16 / 69
第二章
第十五話 ベロベロ、パンイチ、でもあたたかい夜
しおりを挟む
Bar Sugar Velvetで繰り広げられる怒涛のやりとりを眺めているだけで、あっという間に時間が経っていた。
ふと我に帰った頃にはもう夜中の三時を過ぎていた。どうりで目がショボショボするわけだ。
しこたま飲んだ伊吹さんは、ベロッベロに酔っぱらっていた。
ジュン姐とげらげら笑ったり、俺にウザ絡みしたりと、ものすごくうるさい。というかいつもより声が野太い。
「伊吹さん。素の声出ちゃってますよ」
「あぁぁ~ん? うるさいわねえ~!! それが何!? なんか文句あるのぉ~!?」
「いえ、別に……」
「これもあたしなのぉ~!! あたしがあたしでいて悪い~!? ねえ、むっちゃん!!」
そう叫んだあと、伊吹さんがカウンターに突っ伏して寝落ちした。
ふむ。酔うとだいぶ鬱陶しいなこの人。
ミラさんが伊吹さんをチラッと見てから、俺に耳打ちする。
「珍しい。伊吹が酔いつぶれるなんて」
「そうなんですね」
「送ってく。睦くんもそろそろ帰りなよ」
「そうですね。それじゃ……。あ、お代は……」
「君の分は私と伊吹とジュン姐で出しとくから、気にしなくていい」
「ええ……そんな……」
俺が財布を取り出すと、ミラさんはうんざりした顔でため息をついた。
「学生がカッコつけない。私たちはお金に困ってない。君は?」
「ぐぅ……。す、すみません……」
「そういうときは、〝ありがとう〟って言う」
「あ、ありがとうございます……」
「ん」
ママとジュン姐に見送られながら、俺たちは店をあとにした。
酔いつぶれた伊吹さんに、俺とミラさんが肩を貸す。伊吹さんは自分の力で歩けないようで、ほぼ引きずられていた。
ミラさんがタクシーを拾い、運転手に住所を伝える。
目的地には十分ほどで到着した。ここが伊吹さんの暮らしているマンションらしい。
ミラさんが俺に降りるよう合図する。
「部屋まで連れてってあげて。伊吹の部屋は八〇七号室。カードキーは伊吹の鞄の中」
「は、はい」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
俺の住んでいるボロ学生マンションとは全然違う。きれいでおしゃれだ。
俺は伊吹さんを引きずり八〇七号室に向かった。
玄関のドアを開けると、ふわっと良い香りが漂う。
「伊吹さん。家着きましたよ。歩けます?」
「んぇぇ……ん……ぅぇ……」
「何言ってるかさっぱり分からないです。……は、入りますよ」
うわぁ……他人の家に入ったのなんてはじめてだ。明かりをつけると――
床中に服が散らかっている、ちょーっと汚い部屋が見えた。テーブルの上には、デパ地下で買ったのであろう空の惣菜容器と、ビールやチューハイの空き缶がいくつか残っている。この人どんだけデパ地下惣菜と酒が好きなんだ。
ベッドは整えられておらず、かけ布団がぐしゃぐしゃになっている。どんな寝相なんだってくらい、変な位置に枕があるし。
俺は伊吹さんをベッドに寝かせてから床にへたりこんだ。伊吹さん、細身に見えてけっこう重ぇ……! 疲れた……!
「んぇ……? ベッド……?」
伊吹さんが呂律の回らない声でそう言ったのが聞こえた。
それからモゾモゾと体を動かす音が聞こえ――
ポーン、とズボンが宙を舞った。
「……え!?」
びっくりして振り返った俺の顔面に、長袖が叩きつけられる。
「ちょっ、なにすんですか!! ……って、なにしてんですか!?」
「んんん~……」
パンツ一丁の伊吹さんが、気持ちよさそうに布団にくるまった。
ああ……この人、パンイチで寝る派なのか……。うちの父さんもそうだったわ……。
自称女子の裸を見るのは気が引けるので、さっさと帰ろうとしたのだが。
散らかっている部屋を片付けてからにすることにした。
値段は分からないが、バーで飲むのってきっと高いんだろう。おごってもらったんだから、ちょっとはお返しをしないと……と思ったのだ。
俺は床に散らかった服を畳みつつ、部屋を見回した。部屋の隅にルンバがいる。こんなに床に物が置いていたら、あいつが活躍することもできないじゃないか。せっかく良いものを持っているのに、もったいない。
それから空き缶や空容器をまとめ、キッチンに置いた。水場はびっくりするくらい綺麗にしている。料理好きか、全く料理をしないかのどちらかだな。たぶん後者だ。
伊吹さんって……案外ポンコツなのかもしれない。
そっちのほうが親近感が湧いて、ちょっと嬉しくなった。
「おじゃましましたー……」
俺が家を出たころには、伊吹さんはすっかり夢の中だった。
散らかった部屋は、きっと毎日が忙しいからなんだろうな。
酒をたくさん飲むのは、きっと他人には見えないストレスがいっぱいあるからなんだろう。
伊吹さんにとって、今日が少しでも楽しい一日だったらいいな。
そして目が覚めた時、きれいになった部屋を見て、ちょっとだけ嬉しくなってくれたらいいかもな。
ふと我に帰った頃にはもう夜中の三時を過ぎていた。どうりで目がショボショボするわけだ。
しこたま飲んだ伊吹さんは、ベロッベロに酔っぱらっていた。
