イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

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第3部 7章:最後の啓⽰

第119話:世界への発信

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イールの覚醒プロセスが安定するまでの間、賢吾たちは人類史上最も重要な放送の準備を進めていた。ドワーフの地下都市には、3000年前の技術と現代の技術を融合させた最新鋭の通信設備があった。



「全世界同時配信の準備が整いました」



山田が複数のモニターを確認しながら報告した。



「衛星通信、インターネット、ラジオ、テレビ、すべてのメディアを使います。さらに、覚醒者たちの精神感応ネットワークも併用します」



ヴァルが追加の装置を起動させた。



「これは量子通信装置です。通常の電波が届かない場所にも、情報を送ることができます。地下深くのシェルターや、電磁シールドで守られた軍事施設にも」



エイリークが世界中の覚醒者リーダーたちと最終確認を行っていた。



「準備はいいか?君たちの地域で、パニックが起きないようサポートしてくれ」



美咲は医療チームと連携を取っていた。



「放送を聞いてショックを受ける人も出るでしょう。各地の病院に、精神科医と覚醒者の治癒能力者を配置してください」



そして、ついに放送の時が来た。

賢吾は深呼吸をして、カメラの前に立った。その手には、イールの書がしっかりと握られている。世界中の言語に同時翻訳されるシステムが作動し、地球上のあらゆる場所で、彼の声が響き始めた。



「地球の皆さん、聞いてください」



賢吾の声は落ち着いていたが、その重要性は誰の耳にも明らかだった。



「私は佐倉賢吾。日本の一介の神学者でした。しかし今、人類の代表の一人として、皆さんに真実を伝えなければなりません」



賢吾は言葉を選びながら続けた。



「我々は今、種の存続を賭けた戦いに直面しています。これから話すことは、にわかには信じがたいかもしれません。しかし、すべて事実です」



画面が切り替わり、イールの書が映し出された。賢吾は丁寧に、しかし時間を意識しながら、その内容を要約して伝え始めた。



「まず、我々人類は宇宙で孤独ではありません。3000年前、地球外生命体が地球を訪れました。彼らは我々の祖先の一部に遺伝子操作を施し、特殊な能力を与えました。神話に語られる神々とは、実はこの改造された人類のことだったのです」



画面には、解読されたルーン文字、古代遺跡の映像、そして科学的な分析データが次々と表示されていく。



「そして今、地球外生命体の一派が、人類を絶滅させようとしています。火星を拠点とする勢力が、数時間後に地球への総攻撃を開始します」



ここで画面が切り替わり、エイリークが登場した。彼の金色の瞳は、カメラを通しても神秘的な輝きを放っていた。



「信じられないかもしれません」



エイリークが力強く語った。



「しかし、証拠はあります。私たちは『覚醒者』と呼ばれる、神々の血を引く者たちです」



画面は世界各地の映像に切り替わった。覚醒者たちが、次々と能力を実演してみせる。炎を操る者、水を自在に動かす者、重力を無視して浮遊する者、傷を瞬時に癒す者。



ロンドンでは、ゼウスの末裔が空に稲妻を走らせた。

カイロでは、トトの血筋を持つ者が、空中に古代文字を光で描いた。

東京では、スサノオの子孫が、嵐を一瞬で鎮めてみせた。

ニューヨークでは、ケツァルコアトルの末裔が、翼を持たずに空を飛んだ。



世界中で同時に起きたこれらの現象は、もはや否定できない事実として、人々の目に焼き付いた。



画面は再び賢吾に戻った。彼の表情は真剣だったが、希望に満ちていた。



「しかし、恐れる必要はありません」



賢吾は力を込めて語った。



「なぜなら、我々には力があるからです。覚醒者だけではありません。すべての人類に、可能性があります」



ここで、エンキが画面に登場した。3000年前の存在が現代の言葉で語りかける姿は、それ自体が奇跡だった。



「地球の皆さん」



エンキの声は深く、温かかった。



「私は、あなた方が『神』と呼んできた存在の一人です。しかし、我々は神ではありません。あなた方と同じように悩み、間違い、学ぶ存在です」



エンキは続けた。



「3000年前、我々の一部は人類を実験動物として扱いました。しかし、イールと私たちは違う道を選びました。人類と共に歩む道を。今、その選択が試されています」



放送は核心部分に入った。賢吾が最も重要なメッセージを伝える。



「皆さん、聞いてください」



賢吾の声が響いた。



「敵の狙いは、我々を分断することです。恐怖によって、疑いによって、偏見によって。しかし、我々はそれを許しません」



画面には、世界中で手を取り合う人々の映像が流れ始めた。異なる人種、異なる宗教、異なる国籍の人々が、共に立ち上がる姿。



「我々は一つです」



賢吾が訴えた。



「人種、国家、宗教を超えて。覚醒者も、そうでない者も。すべての人類が一つになる時です。それが、我々の最大の武器です」



エイリークが具体的な行動を呼びかけた。



「各地の古代遺跡に集まってください。ピラミッド、ストーンヘンジ、マチュピチュ、アンコールワット、出雲大社...これらはすべて、地球防衛システムの一部です」



山田が技術的な説明を加えた。



「これらの遺跡を、特定の周波数で共鳴させることで、地球全体を守るシールドを展開できます。しかし、それには多くの人々の協力が必要です」



美咲が医療面でのアドバイスをした。



「覚醒の兆候を感じた方は、慌てないでください。発熱、めまい、感覚の鋭敏化などが起こりますが、これは正常な反応です」



放送の最後に、賢吾は深く頭を下げた。



「人類の皆さん。これは、我々の物語の終わりではありません。新たな始まりです。共に立ち上がりましょう。共に戦いましょう。そして、共に新しい時代を築きましょう」



放送が終了すると同時に、世界中から反響が殺到し始めた。

ドワーフの通信センターは、着信音で溢れかえった。メール、電話、SNS、あらゆる通信手段で連絡が入ってくる。



「日本の自衛隊より。全面協力します。覚醒者部隊を編成しました」

「アメリカ航空宇宙軍から。火星の監視を強化します」

「国連事務総長より。緊急安保理を開催。地球防衛軍の創設を提案します」

「ロシアから。シベリアの古代遺跡を開放しました」

「中国より。万里の長城も防衛システムの一部と判明。起動準備を開始」



一般市民からも無数のメッセージが届いた。



「信じています。何をすればいいですか?」

「子供を守るために戦います」

「覚醒者ではないけど、できることをします」



しかし、すべてが肯定的ではなかった。



「嘘だ!政府の陰謀だ!」

「悪魔の手先め!」

「覚醒者を殲滅せよ!」



賢吾は深いため息をついた。予想はしていたが、人類の分断は深刻だった。

エイリークが賢吾の肩に手を置いた。



「上出来だ。これだけの人が真実を受け入れた。残りも、時間が解決してくれる」



エンキも同意した。



「3000年前より、遥かに良い反応です。人類は確実に進化している」



山田が報告した。



「世界人口の約60%が放送を視聴しました。そのうち40%が何らかの行動を起こすと表明しています」



美咲が医療ネットワークからの報告をまとめた。



「世界中で覚醒者が急増しています。この1時間で、新たに5000人が覚醒しました」



希望は確実に広がっていた。しかし、時間は刻一刻と過ぎていく。カウンターは2時間27分56秒を示していた。



「さあ」



賢吾が立ち上がった。



「次は、イールの最後の知恵を聞く時です」



一同は、水晶の部屋へと向かった。3000年の時を超えて、過去と現在、そして未来が交差しようとしていた。



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