深淵の教会にて

第六章～過去～

１９

彩子が死んだのは、それから三日後のことだった。
　彼女は恋人と駆け落ちをして遠い町へ向かうつもりであったが、その最中に恋人の車が事故を起こし、二人とも死んでしまったのだ。

　高橋は最初こそは、男に対する怒りで頭がいっぱいであった。
　やはりアイツは疫病神だったと、男の墓の前でも怒鳴る始末だった。

　けれどそれから幾日か経つと、高橋の中には喪失感が広がり始めた。
　彩子が3歳の時に妻を病で亡くし、それから男手一つ、彼女を育てた。
　そんな環境の中でも、彼女は品行方正に、清く正しく育ってくれた。
　そしてそんな彼女の初めての我が儘が、あの恋人のことだった。

　高橋は自身を苛む喪失感、そして罪悪感から逃げるように、知り合いのいない辺境の地へと引っ越した。
　経営していた会社は信頼していた役員に後を頼み、財産を大方整理して、隠者のような生活を始めたのだ。