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おまけ:帰省(23歳)
帰省-1
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大学卒業を機に、俺と凪は家族になった。
それを境に凪は「中城 凪」から「鳥次 凪」に苗字を変えた。
「理玖~。見て見て~」
と、就職先の名刺を嬉しそうに見せつけてきた凪を、今でもよく覚えている。
そこには、「鳥次 凪」と印字されていた。
「俺、上司に〝鳥次くん〟って呼ばれるたびにニヤニヤしてんの」
「会社の人たちに変なヤツだと思われてない? 大丈夫?」
「大丈夫……だと思う!」
俺の前ではこうしてニヤニヤしている凪だが、俺の見ていないところでは、こっそり泣いているのを知っている。
名刺とか、郵便物とか、とにかく「鳥次 凪」と印字されたものをぎゅっと抱きしめて。
凪が「鳥次」になってから、はじめての夏が来た。
「凪。盆休みいつ?」
「えーっと、八月十四日から十八日まで……かな?」
「十五日から十七日まで帰省するから、そのつもりで」
凪はブスッとした顔で、「はーい」と言った。
「いってらっしゃーい……」
それから「寂しいなあ……」と呟いたので、俺は首を傾げた。
「何言ってんだ?」
「ん?」
「お前も帰るんだよ」
「えっ。夏までお邪魔していいの?」
「は? 当たり前だろ。お前の実家でもあるんだから」
「……!」
あれほど「鳥次」の苗字に喜んでいる割に、まだ鳥次家としての自覚がないな、こいつは。
「お前、覚悟しとけよ。今まではお客さんとしてもてなされていたけど、これからは家族として扱われるんだからな」
「うん……うん……!」
「雑用だってさせられるんだからな。風呂掃除とか、皿洗いとか……」
「する……! なんでもする……!!」
「なんでもするなんて簡単に言うんじゃねえって何度言えば分かるんだお前!!」
その日の夜も、凪は布団に潜り込んでこっそり泣いていた。泣き虫なヤツだ。
そして帰省当日――
実家の前で、凪が唾を呑み込んだ。
「やばい。もう泣きそう」
「泣くのはあとだ。みんな待ってんだから」
俺が「ただいまー」と言いながら玄関のドアを開けると、家族全員で迎えてくれた。
母さんと姉ちゃんは興奮気味に、父さんはニコニコしながら「おかえりー」と言った。
俺たちの視線が凪に注がれる。
凪は深く息を吸い、裏返った声を出す。
「た……た、ただいまっ……!」
凪の体が小刻みに震えている。俺はそんな凪の手を握り、笑顔を向けた。
「おかえり、凪」
凪はその場に座り込み、「えーん」と子どもみたいな声で泣いた。
◇◇◇
俺の家族の順応力ははんぱない。凪が家族になった途端、「凪くん」呼びから「凪」と呼び捨てになり、遠慮なく雑用をさせるようになった。
その他にも、みんな凪の前で平気で屁をこくようになったし、母さんと姉ちゃんにいたってはスッピンノーブラで平気で凪の前に現れるようになった。
普通なら戸惑うか嫌がるかのどちらかだとおもうのだが、凪にとってはどれもこれも嬉しいことのようだった。
「なんか……家族って感じする……っ」
とのことだ。一緒になったヤツがこいつでよかったとしみじみ思う。
その日は庭でバーベキューをすることになった。食材を準備するのは母さんと俺が、火を熾すのは父さんと凪がする。姉ちゃんは皿や飲み物の準備をしていた。
窓を通して、キッチンから庭が見える。凪は父さんと一緒に、必死にうちわであおいだり、火吹き棒を吹いたりしている。ときどき口を大きく開けて笑っているところから、父さんと二人だけでも上手くやっているようだ。
母さんもそれを眺めていたのか、ボソッと呟いた。
「凪は良い子ねえ」
「うん」
「心配になるくらい」
「……」
「大事にしてあげたいわあ」
「うん」
「あんたも大事にしてあげなさいよ」
「うん」
「はあ。あんたは〝うん〟しか言わないんだから」
「うん」
「凪もいつかあんたみたいに〝うん〟しか言わなくなっちゃうのかしら」
「うん」
母さんの話に適当に相槌を打っているところに、姉ちゃんがやってきた。
「おかあさーん! 準備できたよー! 食材まだー?」
「野菜できてるー! 持ってって―!」
「はーい!」
姉ちゃんは、母さんから食材を受け取ったあと、俺に話しかけた。
「ねえ、理玖」
「ん?」
「凪が、あんたの作る料理が世界一美味しいって言ってたよー」
「はっ、はぁっ!?」
俺のいないとこであいつ何言ってんの!?
