Trypophobia

奈波実璃

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それから数日後、私の頭からは次第に蜂の巣の事が駆逐され始めていた。


 その日の大学からの帰宅中、電車内で私のスマホが震えた。
 無料通話アプリに、ミキねぇからメッセージが届いたのだ。

『今日までに大学図書館に返さなきゃいけない本があったから、今急いで大学に戻ってる。課題のプリントが散らばってるけど、ジャマだったら適当に寄せといて!』

 私は適当にスタンプで返すと、小さくため息を吐いて車窓を眺めた。

 私は大学に入学するまでの一年、姉が東京で変わってしまうんじゃないかと、不安でいたことを思い出した。
 どんなになろうとミキねぇはミキねぇだ……とは分かってはいたけど、変わられてしまうのも寂しいと思っていたのだ。
 けど、ミキねぇは変わらずドジでおっちょこちょいだった。 
 それがなんだか妙に嬉しかった記憶がある。


 ふと、車窓に映る自分の顔に思うところがあり、コンパクトミラーを取り出した。
 鼻の頭のファンデーションを軽く擦って落としてから、鏡を覗いた。

 鼻の頭に角栓が溜まって、ぶつぶつになっていた。
 ーーそういえば、お手入れサボってたかも。
 私は再びため息を吐いた。

 私はしばらく、コンパクトミラーを見つめていた。
 なんだか、角栓のつまりを見ていると妙な気分になってきた。
 頭が熱くなって、熱っぽくなるような……。
 この感覚、最近堪能したような……。

(そうだ、蜂の巣でだ)

 けれど今回は熱っぽい感覚と同時に、軽い吐き気を覚えた。
 まるでそのぶつぶつの集まりが、私の脳内を犯していくような気分だった。

 しかし私がその吐き気の正体に迫るよりも前に、電車がアパートの最寄り駅に着いてしまった。



 アパートの部屋は、ミキねぇのメッセージ通りにプリント(というより、レジュメ)が散らばっていた。
 私はそれを片付けるたにテーブルの上のそれらをかき集めた。

 ふと、そのレジュメの束の写真が目についた。
 確かミキねぇは、南アジアの文化を学んでいると聞いたけれど、その写真はインドやネパールあたりの寺院の写真だった。

 その中に、それがあったのだ。


 寺院に誂えられた池に生える、蓮の花や、実の写真が。
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