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第4部 1章:封印の解放
第123話:フェンリルの目覚め
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世界中の遺跡で最終準備が進む中、アイスランドで想定外の事態が発生した。
最初の異変は、レイキャビク地震観測所が捉えた異常な振動だった。リヒタースケールでは測定不能な、これまでに記録されたことのない種類の振動。それは地震というより、巨大な生命体の鼓動のようだった。
「緊急事態です!」
アイスランドの覚醒者リーダー、グンナル・ソーレンソンから緊急通信が入った。
「ヴァトナヨークトル氷河が...割れ始めています!」
衛星映像がリアルタイムで中央司令室に送られてきた。ヨーロッパ最大の氷河が、まるで内側から押し破られるように亀裂を広げていく。氷の裂け目から立ち上る蒸気は、地熱によるものではなかった。それは、何か巨大な存在の吐息だった。
そして、世界中の観測所が同時に異常を記録した。
「超低周波の音波を検出」
山田が震え声で報告した。
「これは...遠吠えです。しかし、通常の狼の100万倍以上の音圧」
その遠吠えは、人間の耳には聞こえない周波数だったが、世界中の覚醒者たちは皆、魂に直接響くような悲しみに満ちた叫びを感じ取った。
ドヴァリンの顔が青ざめた。古い記憶が蘇る。3000年前、自らも製作に関わった最強の鎖。
「フェンリルが目覚めた」
ドヴァリンの声は震えていた。
「グレイプニルが、ついに切れた」
グレイプニル。猫の足音、女の髭、山の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液という、存在しないものから作られた魔法の鎖。それが3000年の時を経て、ついに限界を迎えたのだ。
次の瞬間、衛星画像に信じがたい光景が映し出された。
氷河の中心から、巨大な影が立ち上がる。最初は山が動いたのかと思われた。しかし、それは生き物だった。全長500メートルを超える巨狼が、氷を割って地上に姿を現した。
フェンリルの姿は、神話の描写をはるかに超えていた。漆黒の毛皮は、光を吸収するかのように深い闇を湛えている。四肢は大地を揺るがすほど太く、爪は氷河を易々と引き裂いた。そして、その瞳...
「あの目は」
エイリークが息を呑んだ。
「憎悪に燃えている」
確かに、フェンリルの瞳には、3000年間の幽閉が生んだ、深い憎しみが宿っているように見えた。アース神族への恨み、裏切りへの怒り、そして...
「待て」
水晶の中のイールの意識が、強く警告を発した。
「よく見るのだ。フェンリルは敵ではない。彼もまた、被害者だ」
イールの言葉に、全員が画面を注視した。すると、憎悪の奥に、別の感情が見えてきた。それは、深い悲しみと...孤独だった。
実際、フェンリルの最初の行動は、誰もが予想したものとは違っていた。
近くにはレイキャビクの街がある。20万人以上が住む、アイスランドの首都。もしフェンリルがそこに向かえば、大惨事は免れない。しかし...
巨狼は街には目もくれず、ただ空を見上げた。そして、もう一度、悲しげに遠吠えを上げた。その声は今度は可聴域にも達し、アイスランド全土に響き渡った。
「何を...」
美咲が困惑した。
「父を...探している」
イールの意識から、深い悲しみが伝わってきた。水晶が涙のような光を放つ。
「フェンリルは、私を探しているのだ」
その瞬間、全員が理解した。フェンリルは、ロキ/イールの子。3000年間、父の帰りを待ち続けた子供。憎しみの裏には、捨てられた子供の悲しみがあった。
エイリークが前に出た。その表情には、強い決意が宿っていた。
「私が行く」
エイリークは静かに、しかし確固たる意志を持って宣言した。
「オーディンの末裔として、フェンリルと対話を試みる」
「危険すぎる!」
マグナスが即座に反対した。
「相手は500メートルの巨狼だぞ!一飲みにされる!」
しかし、エイリークの決意は固かった。
「これも、贖罪の一つだ」
エイリークの瞳には、深い責任感が宿っていた。
「我が祖先オーディンが、フェンリルに行った仕打ち。その償いを、子孫である私がしなければならない」
賢吾も理解を示した。
「確かに、オーディンの血を引く者が行けば、フェンリルも...」
「いや、それだけではない」
エイリークは続けた。
「私は戦士だ。戦うことしか知らなかった。しかし、今必要なのは戦いではない。理解と和解だ」
イールの意識が助言を与えた。
「エイリーク、君の選択は正しい。しかし、一人で行く必要はない」
「では、私も」
美咲が名乗りを上げた。
「医療班として同行します。もしフェンリルが傷ついていたら...」
「俺も行く」
マグナスが渋々ながら同意した。
「エイリークを一人にはできない」
山田が技術的なサポートを申し出た。
「翻訳装置を用意します。フェンリルとの意思疎通を助けるかもしれません」
準備は速やかに進められた。特殊な防護服、意思疎通を助ける装置、そして...
