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夏の章 中辛男子は結婚したい
7、一瞬の隙
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佐伯さんと選手それぞれの面談は、それから2週間の間に行われた。わたしは同席はしなかったけれど、彼らのアンケートと佐伯さんの作ったシートは見せてもらった。
おいちゃんは、他のチームへの移籍じゃなくて、チームを支える側にまわるか、ステファンフーズへの就職を希望していた。
多分、由加子ちゃんとの未来のことも考えて、安定性を重視したんだろうな。
コオリ君は、全部の選択肢を視野にいれていた。3人の中で一番若いし、言うなればまだ学生だし、可能性は多方向に広がってるもんね。
そしてノイ君は、他チームへの移籍が第一希望だった。
現在プロリーグはステファンゲーミングをいれて6チームある。どこかの大手企業の新規加入の噂もあるし、可能性はなくはない。
……そっか。
もしもノイ君が移籍したら、今みたいな関係はなくなっちゃうんだな。
築いた全てが消えるわけじゃない。
でも、もう配信の後に岩盤浴で汗を流すことも、東京タワーめがけて猛ダッシュすることもなくなるんだ。
それを思うと胸が痛いし、寂しいって感じる。
でも……。
わたしは大きく息を吐いて、目の前にあるタブレットを見つめた。今日は後期リーグの初日。わたしと佐伯さんはチーム関係者用の控え室で、試合の様子を見つめていた。こじんまりとした部屋には長机と椅子と観戦用にタブレットが置かれていて、インターネット配信中の試合画面を見ることができる。
今は先鋒のノイ君の試合。対戦相手が響選手っていうこともあって、ノイ君は相当気合いが入っている。
「かなり良い手札だね」
佐伯さんの言葉に、わたしもうなずいた。配信用の画面だと、ノイ君と響選手の両方の手札が見える状態になっている。(もちろん試合をしている当人は、相手の手札は見えない)
ノイ君は最初に引いた手札が攻撃的なものが多く、逆に響選手の方は守りのカードが多く攻め手に欠ける。そんな印象だ。
とはいっても、まだ試合は始まったばかり。
どちらに風が吹くかはまだわからない。
「あの──ありがとうございました」
試合展開を注視しつつ、わたしは佐伯さんにぺこりと頭を下げた。何のことだろう? って顔をする佐伯さんに「選手のセカンドキャリアのこと……動いてくれて、ありがとうございました」と改めて言った。
「いや、豊福さんがきっかけをくれたおかげだよ。それぞれが今後についてどう考えているのか、深いところまで突っ込んで話せたよ。彼らの持つビジョンの全てを実現させることは難しいかもしれないが、進むべき方向はわかった」
まあ……すぐにとはいかないと思うけど、と少しだけ佐伯さんは申し訳なさそうになる。
「大丈夫です、こういうことは時間がかかるってわかってますから。──それで、おいちゃんは結婚のこと何か言ってました?」
控え室には他にだれもいないのに、つい声を潜めてしまう。(ちなみにコオリ君とおいちゃんは選手専用の控え室があって、カメラが入っている)佐伯さんは「斎藤君は少しだけ話してくれたよ。今の彼女と結婚したいから、地に足をつけたセカンドキャリアを選びたいって」とうなずいた。
「もちろん全力でサポートすると伝えた。斎藤君の性格なら、たとえばうちに社員として入ったとしても、うまくやれそうな気はする」
「わかります。まわりをよく見てるし、人当たりもいいし」
いつかおいちゃんが『おいちゃん』から『斎藤敬太』に戻る日はくるんだろうか。その時、隣には由加子ちゃんが変わらず寄り添っていたらいい。
わたしはそんなことを思って、またモニターに視線を戻した。
試合は終始ノイ君が押している。響選手のライフは少しずつ削られて、もう残りは4だ。そして8ターン目、ノイ君は勝負を決めたいと思ったのか、とあるカードに照準を合わせた。
「──野宮君はもしかして、見えてないのかな」
佐伯さんが、口元に手をあてながら言った。彼が出そうとしている『軍神テュールの剣戟』というカードを見て、わたしも佐伯さんの言わんとしていることに気づく。
「『フェンリルの粛清』が開いちゃう……!」
それは響選手の手札にあるカードで、特別な条件を満たした時だけに使用できるカードだった。
その条件は3つ。特定のカードを複数破壊されること、自分のライフが5以下であること。そして、今まさにノイ君が使おうとしている『軍神テュールの剣戟』が場に出されること。
「『粛清』がデッキリストにあるのは知ってるはずですけど……」
「ここまでは一方的に野宮君が押していたからな。一気に決めるつもりだったんだろう」
『軍神テュールの剣戟』は、本来なら相手に5ダメージを与えるカードだ。でも今の状況だと──。
ノイ君、待って! それは出したらだめ!
