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第2章
第16話 秘めた想い。
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「光苔」収集の依頼を達成したステインは、ダンジョンをから出て冒険者ギルドへと帰還した。そしてティアナに収集した物を提出し、銀貨四枚の報酬を受け取る。
「ステインさん、それじゃあ今夜、よろしくお願いします。楽しみにしています」
「ああ、こちらこそ。私も楽しみにしているよ」
ステインはティアナに手を振ってギルドの出入り口へと向かう。今朝ステインを袋叩きにした「剛腕の狼」のメンバー達が恨めしそうにステインを睨んでいるが、ステインは気にしなかった。
(ティアナに想いを寄せているなら、その想いを告げればいいだけだ。私を恨むのは、お門違いというものだろう)
そう考えたが、自身とフィーリアの関係を思うと、複雑な気持ちになった。
(私も人の事は言えないか)
ステインはフィーリアの事を考えると、胸が切なくなる。彼はその想いを振り払うように、少し急足で帰宅した。
約束の夜七時。ステインは身だしなみを整え、いつもより服装に気を使って猪突猛進亭へと向かう。
普段はワイシャツにスラックスといったラフな服装。その上に革鎧を身につけ、腰には剣を差す冒険者スタイルだ。
だが今日は武器も防具も無しの紳士なスーツ姿。すれ違う女性達は、端正な顔立ちの中年紳士に誰もが振り返る。
「ステイン様、今夜はいつにも増して素敵だわ......♡」
「ああステイン様、私を伴侶に選んでくださらないかしら......」
うっとりと頬を染める女性達に、苛立つ男性達。しかしステインはそんな事には一切気付かず、真っ直ぐに猪突猛進亭を目指した。
店の入り口では、ティアナがすでに待っていた。ステインは約束より二十分程早めに到着したのだが、ティアナはそれよりも前から居たようだ。
「あっ、ステインさん!」
ステインの姿を見つけて手を振るティアナ。ステインも手を振りかえす。たったそれだけの事で、ティアナは大いに喜び舞い上がった。満面の笑みでぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「こんばんはティアナ。待たせてすまない」
「こんばんはステインさん! 全然待ってませんよ! さっき来たばっかりです!」
ステインが近づくと、顔を真っ赤にして上目遣いに彼を見つめるティアナ。
「う、腕を組んでもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
ステインは左手を腰に当て、ティアナが腕を組みやすいように肘を突き出した。ティアナはそっとそこに掴まり、彼に寄り添う。
「こ、こうしていると、まるで恋人同士......みたいですね」
「ふふっ、そうだな」
ステインとティアナは腕を組んで猪突猛進亭に入る。すると店内が少し騒つく。ステインがれっきとした女性と一緒に入るのは初めての事で、食事に来ていた女性達は皆悔しそうにハンカチを噛んだ。
二人が着席すると、看板娘のシュアネが注文を取りにやって来る。
「いらっしゃいませステインさん。こちらの方は恋人ですか?」
シュアネは何気なく聞いたのだが、ティアナはパッと目を輝かせる。
「そう見えますか!?」
キラキラとした視線に微笑むシュアネ。
「ええ、とてもお似合いです」
「きゃあー! 嬉しい!」
ティアナは顔を両手で覆い、足をバタつかせた。
「ふふっ、シュアネ。違うんだよ。彼女はティアナ。冒険者ギルドの受付嬢で、私の友人なんだ」
「あら、そうだったんですか。じゃあ私にもまだチャンスがありますね」
シュアネはニヤリと笑い、ティアナを見つめた。ティアナはキッとシュアネを見つめ返し、それからお互い笑い出す。
「あはは。ステインさんってモテるんですね。そうです、私は単なる友達で......ステインさんには好きな人がいるんですよ」
「ええ、もちろん知ってますよ。ステインさんはこのお店の常連ですもの。さぁ、ご注文は何になさいますか?」
