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第2章
第17話 ドレスを着た魔剣王。
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ステインが到着する少し前。ロイプール邸敷地内にある迎賓館では、伯爵家嫡男フォルナスト・レイデンが勝利を確信した笑みを浮かべていた。
「フハハハッ! これでもう、僕は誰にも負けない! 最強のヴァンオーガになったんだ!」
フィーリアの生き血を吸ったフォルナストは、笑いながら彼女を突き飛ばす。
「ううっ、くっ!」
フィーリアは貧血でめまいを感じながらも、どうにか倒れずに持ち堪える。
(今、倒れたり気絶したりする訳には行かない!)
突然の出来事に悲鳴をあげる貴族達。彼らは戦う術(すべ)を持たない。フィーリアは貴族達を守るように、フォルナストと貴族達との間に立った。
(ボクが戦わなければ、みんな死んでしまう!)
戦いを決意するフィーリア。だが現在ドレス姿の彼女には武器も防具も無く、「浄火の鎧」をまとう為の腕輪も身につけていない。
(何か武器になるものは......)
フィーリアは素早く周囲を見回した。そしてテーブルの上にあるナイフとフォークを見つける。彼女はナイフを手に取って構えた。そして真っ直ぐにフォルナストを見据える。
「ふふッ。可愛いねフィーリア。そんなもので僕に立ち向かうつもりかい?」
フォルナストは微笑を浮かべながら右手を前に突き出した。杖は持っていないが、魔術を使うつもりなのかも知れない。
「姫様、お逃げ下さい!」
対峙する二人の間に、五人の騎士達が割って入る。彼らはこの婚約披露パーティーの警護に当たっていた者達だった。
彼らにしてみれば、守るべき対象の貴族が突然働いた暴挙に面食らっただろう。反応が遅れるのも無理はない。
「私は大丈夫です! 来賓の方々を非難させて下さい!」
フィーリアは叫んだ。フォルナストの実力は計り知れないが、悪い予感がする。ヴァンオーガ族は元々闇魔術に長けた種族。かつては人間やエルフ、ドワーフと対峙し血で血を洗う戦いをしていた歴史がある。
エルフ王ダーザインの尽力により、今は全ての種族が和平を結び、争いはなくなった。だがフォルナストの行動がきっかけで、再び争いが起こる可能性は充分あった。
フォルナストの母がヴァンオーガ族である事は周知の事実。彼は人間とヴァンオーガのハーフだ。だが性格は温厚そのもので、こんな行動に出る事など誰も予想していなかった。
フィーリアはフォルナストの動きに注意しながら、騎士達に向かって再び叫ぶ。
「私は光魔術に長けています! フォルナスト様はおそらく魔術の使い手! あなた達では勝てません!」
「し、しかし!」
お互いに譲らないフィーリアと騎士達を見て、フォルナストは愉快そうに笑った。
「聞き分けの悪い従者を持つと苦労するね。しかしその点、僕は恵まれているよ。僕の従者は皆聞き分けが良いんだ。ケイオス・インヴォカーティオ」
ケイオスは「混沌の魔術」である「召喚の呪文」を唱えながら、突き出した右手の指先を星の図形を描くように動かした。すると床に光の円陣が出現する。円陣には呪文や星形の図形が書き込まれていて、その全ての線が光を放っていた。
光の中から、巨大な猿型のモンスターが頭、肩、胸、と言ったように徐々に迫り上がって来る。
完全に姿を現した「それ」は、ステイン達がダンジョンで見たオンスロート・コングの変異種だ。だがフィーリアはその事を知らない。
「ウボォォォォッ!」
「ヒィィィッ!」
ドラミングを始めるオンスロート・コングの迫力に怯える騎士達。騎士もモンスターから街や村の防衛をしてはいるが、それも冒険者達が来るまでの時間稼ぎに過ぎない。彼らはもっぱら対人戦を仕事としている為、モンスターにはあまり耐性が無いのだ。
「はははッ! 情けない奴等だな! さて、ではこの僕の忠実なる従者に邪魔者達を掃除してもらおう。それから二人でゆっくりと、愛を語り合おうじゃ無いか」