ジュン姐とげらげら笑ったり、俺にウザ絡みしたりと、ものすごくうるさい。というかいつもより声が野太い。
「伊吹さん。素の声出ちゃってますよ」
「あぁぁ~ん? うるさいわねえ~!! それが何!? なんか文句あるのぉ~!?」
「いえ、別に……」
「これもあたしなのぉ~!! あたしがあたしでいて悪い~!? ねえ、むっちゃん!!」
そう叫んだあと、伊吹さんがカウンターに突っ伏して寝落ちした。
ふむ。酔うとだいぶ鬱陶しいなこの人。
ミラさんが伊吹さんをチラッと見てから、俺に耳打ちする。
「珍しい。伊吹が酔いつぶれるなんて」
「そうなんですね」
「送ってく。睦くんもそろそろ帰りなよ」
「そうですね。それじゃ……。あ、お代は……」
「君の分は私と伊吹とジュン姐で出しとくから、気にしなくていい」
「ええ……そんな……」
俺が財布を取り出すと、ミラさんはうんざりした顔でため息をついた。
「学生がカッコつけない。私たちはお金に困ってない。君は?」
「ぐぅ……。す、すみません……」
「そういうときは、〝ありがとう〟って言う」
「あ、ありがとうございます……」
「ん」
ママとジュン姐に見送られながら、俺たちは店をあとにした。
酔いつぶれた伊吹さんに、俺とミラさんが肩を貸す。伊吹さんは自分の力で歩けないようで、ほぼ引きずられていた。
ミラさんがタクシーを拾い、運転手に住所を伝える。
目的地には十分ほどで到着した。ここが伊吹さんの暮らしているマンションらしい。
ミラさんが俺に降りるよう合図する。
「部屋まで連れてってあげて。伊吹の部屋は八〇七号室。カードキーは伊吹の鞄の中」
「は、はい」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
俺の住んでいるボロ学生マンションとは全然違う。きれいでおしゃれだ。
俺は伊吹さんを引きずり八〇七号室に向かった。
玄関のドアを開けると、ふわっと良い香りが漂う。
「伊吹さん。家着きましたよ。歩けます?」
「んぇぇ……ん……ぅぇ……」
「何言ってるかさっぱり分からないです。……は、入りますよ」
うわぁ……他人の家に入ったのなんてはじめてだ。明かりをつけると――
床中に服が散らかっている、ちょーっと汚い部屋が見えた。テーブルの上には、デパ地下で買ったのであろう空の惣菜容器と、ビールやチューハイの空き缶がいくつか残っている。この人どんだけデパ地下惣菜と酒が好きなんだ。
ベッドは整えられておらず、かけ布団がぐしゃぐしゃになっている。どんな寝相なんだってくらい、変な位置に枕があるし。
俺は伊吹さんをベッドに寝かせてから床にへたりこんだ。伊吹さん、細身に見えてけっこう重ぇ……! 疲れた……!
「んぇ……? ベッド……?」
伊吹さんが呂律の回らない声でそう言ったのが聞こえた。
それからモゾモゾと体を動かす音が聞こえ――
ポーン、とズボンが宙を舞った。
「……え!?」
びっくりして振り返った俺の顔面に、長袖が叩きつけられる。
「ちょっ、なにすんですか!! ……って、なにしてんですか!?」
「んんん~……」
パンツ一丁の伊吹さんが、気持ちよさそうに布団にくるまった。
ああ……この人、パンイチで寝る派なのか……。うちの父さんもそうだったわ……。
自称女子の裸を見るのは気が引けるので、さっさと帰ろうとしたのだが。
散らかっている部屋を片付けてからにすることにした。
値段は分からないが、バーで飲むのってきっと高いんだろう。おごってもらったんだから、ちょっとはお返しをしないと……と思ったのだ。
俺は床に散らかった服を畳みつつ、部屋を見回した。部屋の隅にルンバがいる。こんなに床に物が置いていたら、あいつが活躍することもできないじゃないか。せっかく良いものを持っているのに、もったいない。
それから空き缶や空容器をまとめ、キッチンに置いた。水場はびっくりするくらい綺麗にしている。料理好きか、全く料理をしないかのどちらかだな。たぶん後者だ。
伊吹さんって……案外ポンコツなのかもしれない。
そっちのほうが親近感が湧いて、ちょっと嬉しくなった。
「おじゃましましたー……」
俺が家を出たころには、伊吹さんはすっかり夢の中だった。
散らかった部屋は、きっと毎日が忙しいからなんだろうな。
酒をたくさん飲むのは、きっと他人には見えないストレスがいっぱいあるからなんだろう。
伊吹さんにとって、今日が少しでも楽しい一日だったらいいな。
そして目が覚めた時、きれいになった部屋を見て、ちょっとだけ嬉しくなってくれたらいいかもな。
70
あなたにおすすめの小説
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
生意気オメガに疲弊する
夕暮れ時
BL
両親に許嫁として紹介されたのは、貧乏家庭に住むオメガの同級生であり、顔合わせもせずいきなり同居生活開始!!。しかし、実際に会ってみれば相性は最悪、なにをするにも文句を言われその生意気っぷりに疲弊しそうになるが、生活を続けるうちに可愛く見えてくるようになり______、
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる