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第1部
第29話 「ミツキ vs. ジュニア」
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マリカに手を引かれて納屋を出ながらミツキは尋ねる。
「どこへ行くの?」
「私の家よ」
マリカは汗ばむ手でミツキの手を握りしめ、スタスタと歩いてゆく。
「歩くのが速いよ、マリカ。 もっとゆっくり歩こう」
ミツキの歩幅はマリカよりも小さい。
「あなたクイックリングなんでしょう? もっと速く歩けないの?」
「歩きたいペースってものがあるんだよ」
仕方なくマリカが歩調を緩めたとき、道の向こうから男たちの集団が駆けてきた。 先頭にいるのはジュニアだ。 手にはライフル銃を持っている。 逃げ出したマリカを追ってきたのだ! マリカは反射的に逃げかけたが思い直した。 どうせすぐに追いつかれる。
マリカの前までやって来たジュニアは、怒りに顔を赤く染めている。
「マリカ、無事だったか!」
ジュニアの怒りの矛先はマリカではなかった。 ジュニアはどうやってか、マリカがリンチたちに襲われたのを知ったらしい。
マリカは努めて平静に答える。
「ええ、この子が助けてくれたの」
ジュニアに気付いたミツキはマリカの背中に隠れようとしていたが、マリカがミツキの手を離さないので隠れられずじまい。 ジュニアはマリカとミツキが仲良く手をつないでるのに気づいて激高した。
「くぉら、ガキ! てめえ何オレの女の手を握ってんだ!」
正しくはマリカのほうからミツキの手を握ったわけだが、ジュニアがそのことを知るはずもない。
ジュニアに怒鳴りつけられたミツキの体が微かに輝く。 マリカはもう気付いていた。 クイックリングは輝くと素早く動くのだ。
ジュニアはつかつかとミツキに歩み寄り、ミツキの顔を殴りつけた。 しかしミツキはそれをひょいと躱す。
「この野郎」
ジュニアは口の中で罵りながら、巨大な拳骨で今度はミツキの腹を狙う。 が、ミツキは華麗なステップでそれも軽々と避けた。
業を煮やしたジュニアは、仲良く手をつなぐマリカとミツキの腕を掴んだ。 左手でマリカの腕を、そして右手でミツキの腕を。
「手を放しやがれ!」
咆哮とともにジュニアはマリカとミツキの手を強引に引き離した。
「ああっ!」
悲痛な叫びがマリカの口から漏れる。 ダメっ、クイちゃんを私から奪わないで!
2人の手を引き離したジュニアは、マリカの腕は放したがミツキの腕は握ったまま。 ジュニアは残忍な笑みを浮かべて言う。
「捕まえたぜクソチビ。 叩き殺してやる」
「クイちゃんを殺さないで!」 マリカが懇願するが、ひどくエキサイトしているジュニアの耳に入っているかどうか怪しい。
ミツキは絶体絶命である。 どれだけ素早くても、こうまで体格差のある相手に捕まるのは致命的だ。 ミツキはさっきのナイフを捨ててしまったのを悔やんだ。 あのナイフがあればコイツの手を突き刺して逃げれたのに!
「クイちゃんだと? 仲良くなりやがって! お前はこういう可愛いのが好きなのか!」
ジュニアがマリカに向かって吠えた。 ジュニアの耳に入っているかどうか怪しかったマリカの言葉だが、やっぱりジュニアの耳に入っていた!
「くそう!」
そう叫びながらジュニアはミツキを掴んだ腕をミツキごと振り上げ、ミツキの小さな体がタンポポの綿毛のように軽々と宙に引っ張り上げられる。 ミツキを地面に叩き付けるつもりなのだ。 ジュニアの怪力で地面に叩き付けられたなら、ミツキの華奢な骨格はひとたまりもなく粉砕されてしまう。
ミツキが死んじゃう! マリカが悲鳴にならない悲鳴を上げたとき、例の爆発的な黄金色の光がミツキを包み、スモモの匂いが立ち込める。 そして次の瞬間には、ミツキは軽やかに地面に降り立っていた。
「く、このガキ」
ジュニアはとても悔しそうだ。 黄金色の光の中で一体なにがあったのか? お答えしよう。 ミツキは自分の腕を掴むジュニアの親指の痛そうな箇所を狙って、小さな拳で実に53回も殴ったのだ。 全く同一の箇所を、である。
ジュニアの体格はミツキの実に5倍。 これだけの体格差があっても、親指の一点に集中して53回も殴られれば親指は言うことを利かなくなる。 53回の打撃が1秒にも満たない短時間のうちに叩き込まれたなら尚のことである。 親指を殴られた衝撃が拡散しもしないうちにまた殴られる。 それが何十回も繰り返され、ジュニアの親指は感覚を失ってしまった。
そうしてミツキの腕を握るジュニアの手が緩んだときを見計らい、ミツキは腕を振りほどいて地面に降り立ったのだ。
「クイちゃん!」
喜びの声を上げるマリカ。 マリカはごく自然にミツキを応援していた。 クイちゃんは流刑地の男たちと違ってマリカを恐れさせなかったし、マリカをスピード・プリンセスの座に押し上げてくれる大事な存在でもある。 おまけに、見た目が愛らしい。
しかし、そのクイちゃんは再び黄金色に激しく輝くと、アッという間にマリカの前から姿を消してしまった。
まさかクイちゃん逃げちゃった!? お肉はもう手に入らないの?
マリカの胸がトクリと絶望の鼓動を鳴らしたその時、ジュニアが「ぎゃー」と悲鳴を上げて地面に横倒しに崩れ落ちた。
地面に倒れた巨体の向こうにクイちゃんの黄金色の光が見える。 クイちゃん! 逃げずにいてくれたのね。 ところであなた、ジュニアにいったい何をしたの?
お答えしよう。 ミツキは高速モードに突入するとジュニアの手下が腰から下げていた短剣を鞘から引き抜き、それでジュニアを背後から刺した。 ミツキのことであるから無論1ヶ所ではない。 7ヶ所だ。 そうして背後のあちこちを刺されたジュニアが耐えきれず地面に倒れたわけだ。 ジュニアの傷のいくつかは出血が甚大で、ジュニアの衣服を真っ赤に染めている。 ミツキの剣がジュニアの重要な動脈を傷つけたのだ。
「どこへ行くの?」
「私の家よ」
マリカは汗ばむ手でミツキの手を握りしめ、スタスタと歩いてゆく。
「歩くのが速いよ、マリカ。 もっとゆっくり歩こう」
ミツキの歩幅はマリカよりも小さい。
「あなたクイックリングなんでしょう? もっと速く歩けないの?」
「歩きたいペースってものがあるんだよ」
仕方なくマリカが歩調を緩めたとき、道の向こうから男たちの集団が駆けてきた。 先頭にいるのはジュニアだ。 手にはライフル銃を持っている。 逃げ出したマリカを追ってきたのだ! マリカは反射的に逃げかけたが思い直した。 どうせすぐに追いつかれる。
マリカの前までやって来たジュニアは、怒りに顔を赤く染めている。
「マリカ、無事だったか!」
ジュニアの怒りの矛先はマリカではなかった。 ジュニアはどうやってか、マリカがリンチたちに襲われたのを知ったらしい。
マリカは努めて平静に答える。
「ええ、この子が助けてくれたの」
ジュニアに気付いたミツキはマリカの背中に隠れようとしていたが、マリカがミツキの手を離さないので隠れられずじまい。 ジュニアはマリカとミツキが仲良く手をつないでるのに気づいて激高した。
「くぉら、ガキ! てめえ何オレの女の手を握ってんだ!」
正しくはマリカのほうからミツキの手を握ったわけだが、ジュニアがそのことを知るはずもない。
ジュニアに怒鳴りつけられたミツキの体が微かに輝く。 マリカはもう気付いていた。 クイックリングは輝くと素早く動くのだ。
ジュニアはつかつかとミツキに歩み寄り、ミツキの顔を殴りつけた。 しかしミツキはそれをひょいと躱す。
「この野郎」
ジュニアは口の中で罵りながら、巨大な拳骨で今度はミツキの腹を狙う。 が、ミツキは華麗なステップでそれも軽々と避けた。
業を煮やしたジュニアは、仲良く手をつなぐマリカとミツキの腕を掴んだ。 左手でマリカの腕を、そして右手でミツキの腕を。
「手を放しやがれ!」
咆哮とともにジュニアはマリカとミツキの手を強引に引き離した。
「ああっ!」
悲痛な叫びがマリカの口から漏れる。 ダメっ、クイちゃんを私から奪わないで!