「ふざけないで下さい! 私は初めから、あなたを愛してなどいません! 今この時を持って、あなたとの婚約を破棄します! そして、本当に愛している人の元へ行きます!」
「ほう......そんな奴がいるのか。これは面白い。なら、力づくでも君を僕のモノにする。さぁ、やれ! オスロー! フィーリア以外の人間を皆殺しにしろ!」
「ウボォォォォッ!」
再び咆哮をあげるオンスロート・コングの「オスロー」。フィーリアは戦闘態勢に入り、ナイフを構えた。
「させるものかッ! ルクス・グラディウス!」
フィーリアは「光剣の呪文」を唱えた。ナイフを光が覆い、それは長く大きくなって長剣のような形を取る。
フィーリアが踏み込もうとした瞬間、四人の男がオスローの前に躍り出た。
いかつい筋肉質の男達は、武装した冒険者のパーティーだ。フィーリアは彼らに見覚えがあった。彼女のもう一つの姿である「魔剣王フィル」と同じSランクの冒険者達だ。パーティー名は「剛腕の狼」。
冒険者達は迎賓館の周囲を警護していた筈だが、おそらく異常事態に気付いて駆けつけてくれたのだろう。
「下がってください姫さん! こいつは俺たちが始末しますんで!」
「剛腕の狼」は四人全員が武術家という異色のパーティー。だがその腕は確かだ。そして彼らがステインに嫉妬して袋叩きにした事など、フィーリアは知らない。
「わかりました! ではお願いします! 騎士様達は皆さまの非難を!」
フィーリアはオスローを「剛腕の狼」に任せ、騎士達に呼びかけた。モンスターの出現に戦意を失いかけていた騎士達も、第二王女の一声で我に返る。
「お任せ下さい!」
ビシッと敬礼し、パーティーに集まった貴族達を迎賓館の外まで避難誘導する騎士達。フィーリアはチラリと「剛腕の狼」を振り返る。倒せないまでもどうにか食い止めているようだ。フォルナストは手を出さず、薄ら笑いを浮かべて静観している。
(避難が終わったら、加勢に行こう)
そう考えながら、フィーリアも騎士達と行動を共にする。その甲斐あって無事に避難は完了しそうだった。
(これでこっちは大丈夫。後はあのモンスターを......)
迎賓館の出入り口の扉付近で貴族達を見送った後、フィーリアは「剛腕の狼」が戦闘している方へと振り返った。彼らが戦っている場所はフロアの中央付近。この出入り口からは五十メートル以上の距離がある。
「ウボォォォォッ!」
「うあああッ!」
それは一瞬の出来事だった。オスローの巨大な腕による薙ぎ払い。それまでどうにか戦っていた「剛腕の狼」達も、素早く強力なその一撃で全員が吹き飛ぶ。
四人はフィーリアの立つ出口付近の壁に叩きつけられ、そこにクレーターのようなひび割れを作る。そして血の跡を引きずりながら、地面に尻餅をついた。
「大丈夫ですか!? 今治療を!」
うなだれる四人に駆け寄るフィーリア。
「ルクス・サニ・ターテム」
ナイフを床に置き、「治癒の呪文」を唱えて治療を開始する。オスローは何故かこちらに向かっては来ないようだ。
「逃げて下さい姫さん。このままじゃあんたも殺されちまう」
「そういう訳にはいきません。誰かがあれを倒さなければ、被害は広がる一方です」
フィーリアはすっかり戦意喪失した四人を治療し、光の剣と化したナイフを再び手に取った。そしてオスローのいる部屋中央付近へと向かう。
オスローは長い両腕を下ろして、巨大な拳を床に付けて待機している。その隣にはいつの間にか、フォルナストが立っていた。
「おかえりフィーリア。邪魔者はいなくなったよ。さぁ、ゆっくりと愛を語らおう」
両手を広げ、微笑むフォルナスト。フィーリアはすっかり変わり果てたパーティー会場を眺めながら、割れた皿や砕けた椅子を乗り越えてフォルナストの前に立つ。
「あなたとこれから行うのは、愛の語らいなどではありません。命の取り合いです」
フィーリアは光の剣をフォルナストに向かって構えた。牙の生えた伯爵家嫡男は、肩をすくめてやれやれと首を振る。
「これだけの惨状を目の当たりにしても、まだ戦意喪失しないんだね。仕方ない。手足の骨を折って、動けなくしてあげるよ。そうすればきっと、君も僕と愛し合う気になるだろう」
