145 / 152
第4部 5章:新世界の誕⽣
第145話:勝利の代償
しおりを挟む
戦いは終わった。スルトの炎の剣が花となって大地に根を下ろし、人類と地球外生命体の間に、初めて真の理解が生まれた瞬間、世界中の人々が深い安堵のため息をついた。しかし、勝利の喜びは、すぐに厳しい現実によって影を落とされた。
中央司令室のモニターには、世界各地の被害状況が次々と表示されていた。その数字は、冷酷な現実を突きつけていた。
「最終集計が出ました」
山田の声は沈んでいた。
「世界中で、約500万人が犠牲になりました。直接の戦闘による死者、建物の倒壊、インフラの破壊による二次被害...」
パリの一部は廃墟と化し、北京の郊外は焼け野原となり、シドニーの港湾部は海の底に沈んでいた。それぞれの都市で、多くの命が失われていた。覚醒者も、非覚醒者も、等しく犠牲を払っていた。
「イールも逝った」
ドヴァリンが深い悲しみを込めて呟いた。老ドワーフの目には、3000年来の友を失った哀しみが浮かんでいた。
「最後まで、人類のために。自分の存在そのものを犠牲にして、スルトの心を開いた」
確かに、イールの残留意識は完全に消滅していた。もはや、どこにもその痕跡を見つけることはできなかった。裏切り者と呼ばれ、怪物の父と蔑まれながら、最後まで人類を信じ続けた存在は、ついに永遠の安息を得たのだった。
病院のベッドでは、賢吾が静かに横たわっていた。統合意識の中心となり、70億人の意識を束ねた代償は、あまりにも大きかった。彼の髪は真っ白になり、顔には深い皺が刻まれていた。まるで、数十年分の時を一度に経験したかのように。
「でも、後悔はない」
賢吾は弱々しい声で、しかし確かな微笑みを浮かべながら語った。美咲が彼の手を握りしめていた。
「みんなの思いを感じられた。70億の心が一つになる瞬間を体験できた。それは、言葉では表現できない、素晴らしい経験でした」
医療モニターが示す数値は、決して楽観的なものではなかった。脳の過負荷により、多くの神経細胞が損傷を受けていた。完全な回復は難しいかもしれない。しかし、賢吾の表情は穏やかだった。
アイスランドの野戦病院では、エイリークが包帯に包まれて横たわっていた。スルトとの戦いで、彼は全身に重傷を負っていた。しかし、その傍らには、小さくなったフェンリルが寄り添っていた。
「新しい関係の始まりだ」
エイリークは、痛みを堪えながらも笑顔を見せた。
「もう、オーディンとフェンリルは敵同士じゃない。これからは、真の仲間として生きていく」
フェンリルは、そっとエイリークの手を舐めた。3000年の憎しみが、ついに愛情に変わった瞬間だった。
北海では、マグナスがヨルムンガンドの頭の上に座り、夕日を眺めていた。彼も戦いで多くの傷を負っていたが、その表情は晴れやかだった。
「もう宿敵じゃない。相棒だ」
マグナスは、ヨルムンガンドの鱗を優しく撫でた。
「トールとヨルムンガンドの因縁も、今日で終わり。これからは、一緒に海と人類を守っていこう」
ヨルムンガンドが低く鳴いた。それは、同意の印だった。
世界中で、復興への動きが始まっていた。しかし、それは単なる再建ではなかった。覚醒者たちが、その力を破壊ではなく創造のために使い始めたのだ。
エジプトでは、ラーの末裔たちが太陽の力を使って、砂漠を緑化し始めた。インドでは、シヴァとヴィシュヌの末裔が協力して、汚染された川を浄化していった。中国では、龍の血を引く者たちが、大地の気を整えて、作物の成長を促進させた。
「破壊ではなく、創造のために」
これが、新時代の合言葉となった。
そして、最も驚くべきは、スルトの処遇だった。彼は捕虜として扱われることはなかった。代わりに、地球の客人として迎えられた。
「償いをさせてくれ」
スルトは、もはや炎の巨人の姿ではなく、人間大のサイズになって言った。
「私は多くの文明を破壊してきた。その罪は消えない。しかし、せめて、持っている技術と知識を人類と共有したい」
スルトは、地球外生命体の進んだ技術を惜しみなく提供し始めた。エネルギー技術、医療技術、環境技術。それらは、人類の技術レベルを一気に数世紀分進める可能性を秘めていた。
「これが」
エンキが、新しい時代の到来を予感しながら呟いた。
「共存の始まりか。異なる種族が、互いを理解し、協力し合う時代の」
しかし、喜びだけではなかった。世界各地で、犠牲者を悼む式典が行われていた。500万の命。それぞれに家族があり、友人があり、夢があった。その重みを、生き残った者たちは背負っていかなければならなかった。
ヘルは、南極の施設を「記憶の殿堂」として公開することを決めた。そこには、戦いで失われたすべての人々の記録が保存されることになった。
「失われた人々を忘れないために」
ヘルは静かに語った。
「そして、二度と同じ過ちを繰り返さないために」
勝利の代償は重かった。しかし、その犠牲は無駄ではなかった。人類は、この戦いを通じて、新たな段階へと進化した。そして、かつての敵とも手を取り合える可能性を示した。イールが夢見た世界が、痛みと犠牲の上に、ようやく実現しようとしていた。
