黒髪碧眼の美少年がやってきた【R18】

七篠りこ

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第2章 いざ異世界

7、スフレパンケーキ

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 カイリが朝食を食べてくれるようになって、断然朝がくるのが楽しみになった。
 一緒に食事をしながらたわいもないことを話す時間は、百花がずっと望んでいたもので、毎朝頬がゆるんでしまう。(そしてカイリに変な顔をされる)

 何だかんだ言いつつも、カイリは百花の料理を残さずに食べてくれていた。お好みのメニューの時などは、おかわりもしてくれる。


(同一人物に見えるんだけどなぁ……)

 今こうして向き合っているカイリは、記憶の中のカイリより少々偏屈というか、素直じゃない感じはあるけれど、根本は優しく頭がいいのは共通している。

 ただ、そういうふうに感じるたびに、百花は呪文のように『別人だから』と心の中で唱えていた。
 そうすると、すっと記憶の中のカイリは離れていくのだ。「モモカ」と甘えたように自分を呼ぶカイリがかき消えると、いつも少しだけ息が詰まった。

(それでも今一緒にいられることが一番大事。こんなに幸せなことはない)

 百花はこっそりとカイリに視線を送る。
 彼は今日のメニューであるガルボ(かぼちゃのような野菜)のスープをゆったりとした動作で口に運んでいた。こうして自分が作ったものをしっかり食べてもらえる、それだけで心が満たされた。

(……わたし、絶対幸せの沸点低くなったよなぁ)

 いいことだ、きっと。

 自分もスープをたっぷりとすくいながら、百花は小さくうなずいた。目ざといカイリが「何、どうしたの?」と聞いてくる。彼は人の気配に聡く、百花がこっそりとカイリを見れば、すぐに気づいて視線を合わせてくるし、少しでもおかしなことをしようものならすかさず突っ込んでくる。

「いやー、カイリにごはんを食べてもらえて嬉しいなって思ってた。あと、カイリって食べてる顔は無表情だけど、食べ方で好きとか嫌いとか出るなぁとか」
「何それ。そんなことないでしょ」
「そう? 今日のスープ、結構気に入ってるんじゃない?」

 百花が言うと、カイリは一度手を止めてスープに視線を落とした。飴色に炒めたツネ(玉ねぎのような野菜)とガルボを、砂糖と塩で煮込んで牛乳でのばしたスープは、なかなか優しい味に仕上がったと自負している。

「大事そうにスープ飲んでるから、美味しかったのかなぁって思ってさ。どう、あたり?」
「──確かに」

 カイリは百花の言葉が意外なものだったらしく、口元に手をあてている。

「モモカにも観察眼があったんだね」
「ちょっと! あるある! これでも空気読めるタイプなんだから!」
「それはさすがにないでしょ」
「ほんとだって! カイリ……隠してるつもりかもしれないけど、君はピヨ豆が苦手だ! どうだ!?」
「何急に。別に苦手ってわけじゃ……」
「いーや。だって豆のサラダの中でもピヨ豆は絶対食べる前に一回ためらうもん。スープにした時だって、一口目にいくまでにちょっと間があるし」

 百花の言葉にカイリは耳を赤くした。図星なようだ。その反応に百花は気をよくして、ふんぞりかえった。

「ほらねー! よく見てるでしょ!」
「それを言うなら、モモカだって、イノシシの肉が嫌いでしょ。明らかに食べる量が普段と違う」
「そりゃそうだよー! だってあの風味、どうしても苦手なんだもん!」
「じゃあ別に無理して朝食に出さなくていいのに」
「工夫次第で好きになれるんじゃないかって研究してるの。オウルが持たせてもくれるし。こないだのシチューは失敗だったから、次はもっと強い味のものと組み合わせてみる!」
「ほんと……食べるの好きだね。元の国でも料理人なんだっけ?」
「ううん、料理は自分に作るだけで、元はパン屋だったの」
「……それってこっちのパンとは違うの?」
「全然違うよ。もっとふくらんでて、柔らかいよ」
「ふうん。それってこっちじゃ作れないの?」
「なに、カイリ興味あるの!? 食べてみたい?!」
「え? いや……まあ」
「実はねぇ、今お店で天然酵母にチャレンジしてるの! オウルに色々材料分けてもらって、どれが酵母として適してるか試してるところで……もし成功したらふっくらしたパンも作れるから、そしたら試食してくれる!?」
 
 カイリがパンに興味を持ったことが嬉しくて、つい食い気味で話してしまう。その百花の勢いに気圧されてはいたが、カイリはうなずいた。
 
「わかった、頑張る!」

(もしかしたらスフレパンケーキも、今ならいけるかも)