「......狂気の沙汰ですね」
「照れているのかい? そんな所も可愛いよフィーリア。さぁ、オスロー! 彼女の手足を折って差し上げろ!」
「ウボォォォォッ!」
吠え猛るオスローの左拳が、猛スピードでフィーリアを襲う。
「ハッ!」
だが彼女は一瞬早く後方に宙返りし、怪物の拳は床に穴を空ける。飛び散った破片を剣で弾きながら、フィーリアは華麗に着地した。
「ルクス・アッケレラーティオ!」
加速の呪文で行動速度を二倍に上昇させ、フィーリアはオスローに斬りかかった。まるで躍るような縦横無尽の斬撃。怪物の全身、いたる所から鮮血が噴き出す。
「グォアアアアアッ!」
フィーリアを捕らえようともがくオスローだが、素早い動きについて行けていない。傷は秒刻みで増えて行く。だが、まだ致命傷には至っていないようだ。
「ふふっ。やるじゃないか。ではオスローにも本気を出してもらおうかな。おいオスロー、もう手加減しなくていいぞ。殺す気でやれ」
「ウボォォォォッ!」
オスローの目が赤く光る。フォルナストの意図は不明だが、どうやらフィーリアが死んでも構わないようだ。
「大丈夫。君の死体は腐らないように大事に保存するよ。そして毎晩、愛してあげる」
フォルナストの言葉にフィーリアはゾッとしたが、連撃の手は緩めない。だが、攻撃が通りにくくなっていると感じた。剣による傷は先程よりも浅く、血も噴き出さない。それどころか、全ての傷が治り始めている。
「ウゴァァァッ!」
両腕を大きく振り上げ、ドラミングを始めるオスロー。そして次の瞬間、フィーリアの体は吹き飛んだ。天井にめり込み、それから床に落下する。
「あ、ぐ......」
オスローのパンチのスピードが早すぎて、フィーリアの目には認識出来なかったのだ。避ける事も防ぐ事も出来なかった。
「いいじゃないかオスロー。フィーリアはまだ生きてる。上出来だ。よし、彼女の手足をもぎ取ってしまえ。その方が骨を折るよりも手取り早い。手足がなければ、もう絶対に逃げられないだろう」
オスローは床に突っ伏したフィーリアの首を、片手で持ち上げた。そして首を絞めるようにして宙吊りにする。
「う、ぐ......」
顔を真っ赤にしてもがくフィーリア。剣を刺したり手で引っ張ったりして、オスローの手を引き剥がそうとする。だが怪物の手はびくともしなかった。
「さぁ、まずは右腕からもぎ取れ!」
フォルナストが命令する。フィーリアは、次第に意識が遠のいて行くのを感じた。
(このまま、死ぬのかな......)
目を閉じたフィーリアの脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように蘇る。いたずらばかりして両親を困らせた子供時代。こっそりモンスター退治に出かけて、鍵付きの部屋に閉じ込められた少女時代。
そして冒険者として過ごした、輝ける日々。
ステインと出会った日の事を思い出す。モンスター百匹の軍勢を相手に、圧倒的な強さで勝利した中年の男。
その優しい微笑みに、フィーリアの恋心はあっという間に燃え上がった。
(ステイン様と一緒に歩きたかったなぁ。鎧を脱いで、女の子らしい服を着て。手を繋いで歩く。それがボクの夢だった。そしていつか、添い遂げられたなら......ああ、でも、もうそれも叶わない。ボクはここで死ぬんだ。さようなら、ステイン様。ボクの愛しい人)
「ウボォォォォッ!」
オスローの雄叫びが聞こえ、フィーリアは覚悟を決めた。腕をもぎ取られたら、きっと痛みと失血で死ぬだろう。
だが、痛みは訪れなかった。フィーリアの体が宙に投げ出され、誰かに抱き止められた感覚。
恐る恐る目を開ける。
「待たせてすまない、フィーリア」
そこには優しく微笑むステインの顔があった。
「フハハハッ! これでもう、僕は誰にも負けない! 最強のヴァンオーガになったんだ!」
フィーリアの生き血を吸ったフォルナストは、笑いながら彼女を突き飛ばす。
「ううっ、くっ!」
フィーリアは貧血でめまいを感じながらも、どうにか倒れずに持ち堪える。
(今、倒れたり気絶したりする訳には行かない!)