シュアネもティアナも自分の方がステインと親しく、色々知っていると言うアピール合戦をしていた。だがステインはそんな二人の静かな争いには一切気づかず、麦種と定食を注文した。
「ティアナは何にする?」
「うーん、そうね。シュアネのおすすめはどれ?」
いつのまにか呼び捨てで呼び合うまで、二人はお互いの心を開いていた。ライバル同士と認め、逆に距離が縮まったのだ。
「うーん、どれも美味しそうだけど......やっぱり私もステインさんと同じものにするわ。同じ価値観を共有したいの」
「へぇ。いいんじゃない? まぁ私はステインさんの好みは全部把握してるけどね」
再び二人の視線がぶつかり合い、火花を散らす。ステインはその様子を見て微笑を浮かべる。
(二人が友人になれたようで、何よりだ)
などと考えていた。洞察力に優れたステインだが、女心には何故か鈍いのである。
しばらくして、注文した品が運ばれてきた。ステインとティアナは乾杯し、食事と会話を楽しんだ。
ふと、ステインは壁際に置かれた「魔術テレビ」の放送が気になってそちらを見る。するとそこに映っていたのは、思いがけない人物だった。
「フィーリア!?」
ステインは思わず叫んだ。魔術テレビの画面には、微笑むフィーリア。そしてその隣には、美しい顔の青年が立っていた。
「ああ、今日はフィーリア様とフォルナスト様の婚約披露パーティーがあるんですよ。その生中継ですね。知りませんでした?」
驚くステインとは対照的に、ティアナは自然な語り口でそう言った。
「あ、ああ、知らなかったよ。教えてくれてありがとう」
珍しく狼狽した様子で、ステインは食事を再開した。だが普段のステインとはまるで別人のように落ち着きがなく、視線は魔術テレビに釘付けだった。
「テレビ、気になります?」
「い、いや! すまない、せっかく君と食事をしているのに!」
ステインは慌てて視線をティアナに戻し、彼女と会話しようとする。だがやはり心ここにあらずで、ティアナの質問にも気のない返事を返すばかりだった。
ステインのそんな様子に、ティアナはなんとなく察した。つまり、ステインの想い人はフィーリア姫。決して叶わぬ苦難の恋なのだと。
それでも彼女は、ステインと一緒にいられるこの時間に充分満足していた。
ステインはと言えば、やはり魔術テレビの実況が気になった。ティアナには申し訳ないと思いつつも、どうしてもそちらに意識が行ってしまう。
それでもどうにかティアナとの食事と会話を続けるステインの耳に、突然悲鳴が響いた。
最初は魔術テレビの中から。続いて猪突猛進亭の中へ、悲鳴は広がって行く。
「きゃあああーッ! ステイン様、大変です! フィーリア様が!」
ティアナも他の人々同様、悲鳴を上げた。ステインは全身を襲う恐怖に逆らい、魔術テレビの画面を見た。
逃げ惑う人々。実況の魔術師が持っていた映像送信用の水晶玉が地面に転がり、誰かに蹴られて宙に舞い上がる。
そしてそれは映し出した。グリンザニア公国の第二王女フィーリア・エルパデスの血の気を失った姿を。
そして、その首筋に牙を立てているロイプール伯爵家嫡男フォルナスト・レイデンのおぞましき姿を。
ステインはその真っ赤な瞳に見覚えがあった。それはヴァンオーガ族の証。フォルナストはヴァンオーガなのだ。ヴァンオーガは人の生き血を力に変える種族。そしてその首元には、ケイオス教のペンダントが光っている。フィーリアがペンダントの模様に見覚えがある、と言っていたのはこれだったのだ。
またしてもケイオス教。ステインの中に、静かな怒りが渦巻こうとしていた。
「すまないティアナ! また後日埋め合わせをする!」
ステインは銀貨の入った巾着袋をテーブルに置き、猛然と走り出した。椅子を薙ぎ倒し、男も女もおしのけ、必死の形相で。
ティアナの呼び止める声が聞こえたが、ステインはもう止まれなかった。猪突猛進亭を飛び出し、駆け出した。
「ルクス・オルガ・ディフレクシオ!!」
ステインは「気配察知の呪文」を唱え、周囲十キロメートル範囲まで生物の探知を可能とする。
無数にある気配の中からたった一人を探す事は、通常ならば骨が折れる作業。だがステインにとっては、息を吸って吐く事のように造作もない事だった。
(見つけた!)
