甘口・中辛・辛口男子のマネージャーやってます

七篠りこ

文字の大きさ
14 / 37
夏の章 中辛男子は結婚したい

7、一瞬の隙

しおりを挟む
 佐伯さんと選手それぞれの面談は、それから2週間の間に行われた。わたしは同席はしなかったけれど、彼らのアンケートと佐伯さんの作ったシートは見せてもらった。

 おいちゃんは、他のチームへの移籍じゃなくて、チームを支える側にまわるか、ステファンフーズへの就職を希望していた。
 多分、由加子ちゃんとの未来のことも考えて、安定性を重視したんだろうな。

 コオリ君は、全部の選択肢を視野にいれていた。3人の中で一番若いし、言うなればまだ学生だし、可能性は多方向に広がってるもんね。
 
 そしてノイ君は、他チームへの移籍が第一希望だった。
 現在プロリーグはステファンゲーミングをいれて6チームある。どこかの大手企業の新規加入の噂もあるし、可能性はなくはない。
 ……そっか。
 もしもノイ君が移籍したら、今みたいな関係はなくなっちゃうんだな。

 築いた全てが消えるわけじゃない。
 でも、もう配信の後に岩盤浴で汗を流すことも、東京タワーめがけて猛ダッシュすることもなくなるんだ。
 
 それを思うと胸が痛いし、寂しいって感じる。
 でも……。

 わたしは大きく息を吐いて、目の前にあるタブレットを見つめた。今日は後期リーグの初日。わたしと佐伯さんはチーム関係者用の控え室で、試合の様子を見つめていた。こじんまりとした部屋には長机と椅子と観戦用にタブレットが置かれていて、インターネット配信中の試合画面を見ることができる。
 今は先鋒のノイ君の試合。対戦相手が響選手っていうこともあって、ノイ君は相当気合いが入っている。

「かなり良い手札だね」

 佐伯さんの言葉に、わたしもうなずいた。配信用の画面だと、ノイ君と響選手の両方の手札が見える状態になっている。(もちろん試合をしている当人は、相手の手札は見えない)
 
 ノイ君は最初に引いた手札が攻撃的なものが多く、逆に響選手の方は守りのカードが多く攻め手に欠ける。そんな印象だ。
 とはいっても、まだ試合は始まったばかり。
 どちらに風が吹くかはまだわからない。

「あの──ありがとうございました」

 試合展開を注視しつつ、わたしは佐伯さんにぺこりと頭を下げた。何のことだろう? って顔をする佐伯さんに「選手のセカンドキャリアのこと……動いてくれて、ありがとうございました」と改めて言った。

「いや、豊福さんがきっかけをくれたおかげだよ。それぞれが今後についてどう考えているのか、深いところまで突っ込んで話せたよ。彼らの持つビジョンの全てを実現させることは難しいかもしれないが、進むべき方向はわかった」

 まあ……すぐにとはいかないと思うけど、と少しだけ佐伯さんは申し訳なさそうになる。 

「大丈夫です、こういうことは時間がかかるってわかってますから。──それで、おいちゃんは結婚のこと何か言ってました?」

 控え室には他にだれもいないのに、つい声を潜めてしまう。(ちなみにコオリ君とおいちゃんは選手専用の控え室があって、カメラが入っている)佐伯さんは「斎藤君は少しだけ話してくれたよ。今の彼女と結婚したいから、地に足をつけたセカンドキャリアを選びたいって」とうなずいた。

「もちろん全力でサポートすると伝えた。斎藤君の性格なら、たとえばうちに社員として入ったとしても、うまくやれそうな気はする」
「わかります。まわりをよく見てるし、人当たりもいいし」

 いつかおいちゃんが『おいちゃん』から『斎藤敬太』に戻る日はくるんだろうか。その時、隣には由加子ちゃんが変わらず寄り添っていたらいい。
 わたしはそんなことを思って、またモニターに視線を戻した。

 試合は終始ノイ君が押している。響選手のライフは少しずつ削られて、もう残りは4だ。そして8ターン目、ノイ君は勝負を決めたいと思ったのか、とあるカードに照準を合わせた。

「──野宮君はもしかして、見えてないのかな」

 佐伯さんが、口元に手をあてながら言った。彼が出そうとしている『軍神テュールの剣戟けんげき』というカードを見て、わたしも佐伯さんの言わんとしていることに気づく。

「『フェンリルの粛清』が開いちゃう……!」

 それは響選手の手札にあるカードで、特別な条件を満たした時だけに使用できるカードだった。
 その条件は3つ。特定のカードを複数破壊されること、自分のライフが5以下であること。そして、今まさにノイ君が使おうとしている『軍神テュールの剣戟』が場に出されること。
 
「『粛清』がデッキリストにあるのは知ってるはずですけど……」 
「ここまでは一方的に野宮君が押していたからな。一気に決めるつもりだったんだろう」

 『軍神テュールの剣戟』は、本来なら相手に5ダメージを与えるカードだ。でも今の状況だと──。

 ノイ君、待って! それは出したらだめ!
 そんな願いは届かず、ノイ君は『軍神テュールの剣戟』を場に出した。その瞬間、響選手の方の手札の中の一枚が輝いて、それが開かれる。

 ノイ君が目を見開いた。

 『フェンリルの粛清』はターンを無視した無双カードだ。条件がそろった瞬間に手札にあれば、勝手に場に出て、問答無用で相手に強力なダメージを与える。本来ならば響選手のライフは0になっているはずなのに、逆にノイ君のライフが5まで減らされた。
 
「──ケアレスミスだな」

 佐伯さんが頭の後ろをかいて、ため息をつく。
 ノイ君のターンはそのまま終了。次の響選手のターンで、ノイ君は土をつけられることになった。ワイプにには、呆然としたノイ君がうつっていた……。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...