中央司令室のモニターには、世界各地の被害状況が次々と表示されていた。その数字は、冷酷な現実を突きつけていた。
「最終集計が出ました」
山田の声は沈んでいた。
「世界中で、約500万人が犠牲になりました。直接の戦闘による死者、建物の倒壊、インフラの破壊による二次被害...」
パリの一部は廃墟と化し、北京の郊外は焼け野原となり、シドニーの港湾部は海の底に沈んでいた。それぞれの都市で、多くの命が失われていた。覚醒者も、非覚醒者も、等しく犠牲を払っていた。
「イールも逝った」
ドヴァリンが深い悲しみを込めて呟いた。老ドワーフの目には、3000年来の友を失った哀しみが浮かんでいた。
「最後まで、人類のために。自分の存在そのものを犠牲にして、スルトの心を開いた」
確かに、イールの残留意識は完全に消滅していた。もはや、どこにもその痕跡を見つけることはできなかった。裏切り者と呼ばれ、怪物の父と蔑まれながら、最後まで人類を信じ続けた存在は、ついに永遠の安息を得たのだった。
病院のベッドでは、賢吾が静かに横たわっていた。統合意識の中心となり、70億人の意識を束ねた代償は、あまりにも大きかった。彼の髪は真っ白になり、顔には深い皺が刻まれていた。まるで、数十年分の時を一度に経験したかのように。
「でも、後悔はない」
賢吾は弱々しい声で、しかし確かな微笑みを浮かべながら語った。美咲が彼の手を握りしめていた。
「みんなの思いを感じられた。70億の心が一つになる瞬間を体験できた。それは、言葉では表現できない、素晴らしい経験でした」
医療モニターが示す数値は、決して楽観的なものではなかった。脳の過負荷により、多くの神経細胞が損傷を受けていた。完全な回復は難しいかもしれない。しかし、賢吾の表情は穏やかだった。
アイスランドの野戦病院では、エイリークが包帯に包まれて横たわっていた。スルトとの戦いで、彼は全身に重傷を負っていた。しかし、その傍らには、小さくなったフェンリルが寄り添っていた。
「新しい関係の始まりだ」
エイリークは、痛みを堪えながらも笑顔を見せた。
「もう、オーディンとフェンリルは敵同士じゃない。これからは、真の仲間として生きていく」
フェンリルは、そっとエイリークの手を舐めた。3000年の憎しみが、ついに愛情に変わった瞬間だった。
北海では、マグナスがヨルムンガンドの頭の上に座り、夕日を眺めていた。彼も戦いで多くの傷を負っていたが、その表情は晴れやかだった。
「もう宿敵じゃない。相棒だ」
マグナスは、ヨルムンガンドの鱗を優しく撫でた。
「トールとヨルムンガンドの因縁も、今日で終わり。これからは、一緒に海と人類を守っていこう」
ヨルムンガンドが低く鳴いた。それは、同意の印だった。
世界中で、復興への動きが始まっていた。しかし、それは単なる再建ではなかった。覚醒者たちが、その力を破壊ではなく創造のために使い始めたのだ。
エジプトでは、ラーの末裔たちが太陽の力を使って、砂漠を緑化し始めた。インドでは、シヴァとヴィシュヌの末裔が協力して、汚染された川を浄化していった。中国では、龍の血を引く者たちが、大地の気を整えて、作物の成長を促進させた。
「破壊ではなく、創造のために」
これが、新時代の合言葉となった。
そして、最も驚くべきは、スルトの処遇だった。彼は捕虜として扱われることはなかった。代わりに、地球の客人として迎えられた。
「償いをさせてくれ」
スルトは、もはや炎の巨人の姿ではなく、人間大のサイズになって言った。
「私は多くの文明を破壊してきた。その罪は消えない。しかし、せめて、持っている技術と知識を人類と共有したい」
スルトは、地球外生命体の進んだ技術を惜しみなく提供し始めた。エネルギー技術、医療技術、環境技術。それらは、人類の技術レベルを一気に数世紀分進める可能性を秘めていた。
「これが」
エンキが、新しい時代の到来を予感しながら呟いた。
「共存の始まりか。異なる種族が、互いを理解し、協力し合う時代の」
しかし、喜びだけではなかった。世界各地で、犠牲者を悼む式典が行われていた。500万の命。それぞれに家族があり、友人があり、夢があった。その重みを、生き残った者たちは背負っていかなければならなかった。
ヘルは、南極の施設を「記憶の殿堂」として公開することを決めた。そこには、戦いで失われたすべての人々の記録が保存されることになった。
「失われた人々を忘れないために」
ヘルは静かに語った。
「そして、二度と同じ過ちを繰り返さないために」
勝利の代償は重かった。しかし、その犠牲は無駄ではなかった。人類は、この戦いを通じて、新たな段階へと進化した。そして、かつての敵とも手を取り合える可能性を示した。イールが夢見た世界が、痛みと犠牲の上に、ようやく実現しようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる