お嬢様、流刑地に送られ婚約も破棄。でも最強になったら、ザマぁとかどうでも良くなってた

好きな言葉はタナボタ

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第1部

第21話 「ごめんね、クイちゃん」

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顔役は死んでいた。 クイックリングの肉を食べて死んだのだ。

マリカの心の中を絶叫の嵐が吹き抜ける。

(言い伝えが間違ってた!  クイックリングの肉を食べても素早くなんかならない。 老化して死ぬだけ!)

絶叫の嵐が過ぎ去った後、マリカの胸中は複雑だった。 食べなくてよかったという安堵感と、スピード・プリンセスになれる可能性なんてそもそも無かったのだという失望。 それに加えて、これから誰が自分を守ってくれるのかという不安感。

これまでは顔役が防波堤となることで、マリカは有象無象うぞうむぞうの男たちに襲われる心配をせずに済んだ。 その顔役が死んだ今、どんな男でもマリカを襲いかねない。 ここにいる男たちが今この場でマリカを輪姦しようと決定しても何ら不思議はない。

(特に危険なのはジュニア。 あの人は出会った当初から嫌な目で私をジロジロ見てた。 顔役さんがいなかったら、私とっくに襲われてた)

そのジュニアは顔役が持っていたライフルを小脇に抱え、顔役の懐をごそごそと漁っている。

マリカはジュニアから目を背け、依然いぜんとして身動きひとつしないクイックリングに目を向けた。 顔役と同様に巨怪なジュニアを眺めるよりは、見目みめうるわしいクイックリングを眺めるほうが心が安らぐ。

そのはずだったのだが、クイックリングを見てもマリカの心は安らがなかった。 顔役に肉片を切り取られた彼の腕から、大量の血が流れ出していたからだ。 出血量が多いため地面に血だまりが出来ている。

(大変! 放っておいたら死んじゃうかも)

マリカは地面に横たわるクイックリングのもとへ急ぎ足で歩み寄る。

そしてクイックリングの傷口を間近で見て、その酷さにマリカは絶句した。

「おお、なんてむごい!」

顔役はクイックリングの上腕の肉を、骨に達するほどに深くかつ広範囲にわたってえぐり取っていた。 顔役が食べたクイックリングの肉片は顔役が大きな手でつまんだときには小さく見えたが、小柄なクイックリングの腕にとってはかなりの分量だった。

「いま治してあげるわ」

私もお肉を食べようと考えてたけれど、決してこんなにひどく傷つけるつもりはなかった。 言い訳がましいことを考えながら、マリカは《治癒》の呪文を唱える。

「ワーラワン・レストース・メリトース・ダビノス!」

詠唱が完了すると、患部が淡い白色光に包まれる。 呪文は確かな効果を発揮し、肉をえぐり取られていた部分に新しい肉が生まれ始める。 魔法でしか実現しえない奇跡のわざだ。

(ごめんなさいね、クイちゃん。 人間を嫌いにならないで)

クイックリングの上腕が魔法で修復される様に見入るマリカに背後から声が掛かる。

「おいマリカ、呪文を無駄づかいするな」

声の主は明白だ。 マリカは重い心で後ろを振り向いた。
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