突然の出来事に悲鳴をあげる貴族達。彼らは戦う術(すべ)を持たない。フィーリアは貴族達を守るように、フォルナストと貴族達との間に立った。
(ボクが戦わなければ、みんな死んでしまう!)
戦いを決意するフィーリア。だが現在ドレス姿の彼女には武器も防具も無く、「浄火の鎧」をまとう為の腕輪も身につけていない。
(何か武器になるものは......)
フィーリアは素早く周囲を見回した。そしてテーブルの上にあるナイフとフォークを見つける。彼女はナイフを手に取って構えた。そして真っ直ぐにフォルナストを見据える。
「ふふッ。可愛いねフィーリア。そんなもので僕に立ち向かうつもりかい?」
フォルナストは微笑を浮かべながら右手を前に突き出した。杖は持っていないが、魔術を使うつもりなのかも知れない。
「姫様、お逃げ下さい!」
対峙する二人の間に、五人の騎士達が割って入る。彼らはこの婚約披露パーティーの警護に当たっていた者達だった。
彼らにしてみれば、守るべき対象の貴族が突然働いた暴挙に面食らっただろう。反応が遅れるのも無理はない。
「私は大丈夫です! 来賓の方々を非難させて下さい!」
フィーリアは叫んだ。フォルナストの実力は計り知れないが、悪い予感がする。ヴァンオーガ族は元々闇魔術に長けた種族。かつては人間やエルフ、ドワーフと対峙し血で血を洗う戦いをしていた歴史がある。
エルフ王ダーザインの尽力により、今は全ての種族が和平を結び、争いはなくなった。だがフォルナストの行動がきっかけで、再び争いが起こる可能性は充分あった。
フォルナストの母がヴァンオーガ族である事は周知の事実。彼は人間とヴァンオーガのハーフだ。だが性格は温厚そのもので、こんな行動に出る事など誰も予想していなかった。
フィーリアはフォルナストの動きに注意しながら、騎士達に向かって再び叫ぶ。
「私は光魔術に長けています! フォルナスト様はおそらく魔術の使い手! あなた達では勝てません!」
「し、しかし!」
お互いに譲らないフィーリアと騎士達を見て、フォルナストは愉快そうに笑った。
「聞き分けの悪い従者を持つと苦労するね。しかしその点、僕は恵まれているよ。僕の従者は皆聞き分けが良いんだ。ケイオス・インヴォカーティオ」
ケイオスは「混沌の魔術」である「召喚の呪文」を唱えながら、突き出した右手の指先を星の図形を描くように動かした。すると床に光の円陣が出現する。円陣には呪文や星形の図形が書き込まれていて、その全ての線が光を放っていた。
光の中から、巨大な猿型のモンスターが頭、肩、胸、と言ったように徐々に迫り上がって来る。
完全に姿を現した「それ」は、ステイン達がダンジョンで見たオンスロート・コングの変異種だ。だがフィーリアはその事を知らない。
「ウボォォォォッ!」
「ヒィィィッ!」
ドラミングを始めるオンスロート・コングの迫力に怯える騎士達。騎士もモンスターから街や村の防衛をしてはいるが、それも冒険者達が来るまでの時間稼ぎに過ぎない。彼らはもっぱら対人戦を仕事としている為、モンスターにはあまり耐性が無いのだ。
「はははッ! 情けない奴等だな! さて、ではこの僕の忠実なる従者に邪魔者達を掃除してもらおう。それから二人でゆっくりと、愛を語り合おうじゃ無いか」
「ふざけないで下さい! 私は初めから、あなたを愛してなどいません! 今この時を持って、あなたとの婚約を破棄します! そして、本当に愛している人の元へ行きます!」
「ほう......そんな奴がいるのか。これは面白い。なら、力づくでも君を僕のモノにする。さぁ、やれ! オスロー! フィーリア以外の人間を皆殺しにしろ!」
「ウボォォォォッ!」
再び咆哮をあげるオンスロート・コングの「オスロー」。フィーリアは戦闘態勢に入り、ナイフを構えた。