「あんた、凪に毎日どんなごはん食べさせてんのー?」
「別に普通だけど!?」
「ひゅーっ! あたしも彼氏にそんなこと言われてみた―い!」
「うっ、うるせぇっ!」
「ひゅーっ!」
からかうだけからかって、姉ちゃんは上機嫌で外に出て行った。
全ての準備が整い、いよいよバーベキューが始まった。
良い感じに燃える炭火を見て、父さんが目じりを拭う。
「ああ……凪がいてくれて助かった……。今までは父さん一人でやっててさ……大変だったんだ……」
父さんも不器用だからな……。
「凪、器用だからすぐできただろ」
「そうなんだよ……。その上体力も肺活量もあるから、もう……すごく助かった……」
父さんは、ありがとう、と凪をハグした。まるで戦友との友情を確かめ合うような、絆のあるハグだった。
凪は抱き返し、つっかえながらこう返していた。
「お、お父、さんも、いっぱい頑張ってくれてま……てたから」
「ぷっ! 日本語下手かっ」
俺が噴き出すと、凪が顔を真っ赤にした。
「ま、まだ慣れないんだよっ」
「早く慣れろよなー」
俺と姉ちゃんが肉の取り合いをする。凪はそんな俺たちをにこにこと眺めていた。
俺も姉ちゃんも、結局凪の皿に肉を落とすんだから、どっちが取っても同じなんだけど。
「凪、美味い?」
「うん。美味い」
はあ。まぁた泣きそうになってるよ。今日一日で何回泣けば気が済むんだか。
早くこれが日常になれ。
お前はもう、俺たちの家族なんだから。
それを境に凪は「中城 凪」から「鳥次 凪」に苗字を変えた。
「理玖~。見て見て~」
と、就職先の名刺を嬉しそうに見せつけてきた凪を、今でもよく覚えている。
そこには、「鳥次 凪」と印字されていた。
「俺、上司に〝鳥次くん〟って呼ばれるたびにニヤニヤしてんの」
「会社の人たちに変なヤツだと思われてない? 大丈夫?」
「大丈夫……だと思う!」
俺の前ではこうしてニヤニヤしている凪だが、俺の見ていないところでは、こっそり泣いているのを知っている。
名刺とか、郵便物とか、とにかく「鳥次 凪」と印字されたものをぎゅっと抱きしめて。
凪が「鳥次」になってから、はじめての夏が来た。
「凪。盆休みいつ?」
「えーっと、八月十四日から十八日まで……かな?」
「十五日から十七日まで帰省するから、そのつもりで」
凪はブスッとした顔で、「はーい」と言った。
「いってらっしゃーい……」
それから「寂しいなあ……」と呟いたので、俺は首を傾げた。
「何言ってんだ?」
「ん?」
「お前も帰るんだよ」
「えっ。夏までお邪魔していいの?」
「は? 当たり前だろ。お前の実家でもあるんだから」
「……!」
あれほど「鳥次」の苗字に喜んでいる割に、まだ鳥次家としての自覚がないな、こいつは。
「お前、覚悟しとけよ。今まではお客さんとしてもてなされていたけど、これからは家族として扱われるんだからな」
「うん……うん……!」
「雑用だってさせられるんだからな。風呂掃除とか、皿洗いとか……」
「する……! なんでもする……!!」
「なんでもするなんて簡単に言うんじゃねえって何度言えば分かるんだお前!!」
その日の夜も、凪は布団に潜り込んでこっそり泣いていた。泣き虫なヤツだ。
そして帰省当日――
実家の前で、凪が唾を呑み込んだ。
「やばい。もう泣きそう」
「泣くのはあとだ。みんな待ってんだから」
俺が「ただいまー」と言いながら玄関のドアを開けると、家族全員で迎えてくれた。
母さんと姉ちゃんは興奮気味に、父さんはニコニコしながら「おかえりー」と言った。
