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失恋
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シバー少尉がハンターたちの好奇の視線を浴びつつ近づいて来たところで、エリカはベルを鳴らしスカッチに謝罪を促す。
チン(さあスカッチ、この子に土下座して謝りなさい)
「なっ、土下座だと!? なんでそこまでしなきゃならない」
チン(問答無用、上官命令よ)
スカッチを除く6人のハンターは神妙な顔つきで事の成り行きを眺めているが、内心ではスカッチがエリカにとっちめられるのを楽しんでいた。 スカッチは体が大きいのをいいことに仲間うちでも大きな顔をしていて、皆に恐れられつつ嫌われているのだ。
「横暴だ! パワハラで訴えてやる」
チン(あんただって、さっき、あの子に無理やり謝らせたじゃない。 自分のほうが悪いクセに。 あれは横暴じゃないの?)
「地位を利用するのは卑怯だ」
チン?(暴力なら卑怯じゃないの?)
「獣だってそうだろ? 肉食獣が草食獣を狩る。あれだって暴力だ。自然なことなんだ」
エリカは静かに尋ねる。
チーン(ふーん、弱肉強食ってわけ?)
「そんなところだ」
チン(じゃあ、あんたやっぱり土下座ね)
「なんで!」
チン(私のほうがアンタより強いんだもの。 弱肉強食があなたのルールなんでしょ? 強い者は弱い者に何をしてもいいんでしょう?)
「くぬぅ...」
スカッチは逞しい顔を悔しそうに歪めるが何も言い返せない。 戦士としてそれなりに優秀な彼は、姿が見えないファントムさんと戦っても勝ち目がないことをよく分かっていたのだ。
チンチン(さっさと土下座しなさい。 私は忙しいの)
エリカに再三促され、スカッチは仕方なくシバー少尉に向かって跪く。 そして若々しい顔を恥辱に赤く染め、拳の形に握りしめた両手を地面に突いて謝罪の言葉を口にする。
「ゴメン」
チン(はいダメ)
「なんで!」
チン(ちゃんと謝りなさい。 謝罪の言葉を考えてなかったの?)
「思いつかなかった」
これは嘘ではない。 物心ついてから威張り続けてきたスカッチは、これまで一度も他人に謝ったことがない。 頭をどうひねったって謝罪の言葉なんて思い浮かばない。
エリカは少し考えてベルを鳴らす。
チン(じゃあ... 私がセリフを考えてあげるから、私の言葉を繰り返しなさい。 シバー少尉が怯えるから、あんた土下座のままね)
「少尉だって? そいつ、いや、その人は少尉なのか?」
チン(そうよ。 もしかしてあなたの階級のほうが低かった?)
スカッチが返事をしないので、エリカは話を進める。
チン(じゃあ始めるわよ。 リピート・アフター・ミー。『お嬢さん、数々の非礼をお許しください』)
「お、お嬢さん、数々の非礼をお許しください」
スカッチは羞恥に顔を真っ赤に染めている。 彼が「お嬢さん」という言葉を口にのぼせるのは生まれて初めてだ。
チン(『一生をかけて私の罪を償いたいと思います。 私と結婚してくださいますか?』)
スカッチの顔がさらに赤くなる。 色白の首からオデコまで真っ赤っかだ。
「結婚だと? どうしてオレがこの女にプロポーズしなきゃならない!」
そう文句を言った後で、スカッチは満更でもないと考え直す。 その気になって見れば可愛いじゃねえか、この赤毛の女。 健康そうでスタイルもいいし。 改めて見るとかなり好みだな、この女。 付き合うのも悪くねえ。 こんなセリフをオレに無理やり言わせるからには、ファントムさんに何か考えがあるに違いない。 どんな考えか見当も付かねえが、物事はどう転ぶかわからねえからな。 この赤毛の女がオレのものになるって展開も期待できるぜ。
シバー少尉もエリカに異議を唱える。
「エリカさん、わたし困ります。 こんな人と、け、けっこんだなんて」
エリカは指向性ベルチンでシバー少尉だけにメッセージを送る。
チン(申し込まれたら断りなさい。 婚約したいならしてもいいけど。 あんたの願望を実践するには、まず婚約してなきゃならないしね)
そして、スカッチにはセリフを強要。
チン(さっさと言いなさい。 あんたの両耳を切り落とすわよ?)
