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第二章
第十六話 酸素が多めの空気、ヒナちゃんと
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土曜の朝、伊吹さんから電話がかかってきた。家に帰ってやっと眠りに落ちたタイミングだったので、俺は不機嫌な声で出た。
「はい……」
《むっちゃん!! どうしよう! あたし昨晩の記憶がない!!》
「でしょうね……」
《ミラに聞いたら、むっちゃんが家まで送ってくれたって!!》
「はい……」
《きゃぁぁ!! ごめんなさい!! 迷惑かけちゃったわね!!》
「いえ……」
少しの沈黙。それだけで俺は眠気で意識を失いそうになった。
伊吹さんが、気まずそうに尋ねる。
《あの……むっちゃん?》
「……んー……」
《あたし、むっちゃんに……変なこと、してないわよね……?》
「んー……」
《その返事……どっちなの……!? まさかあたし……!!》
「ズボン……投げて……長袖……脱いでた……けど……」
《そ……それで……?》
「それだけだけど……」
スマホの向こうから安堵のため息が聞こえた。
《よかったー……》
この人は何を心配しているんだとぼんやり疑問が湧いたが、すぐに忘れた。
「……部屋……汚かった……」
《きゃーーー!! やっぱり見た!? 見ちゃったわよね!?》
「たまには……ちゃんとしたメシ……食えば……」
また伊吹さんが黙り込む。黙り込むなら早く切ってほしい。眠い。
《……むっちゃん。もしかして部屋、片付けてくれた?》
「……ん」
《ありがと》
「……うん」
《今度お礼させてちょうだい! それじゃ、そろそろ仕事行ってくるわー! またね、むっちゃん!》
俺は耳にスマホをくっつけたまま寝落ちした。
起きたときには会話のほとんどを忘れていたが、伊吹さんに「ありがとう」と言われたことだけは、妙にしっかり覚えていた。
「……にしても、あの人今日も仕事だったのかよ……」
全然寝てないじゃん。もしかして、あの人毎日あんな過ごし方しているのか? もしそうなら、そりゃ部屋も汚くなるわけだ。
◇◇◇
寝てYouTube見てシコッていただけで休日が溶けた。夜に寝ないってまじで不健康だ。丸二日寝てもまだ眠い。
月曜日、俺は教室の隅っこ席で大きな欠伸をした。今日は授業に集中できる気がしない。遅刻しなかっただけでも褒めてもらいたいくらいだ。
その時。
「おはよ」
ヒナちゃんが挨拶をしてくれた。
「あ、おはよ」
そして俺は……えっ!?
普通に挨拶を返せた。
ヒナちゃんはきょろきょろと教室を見回してから、俺の隣に座った。
……は!? なぜ!?
「ねえねえ、睦くんってどこ出身なのー?」
「わ、和歌山……」
「あっ! やっぱり! 関西の人だと思ったんだよねー。実は私も関西。大阪なの」
「そ、そうなんだ。近いね」
「うん。ねえ、ここだけの話……標準語で話すの、疲れない?」
「分かる。めっちゃ疲れる」
「ねー!」
……?
どうした、俺。なぜ女子と普通に話せている? なぜサブイボが立たない。
ヒナちゃんがコミュ力おばけだからか?
いや、それもあるだろうけど……
たぶん、Bar Sugar Velvetのおかげだ。
ヒナちゃんは適切な距離を保ち、適切な話題を振ってくれている。ブニィッ!を押し付けてくることもない。
癖が全くない、ただの善良な女子だ。
こちとら、癖まみれの、いろんな意味で〝ただの〟女性ではない人たちに囲まれて夜を過ごしたんだ。
(伊吹さん、お手柄じゃん……)
クスッと笑った俺に、ヒナちゃんが「どうしたの?」と首を傾げた。
「いや……。実は俺、女の子が苦手でさ。話すの怖かったんだけど……。今、まともに話せてるから、嬉しくて」
「……」
ヒナちゃんは泡を食ったような顔をした。
「……睦くんってさ、なんか……いつも言葉がまっすぐだね」
「えっ。ご、ごめん」
「ううん。悪い意味じゃなくって」
そう言って、ヒナちゃんはふんわり目じりを下げる。
「いいなあって思ったんだよ」
女子に優しい顔を向けられたのは、これが生まれて初めてだった。
その後、ヒナちゃんの隣にカササギくんが座った。それからは、俺はまた空気に戻った。
でも、その日の俺はちょっと酸素が多めの、良い空気だったような気がした。
「はい……」
《むっちゃん!! どうしよう! あたし昨晩の記憶がない!!》
「でしょうね……」
《ミラに聞いたら、むっちゃんが家まで送ってくれたって!!》
「はい……」
《きゃぁぁ!! ごめんなさい!! 迷惑かけちゃったわね!!》
「いえ……」
少しの沈黙。それだけで俺は眠気で意識を失いそうになった。
伊吹さんが、気まずそうに尋ねる。
《あの……むっちゃん?》
「……んー……」
《あたし、むっちゃんに……変なこと、してないわよね……?》
「んー……」
《その返事……どっちなの……!? まさかあたし……!!》
「ズボン……投げて……長袖……脱いでた……けど……」
《そ……それで……?》
「それだけだけど……」
スマホの向こうから安堵のため息が聞こえた。
《よかったー……》
この人は何を心配しているんだとぼんやり疑問が湧いたが、すぐに忘れた。
「……部屋……汚かった……」
《きゃーーー!! やっぱり見た!? 見ちゃったわよね!?》
「たまには……ちゃんとしたメシ……食えば……」
また伊吹さんが黙り込む。黙り込むなら早く切ってほしい。眠い。
《……むっちゃん。もしかして部屋、片付けてくれた?》
「……ん」
《ありがと》
「……うん」
《今度お礼させてちょうだい! それじゃ、そろそろ仕事行ってくるわー! またね、むっちゃん!》
俺は耳にスマホをくっつけたまま寝落ちした。
起きたときには会話のほとんどを忘れていたが、伊吹さんに「ありがとう」と言われたことだけは、妙にしっかり覚えていた。
「……にしても、あの人今日も仕事だったのかよ……」
全然寝てないじゃん。もしかして、あの人毎日あんな過ごし方しているのか? もしそうなら、そりゃ部屋も汚くなるわけだ。
◇◇◇
寝てYouTube見てシコッていただけで休日が溶けた。夜に寝ないってまじで不健康だ。丸二日寝てもまだ眠い。
月曜日、俺は教室の隅っこ席で大きな欠伸をした。今日は授業に集中できる気がしない。遅刻しなかっただけでも褒めてもらいたいくらいだ。
その時。
「おはよ」
ヒナちゃんが挨拶をしてくれた。
「あ、おはよ」
そして俺は……えっ!?
普通に挨拶を返せた。
ヒナちゃんはきょろきょろと教室を見回してから、俺の隣に座った。
……は!? なぜ!?
「ねえねえ、睦くんってどこ出身なのー?」
「わ、和歌山……」
「あっ! やっぱり! 関西の人だと思ったんだよねー。実は私も関西。大阪なの」
「そ、そうなんだ。近いね」
「うん。ねえ、ここだけの話……標準語で話すの、疲れない?」
「分かる。めっちゃ疲れる」
「ねー!」
……?
どうした、俺。なぜ女子と普通に話せている? なぜサブイボが立たない。
ヒナちゃんがコミュ力おばけだからか?
いや、それもあるだろうけど……
たぶん、Bar Sugar Velvetのおかげだ。
ヒナちゃんは適切な距離を保ち、適切な話題を振ってくれている。ブニィッ!を押し付けてくることもない。
癖が全くない、ただの善良な女子だ。
こちとら、癖まみれの、いろんな意味で〝ただの〟女性ではない人たちに囲まれて夜を過ごしたんだ。
(伊吹さん、お手柄じゃん……)
クスッと笑った俺に、ヒナちゃんが「どうしたの?」と首を傾げた。
「いや……。実は俺、女の子が苦手でさ。話すの怖かったんだけど……。今、まともに話せてるから、嬉しくて」
「……」
ヒナちゃんは泡を食ったような顔をした。
「……睦くんってさ、なんか……いつも言葉がまっすぐだね」
「えっ。ご、ごめん」
「ううん。悪い意味じゃなくって」
そう言って、ヒナちゃんはふんわり目じりを下げる。
「いいなあって思ったんだよ」
女子に優しい顔を向けられたのは、これが生まれて初めてだった。
その後、ヒナちゃんの隣にカササギくんが座った。それからは、俺はまた空気に戻った。
でも、その日の俺はちょっと酸素が多めの、良い空気だったような気がした。
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