イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

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第1部 4章:創世の真実

第18話:神経科学者の参入

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美咲が仲間に加わってから二日後の夜、彼女の提案で重要なビデオ通話が実現することになった。



「ケンブリッジ大学のウィルソン博士です」



美咲がノートPCをセットアップしながら説明した。



「脳科学の分野では世界的権威で、特に脳の未使用領域の研究で知られています。私の研究に興味を持ってくださって」



画面が接続されると、白髪混じりの初老の男性が現れた。55歳というが、その瞳には若々しい知的好奇心が輝いていた。背景には、膨大な量の学術書と、脳のモデルが並んでいる。



「ミス・サカモト、そして皆さん、初めまして」



ウィルソン博士は流暢な日本語で挨拶した。



「ジェームズ・ウィルソンです。美咲さんから概要は伺いました。実に興味深い」



博士は身を乗り出し、画面の向こうで興奮を隠せない様子だった。



「私は長年、人間の脳の謎に取り組んできました。特に、なぜ我々の脳の大部分が『使われていない』のか。これは進化論的に説明がつかないんです」



博士は脳の3Dモデルを画面に表示した。



「進化は無駄を許しません。使わない器官は退化します。しかし、人間の脳は巨大なまま維持されている。これは進化の無駄ではなく、何かを待っているのではないかと考えていました」



賢吾がイールの書を手に取った。



「博士、実は我々が入手した古文書に、興味深い記述があります」



賢吾はオーディンに関する章を開き、カメラに向けた。そこには、片目を失う代わりに知識を得たという神話とは異なる記述があった。



「オーディンの片目は、知識データベースへの生体インターフェース」



賢吾が読み上げた。



「網膜を通じて、ユグドラシルシステムに直接アクセスすることが可能になった」



ウィルソン博士は激しく頷いた。



「理論上は可能です!」



博士の声が上擦った。



「実際、我々も脳とコンピュータの接続、いわゆるBCI(Brain-Computer Interface)を研究していますが、網膜は確かに理想的な接続ポイントです」



博士は自身の研究データを共有し始めた。



「視神経は脳に直結していますし、光信号を電気信号に変換する機能も備えています。もし高度な技術があれば、確かに情報の双方向通信が可能になるでしょう」

「そして、博士」



美咲が口を挟んだ。



「最近の患者さんについて」



ウィルソン博士の表情が真剣になった。



「ええ、これが本題です。最近、奇妙な患者が増えているんです」



博士は複数の症例ファイルを開いた。



「特定の脳領域が異常に活性化している人々がいます。彼らは時に予知能力のような現象を示したり、学んだことのない言語を理解したり、説明できない知識を示すことがあります」



fMRIの画像が次々と表示された。通常の人間の脳活動とは明らかに異なるパターンが映し出されている。



「これを見てください」



博士は特定の画像を拡大した。



「通常の人間では見られない脳活動パターンです。特に興味深いのは、松果体と海馬の異常な活性化です」



山田が身を乗り出した。



「まるで、外部の何かと接続しているような」

「その通り!」



ウィルソン博士が興奮した。



「私もそう考えました。もしユグドラシルシステムがまだ稼働しているとしたら、これらの人々は無意識にアクセスしているのかもしれません」



リンドバーグ教授が質問した。



「これらの患者に共通点はありますか?」

「あります」



博士は統計データを示した。



「全員、北欧系の血統を持っています。さらに、美咲さんが発見した特定の遺伝子マーカーを保有しています」



博士は家系図を表示した。



「特に顕著なのが、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンの特定の家系です。彼らの祖先を辿ると、興味深いことに全員がある時期に『奇跡的な才能』を示した人物に行き着きます」

「神々の末裔」



賢吾が呟いた。



「私もそう考えています」



ウィルソン博士が頷いた。



「そして、ここ数年で急激に症例が増加している。まるで何かのスイッチが入ったかのように」



博士は最新のデータを見せた。



「2020年以降、報告例が指数関数的に増加しています。しかも、若い世代ほど顕著です。15歳から25歳の年齢層で最も多く」



その時、画面の向こうで異変が起きた。

博士の研究室のドアが激しく叩かれる音が聞こえた。



「ウィルソン博士!開けなさい!」



権威的な声が響いた。博士の顔が青ざめる。



「まさか、もう」



博士は素早くUSBメモリーを取り出し、データをコピーし始めた。



「皆さん、時間がありません。このデータを」



ドアが破られる音がした。黒服の男たちが研究室になだれ込んでくる。



「ジェームズ・ウィルソン、あなたを国家機密漏洩の容疑で」

「違う!これは人類の」



博士の叫び声が途中で途切れた。画面が激しく揺れ、そして暗転した。

最後に聞こえたのは、博士の必死の声だった。



「真実を!人類の未来が」



通信は完全に切断された。

隠れ家に重い沈黙が落ちた。



「博士が」



美咲が震え声で言った。



「彼らの動きが速すぎる」



賢吾は拳を握りしめた。



「ウィルソン博士のような権威ある科学者まで」



山田がすかさずPCを操作した。



「博士が最後に送ろうとしたデータ、一部は受信できています」



画面にはfMRIのデータと、患者リストの一部が表示されていた。



「これだけでも貴重です」



リンドバーグ教授が言った。



「博士の犠牲を無駄にしてはいけません」



美咲が涙を拭いながら立ち上がった。



「ウィルソン博士は、真実のために危険を冒してくれました。私たちも続かなければ」



賢吾はイールの書を見つめた。この古文書が示す真実は、想像以上に大きな力を持っている。それは、世界の支配層が必死に隠そうとするほどの。



「脳の未使用領域は、やはり意味があった」



賢吾は呟いた。



「それは、いつか来る覚醒の時のための準備だった」



山田が受信したデータを分析し始めた。



「博士のデータによると、覚醒者の脳波には特定のパターンがあります。これを解析すれば、覚醒のメカニズムが分かるかもしれません」

「でも」



美咲が不安そうに言った。



「もし本当にユグドラシルシステムが稼働していて、人々がアクセスし始めているとしたら」

「制御できない変化が起きる」



リンドバーグ教授が結論づけた。



「人類は、望むと望まざるとに関わらず、次の段階へ進化しようとしている」



窓の外では、夜が更けていった。ウィルソン博士の運命を思いながら、一行は彼が命がけで伝えようとした真実の解明を続ける決意を新たにした。



脳科学が明らかにした事実は、イールの書の記述を裏付けるものだった。人類の脳は、3000年前から仕掛けられた時限装置のようなもの。そして今、その時計の針は最後の時を刻み始めていた。
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