「くっ、言えばいいんだろ、言えば」
強要されて渋々といった体を装い、しかし内心では乗り気で、スカッチは土下座の姿勢からシバー少尉の顔を見上げてプロポーズの言葉を口にする。
「一生かけて私の罪を償います。 オレと結婚してくれますか?」
シバー少尉は心の底からこれを断った。
「お断りします! あなたのような乱暴者は大嫌いですっ!」
プロポーズを拒絶されたスカッチは少なからずガッカリした。 きっかけはエリカの強要だったが、彼はシバー少尉を自分のものにしたいと思い始めていたのだ。 そしてさらに、スカッチはシバー少尉の声音から彼女が自分を本気で嫌っていることを感じ取り、それに傷つきもした。
スカッチが心に受けた傷手はさほどのものではなく一晩眠れば忘れる程度のものだったが、彼にとっては不幸なことに、仲間のハンターたちが慰めの言葉をかけ始めた。
「残念だったね、スカッチくん」「ほかにも女の子はいるさ」「いつかアンタにも素敵な女性が現れるわ。私はゴメンだけど」チンー(私も嫌ー)「明日があるさ」「おっと、失恋の傷心で自殺なんてごめんだぜ? 人目につかない場所で頼むよ」「ほんとほんと」
こうした慰めの言葉が失恋ムードを醸成し、フラれたスカッチとフッたシバー少尉という偽りの関係が本物めいた匂いを帯びる。 なんだか本当にフラれた気がしてきたぜ。 なんだか本当にフッたような気がしてきたわ。
その結果、スカッチはシバー少尉に対し挫折感を抱き、シバー少尉はスカッチに対する恐怖を解消したばかりか精神的な余裕を持つに至った。 シバー少尉の目に力が戻り、足下に跪くスカッチを堂々と見据える。 対照的にスカッチは、情けない顔で地面に突いたシバー少尉の足下を眺めるばかりだ。
シバー少尉がいつもの元気を取り戻したのを見てエリカはベルを鳴らす。
チン(さて、謝罪の儀も滞りなく済んだようだし、モンスター退治に戻りましょうか)
「はい!」
チン(さあスカッチ、この子に土下座して謝りなさい)
「なっ、土下座だと!? なんでそこまでしなきゃならない」
チン(問答無用、上官命令よ)
スカッチを除く6人のハンターは神妙な顔つきで事の成り行きを眺めているが、内心ではスカッチがエリカにとっちめられるのを楽しんでいた。 スカッチは体が大きいのをいいことに仲間うちでも大きな顔をしていて、皆に恐れられつつ嫌われているのだ。
「横暴だ! パワハラで訴えてやる」
チン(あんただって、さっき、あの子に無理やり謝らせたじゃない。 自分のほうが悪いクセに。 あれは横暴じゃないの?)
「地位を利用するのは卑怯だ」
チン?(暴力なら卑怯じゃないの?)
「獣だってそうだろ? 肉食獣が草食獣を狩る。あれだって暴力だ。自然なことなんだ」
エリカは静かに尋ねる。
チーン(ふーん、弱肉強食ってわけ?)
「そんなところだ」
チン(じゃあ、あんたやっぱり土下座ね)
「なんで!」
チン(私のほうがアンタより強いんだもの。 弱肉強食があなたのルールなんでしょ? 強い者は弱い者に何をしてもいいんでしょう?)
「くぬぅ...」
スカッチは逞しい顔を悔しそうに歪めるが何も言い返せない。 戦士としてそれなりに優秀な彼は、姿が見えないファントムさんと戦っても勝ち目がないことをよく分かっていたのだ。
チンチン(さっさと土下座しなさい。 私は忙しいの)
エリカに再三促され、スカッチは仕方なくシバー少尉に向かって跪く。 そして若々しい顔を恥辱に赤く染め、拳の形に握りしめた両手を地面に突いて謝罪の言葉を口にする。
「ゴメン」
チン(はいダメ)
「なんで!」
チン(ちゃんと謝りなさい。 謝罪の言葉を考えてなかったの?)
