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8話
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叫んでいたかと思えば放心状態になってしまった僕を、男性はじっと見つめていた。
「やはり異常だな。身体的にか、精神的にか、もしくはその両方か……」
男性は周囲を見回し、誰の注意も引いていないことを確認する。それから僕にジャケットをかぶせ、抱き上げた。そして人目のない暗い場所に僕を連れて行った。
「よし、ここなら誰にも見られない」
男性が僕をおろした場所は、礼拝堂の隅にある物置部屋だった。埃の被った壊れかけのテーブルに僕を座らせ、僕の目にペンライトの光を当てる。
「意識はあるね。君、話せるかい」
「……触らないで……」
「……触れられることが、放心状態になるほど恐ろしいことなのかい?」
「……穢れる、から……」
「……」
男性はあごに手を当て、考え込んだ。
「……そのように、この教会には教えられている?」
僕が力なく頷くと、男性はため息を吐いた。
「なんと恐ろしい」
「離して……穢れる……」
「おやおや。ひどい言われようだな。君、俺のことが誰か分かっていないだろう」
「昨日多額の献金をした人でしょう……」
男性は笑いをこらえているようだった。
「そうだよ。教会の太客にそんな失礼なことを言っていいのかな?」
「教会に太客なんて必要ない……。昨日のお金だって、司祭様から返してもらったでしょう……」
「……?」
「だから早くここから出て行ってください……。あなたに触れられれば触れられるほど、僕は……」
「うーむ。それでごまかせた方がこちらとしても楽だったんだがね」
そう言って、男性はジャケットの襟に付けているバッジを見せた。そのバッジにはスズランの模様が彫られている。
「この家紋は知っている?」
僕は首を振ったが、無知だと思われたくなくて口を開いた。
「えっと、この国の国章と同じ花だということは分かりますけど……」
「おお、よく知っているね。その通りだよ」
「それがどうかしましたか」
「え? うーん。これでも気付かない、か……」
「?」
男性は頬を掻いてから、恥ずかしそうに言った。
「国章というのは王族の家紋だろう? そしてそれと同じ花が使われている家紋ということはだね、俺には王族の血が流れているということなんだ」
「!?」
「まあ、王族と言っても、現国王の弟を親に持つ――つまり大公の息子……なんだけど」
大公は貴族の爵位で、国王の次に高いものだ。教会暮らしが長くてもそのくらいは知っている。
この国でホルアデンセ教はかなりの地位を確立している。ホルアデンセ教皇にいたっては王族の次に偉い人とされているほどだ。
……言い換えれば、いくらホルアデンセ教と言っても、王族には逆らえない、ということだ。
あまりの衝撃に、先ほどまで朦朧としていた意識が急にはっきりしてきた。
つまり僕は、王族の人に「離れろ」だとか「触れられると穢れる」だとか言い放っていたわけだ。冷や汗が止まらない。
しかし道理で、あんなにも多額の献金をポンとできたんだと納得した。
僕の顔を覗き込んでいた男性がにっこり笑う。
「やっと目が合ったね。少し意識がはっきりしてきたかな?」
「は、はい……」
「じゃあ、ここまで教えたなら仕方ないね。名乗るよ」
男性は恭しく上体を前に傾け、軽く頷いた。
「私、フィリッツ大公が息子、ヴァルア・フォン・フィリッツと申します」
「た、大公のご子息だったなんて……」
「はは。と言っても三男だけどね。それで? 君の名前は噂通り〝ナスト〟かい?」
「は、はい……」
「そう。よろしくね、ナスト」
「……」
大公の息子――ヴァルア様に手を差し出された。僕がためらっていることろを、ヴァルア様がニヤニヤと観察している。癇に障ったが、彼の正体を知ってしまった今、僕に逆らう術はない。
僕はいやいや彼の手を握り返した。ああ、穢れる……
「やはり異常だな。身体的にか、精神的にか、もしくはその両方か……」
男性は周囲を見回し、誰の注意も引いていないことを確認する。それから僕にジャケットをかぶせ、抱き上げた。そして人目のない暗い場所に僕を連れて行った。
「よし、ここなら誰にも見られない」
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「意識はあるね。君、話せるかい」
「……触らないで……」
「……触れられることが、放心状態になるほど恐ろしいことなのかい?」
「……穢れる、から……」
「……」
男性はあごに手を当て、考え込んだ。
「……そのように、この教会には教えられている?」
僕が力なく頷くと、男性はため息を吐いた。
「なんと恐ろしい」
「離して……穢れる……」
「おやおや。ひどい言われようだな。君、俺のことが誰か分かっていないだろう」
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男性は笑いをこらえているようだった。
「そうだよ。教会の太客にそんな失礼なことを言っていいのかな?」
「教会に太客なんて必要ない……。昨日のお金だって、司祭様から返してもらったでしょう……」
「……?」
「だから早くここから出て行ってください……。あなたに触れられれば触れられるほど、僕は……」
「うーむ。それでごまかせた方がこちらとしても楽だったんだがね」
そう言って、男性はジャケットの襟に付けているバッジを見せた。そのバッジにはスズランの模様が彫られている。
「この家紋は知っている?」
僕は首を振ったが、無知だと思われたくなくて口を開いた。
「えっと、この国の国章と同じ花だということは分かりますけど……」
「おお、よく知っているね。その通りだよ」
「それがどうかしましたか」
「え? うーん。これでも気付かない、か……」
「?」
男性は頬を掻いてから、恥ずかしそうに言った。
「国章というのは王族の家紋だろう? そしてそれと同じ花が使われている家紋ということはだね、俺には王族の血が流れているということなんだ」
「!?」
「まあ、王族と言っても、現国王の弟を親に持つ――つまり大公の息子……なんだけど」
大公は貴族の爵位で、国王の次に高いものだ。教会暮らしが長くてもそのくらいは知っている。
この国でホルアデンセ教はかなりの地位を確立している。ホルアデンセ教皇にいたっては王族の次に偉い人とされているほどだ。
……言い換えれば、いくらホルアデンセ教と言っても、王族には逆らえない、ということだ。
あまりの衝撃に、先ほどまで朦朧としていた意識が急にはっきりしてきた。
つまり僕は、王族の人に「離れろ」だとか「触れられると穢れる」だとか言い放っていたわけだ。冷や汗が止まらない。
しかし道理で、あんなにも多額の献金をポンとできたんだと納得した。
僕の顔を覗き込んでいた男性がにっこり笑う。
「やっと目が合ったね。少し意識がはっきりしてきたかな?」
「は、はい……」
「じゃあ、ここまで教えたなら仕方ないね。名乗るよ」
男性は恭しく上体を前に傾け、軽く頷いた。
「私、フィリッツ大公が息子、ヴァルア・フォン・フィリッツと申します」
「た、大公のご子息だったなんて……」
「はは。と言っても三男だけどね。それで? 君の名前は噂通り〝ナスト〟かい?」
「は、はい……」
「そう。よろしくね、ナスト」
「……」
大公の息子――ヴァルア様に手を差し出された。僕がためらっていることろを、ヴァルア様がニヤニヤと観察している。癇に障ったが、彼の正体を知ってしまった今、僕に逆らう術はない。
僕はいやいや彼の手を握り返した。ああ、穢れる……
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