甘口・中辛・辛口男子のマネージャーやってます

七篠りこ

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春の章 辛口男子は愛想が欲しい

7、辛口男子とファンミーティング

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 東京駅八重洲口から出て、徒歩5分。イタリアンレストラン『Molto buonoモルト ボーノ』は、モノトーンを基調にしたスタイリッシュなイメージのお店だ。黒に近いダークブラウンのテーブルに真っ白い椅子が並び、天井からは控えめなシャンデリアが下げられている。

 そんなシックで都会的な店は今、カラフルなガーランドや風船で飾り付けられて、ずいぶんと賑やかでかわいらしい雰囲気に変わっていた。『ステファンゲーミングのファンミーティング』という横断幕が目立つところにかかげられて、その近くに並ぶのは彼ら3人。今日はお店を貸切にしてのイベントだった。

「みなさん、今日は暑い中ありがとうございます!」

 バーカウンターの前に並んだメンバーの内、まずはリーダーのおいちゃんが来てくれた人たちを見回した。

 集まったファンは総勢40名。男女比は3対1というところかな。初年度は9割男性だったことを思うと、随分女性ファンが増えたなぁと思う。18歳以上という参加制限をかけているのだけれど、若い層が多い。

「先週、前期リーグ戦を終えて、僕たちは3位という結果でした。ここから巻き返して後期こそは首位になりたいと思いますので、これからも応援お願いします!」

 三人が勢い良く頭を下げると、一斉に拍手がおこった。みんな笑顔でそれに応えてから「でもそんな中で、我らがNOISEがMVPをとったので、今日はみんなで一緒にお祝いできたらいいなと思ってます」とおいちゃんが言う。
 
 わあっと歓声が上がった。

 6チームによって行われる『フェンリルの彷徨』プロリーグは、前期と後期にわかれている。4月から6月が前期で、9月から11月が後期。それぞれ10節まで行われる。
 その中でノイ君はなんと8勝2敗という全選手の中で1位の成績をとったんだ。カードゲームだし運の要素も関わってはくるけれど、それをたぐりよせられる強さがノイ君にはあった。

 ノイ君は一歩前に出ると「ありがとー!」と皆からのお祝いに手をあげた。

「この結果におごらず、後半戦もがんばります! でもとりあえず、今日は俺たちも楽しみますんで! みんなも楽しんで行ってください」

 にこやかな挨拶に、主に女性ファンからの拍手が響いた。さっきよりも手の叩き方が情熱的な気がする。ノイ君もきっちり彼女らに向かって手を振ってサービスしてから、改めて会場全体を見渡した。

「じゃあまずは乾杯しましょう。飲み物もらってない人いませんか? アルコール出せなくて申し訳ないですけど、健全なオフ会ってことで!」

 彼ら3人もバーカウンターに置かれたグラスを手にとって(中身は炭酸だ)、おいちゃんの発声とともにファンミーティングは始まった。

 乾杯のあとは、早速の対戦会だ。
 ひとつのテーブルに選手ひとりが座って、ルームマッチをする。真剣勝負というよりはわいわい楽しむ方に比重を置いているから、勝負している二人のまわりには人だかりができて、あれこれコメントが飛び交っていた。

 対戦をしないファンは、ビュッフェ形式で置いてある料理を食べたり、飲み物を飲んだりと立食パーティーのような過ごし方もできる。壁には試合中の写真や選手紹介ボードを貼ってあるので、それをのんびり見たり写真に撮っているファンもいた。

 まわりに目を配りながら遠巻きに彼らの様子を見てみる。みんな楽しそうだ。
 ノイ君やおいちゃんのことは特に心配していなかったけれど、コオリ君もなかなか顔がほころんでいる。

 去年のファンミーティングでは対戦会の時もすっごく真面目に勝負していたけれど、今年はほどよく力が抜けているみたい。
 『にんじん』効果もちょっとは出てるのかも。
 ふふっと笑みがこぼれる。

 ちょうどその瞬間、コオリ君がこちらを見た。なんだろう、わたしの視線に気づいたのかな。
 だからわたしはぐっと親指をたててみせる。

 いいよいいよ! その調子!
 ウインクしたいけどできないから、にやっと笑って見せた。

 コオリ君は目を細めてうなずく。その微笑みは上品できれいで、ドキッと胸が騒いだ。
 ……あれだな。端正なコオリ君が笑うって、破壊力抜群だ。
 ノイ君とは違う魅力を改めて知らされた気がして、わたしは一人で咳払いをしてごまかしていると。

「コオリは最近、少し変わってきたな」

 後ろからぽんと肩をたたかれるのと一緒に声をかけられた。不意打ちすぎて「ぎゃあっ」って声がもれる。振り向くと、そこにいたのは佐伯さんだった。

「別に驚かせるつもりはなかったんだが……」

 わたしのリアクションにびっくりしたみたいで、佐伯さんもどこか戸惑った顔になっている。水色のチームTシャツにブラックジーンズという普段より劇的にラフな格好もあって、一瞬誰かわかんなかったくらいだ。

