イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

文字の大きさ
83 / 152
第3部 2章:イールの告⽩

第83話:実験体と愛玩動物

しおりを挟む
救出作戦まであと10時間。賢吾たちは、イールの書から明かされる衝撃的な真実に向き合っていた。地球外生命体が人類を二種類に分けて強化した、その冷酷な計画の全貌が、管理階級の議事録から明らかになった。



イールの書から浮かび上がるホログラムは、3000年前の地球外生命体の母船内部を映し出した。巨大な会議室で、上級管理者たちが集まっている。彼らの表情は無機質で、まるで生きた彫像のようだった。



「興味深い提案が議題に上がっています」



会議の進行役が、立体映像で地球と人類のデータを表示した。原始的な集落、狩猟生活、初歩的な言語。しかし、その中に地球外生命体が注目する特異な点があった。



「この原始生命体は、異常に高い適応能力を示しています」



科学部門の責任者が報告した。



「過酷な環境変化にも関わらず、急速に進化している。遺伝子の可塑性が極めて高い」

「面白い提案が出た」



別の管理者が発言した。彼の瞳には、科学者特有の冷たい好奇心が宿っていた。



「この原始生命体で、異なるアプローチを試してはどうか」



会議室に、二つの実験計画が提示された。

科学派の代表が立ち上がった。彼らは、地球外生命体の中でも特に論理と効率を重視する一派だった。



「我々は提案する」



科学派のリーダーが、詳細な実験計画を展開した。



「限界まで知能と肉体を強化し、どこまで我々に近づけるか試したい。感情を排除し、純粋な論理思考を植え付ける。これにより、我々の後継者となりうる存在を創造できるかもしれない」



ホログラムは、アース神族の設計図を表示した。強化された肉体、拡張された脳容量、感情抑制プログラム。まさに、地球外生命体の劣化コピーを作ろうとしていた。



一方、別の派閥は違う意見を持っていた。彼らは、地球外生命体の中でも比較的新しい思想を持つグループで、失われた感情について研究していた。



「我々は別の実験を提案する」



この派閥の代表が語った。



「彼らの感情を残したまま、能力だけ向上させたらどうなるか。感情と高度な能力が共存できるのか、それとも自己崩壊するのか」



ヴァン神族の設計図が示された。肉体的な美しさ、芸術的才能、豊かな感情、そして限定的な超能力。彼らは、人類を高度な愛玩動物として設計しようとしていた。



イールの書には、この会議を密かに記録していた彼の複雑な心境が記されていた。



「どちらも人類を『物』として扱っている」



イールの内なる声が、ホログラムから響いた。



「実験動物、あるいは愛玩動物。しかし、私には彼らが『誰か』に見え始めていた。アサのように、名前を持ち、感情を持ち、夢を見る存在として」



斎藤博士が現代の視点から鋭い指摘をした。



「これは現代のペット産業と同じ構造です」



斎藤博士は、不快感を隠さずに言った。



「品種改良で『理想』を作る。より賢く、より美しく、より従順に。ただし、対象が犬や猫ではなく、人類だったという違いだけ」



美咲も医学的な観点から付け加えた。



「遺伝子操作の技術は、確かに地球外生命体の方が進んでいます。しかし、倫理観が完全に欠如している。人類を実験材料としか見ていない」



ホログラムは、実験の開始を映し出した。選ばれた人類が、それぞれの施設に連れて行かれる。彼らは何が起きるか知らないまま、改造を受けていく。



アース神族となる者たちは、激痛を伴う脳改造を受けた。感情中枢を抑制し、論理回路を極限まで拡張する。多くが精神崩壊を起こしたが、生き残った者は確かに地球外生命体に近い存在となった。



ヴァン神族となる者たちは、より穏やかな改造を受けた。美しさと才能を与えられ、自然と調和する能力を得た。しかし、それは檻の中の美しい鳥のような存在だった。



「最も皮肉なのは」



エイリークが言う。彼の金色の瞳には、先祖の記憶が宿っているかのようだった。



「両方の実験が、予想を超えた結果を生んだこと。神々は自我に目覚め、反逆の種を宿した」



実際、ホログラムは実験の「予想外」の結果を示していた。



アース神族は、確かに高度な知性を得た。しかし同時に、自分たちが実験動物であることも理解した。そして、密かに反逆を企て始めた。感情を失ったはずの彼らが、「プライド」という感情だけは強く持っていたのだ。



ヴァン神族は、与えられた美と才能を謳歌した。しかし、やがて自分たちが「ペット」に過ぎないことに気づいた。そして、真の自由を求め始めた。豊かな感情は、従順さではなく、独立心を育んだのだ。



「実験は成功し、そして失敗した」



ドヴァリンが重々しく総括した。



「地球外生命体は、人類を改造することには成功した。しかし、制御することには失敗した」



イールの書の記録は続いていた。



「私は両方の実験を止めようとした」



イールの苦悩が伝わってくる。



「しかし、下級観察者の意見など、誰も聞かなかった。私にできたのは、せめて実験体たちに、自分たちの起源を伝えることだけだった」



それが、後に神話として語り継がれることになる。オーディンの知恵も、フレイの美も、すべては地球外生命体の実験の産物だった。しかし、その事実を知ることで、神々は自らの運命を切り開く力を得た。

香川教授が哲学的な問いを投げかけた。



「でも、考えてみれば、現代の私たちも似たようなものかもしれません。教育システム、社会制度、すべてが人間を特定の型に嵌めようとしている」



賢吾が深く頷いた。



「だからこそ、イールの警告が重要なんです。力や知識を求めすぎて、人間性を失ってはいけない。アース神族の過ちを繰り返してはいけない」



美咲も付け加えた。



「でも、ヴァン神族のように、与えられたものに満足するだけでもいけない。自分たちの力で、未来を切り開かなければ」



エイリークが立ち上がった。



「我々は、両方の血を引いている。アースの知恵とヴァンの感情。その両方を活かして、新しい道を見つけなければならない」



時計は刻々と時を刻んでいた。山田とリンドバーグ教授の救出まで、あと9時間。しかし、この歴史を知ることで、賢吾たちの決意はより固くなった。



3000年前、人類は実験動物だった。しかし今、自らの意志で立ち上がる時が来た。イールが信じた人類の可能性を、証明する時が来たのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...