「これを持って行け」
ドヴァリンが古い笛を差し出した。
「グレイプニルを作った時に使った、調律の笛だ。フェンリルも覚えているはず」
出発の直前、イールが最後の助言を与えた。
「フェンリルに伝えてくれ」
イールの声は、父親の愛情に満ちていた。
「父は、決して彼を捨てたのではないと。すべては、彼を守るためだったと」
エイリークは深く頷いた。そして、覚醒者とともにアイスランドへと飛び立った。
現地では、既にアイスランド軍と覚醒者部隊が展開していた。しかし、誰も攻撃は仕掛けていない。ただ、遠巻きに巨狼を見守っている。
フェンリルは、氷河の上に座り込み、じっと北の空を見つめていた。その姿は、父の帰りを待つ子供のようでもあった。
エイリークが到着すると、フェンリルの耳がピクリと動いた。巨大な頭がゆっくりとこちらを向く。
その瞬間、エイリークとフェンリルの目が合った。
巨狼と人間の対話。それは、3000年ぶりの再会でもあった。憎しみと恐れ、罪と贖罪、そして...理解と和解の可能性を秘めた、歴史的な瞬間だった。
フェンリルを味方につけることができれば、人類の勝機は大きく上がる。しかし、失敗すれば...
すべては、エイリークとフェンリルの対話にかかっていた。
最初の異変は、レイキャビク地震観測所が捉えた異常な振動だった。リヒタースケールでは測定不能な、これまでに記録されたことのない種類の振動。それは地震というより、巨大な生命体の鼓動のようだった。
「緊急事態です!」
アイスランドの覚醒者リーダー、グンナル・ソーレンソンから緊急通信が入った。
「ヴァトナヨークトル氷河が...割れ始めています!」
衛星映像がリアルタイムで中央司令室に送られてきた。ヨーロッパ最大の氷河が、まるで内側から押し破られるように亀裂を広げていく。氷の裂け目から立ち上る蒸気は、地熱によるものではなかった。それは、何か巨大な存在の吐息だった。
そして、世界中の観測所が同時に異常を記録した。
「超低周波の音波を検出」
山田が震え声で報告した。
「これは...遠吠えです。しかし、通常の狼の100万倍以上の音圧」
その遠吠えは、人間の耳には聞こえない周波数だったが、世界中の覚醒者たちは皆、魂に直接響くような悲しみに満ちた叫びを感じ取った。
ドヴァリンの顔が青ざめた。古い記憶が蘇る。3000年前、自らも製作に関わった最強の鎖。
「フェンリルが目覚めた」
ドヴァリンの声は震えていた。
「グレイプニルが、ついに切れた」
グレイプニル。猫の足音、女の髭、山の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液という、存在しないものから作られた魔法の鎖。それが3000年の時を経て、ついに限界を迎えたのだ。
次の瞬間、衛星画像に信じがたい光景が映し出された。
氷河の中心から、巨大な影が立ち上がる。最初は山が動いたのかと思われた。しかし、それは生き物だった。全長500メートルを超える巨狼が、氷を割って地上に姿を現した。
フェンリルの姿は、神話の描写をはるかに超えていた。漆黒の毛皮は、光を吸収するかのように深い闇を湛えている。四肢は大地を揺るがすほど太く、爪は氷河を易々と引き裂いた。そして、その瞳...