そんな願いは届かず、ノイ君は『軍神テュールの剣戟』を場に出した。その瞬間、響選手の方の手札の中の一枚が輝いて、それが開かれる。
ノイ君が目を見開いた。
『フェンリルの粛清』はターンを無視した無双カードだ。条件がそろった瞬間に手札にあれば、勝手に場に出て、問答無用で相手に強力なダメージを与える。本来ならば響選手のライフは0になっているはずなのに、逆にノイ君のライフが5まで減らされた。
「──ケアレスミスだな」
佐伯さんが頭の後ろをかいて、ため息をつく。
ノイ君のターンはそのまま終了。次の響選手のターンで、ノイ君は土をつけられることになった。ワイプにには、呆然としたノイ君がうつっていた……。
おいちゃんは、他のチームへの移籍じゃなくて、チームを支える側にまわるか、ステファンフーズへの就職を希望していた。
多分、由加子ちゃんとの未来のことも考えて、安定性を重視したんだろうな。
コオリ君は、全部の選択肢を視野にいれていた。3人の中で一番若いし、言うなればまだ学生だし、可能性は多方向に広がってるもんね。
そしてノイ君は、他チームへの移籍が第一希望だった。
現在プロリーグはステファンゲーミングをいれて6チームある。どこかの大手企業の新規加入の噂もあるし、可能性はなくはない。
……そっか。
もしもノイ君が移籍したら、今みたいな関係はなくなっちゃうんだな。
築いた全てが消えるわけじゃない。
でも、もう配信の後に岩盤浴で汗を流すことも、東京タワーめがけて猛ダッシュすることもなくなるんだ。
それを思うと胸が痛いし、寂しいって感じる。
でも……。
わたしは大きく息を吐いて、目の前にあるタブレットを見つめた。今日は後期リーグの初日。わたしと佐伯さんはチーム関係者用の控え室で、試合の様子を見つめていた。こじんまりとした部屋には長机と椅子と観戦用にタブレットが置かれていて、インターネット配信中の試合画面を見ることができる。
今は先鋒のノイ君の試合。対戦相手が響選手っていうこともあって、ノイ君は相当気合いが入っている。
「かなり良い手札だね」
佐伯さんの言葉に、わたしもうなずいた。配信用の画面だと、ノイ君と響選手の両方の手札が見える状態になっている。(もちろん試合をしている当人は、相手の手札は見えない)
ノイ君は最初に引いた手札が攻撃的なものが多く、逆に響選手の方は守りのカードが多く攻め手に欠ける。そんな印象だ。
とはいっても、まだ試合は始まったばかり。
どちらに風が吹くかはまだわからない。
「あの──ありがとうございました」
試合展開を注視しつつ、わたしは佐伯さんにぺこりと頭を下げた。何のことだろう? って顔をする佐伯さんに「選手のセカンドキャリアのこと……動いてくれて、ありがとうございました」と改めて言った。
「いや、豊福さんがきっかけをくれたおかげだよ。それぞれが今後についてどう考えているのか、深いところまで突っ込んで話せたよ。彼らの持つビジョンの全てを実現させることは難しいかもしれないが、進むべき方向はわかった」
まあ……すぐにとはいかないと思うけど、と少しだけ佐伯さんは申し訳なさそうになる。
「大丈夫です、こういうことは時間がかかるってわかってますから。──それで、おいちゃんは結婚のこと何か言ってました?」
控え室には他にだれもいないのに、つい声を潜めてしまう。(ちなみにコオリ君とおいちゃんは選手専用の控え室があって、カメラが入っている)佐伯さんは「斎藤君は少しだけ話してくれたよ。今の彼女と結婚したいから、地に足をつけたセカンドキャリアを選びたいって」とうなずいた。
「もちろん全力でサポートすると伝えた。斎藤君の性格なら、たとえばうちに社員として入ったとしても、うまくやれそうな気はする」
「わかります。まわりをよく見てるし、人当たりもいいし」
いつかおいちゃんが『おいちゃん』から『斎藤敬太』に戻る日はくるんだろうか。その時、隣には由加子ちゃんが変わらず寄り添っていたらいい。
わたしはそんなことを思って、またモニターに視線を戻した。
試合は終始ノイ君が押している。響選手のライフは少しずつ削られて、もう残りは4だ。そして8ターン目、ノイ君は勝負を決めたいと思ったのか、とあるカードに照準を合わせた。
「──野宮君はもしかして、見えてないのかな」
佐伯さんが、口元に手をあてながら言った。彼が出そうとしている『軍神テュールの剣戟』というカードを見て、わたしも佐伯さんの言わんとしていることに気づく。
「『フェンリルの粛清』が開いちゃう……!」
それは響選手の手札にあるカードで、特別な条件を満たした時だけに使用できるカードだった。
その条件は3つ。特定のカードを複数破壊されること、自分のライフが5以下であること。そして、今まさにノイ君が使おうとしている『軍神テュールの剣戟』が場に出されること。
「『粛清』がデッキリストにあるのは知ってるはずですけど……」
「ここまでは一方的に野宮君が押していたからな。一気に決めるつもりだったんだろう」
『軍神テュールの剣戟』は、本来なら相手に5ダメージを与えるカードだ。でも今の状況だと──。
ノイ君、待って! それは出したらだめ!
そんな願いは届かず、ノイ君は『軍神テュールの剣戟』を場に出した。その瞬間、響選手の方の手札の中の一枚が輝いて、それが開かれる。
ノイ君が目を見開いた。
『フェンリルの粛清』はターンを無視した無双カードだ。条件がそろった瞬間に手札にあれば、勝手に場に出て、問答無用で相手に強力なダメージを与える。本来ならば響選手のライフは0になっているはずなのに、逆にノイ君のライフが5まで減らされた。
「──ケアレスミスだな」
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