「させるものかッ! ルクス・グラディウス!」
フィーリアは「光剣の呪文」を唱えた。ナイフを光が覆い、それは長く大きくなって長剣のような形を取る。
フィーリアが踏み込もうとした瞬間、四人の男がオスローの前に躍り出た。
いかつい筋肉質の男達は、武装した冒険者のパーティーだ。フィーリアは彼らに見覚えがあった。彼女のもう一つの姿である「魔剣王フィル」と同じSランクの冒険者達だ。パーティー名は「剛腕の狼」。
冒険者達は迎賓館の周囲を警護していた筈だが、おそらく異常事態に気付いて駆けつけてくれたのだろう。
「下がってください姫さん! こいつは俺たちが始末しますんで!」
「剛腕の狼」は四人全員が武術家という異色のパーティー。だがその腕は確かだ。そして彼らがステインに嫉妬して袋叩きにした事など、フィーリアは知らない。
「わかりました! ではお願いします! 騎士様達は皆さまの非難を!」
フィーリアはオスローを「剛腕の狼」に任せ、騎士達に呼びかけた。モンスターの出現に戦意を失いかけていた騎士達も、第二王女の一声で我に返る。
「お任せ下さい!」
ビシッと敬礼し、パーティーに集まった貴族達を迎賓館の外まで避難誘導する騎士達。フィーリアはチラリと「剛腕の狼」を振り返る。倒せないまでもどうにか食い止めているようだ。フォルナストは手を出さず、薄ら笑いを浮かべて静観している。
(避難が終わったら、加勢に行こう)
そう考えながら、フィーリアも騎士達と行動を共にする。その甲斐あって無事に避難は完了しそうだった。
(これでこっちは大丈夫。後はあのモンスターを......)
迎賓館の出入り口の扉付近で貴族達を見送った後、フィーリアは「剛腕の狼」が戦闘している方へと振り返った。彼らが戦っている場所はフロアの中央付近。この出入り口からは五十メートル以上の距離がある。
「ウボォォォォッ!」
「うあああッ!」
それは一瞬の出来事だった。オスローの巨大な腕による薙ぎ払い。それまでどうにか戦っていた「剛腕の狼」達も、素早く強力なその一撃で全員が吹き飛ぶ。
四人はフィーリアの立つ出口付近の壁に叩きつけられ、そこにクレーターのようなひび割れを作る。そして血の跡を引きずりながら、地面に尻餅をついた。
「大丈夫ですか!? 今治療を!」
うなだれる四人に駆け寄るフィーリア。
「ルクス・サニ・ターテム」
ナイフを床に置き、「治癒の呪文」を唱えて治療を開始する。オスローは何故かこちらに向かっては来ないようだ。
「逃げて下さい姫さん。このままじゃあんたも殺されちまう」
「そういう訳にはいきません。誰かがあれを倒さなければ、被害は広がる一方です」
フィーリアはすっかり戦意喪失した四人を治療し、光の剣と化したナイフを再び手に取った。そしてオスローのいる部屋中央付近へと向かう。
オスローは長い両腕を下ろして、巨大な拳を床に付けて待機している。その隣にはいつの間にか、フォルナストが立っていた。
「おかえりフィーリア。邪魔者はいなくなったよ。さぁ、ゆっくりと愛を語らおう」
両手を広げ、微笑むフォルナスト。フィーリアはすっかり変わり果てたパーティー会場を眺めながら、割れた皿や砕けた椅子を乗り越えてフォルナストの前に立つ。
「あなたとこれから行うのは、愛の語らいなどではありません。命の取り合いです」
フィーリアは光の剣をフォルナストに向かって構えた。牙の生えた伯爵家嫡男は、肩をすくめてやれやれと首を振る。
「これだけの惨状を目の当たりにしても、まだ戦意喪失しないんだね。仕方ない。手足の骨を折って、動けなくしてあげるよ。そうすればきっと、君も僕と愛し合う気になるだろう」
「......狂気の沙汰ですね」
「照れているのかい? そんな所も可愛いよフィーリア。さぁ、オスロー! 彼女の手足を折って差し上げろ!」
