事は棚に上げて?」

「……あぁ……まだそういう設定だったか」
「もう『設定』って言っちゃってるじゃないですか」

 ウィルは運ばれて来た飲み物に口をつける。ウィスキーを少しだけ垂らした甘いカフェラテだ。

「リズと仲直りしたいんだけど、上手くいかねーの。どうしたらいいと思う?」
「それだけのことを、お前がしたんだろ」
「無理矢理チューしたらしいですよ」

 ウィルの言葉にセイルは首を傾げる。

「リズがあの現場を目撃したんじゃなかったのか?」
「あの現場って?」

 ウィルの反応を見て、セイルは内心で舌打ちをした。それからラリィに言う。

「悪い。知っているものだと思っていた」
「別にいーよ。セドリックが告げ口してたし」
「セドリック……?」

 そう呟いて、彼から聞かされたラリィの噂話を思い出した。

 ーーラリィ=バイオレットは殺人犯。

「……え? どういう事ですか? いや、待って。ちょっと聞くのが怖い……」

 ガセネタだと思って忘れかけていたのに、急激に現実味を帯びた言葉にウィルは逃げ腰になる。

 しかしラリィはなんでも無い事のように、あっけらかんとした顔で言った。

「オレ、人を殺したことがあんの」
「……」

 ウィルは無言でラリィのビールに手を伸ばすと、それを飲み干した。

「あ。ダメじゃん!」
「シラフで聞けないですよ……」
「お前の口から直接聞くのは初めてだ。その様子だと、反省も後悔もしていなさそうだな」

 セイルが言うと、ラリィは自嘲するように笑った。

「してねーよ。何回だって殺してやる」

 だけどーーと、言葉を続けた。

「……リズを傷付けたことだけは、後悔してるんだよな」

 ふいに落ちた沈黙を埋めるように、ステージの生演奏が緩やかな音色を紡ぎ始めた。
 聞いた事のある旋律に、自然とラリィはメロディを口ずさむ。
 優しくて温かい、しかしどこか憂いを纏った歌だった。

⭐︎

 リディアの遺骨を埋葬した後、ラリィは教会の外へは出なくなった。
 冷たく薄暗い床に座り込み、破れた天井から落ちて来る雪を、虚な目で眺めるでもなく見つめる。

 カラカラに渇いた口からは時折、消え入りそうな声でリディアと歌った歌が漏れた。
 しかしその度に涙が溢れ、喉が詰まる。そしてぬいぐるみを抱きしめ、声を殺すこともなく泣くのだ。

「リディアぁ……」

 圧倒的な陽だった彼が落とした陰は、その周囲諸共深い闇の中へと引き摺り込む力があった。
 ヴィンスもジーナもレオも、その他ラリィの周りにいた人たちからは、一切の笑顔が消えた。

「……ラリィ。せめて何か食べて」

 リズも例外では無かった。
 早朝と夜、リズは時間の許す限りラリィの様子を見に教会を訪れた。
 ラリィは一歩も動いていないのか、ずっと同じ場所にいて泣き暮れている。

「……オレが、あの時ちゃんと警察に連れて行っていれば……死ななくても済んだのに……」
「……」

 リズは何も言えない。そんなこと、今更後悔したってどうにもならない。孤児院に行っていたからと言って、リディアが幸せになれたかどうかなんて誰にもわからない。

「ねぇ、ラリィ……」

 リズはジーナに作って貰った温かいスープをラリィに差し出す。
 しかしラリィはそれを払いのけ、スープは床に散らばった。

「……いらない」

 リズは近くに落ちていた毛布をラリィに被せると、静かに教会の外に出た。

「どうだった?」

 待ちかねていたように、ヴィンスがリズに尋ねる。リズは首を横に振って応えた。

「もう3日もあの調子だ。あんなラリィ……見てられねぇよ」
「時間が経つのを待つしかないよ」

 何を言っても、今のラリィには響かない。
 ただ、大きすぎる喪失感に押し潰されないよう、祈ることしかできない。

「オレがあの時、リディアを拾わなけりゃ……!」
「やめて」

 リズは静かにヴィンスの言葉を遮る。

「……やめて。そんなこと、言わないで」
「けど! オレにとっちゃ、ラリィの方が大事なんだよ!」

 ヴィンスはポケットの中で拳を強く握りしめた。

「リディアのことなんか、忘れちまえばいいのに……」

 吐き捨てるように言って、教会の中に入っていくヴィンス。リズはその背中を見送ってから、宿舎へと帰って行った。

「ラリィ」

 教会の中では変わらずラリィが泣いている。
 ヴィンスは、胸に重石を載せたような息苦しさを覚えた。

「ヴィンス……辛ぇよ……」
「うん……」
「ここが、壊れちゃった……苦しくて、苦しくて……息が出来ない……」

胸元を何度も掻きむしっていて、血が滲み出ていた。

「助けてくれよ……」

 掠れた声で、ラリィは縋る。
 ヴィンスになのか、それとも崩れかけた天井に描かれた神にか。

 ヴィンスは、幼い頃から兄弟のように育った彼を見下ろした。

「時間が経つのなんか、待っていられないよな」

 あの太陽みたいに笑うラリィが、これ以上苦しむ姿はもう見たく無い。
 こんなラリィは、ラリィではない。

 ヴィンスはポケットの中で握った拳を緩め、その手をラリィの前に差し出した。
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