魔術テレビの実況では場所を明かしていなかったが、フィーリアの居場所はステインの読み通りだった。
ロイプール伯爵家の大邸宅。迷宮都市ロバロガルダスを統治するロイプール家の豪邸は、街の北区。猪突猛進亭がある西区からは丁度十キロほどの距離だ。
普通なら馬車で行く。徒歩で行けばかなりの時間がかかるだろう。そう、普通ならば。
「ルクス・アッケレラーティオ!」
ステインは「加速の呪文」を唱え、身体速度を何倍にも高める。
馬よりも早く、ステインは駆けた。巻き起こる旋風に、すれ違う人々は衣服が飛ばないようおさえる。
「今の何!?」
「え、嘘、人!? 」
彼らが起こった出来事を理解する前に、ステインは過ぎ去っていく。
充分な加速を得て跳躍。建物の壁を蹴り、そのまま上へと駆け上がる。
民家の屋根へと登ったステインは、その上を駆ける。屋根から屋根へと飛び移り、着実にロイプール邸へと近付いて行く。
(フィーリア! フィーリア! フィーリア!)
ステインは心の中で、愛する女性の名前を何度も叫んだ。
(死なないでくれフィーリア! お願いだ! 君を、君を愛している!)
疾風のように駆けるステインの心に、激しい後悔の念が渦巻く。
(何故私はあの時、彼女の告白を受け入れなかった! 世間体がなんだ! 彼女は私を愛していると言ってくれたのに! あの時彼女の愛を受け入れ、自分の胸の内を打ち明けていたら......! こんな事にはならなかった筈だ! 私はフィーリアを伴侶とし、連れ去るべきだったんだ! 誰に迫害されようとも、そうするべきだった......!)
ステインの脳裏に、フィーリアと初めて会った時の思い出が蘇る。彼女は街に襲来したモンスターの大群を、たった一人で迎え撃とうとしていた。冒険者フィルとして。
それをステインが手助けした事で、二人は友人となった。彼女が女性と知った時、ステインは心臓が飛び出す程に驚いた。それくらい、彼女は強かったのだ。どんな男達も敵わない程に。
思えばあの時から、ステインは彼女に恋をしていたのだろう。
(フィーリア! 必ず助ける! そしていまこそ、私の想いを君に打ち明ける!)
ステインは建物の上を走り、飛び続けた。そして猪突猛進亭を出発して数分後。ついにそこへ辿りついたのだった。
「ステインさん、それじゃあ今夜、よろしくお願いします。楽しみにしています」
「ああ、こちらこそ。私も楽しみにしているよ」
ステインはティアナに手を振ってギルドの出入り口へと向かう。今朝ステインを袋叩きにした「剛腕の狼」のメンバー達が恨めしそうにステインを睨んでいるが、ステインは気にしなかった。
(ティアナに想いを寄せているなら、その想いを告げればいいだけだ。私を恨むのは、お門違いというものだろう)
そう考えたが、自身とフィーリアの関係を思うと、複雑な気持ちになった。
(私も人の事は言えないか)
ステインはフィーリアの事を考えると、胸が切なくなる。彼はその想いを振り払うように、少し急足で帰宅した。
約束の夜七時。ステインは身だしなみを整え、いつもより服装に気を使って猪突猛進亭へと向かう。
普段はワイシャツにスラックスといったラフな服装。その上に革鎧を身につけ、腰には剣を差す冒険者スタイルだ。
だが今日は武器も防具も無しの紳士なスーツ姿。すれ違う女性達は、端正な顔立ちの中年紳士に誰もが振り返る。
「ステイン様、今夜はいつにも増して素敵だわ......♡」
「ああステイン様、私を伴侶に選んでくださらないかしら......」
うっとりと頬を染める女性達に、苛立つ男性達。しかしステインはそんな事には一切気付かず、真っ直ぐに猪突猛進亭を目指した。
店の入り口では、ティアナがすでに待っていた。ステインは約束より二十分程早めに到着したのだが、ティアナはそれよりも前から居たようだ。
「あっ、ステインさん!」
ステインの姿を見つけて手を振るティアナ。ステインも手を振りかえす。たったそれだけの事で、ティアナは大いに喜び舞い上がった。満面の笑みでぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「こんばんはティアナ。待たせてすまない」