「あの目は」
エイリークが息を呑んだ。
「憎悪に燃えている」
確かに、フェンリルの瞳には、3000年間の幽閉が生んだ、深い憎しみが宿っているように見えた。アース神族への恨み、裏切りへの怒り、そして...
「待て」
水晶の中のイールの意識が、強く警告を発した。
「よく見るのだ。フェンリルは敵ではない。彼もまた、被害者だ」
イールの言葉に、全員が画面を注視した。すると、憎悪の奥に、別の感情が見えてきた。それは、深い悲しみと...孤独だった。
実際、フェンリルの最初の行動は、誰もが予想したものとは違っていた。
近くにはレイキャビクの街がある。20万人以上が住む、アイスランドの首都。もしフェンリルがそこに向かえば、大惨事は免れない。しかし...
巨狼は街には目もくれず、ただ空を見上げた。そして、もう一度、悲しげに遠吠えを上げた。その声は今度は可聴域にも達し、アイスランド全土に響き渡った。
「何を...」
美咲が困惑した。
「父を...探している」
イールの意識から、深い悲しみが伝わってきた。水晶が涙のような光を放つ。
「フェンリルは、私を探しているのだ」
その瞬間、全員が理解した。フェンリルは、ロキ/イールの子。3000年間、父の帰りを待ち続けた子供。憎しみの裏には、捨てられた子供の悲しみがあった。
エイリークが前に出た。その表情には、強い決意が宿っていた。
「私が行く」
エイリークは静かに、しかし確固たる意志を持って宣言した。
「オーディンの末裔として、フェンリルと対話を試みる」
「危険すぎる!」
マグナスが即座に反対した。
「相手は500メートルの巨狼だぞ!一飲みにされる!」
しかし、エイリークの決意は固かった。
「これも、贖罪の一つだ」
エイリークの瞳には、深い責任感が宿っていた。
「我が祖先オーディンが、フェンリルに行った仕打ち。その償いを、子孫である私がしなければならない」
賢吾も理解を示した。
「確かに、オーディンの血を引く者が行けば、フェンリルも...」
「いや、それだけではない」
エイリークは続けた。
「私は戦士だ。戦うことしか知らなかった。しかし、今必要なのは戦いではない。理解と和解だ」
イールの意識が助言を与えた。
「エイリーク、君の選択は正しい。しかし、一人で行く必要はない」
「では、私も」
美咲が名乗りを上げた。
「医療班として同行します。もしフェンリルが傷ついていたら...」
「俺も行く」
マグナスが渋々ながら同意した。
「エイリークを一人にはできない」
山田が技術的なサポートを申し出た。
「翻訳装置を用意します。フェンリルとの意思疎通を助けるかもしれません」
準備は速やかに進められた。特殊な防護服、意思疎通を助ける装置、そして...
「これを持って行け」
ドヴァリンが古い笛を差し出した。
「グレイプニルを作った時に使った、調律の笛だ。フェンリルも覚えているはず」
出発の直前、イールが最後の助言を与えた。
「フェンリルに伝えてくれ」
イールの声は、父親の愛情に満ちていた。
「父は、決して彼を捨てたのではないと。すべては、彼を守るためだったと」
エイリークは深く頷いた。そして、覚醒者とともにアイスランドへと飛び立った。
現地では、既にアイスランド軍と覚醒者部隊が展開していた。しかし、誰も攻撃は仕掛けていない。ただ、遠巻きに巨狼を見守っている。
フェンリルは、氷河の上に座り込み、じっと北の空を見つめていた。その姿は、父の帰りを待つ子供のようでもあった。
エイリークが到着すると、フェンリルの耳がピクリと動いた。巨大な頭がゆっくりとこちらを向く。
その瞬間、エイリークとフェンリルの目が合った。
巨狼と人間の対話。それは、3000年ぶりの再会でもあった。憎しみと恐れ、罪と贖罪、そして...理解と和解の可能性を秘めた、歴史的な瞬間だった。
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