俺たちの視線が凪に注がれる。
凪は深く息を吸い、裏返った声を出す。
「た……た、ただいまっ……!」
凪の体が小刻みに震えている。俺はそんな凪の手を握り、笑顔を向けた。
「おかえり、凪」
凪はその場に座り込み、「えーん」と子どもみたいな声で泣いた。
◇◇◇
俺の家族の順応力ははんぱない。凪が家族になった途端、「凪くん」呼びから「凪」と呼び捨てになり、遠慮なく雑用をさせるようになった。
その他にも、みんな凪の前で平気で屁をこくようになったし、母さんと姉ちゃんにいたってはスッピンノーブラで平気で凪の前に現れるようになった。
普通なら戸惑うか嫌がるかのどちらかだとおもうのだが、凪にとってはどれもこれも嬉しいことのようだった。
「なんか……家族って感じする……っ」
とのことだ。一緒になったヤツがこいつでよかったとしみじみ思う。
その日は庭でバーベキューをすることになった。食材を準備するのは母さんと俺が、火を熾すのは父さんと凪がする。姉ちゃんは皿や飲み物の準備をしていた。
窓を通して、キッチンから庭が見える。凪は父さんと一緒に、必死にうちわであおいだり、火吹き棒を吹いたりしている。ときどき口を大きく開けて笑っているところから、父さんと二人だけでも上手くやっているようだ。
母さんもそれを眺めていたのか、ボソッと呟いた。
「凪は良い子ねえ」
「うん」
「心配になるくらい」
「……」
「大事にしてあげたいわあ」
「うん」
「あんたも大事にしてあげなさいよ」
「うん」
「はあ。あんたは〝うん〟しか言わないんだから」
「うん」
「凪もいつかあんたみたいに〝うん〟しか言わなくなっちゃうのかしら」
「うん」
母さんの話に適当に相槌を打っているところに、姉ちゃんがやってきた。
「おかあさーん! 準備できたよー! 食材まだー?」
「野菜できてるー! 持ってって―!」
「はーい!」
姉ちゃんは、母さんから食材を受け取ったあと、俺に話しかけた。
「ねえ、理玖」
「ん?」
「凪が、あんたの作る料理が世界一美味しいって言ってたよー」
「はっ、はぁっ!?」
俺のいないとこであいつ何言ってんの!?
「あんた、凪に毎日どんなごはん食べさせてんのー?」
「別に普通だけど!?」
「ひゅーっ! あたしも彼氏にそんなこと言われてみた―い!」
「うっ、うるせぇっ!」
「ひゅーっ!」
からかうだけからかって、姉ちゃんは上機嫌で外に出て行った。
全ての準備が整い、いよいよバーベキューが始まった。
良い感じに燃える炭火を見て、父さんが目じりを拭う。
「ああ……凪がいてくれて助かった……。今までは父さん一人でやっててさ……大変だったんだ……」
父さんも不器用だからな……。
「凪、器用だからすぐできただろ」
「そうなんだよ……。その上体力も肺活量もあるから、もう……すごく助かった……」
父さんは、ありがとう、と凪をハグした。まるで戦友との友情を確かめ合うような、絆のあるハグだった。
凪は抱き返し、つっかえながらこう返していた。
「お、お父、さんも、いっぱい頑張ってくれてま……てたから」
「ぷっ! 日本語下手かっ」
俺が噴き出すと、凪が顔を真っ赤にした。
「ま、まだ慣れないんだよっ」
「早く慣れろよなー」
俺と姉ちゃんが肉の取り合いをする。凪はそんな俺たちをにこにこと眺めていた。
俺も姉ちゃんも、結局凪の皿に肉を落とすんだから、どっちが取っても同じなんだけど。
「凪、美味い?」
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