「こんばんはステインさん! 全然待ってませんよ! さっき来たばっかりです!」
ステインが近づくと、顔を真っ赤にして上目遣いに彼を見つめるティアナ。
「う、腕を組んでもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
ステインは左手を腰に当て、ティアナが腕を組みやすいように肘を突き出した。ティアナはそっとそこに掴まり、彼に寄り添う。
「こ、こうしていると、まるで恋人同士......みたいですね」
「ふふっ、そうだな」
ステインとティアナは腕を組んで猪突猛進亭に入る。すると店内が少し騒つく。ステインがれっきとした女性と一緒に入るのは初めての事で、食事に来ていた女性達は皆悔しそうにハンカチを噛んだ。
二人が着席すると、看板娘のシュアネが注文を取りにやって来る。
「いらっしゃいませステインさん。こちらの方は恋人ですか?」
シュアネは何気なく聞いたのだが、ティアナはパッと目を輝かせる。
「そう見えますか!?」
キラキラとした視線に微笑むシュアネ。
「ええ、とてもお似合いです」
「きゃあー! 嬉しい!」
ティアナは顔を両手で覆い、足をバタつかせた。
「ふふっ、シュアネ。違うんだよ。彼女はティアナ。冒険者ギルドの受付嬢で、私の友人なんだ」
「あら、そうだったんですか。じゃあ私にもまだチャンスがありますね」
シュアネはニヤリと笑い、ティアナを見つめた。ティアナはキッとシュアネを見つめ返し、それからお互い笑い出す。
「あはは。ステインさんってモテるんですね。そうです、私は単なる友達で......ステインさんには好きな人がいるんですよ」
「ええ、もちろん知ってますよ。ステインさんはこのお店の常連ですもの。さぁ、ご注文は何になさいますか?」
シュアネもティアナも自分の方がステインと親しく、色々知っていると言うアピール合戦をしていた。だがステインはそんな二人の静かな争いには一切気づかず、麦種と定食を注文した。
「ティアナは何にする?」
「うーん、そうね。シュアネのおすすめはどれ?」
いつのまにか呼び捨てで呼び合うまで、二人はお互いの心を開いていた。ライバル同士と認め、逆に距離が縮まったのだ。
「うーん、どれも美味しそうだけど......やっぱり私もステインさんと同じものにするわ。同じ価値観を共有したいの」
「へぇ。いいんじゃない? まぁ私はステインさんの好みは全部把握してるけどね」
再び二人の視線がぶつかり合い、火花を散らす。ステインはその様子を見て微笑を浮かべる。
(二人が友人になれたようで、何よりだ)
などと考えていた。洞察力に優れたステインだが、女心には何故か鈍いのである。
しばらくして、注文した品が運ばれてきた。ステインとティアナは乾杯し、食事と会話を楽しんだ。
ふと、ステインは壁際に置かれた「魔術テレビ」の放送が気になってそちらを見る。するとそこに映っていたのは、思いがけない人物だった。
「フィーリア!?」
ステインは思わず叫んだ。魔術テレビの画面には、微笑むフィーリア。そしてその隣には、美しい顔の青年が立っていた。
「ああ、今日はフィーリア様とフォルナスト様の婚約披露パーティーがあるんですよ。その生中継ですね。知りませんでした?」
驚くステインとは対照的に、ティアナは自然な語り口でそう言った。
「あ、ああ、知らなかったよ。教えてくれてありがとう」
珍しく狼狽した様子で、ステインは食事を再開した。だが普段のステインとはまるで別人のように落ち着きがなく、視線は魔術テレビに釘付けだった。
「テレビ、気になります?」
「い、いや! すまない、せっかく君と食事をしているのに!」
ステインは慌てて視線をティアナに戻し、彼女と会話しようとする。だがやはり心ここにあらずで、ティアナの質問にも気のない返事を返すばかりだった。
ステインのそんな様子に、ティアナはなんとなく察した。つまり、ステインの想い人はフィーリア姫。決して叶わぬ苦難の恋なのだと。
それでも彼女は、ステインと一緒にいられるこの時間に充分満足していた。
ステインはと言えば、やはり魔術テレビの実況が気になった。ティアナには申し訳ないと思いつつも、どうしてもそちらに意識が行ってしまう。