2人の手を引き離したジュニアは、マリカの腕は放したがミツキの腕は握ったまま。 ジュニアは残忍な笑みを浮かべて言う。
「捕まえたぜクソチビ。 叩き殺してやる」
「クイちゃんを殺さないで!」 マリカが懇願するが、ひどくエキサイトしているジュニアの耳に入っているかどうか怪しい。
ミツキは絶体絶命である。 どれだけ素早くても、こうまで体格差のある相手に捕まるのは致命的だ。 ミツキはさっきのナイフを捨ててしまったのを悔やんだ。 あのナイフがあればコイツの手を突き刺して逃げれたのに!
「クイちゃんだと? 仲良くなりやがって! お前はこういう可愛いのが好きなのか!」
ジュニアがマリカに向かって吠えた。 ジュニアの耳に入っているかどうか怪しかったマリカの言葉だが、やっぱりジュニアの耳に入っていた!
「くそう!」
そう叫びながらジュニアはミツキを掴んだ腕をミツキごと振り上げ、ミツキの小さな体がタンポポの綿毛のように軽々と宙に引っ張り上げられる。 ミツキを地面に叩き付けるつもりなのだ。 ジュニアの怪力で地面に叩き付けられたなら、ミツキの華奢な骨格はひとたまりもなく粉砕されてしまう。
ミツキが死んじゃう! マリカが悲鳴にならない悲鳴を上げたとき、例の爆発的な黄金色の光がミツキを包み、スモモの匂いが立ち込める。 そして次の瞬間には、ミツキは軽やかに地面に降り立っていた。
「く、このガキ」
ジュニアはとても悔しそうだ。 黄金色の光の中で一体なにがあったのか? お答えしよう。 ミツキは自分の腕を掴むジュニアの親指の痛そうな箇所を狙って、小さな拳で実に53回も殴ったのだ。 全く同一の箇所を、である。
ジュニアの体格はミツキの実に5倍。 これだけの体格差があっても、親指の一点に集中して53回も殴られれば親指は言うことを利かなくなる。 53回の打撃が1秒にも満たない短時間のうちに叩き込まれたなら尚のことである。 親指を殴られた衝撃が拡散しもしないうちにまた殴られる。 それが何十回も繰り返され、ジュニアの親指は感覚を失ってしまった。
そうしてミツキの腕を握るジュニアの手が緩んだときを見計らい、ミツキは腕を振りほどいて地面に降り立ったのだ。
「クイちゃん!」
喜びの声を上げるマリカ。 マリカはごく自然にミツキを応援していた。 クイちゃんは流刑地の男たちと違ってマリカを恐れさせなかったし、マリカをスピード・プリンセスの座に押し上げてくれる大事な存在でもある。 おまけに、見た目が愛らしい。
しかし、そのクイちゃんは再び黄金色に激しく輝くと、アッという間にマリカの前から姿を消してしまった。
まさかクイちゃん逃げちゃった!? お肉はもう手に入らないの?
マリカの胸がトクリと絶望の鼓動を鳴らしたその時、ジュニアが「ぎゃー」と悲鳴を上げて地面に横倒しに崩れ落ちた。
地面に倒れた巨体の向こうにクイちゃんの黄金色の光が見える。 クイちゃん! 逃げずにいてくれたのね。 ところであなた、ジュニアにいったい何をしたの?
お答えしよう。 ミツキは高速モードに突入するとジュニアの手下が腰から下げていた短剣を鞘から引き抜き、それでジュニアを背後から刺した。 ミツキのことであるから無論1ヶ所ではない。 7ヶ所だ。 そうして背後のあちこちを刺されたジュニアが耐えきれず地面に倒れたわけだ。 ジュニアの傷のいくつかは出血が甚大で、ジュニアの衣服を真っ赤に染めている。 ミツキの剣がジュニアの重要な動脈を傷つけたのだ。
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