「まだ何も飲んでないだろう? アイスティー持ってきたよ」

 佐伯さんは両手にドリンクを持っていて、すぐに片方を差し出してくれた。

「ありがとうございます! 言われてみれば、喉がかわいてました」

 そういえば、受付を始めてからずっと何も口にしていなかった。試しに一口飲んでみるとほのかに甘くて、喉がうるおう感覚に生き返るような心地になる。一気に半分ほど飲んだわたしを見て、佐伯さんは微笑んだ。

「随分と集中して見てたんだな」

 言いながら佐伯さんが視線をコオリ君に向けた。

 ば、ばれてる……。
 恥ずかしさに顔がカーッと熱くなる。

「い、いやあの、コオリ君がファンの皆さんと楽しそうに交流してるから良かったなぁなんて思って……あはは」
「確かに、最近は本当に愛想が出てきた。──豊福さんが一枚かんでるのかな?」
「かんでるってほどじゃないですよ! ちょっと相談受けて、わたしなりにアドバイスしただけですっ」
「きっとそれが的確だったんだね」

 佐伯さんはうなずくと、おいちゃんとノイ君の方も確認するように視線を巡らせた。どちらのテーブルも盛り上がっているのを見て「いい傾向だと思うよ」と呟く。

「ファンを大事にするチームは強くなるからね」

 佐伯さんの持論に、わたしも「応援が選手を後押しするんですもんね」と後に続いた。
 チームが発足することになった時、一番最初に佐伯さんから聞いた言葉だ。

 ステファンゲーミングは、プロリーグに参戦している他のチームと比べても、ファンとの交流イベントを開いたり、配信にも力をいれていたりと『発信』することにも比重を置いている。
 チームの知名度や人気を上げていくことがチーム力の底上げになるし、ひいてはプロリーグを盛り上げることにつながる。っていう考えだ。

「小原君にはなんてアドバイスしたんだ?」

 小原君、というのはコオリ君の名字だ。佐伯さんは、選手の前ではPNで呼ぶけれど、それ以外の時は本名で呼んでいる。わたしもそれにならいたいんだけれど、なかなかPN呼びで慣れてしまってうまくいかない。佐伯さんが「それでいい」って言ってくれてるから、甘えさせてもらってる。

「……たいしたことは言ってないんです。笑顔を大事にとか、試合の時ワイプで抜かれたらファンサービスしたらいいとか、配信の時はコメントに注目してとか……」

 さすがに『にんじん』アカウントの話は言ったら……なんかまずいことになる……かもしれない。ならないかもしれないけど……いやでもなるな!
 妙な焦りがわいてきて、早口でまくしたててしまう。

 でも佐伯さんはそのあたりのわたしの動揺には気づかなかったようで、感心した様子でうなずいてくれた。

「豊福さんは選手に親身になるから、そういうアドバイスも届くんだろうね」

 なんて言葉までくれる。
 
 佐伯さんって、選手には結構厳しめのことを言うけれど、わたしには滅法優しい。褒めて伸ばそうって思ってくれてるのかもしれない。


 ◆

 約3時間強のファンミーティングは、夕暮れを前に無事に終了した。
 ビンゴ大会や質問コーナーなどの企画も盛り上がったし、ファンのみんなの顔を見ても結構いい感触だった。

 今日来てくれた人たちがSNSで感想をあげてくれるといいなぁ。
 できれば「楽しかった」とかそういう系のやつを。

 わたしも片付けが終わったら、チームのSNSを更新しよう。
 写真も何枚か撮れたし……あ、でも来場者の顔を隠さないとだから、一旦どこかで落ち着いてから……。

 そんなことを考えながら、飾っていた写真やボードを段ボールにしまっていると「豊福さん」とコオリ君に声をかけられた。彼の手には大量の風船。生真面目な顔をしたコオリ君と風船のファンシーさのアンバランスさに、思わずふきだしちゃった。

 なんだかかわいい。

 少しだけゆるんだ口元をごまかしながら「今日はお疲れ様! すごく良かったよ! たくさんファンサービスしてたね」と言う。コオリ君は「ありがとうございます」と口の端を上げた。

「豊福さんのおかげです」
「えっ? 何急に……」
「前の水戸のイベントとこれとは全然違うものですけど、前よりも来た人と気楽に話せる感じがしたんです。困った時には、豊福さんのあの顔を思い出して──」

 言いながら、コオリ君が笑顔になる。含みのある視線に、彼が何を思い出しているのか瞬時に察した。

「ああ、あの変顔ね。役に立って良かったよ」
「本当にあれは起死回生の一手ですね」
「大げさだなぁ」

 肩をすくめて、段ボールを持ち上げようとしたところで「俺が」とコオリ君がわたしの前に出た。軽いから大丈夫だよ、と言う暇もなく、すっと段ボールを持ち上げて、にこりと微笑む。

 今度は、自然な笑顔だった。

 例えば、ノイ君の笑顔は大輪のひまわりみたいな明るさがあるけど、コオリ君の笑顔は桜みたいな柔らかさがある。
 こういう表情を、もっとみんなにも見せられたらいい。

 今みたいに人から見られること、自分から発信することを意識していけば、コオリ君はどんどん磨かれていくだろう。
 ──やっぱり、しばらくは『にんじん』を続けよう。彼のいろんな面を引き出したい。

 頭の片隅に、ノイ君からの『いつまでやるつもり?』っていう言葉が浮かんだけれど、わたしはそう決意した。
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