それでもどうにかティアナとの食事と会話を続けるステインの耳に、突然悲鳴が響いた。
最初は魔術テレビの中から。続いて猪突猛進亭の中へ、悲鳴は広がって行く。
「きゃあああーッ! ステイン様、大変です! フィーリア様が!」
ティアナも他の人々同様、悲鳴を上げた。ステインは全身を襲う恐怖に逆らい、魔術テレビの画面を見た。
逃げ惑う人々。実況の魔術師が持っていた映像送信用の水晶玉が地面に転がり、誰かに蹴られて宙に舞い上がる。
そしてそれは映し出した。グリンザニア公国の第二王女フィーリア・エルパデスの血の気を失った姿を。
そして、その首筋に牙を立てているロイプール伯爵家嫡男フォルナスト・レイデンのおぞましき姿を。
ステインはその真っ赤な瞳に見覚えがあった。それはヴァンオーガ族の証。フォルナストはヴァンオーガなのだ。ヴァンオーガは人の生き血を力に変える種族。そしてその首元には、ケイオス教のペンダントが光っている。フィーリアがペンダントの模様に見覚えがある、と言っていたのはこれだったのだ。
またしてもケイオス教。ステインの中に、静かな怒りが渦巻こうとしていた。
「すまないティアナ! また後日埋め合わせをする!」
ステインは銀貨の入った巾着袋をテーブルに置き、猛然と走り出した。椅子を薙ぎ倒し、男も女もおしのけ、必死の形相で。
ティアナの呼び止める声が聞こえたが、ステインはもう止まれなかった。猪突猛進亭を飛び出し、駆け出した。
「ルクス・オルガ・ディフレクシオ!!」
ステインは「気配察知の呪文」を唱え、周囲十キロメートル範囲まで生物の探知を可能とする。
無数にある気配の中からたった一人を探す事は、通常ならば骨が折れる作業。だがステインにとっては、息を吸って吐く事のように造作もない事だった。
(見つけた!)
魔術テレビの実況では場所を明かしていなかったが、フィーリアの居場所はステインの読み通りだった。
ロイプール伯爵家の大邸宅。迷宮都市ロバロガルダスを統治するロイプール家の豪邸は、街の北区。猪突猛進亭がある西区からは丁度十キロほどの距離だ。
普通なら馬車で行く。徒歩で行けばかなりの時間がかかるだろう。そう、普通ならば。
「ルクス・アッケレラーティオ!」
ステインは「加速の呪文」を唱え、身体速度を何倍にも高める。
馬よりも早く、ステインは駆けた。巻き起こる旋風に、すれ違う人々は衣服が飛ばないようおさえる。
「今の何!?」
「え、嘘、人!? 」
彼らが起こった出来事を理解する前に、ステインは過ぎ去っていく。
充分な加速を得て跳躍。建物の壁を蹴り、そのまま上へと駆け上がる。
民家の屋根へと登ったステインは、その上を駆ける。屋根から屋根へと飛び移り、着実にロイプール邸へと近付いて行く。
(フィーリア! フィーリア! フィーリア!)
ステインは心の中で、愛する女性の名前を何度も叫んだ。
(死なないでくれフィーリア! お願いだ! 君を、君を愛している!)
疾風のように駆けるステインの心に、激しい後悔の念が渦巻く。
(何故私はあの時、彼女の告白を受け入れなかった! 世間体がなんだ! 彼女は私を愛していると言ってくれたのに! あの時彼女の愛を受け入れ、自分の胸の内を打ち明けていたら......! こんな事にはならなかった筈だ! 私はフィーリアを伴侶とし、連れ去るべきだったんだ! 誰に迫害されようとも、そうするべきだった......!)
ステインの脳裏に、フィーリアと初めて会った時の思い出が蘇る。彼女は街に襲来したモンスターの大群を、たった一人で迎え撃とうとしていた。冒険者フィルとして。
それをステインが手助けした事で、二人は友人となった。彼女が女性と知った時、ステインは心臓が飛び出す程に驚いた。それくらい、彼女は強かったのだ。どんな男達も敵わない程に。
思えばあの時から、ステインは彼女に恋をしていたのだろう。
(フィーリア! 必ず助ける! そしていまこそ、私の想いを君に打ち明ける!)
ステインは建物の上を走り、飛び続けた。そして猪突猛進亭を出発して数分後。ついにそこへ辿りついたのだった。
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