 百花は「あと、もう一つ……」と切り出してみた。

「スフレパンケーキも、一回試食してもらえないかな?」
「それって……」

 あのいざこざの原因となったメニューのことだと、カイリも思い出したらしい。

 不穏な空気になる前に「今度お店で新しく出したいと思って、こっちも研究してるの! オウルにも食べてもらってて、結構美味しいけどあと少しって言われてて、ちょっとカイリの意見も聞きたくて……他意はないから! 純粋に感想聞かせて欲しいだけだからっ!」と百花は早口でまくしたてた。長文を一息で話したせいで、酸欠だ。ふーふーと肩で呼吸する百花にカイリは吹き出した。

「あわてすぎ。別に試食くらいしてあげるから安心して」
「ほ、ほんと?」

 しゅーっと肩から力が抜けていく。脱力して百花は椅子に背を預けた。

(嬉しい……チャンスをもらえた……)

 涙ぐみそうになるのをあわててごまかし、百花は残りの朝食をかきこんだ。そうと決まれば、店でまたスフレパンケーキを試作しなければと、やる気をみなぎらせながら。

◆ 

 次の日の朝。

 百花は二種類のスフレパンケーキを作って、カイリの前に並べた。一つは砂糖多め、もう一つは塩多めの生地である。砂糖が多い方はまさにケーキのように甘みが強いので、何もかけずに食べた方が美味しい。一方で、塩が多い方はジャムやシロップをかけると、甘じょっぱい独特の味が楽しめる。
 
 カイリはまじまじとスフレパンケーキを見つめ「本当に味が違うの?」と不思議そうだ。

「うん。まずはどっちもそのままで食べてみてくれる? で、次にこっちはジャムつけて食べてみてほしいの」
 
 カイリは素直に百花の言われた通りの食べ方をした。まず一口目を口にして、両眉があがった。ゆっくりと噛んで、飲み込んで、信じられないといった顔で百花を見る。

「……こんなの、初めて食べたよ」

 続いて、もう片方を一口。次にジャムをつけてもう一口。カイリは一言も発さず、ただ目を見開いて、パンケーキを口に運んでいた。普段の倍以上のスピードで食べている。びっくりして眺めている間に、カイリは二枚のパンケーキを食べ終えた。そして、放心状態で「ーー美味しかった」と呟いた。その声は小さいものだったが、しっかり百花の耳は音を拾う。

「本当!? 美味しかった!? どっちの方が好き??」

 そう聞いてみると、カイリは少しの逡巡の後で塩多めの方を選んだ。

「最初、しょっぱい感じの後で甘みが広がったのが良かった」
「嬉しい! 実はわたしもそっちの方が好みなんだ。じゃあお店にメニューで出すのはこっちの方向にするね」

 そしたら食べに来てね! と元気よく言うと、カイリは一瞬目をそらした後で再び百花を見つめた。軽く上目遣いをされ、どきんと心臓が跳ね上がる。

「──ここでもまた作ってくれる?」

 まさかのカイリからのリクエストに、百花は「もちろん!」と胸を張った。あれからオウルに、自宅用に泡立て器を買ってもらった
ので、メレンゲを作るのも大分楽になっている。

「ご希望とあらば、毎日だって作るよ! あ、おかわりもあるよ。食べる?」
「食べる」

 カイリはこくりとうなずいて、空になった皿を百花に渡した。どうやら本当に好みの味だったようだ。

(よかった。大成功だ!)

 安堵と喜びがごちゃまぜになって胸いっぱいで、百花は自然と口元がゆるんだ。



 それから数日後、塩多めのレシピで作ったスフレパンケーキがオウルの店のデザートメニューに仲間入りした。

 パンケーキってなんだ!? この世にこんなに柔らかいものがあるのか! と食べた人は口々に驚き、口コミで街中に広がって、連日オウルの店は大盛況である。

 まさかここまで人気が出ると思っていなかったのは百花もオウルも同じで、急に慌ただしい日々が始まってしまった。

 百花にいたっては、もはやパンケーキ係と言ってもいいくらい、店ではそれしか作っていなかった。卵白を泡立てすぎて、もう腕が筋肉痛というレベルではない。右腕だけ確実に筋肉がつき始めているくらいに鍛えられてしまっている。パンケーキ(というかメレンゲ)ばかりに時間をとられてしまい、天然酵母は順調にできてきたのだが、パン作りになかなか取りかかれない。

(これだけメレンゲ泡だてまくった後に、パンをこねるとか無理! あーもうどうすれば落ち着くんだろう!)

 パンケーキがメニューになって二週間。今日も今日とて、百花は厨房でひたすら泡立て器を動かしていた。いくら魔法世界と言っても、こういう作業を代わりにやってくれるような便利な魔法はないらしい。

(やばい……これがずっと続いたら、パンケーキを嫌いになる自信がある!)

 もはや半眼で泡だて続ける百花は、早くもパンケーキを世に出したことを後悔していた。カイリやオウルなどごくごく内輪の人たちにふるまうだけにとどめておけば良かった。

「お疲れさん、今日も大変そうだな」

 ぶつぶつと何事かつぶやきつづける百花の背後から、バリトンの深い声がかかる。ここ数日で聞き慣れた、百花にとっては救世主の声だ。
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