「ウボォォォォッ!」
吠え猛るオスローの左拳が、猛スピードでフィーリアを襲う。
「ハッ!」
だが彼女は一瞬早く後方に宙返りし、怪物の拳は床に穴を空ける。飛び散った破片を剣で弾きながら、フィーリアは華麗に着地した。
「ルクス・アッケレラーティオ!」
加速の呪文で行動速度を二倍に上昇させ、フィーリアはオスローに斬りかかった。まるで躍るような縦横無尽の斬撃。怪物の全身、いたる所から鮮血が噴き出す。
「グォアアアアアッ!」
フィーリアを捕らえようともがくオスローだが、素早い動きについて行けていない。傷は秒刻みで増えて行く。だが、まだ致命傷には至っていないようだ。
「ふふっ。やるじゃないか。ではオスローにも本気を出してもらおうかな。おいオスロー、もう手加減しなくていいぞ。殺す気でやれ」
「ウボォォォォッ!」
オスローの目が赤く光る。フォルナストの意図は不明だが、どうやらフィーリアが死んでも構わないようだ。
「大丈夫。君の死体は腐らないように大事に保存するよ。そして毎晩、愛してあげる」
フォルナストの言葉にフィーリアはゾッとしたが、連撃の手は緩めない。だが、攻撃が通りにくくなっていると感じた。剣による傷は先程よりも浅く、血も噴き出さない。それどころか、全ての傷が治り始めている。
「ウゴァァァッ!」
両腕を大きく振り上げ、ドラミングを始めるオスロー。そして次の瞬間、フィーリアの体は吹き飛んだ。天井にめり込み、それから床に落下する。
「あ、ぐ......」
オスローのパンチのスピードが早すぎて、フィーリアの目には認識出来なかったのだ。避ける事も防ぐ事も出来なかった。
「いいじゃないかオスロー。フィーリアはまだ生きてる。上出来だ。よし、彼女の手足をもぎ取ってしまえ。その方が骨を折るよりも手取り早い。手足がなければ、もう絶対に逃げられないだろう」
オスローは床に突っ伏したフィーリアの首を、片手で持ち上げた。そして首を絞めるようにして宙吊りにする。
「う、ぐ......」
顔を真っ赤にしてもがくフィーリア。剣を刺したり手で引っ張ったりして、オスローの手を引き剥がそうとする。だが怪物の手はびくともしなかった。
「さぁ、まずは右腕からもぎ取れ!」
フォルナストが命令する。フィーリアは、次第に意識が遠のいて行くのを感じた。
(このまま、死ぬのかな......)
目を閉じたフィーリアの脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように蘇る。いたずらばかりして両親を困らせた子供時代。こっそりモンスター退治に出かけて、鍵付きの部屋に閉じ込められた少女時代。
そして冒険者として過ごした、輝ける日々。
ステインと出会った日の事を思い出す。モンスター百匹の軍勢を相手に、圧倒的な強さで勝利した中年の男。
その優しい微笑みに、フィーリアの恋心はあっという間に燃え上がった。
(ステイン様と一緒に歩きたかったなぁ。鎧を脱いで、女の子らしい服を着て。手を繋いで歩く。それがボクの夢だった。そしていつか、添い遂げられたなら......ああ、でも、もうそれも叶わない。ボクはここで死ぬんだ。さようなら、ステイン様。ボクの愛しい人)
「ウボォォォォッ!」
オスローの雄叫びが聞こえ、フィーリアは覚悟を決めた。腕をもぎ取られたら、きっと痛みと失血で死ぬだろう。
だが、痛みは訪れなかった。フィーリアの体が宙に投げ出され、誰かに抱き止められた感覚。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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