「思いつかなかった」
これは嘘ではない。 物心ついてから威張り続けてきたスカッチは、これまで一度も他人に謝ったことがない。 頭をどうひねったって謝罪の言葉なんて思い浮かばない。
エリカは少し考えてベルを鳴らす。
チン(じゃあ... 私がセリフを考えてあげるから、私の言葉を繰り返しなさい。 シバー少尉が怯えるから、あんた土下座のままね)
「少尉だって? そいつ、いや、その人は少尉なのか?」
チン(そうよ。 もしかしてあなたの階級のほうが低かった?)
スカッチが返事をしないので、エリカは話を進める。
チン(じゃあ始めるわよ。 リピート・アフター・ミー。『お嬢さん、数々の非礼をお許しください』)
「お、お嬢さん、数々の非礼をお許しください」
スカッチは羞恥に顔を真っ赤に染めている。 彼が「お嬢さん」という言葉を口にのぼせるのは生まれて初めてだ。
チン(『一生をかけて私の罪を償いたいと思います。 私と結婚してくださいますか?』)
スカッチの顔がさらに赤くなる。 色白の首からオデコまで真っ赤っかだ。
「結婚だと? どうしてオレがこの女にプロポーズしなきゃならない!」
そう文句を言った後で、スカッチは満更でもないと考え直す。 その気になって見れば可愛いじゃねえか、この赤毛の女。 健康そうでスタイルもいいし。 改めて見るとかなり好みだな、この女。 付き合うのも悪くねえ。 こんなセリフをオレに無理やり言わせるからには、ファントムさんに何か考えがあるに違いない。 どんな考えか見当も付かねえが、物事はどう転ぶかわからねえからな。 この赤毛の女がオレのものになるって展開も期待できるぜ。
シバー少尉もエリカに異議を唱える。
「エリカさん、わたし困ります。 こんな人と、け、けっこんだなんて」
エリカは指向性ベルチンでシバー少尉だけにメッセージを送る。
チン(申し込まれたら断りなさい。 婚約したいならしてもいいけど。 あんたの願望を実践するには、まず婚約してなきゃならないしね)
そして、スカッチにはセリフを強要。
チン(さっさと言いなさい。 あんたの両耳を切り落とすわよ?)
「くっ、言えばいいんだろ、言えば」
強要されて渋々といった体を装い、しかし内心では乗り気で、スカッチは土下座の姿勢からシバー少尉の顔を見上げてプロポーズの言葉を口にする。
「一生かけて私の罪を償います。 オレと結婚してくれますか?」
シバー少尉は心の底からこれを断った。
「お断りします! あなたのような乱暴者は大嫌いですっ!」
プロポーズを拒絶されたスカッチは少なからずガッカリした。 きっかけはエリカの強要だったが、彼はシバー少尉を自分のものにしたいと思い始めていたのだ。 そしてさらに、スカッチはシバー少尉の声音から彼女が自分を本気で嫌っていることを感じ取り、それに傷つきもした。
スカッチが心に受けた傷手はさほどのものではなく一晩眠れば忘れる程度のものだったが、彼にとっては不幸なことに、仲間のハンターたちが慰めの言葉をかけ始めた。
「残念だったね、スカッチくん」「ほかにも女の子はいるさ」「いつかアンタにも素敵な女性が現れるわ。私はゴメンだけど」チンー(私も嫌ー)「明日があるさ」「おっと、失恋の傷心で自殺なんてごめんだぜ? 人目につかない場所で頼むよ」「ほんとほんと」
こうした慰めの言葉が失恋ムードを醸成し、フラれたスカッチとフッたシバー少尉という偽りの関係が本物めいた匂いを帯びる。 なんだか本当にフラれた気がしてきたぜ。 なんだか本当にフッたような気がしてきたわ。
その結果、スカッチはシバー少尉に対し挫折感を抱き、シバー少尉はスカッチに対する恐怖を解消したばかりか精神的な余裕を持つに至った。 シバー少尉の目に力が戻り、足下に跪くスカッチを堂々と見据える。 対照的にスカッチは、情けない顔で地面に突いたシバー少尉の足下を眺めるばかりだ。
シバー少尉がいつもの元気を取り戻したのを見てエリカはベルを鳴らす。
チン(さて、謝罪の儀も滞りなく済んだようだし、モンスター退治に戻りましょうか)
「はい!」
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