イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

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第3部 1章:現代の異変

第77話:火星探査機の謎の故障

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東京のオーロラが消えた翌朝、山田は一睡もしていなかった。彼の目は充血し、机の上にはエナジードリンクの空き缶が散乱していた。しかし、その疲労を吹き飛ばすような発見があった。



「また探査機がダウンしました」



山田が最新情報を報告する。彼の声には興奮と不安が入り混じっていた。



「これで7機目です。すべて火星のオリンポス山付近で」



賢吾たちが集まった会議室のメインスクリーンには、各国の火星探査機の状況が表示されていた。アメリカのパーサヴィアランス、中国の祝融、ヨーロッパのエクソマーズ、そして日本のMMX。すべてが同じエリアで通信を絶っていた。



「偶然にしては多すぎる」



香川教授が眉をひそめた。



「オリンポス山は太陽系最大の火山だが、現在は休止状態のはず。自然現象では説明がつかない」



各国の宇宙機関は表向き「技術的問題」としていたが、山田が独自のルートで入手した流出内部文書には違うことが書かれていた。



「これを見てください」



山田がタブレットを操作すると、機密扱いの文書がスクリーンに映し出された。



「強力な電磁パルスによる破壊。それも、自然界では考えられない規則的なパターンで」



文書には、探査機が記録した最後のデータが含まれていた。磁場の異常、放射線レベルの急上昇、そして謎の熱源反応。すべてがオリンポス山の山頂付近から発生していた。



その時、会議室のドアが勢いよく開いた。入ってきたのは、アメリカから緊急帰国したジョンソン博士だった。彼は元NASAの研究員で、現在は独立した立場で宇宙現象を研究している。



「最後の映像を入手した」



ジョンソン博士は息を切らしながら言った。



「これは...君たちも見るべきだ」



彼が持参したのは、暗号化された動画ファイルだった。それは、通信が途絶える直前に火星探査機が撮影した映像だった。



画面には、火星の赤茶けた大地が映っていた。カメラがゆっくりとパンしていく。そして、オリンポス山の斜面にさしかかった時——



「これは...」



香川教授が息を呑む。

火星の地表に、巨大な構造物が姿を現していた。それは明らかに自然の地形ではなかった。幾何学的な形状、金属的な光沢、そして規則正しく配置された開口部。ピラミッドを遥かに超える規模の、明らかに人工的な建造物だった。



構造物の大きさは、オリンポス山の山頂部分とほぼ同じ。直径約80キロメートル、高さは推定で20キロメートル以上。地球上のどんな建造物も、これと比べれば玩具のようなものだった。



「ムスペルヘイムの中枢施設」



ドヴァリンが確認する。老ドワーフの顔は青ざめていた。



「スルトの本拠地だ。3000年間、カモフラージュされていたものが...」

「カモフラージュを解除したということは...」



エイリークの表情が厳しくなった。



「彼らは、もはや隠れる必要がないと判断した」



ドヴァリンが重々しく答えた。



「つまり、最終段階に入ったということだ」



映像は続いていた。構造物の表面に、無数の光が点滅し始めた。それは単なる照明ではなく、何かのシステムが起動している証だった。そして、山頂から巨大なエネルギー柱が立ち上がった瞬間、映像は途切れた。



「エネルギー出力を解析しました」



山田が震え声で報告した。



「地球の全発電量の約1000倍に相当します。これが兵器だとしたら...」



エイリークが立ち上がった。彼の金色の瞳が、決意に満ちた輝きを放っていた。



「世界中の覚醒者に警報を。火星が動き始めた」



彼は即座に行動を開始した。特殊な通信装置を使い、世界各地に散らばる覚醒者たちに緊急連絡を送り始めた。その通信方法は、通常の電波ではなく、覚醒者だけが感知できる特殊な周波数を使っていた。



その頃、世界各地の天文台では異常な観測結果が相次いでいた。

アメリカのマウナケア天文台では、若い研究員が信じられない光景を目にしていた。火星の明るさが、通常の3倍に増していた。それも、わずか数時間の間に。



「これは...ありえない」



研究員は上司に報告した。



「火星の大気が、何らかの理由で発光しています。まるで、巨大な炉に火が入ったような...」



ヨーロッパ南天天文台でも同様の報告が上がっていた。さらに、火星の軌道にわずかな変化が観測された。まるで、何か巨大な質量が火星に追加されたかのような挙動だった。



日本の国立天文台でも、緊急会議が開かれていた。



「肉眼でも確認できます」



観測主任が報告した。



「今夜、火星を見上げれば、誰でも異常に気づくでしょう。赤い星が不気味に輝いているのが見えるはずです」



賢吾たちの会議室では、世界中からの報告が次々と入ってきていた。



「インドの覚醒者から連絡」



エイリークが報告を読み上げる。



「デリー近郊で、空に向かって祈る人々が急増。彼らは『赤い星の脅威』を本能的に感じ取っているようだ」

「ブラジルからも」



美咲が別の報告を確認した。



「アマゾンの先住民が、古い予言を語り始めたそうです。『天の火が地に降りる時、古き者たちが目覚める』と」



香川教授が科学的な分析を加えた。



「火星と地球の最接近は約2年後。その時期と、フィンブルの冬の終わりが一致するのは偶然ではないでしょう。彼らは、最も効率的なタイミングを選んでいる」



ドヴァリンが古い記憶を辿りながら語った。



「3000年前も同じだった。火星が赤く輝き始めた時、地球への攻撃が始まった。しかし、あの時はまだ実験段階だった。今回は...」

「本気だ」



エイリークが言葉を継いだ。



「地球外生命体は、実験を終了し、施設を撤収するつもりだ。そのための準備が、火星で進んでいる」



賢吾は立ち上がり、仲間たちを見回した。



「もはや、準備の時間は限られている。我々は、2年以内に人類を組織し、防衛体制を整えなければならない。そして...」



彼はイールの書を手に取った。古代の書物が、微かに光を放っているように見えた。



「イールが残した対抗策を、完全に解読する必要がある。それが、人類最後の希望だ」



窓の外では、まだ昼間だったが、東の空に火星が見えていた。通常なら見えないはずの時間帯に、赤い星が不気味な存在感を放っていた。



フィンブルの冬、そして火星の脅威。人類に残された時間は、刻一刻と減っていた。しかし、賢吾たちは諦めなかった。イールが3000年前に始めた計画を、今こそ完成させる時が来たのだ。
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