イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

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第4部 6章:永遠の物語

第152話:新たな始まり

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東京大学統合意識学部、賢吾の研究室。午後の陽光が窓から差し込み、本棚に並ぶ古今東西の文献を照らしていた。その中でも最も大切に保管されているのは、すべての始まりとなったイールの書だった。



ノックの音がして、一人の学生が入ってきた。綾瀬ユウキ、統合意識学を専攻する大学院生だ。彼女の瞳には、新世代の覚醒者特有の虹色の光が宿っていた。



「失礼します、佐倉先生」



ユウキは興奮を抑えきれない様子だった。



「ペルーのマチュピチュ遺跡で、信じられない発見がありました」



彼女が差し出したタブレットには、つい先ほど送られてきたばかりの考古学調査隊からの報告が表示されていた。画像には、明らかにイールの書と同じ材質、同じ装丁の書物が映っている。



「これは...」



賢吾は眼鏡を外し、画面を食い入るように見つめた。



「表紙には『第二部:希望の書』と刻まれています」



ユウキが説明を続ける。



「現地の調査隊によると、これまで誰も入れなかった地下室から発見されたそうです。覚醒者の能力によって、ようやく封印が解けたとか」



賢吾はすぐに山田に連絡を取った。彼は今、古代遺跡研究センターのセンター長として、世界中の遺跡ネットワークを管理している。



「確認しました」



山田の声が通信機から響く。



「間違いありません。イールの書と同じエネルギー・シグネチャーを持っています。すぐに厳重な保護の下、東京に輸送します」



その間にも、現地からは書の内容の一部が送られてきた。それは現代の言語に自動的に翻訳されるという、イールの書と同じ特性を持っていた。

賢吾は震える手で、最初のページを読み始めた。



『我が愛する人類へ。もし君たちがこれを読んでいるなら、私の信頼は正しかったということだ。君たちは、私の予想をはるかに超えた。互いに争い、殺し合うはずだった種族が、一つになることを選んだ。これは宇宙の歴史においても、稀有な奇跡だ』



研究室に次々と仲間たちが集まってきた。エイリーク、美咲、マグナス、そしてホログラムでスルトも参加した。皆、この歴史的瞬間に立ち会おうとしていた。



『君たちは知らないだろうが、宇宙には無数の実験場がある。我々の種族は、効率を追求するあまり、各惑星の生命を道具として扱ってきた。しかし、必ず抵抗者が現れる。私のように、エウルのように、そして他の多くの名もなき守護者たちのように』



「やはり」



エイリークが深く頷いた。



「イールは一人ではなかった」



書は続いていた。



『しかし、ほとんどの場合、守護者たちは失敗に終わる。保護した種族が自滅するか、あるいは我々の種族に発見されて浄化される。だが、君たちは違った。君たちは生き延びただけでなく、より強く、より賢明になった』



次のページには、衝撃的な情報が記されていた。



『宇宙には今も、助けを求める声が満ちている。私のネットワークを通じて、多くの守護者たちが必死に信号を送っている。彼らの保護する種族は、絶滅の危機に瀕している。君たちなら、その声が聞こえるはずだ』



その瞬間、部屋にいた覚醒者たちの表情が変わった。美咲が最初に口を開いた。



「聞こえます...かすかですが、確かに」



マグナスも頷いた。



「俺にも聞こえる。苦しみの声だ。助けを求めている」



ユウキは目を閉じて集中していた。



「複数の方向から...少なくとも十以上の異なる信号を感じます」



書の続きを読むと、さらに具体的な情報があった。各星系の座標、そこにいる守護者の名前、保護されている種族の特徴。イールは、宇宙規模の救援ネットワークを密かに構築していたのだ。



『君たちに託す。今度は、君たちが救済者となる番だ。かつて君たちが助けられたように、他の種族を助けてほしい。これは命令ではない。選択だ。君たちがどう選ぶかは、君たち次第だ』



最後のページには、個人的なメッセージが記されていた。



『賢吾へ。君がこれを読んでいることを信じている。君は私の書を守り、人類を導いてくれた。心から感謝する。新しい冒険が君たちを待っている。恐れることはない。君たちなら必ずできる。永遠の友より、イール』



賢吾は涙を拭った。10年の時を超えて、イールからの新たなメッセージ。それは希望に満ちていた。

エイリークが立ち上がった。



「緊急会議を招集する。世界覚醒者協会、地球防衛軍、各国政府。人類の新たな使命について議論しなければならない」

「技術的な準備も必要です」



山田が付け加える。



「恒星間救援船の建造を加速させましょう」



美咲も決意を新たにしていた。



「医療チームの編成も急ぎます。未知の生命体に対応できる体制を」



スルトが重要な指摘をした。



「警戒は続けなければならない。我々が宇宙に出れば、母星に発見される可能性も高まる」

「それでも」



賢吾が静かに、しかし力強く言った。



「行かなければならない。これが人類の選んだ道だ」



その夜、世界中で緊急ニュースが流れた。『イールの書・第二部発見』『人類に新たな使命』『宇宙救援時代の幕開け』。メディアは興奮し、人々は期待と不安を抱いた。



しかし、子供たちの反応は単純で純粋だった。



「困っている人がいるなら、助けに行くのは当たり前でしょ」



新世代にとって、それは議論の余地のない事実だった。



各地で志願者が殺到した。覚醒者も非覚醒者も、それぞれができることで貢献しようとした。エンジニアは宇宙船の設計に、医師は異星医療の研究に、教師は異文化コミュニケーションの教育に。



賢吾は研究室の窓から外を見た。夕焼けに染まる空の向こうに、最初の星が瞬き始めていた。あの星々のどこかで、助けを待つ者たちがいる。



「イール、見ていますか」



賢吾は静かに呟いた。



「あなたの遺志は、確かに継がれています。人類は、あなたが信じた通りの種族になりました」



窓が開いていたわけでもないのに、優しい風が研究室を通り抜けた。本のページがめくれ、イールの書が微かに光った。まるで、遠い宇宙からの返事のように。



人類の新たな物語が、今始まろうとしていた。もはや被保護者としてではなく、保護者として。受け取る側ではなく、与える側として。

そして、この選択こそが、人類が真に成熟した種族となった証だった。力によってではなく、愛によって宇宙に出ていく。それはイールが夢見た、最も美しい未来の実現だった。

星空の下、地球は新たな一歩を踏み出そうとしていた。
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