100 / 107
最終章
真夜中のサイレン
しおりを挟む⭐︎
リズが異変を感じて目を覚ましたのは、その日の深夜だった。
ドンッと地震のような短い地鳴りがしたかと思えば、得も言われぬ感覚に全身が襲われた。
もとより眠りの浅かったリズは、すぐさまベッドから起きて部屋の窓から外を見た。
「アルマ……起きて」
視線は外に向けたまま、ルームメイトに声を掛ける。
「早く起きて!」
「……なぁにぃ? まだ夜中じゃない……」
「すぐに全員起こして、剣を握って!」
窓の外には、夜の闇ではない漆黒が降りていた。
この帷のような暗闇には見覚えがある。
リズは靴だけ履くと、寝巻きのまま部屋を飛び出した。そしてすぐ隣の部屋のドアを叩こうとしたその時、けたたましいサイレンが寮全体に鳴り響いた。次いで緊急事態を報せるアナウンスが流れる。
リズは階段を駆け降りて寮の外へ出た。
サイレンは女子寮だけではなく、男子寮にも鳴っている。そして全ての寮の出入り口には、剣を台車に積んだ隊士が既に待機していた。
リズは手近にいた隊士に声を掛ける。
「状況は?」
「わ、わからない……ただ、サイレンが鳴ったらすぐに剣を配れとしか……この膜のような黒い靄は何なんだ……?」
隊士たちは、わけがわからないといった顔で空を見上げている。
この黒い靄は、ディアス侯爵の別邸を包み込んだあの闇と同じ。そしてそれは、グリーンヒル城を含めて剣士寮までをすっぽりと覆い尽くしていた。
「指揮は誰?」
「げ、元帥だが……」
目の前のこの隊士は、第2部隊の隊士である。第2部隊長の指示を飛ばしたということだ。
「どういうこと……?」
「俺にはさっぱり――」
『グリーンヒル城専属剣士隊に告ぐ』
サイレンと共に、拡声魔法を使った元帥の声が夜空に響き渡る。
『各部隊長、副部隊長、及び第1部隊は直ちに城へ集まれ。我らが王を何としても死守せよ。第2部隊、第3部隊は非戦闘員を守護し、これより降りかかる災厄に備えよ。繰り返す――』
「災厄……?」
何のことかと呟いた隊士に、リズは空を見上げながら答えた。
「――あれよ」
闇を張った帷から、漆黒の塊が地面に向かって降ってくる。
ディアス侯爵の時とはまるで数が違う。雨の如く黒い塊は絶え間なく落ちてきて、地に到達する頃にはその姿を魔物へと変えた。
「魔物!?」
「元帥の指示を聞いたでしょ! 剣を抜いて戦って!」
リズは刀を構えると、1番近くに現れた魔物へと斬りかかった。
「ちょうど暴れたい気分だったのよね」
視界に入る魔物を次々と切り捨てていく。
数は多いが、合成獣ではない。どこからか寄せ集めてきただけの魔物である。
その頃には寮から隊士たちも出てきて、それぞれが武器を手にし始めていた。
リズは目の前のゴブリンに刀を突き立てながら、自分の班員はどこかと考えた。
ゼンは今日もまだ教会にいるのだろうか。セイルは寮を出たので、この結界の外かもしれない。ウィルは自室にいるとは思えないが、どこで寝泊まりしているかわからない。ラリィは――
「バラバラだわ……」
こんな時こそ班で動くべきなのに、誰の居場所もわからない。
情け無くて、自分自身に腹が立つ。
リズはひとまず教会を目指すことにした。
「固まるな! 第3部隊は訓練場、第2部隊は反対側へ行け! 非戦闘員や怪我人は建物内へ避難させろ!」
「空の魔物は魔法士が引き受ける!」
「班長を中心に班で動け!」
あちこちで上がる怒声を聞きながら、リズはグラウンドの脇を抜けていく。
真っ暗なグラウンドの真ん中に、弓矢を引き絞るコボルトたちの影が見えた。彼らの矢尻の先には、小さなオレンジ色の光――
「セイル!」
セイルの煙草の火だ。
満月の薄い明かりを頼りにグラウンドを駆けるリズ。
コボルトの何匹かがリズの接近に気付き、弓矢の狙いを彼女に変えた。
リズは足を緩めない。流れを変えぬ水のように滑らかに矢を躱し、群れの中へと身を投じた。
1匹のコボルトが錆びたナイフを構える。しかし。
「よぉ、班長」
煙草を咥えたセイルがそれを穿つ。続け様に隣の1匹を両断した。
「どうしてここに? 家に帰らなかったの?」
「調べ物をしていたら帰りそびれた。こんな事になるなら、さっさと帰れば良かったな」
最後の1匹を斬る。
束の間、グラウンドに魔物の影は無くなったが、空を見上げればまだまだ魔物は降ってきている。
「指示を出せ」
「ゼンとウィルの居場所は?」
「さあな。教会だとは思うが」
「それなら教会を目指しましょう。とにかく合流しないと」
空からふわふわと降りてきた鬼火を斬ってから、リズは歩き出した。
「思いの外、早かったな。もう少し俺たちの……ウィルの反応を眺めているかと思っていたが」
「……これが最後かしら」
「だとすれば、こんなもので終わらないだろう」
セイルは遠目に見える教会の屋根に視線を向けた。
「地獄の土産に、弥月の首を持たせてやる」
リズも顔を上げ、頷いた。
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚
咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。
帝国歴515年。サナリア歴3年。
サナリア王国は、隣国のガルナズン帝国の使者からの通達により、国家滅亡の危機に陥る。
従属せよ。
これを拒否すれば、戦争である。
追い込まれたサナリアには、超大国との戦いには応じられない。
そこで、サナリアの王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。
当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。
命令の中身。
それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。
出来たばかりの国を守るため。
サナリア王が下した決断は。
第一王子【フュン・メイダルフィア】を人質として送り出す事だった。
フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。
彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。
そんな人物では、国を背負うことなんて出来ないだろうと。
王が、帝国の人質として選んだのである。
しかし、この人質がきっかけで、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。
西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。
アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす。
伝説の英雄が誕生することになるのだ。
偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。
他サイトにも書いています。
こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。
小説だけを読める形にしています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
自分をドラゴンロードの生まれ変わりと信じて止まない一般少女
神谷モロ
ファンタジー
主人公ルーシーは10歳の少女である。
彼女はなぜか自分を「呪いのドラゴンロード」の生まれ変わりと信じてやまない。
そんな彼女の日常と少しばかりの冒険のお話。
※この作品は『カイルとシャルロットの冒険~ドラゴンと魔剣~』のエピローグから10年後のお話です。
どちらの作品も主人公が違うので時系列を追う必要はありませんが興味を持たれたらご一読お願いします。
カクヨムでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる