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第三章
第十七話 すすす、の距離
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東京に来て三カ月が経った。
大学では相変わらず空気だ。でも、ときどきヒナちゃんが話しかけてくれる。いつまで経っても緊張するが、他の女子に比べるとずいぶんサブイボが立つ回数が減った。
伊吹さんとは今でもときどき会っている。頻度としては一、二週間に一度くらいか。うちに来てくれたり、一緒にBar Sugar Velvetに行ったり。バーに行ったあとはだいたい酔った伊吹さんを家に送り、俺もそこで仮眠する。
バーには俺が一人で行くこともあった。といっても、ミラさんやジュン姐に呼び出されたときくらいだが。
正直言って、あのバーは大学よりも居心地がいい。常連客――特にミラさんとは話の波長が合うからつい長居してしまう。この前はついに金を出して(ジュン姐曰く、特別価格だったそうだが)占ってもらってしまった。占星術ってすごいのな。まるで心を透視されたような感覚だった。
あと、一カ月に一回、伊吹さんに髪を切ってもらっている。一カ月に一回だぜ。高校時代の俺には考えられないくらい頻繁だ。そのおかげで、俺の見た目は入学当初のまま保たれている。
あ。それともうひとつ。最近バイトを始めた。スマホで呼ばれる系の配達をやっている。
というのも、毎月の美容院とBar Sugar Velvetなどで出費がかさむからだ。仕送りだけをアテにしていたら、月末にはモヤシと豆腐しか食べられなくなる。
そんな感じで、上京した当初に考えていた日常とは異なるが、俺なりに充実した毎日を送っているつもりだ。
その日の晩も伊吹さんが来てくれた。いつものように、デパ地下惣菜と缶ビールを片手に。
「やっほー! おじゃましまーす」
俺は、たまにやってくる一人ぼっちじゃない晩餐の時間がけっこう好きだ。
一人暮らしは気楽だけど、ときたま孤独感が強まって地元に帰りたくなる。普段は考えもしないような不安ごとが脳内を埋め尽くすときがあって、それは雑音を流しても全然消えてくれない。
そんなときに限って、伊吹さんがひょっこり顔を出してくれるのだ。
晩メシを食べたあと、俺はすすすと伊吹さんの隣に移動する。肩によりかかると、伊吹さんが手を握ってくれる。
それでやっと、頭の中でぐるぐるしていた不安ごとがどこかにいってくれるのだ。
「どうしたの、むっちゃん? 今日はやけに落ち込んでるじゃない」
「別になんにもないんですけどね。なんにもないからかな……」
「そうかもね」
伊吹さんに手を握ってもらうのがクセになっている。はじめは伊吹さんが「スキンシップの練習~」なんて言い出してはじまったことだが、今では理由もなく握ってもらいたくなる。一時的ではあるが、地元に戻ったときの安心感のようなものを得られるのだ。
「あー……実家帰りたい……」
「一度帰ったら~?」
「金もったいないし……」
「あたしも帰りたいわあ~。帰って、お母さんのごはんが食べたい」
「分かる。なんで母さんのごはんってあんな美味いんだろう」
「きっと、心のこもったあったかい手作りだからよ」
「俺、自分の作ったメシ不味くてしょうがないですよ」
「それは単純に料理が下手だからじゃない?」
「料理できない伊吹さんには言われたくない」
伊吹さんはケタケタ笑ってから、しんみりと呟いた。
「あ~、冷たいお惣菜にはもう飽きちゃった~」
伊吹さんが帰ってからも、次の日も、その次の日も……
伊吹さんのその言葉が、頭から離れなかった。
冷たい惣菜には飽きた伊吹さん。
心のこもったあったかい手作り料理が食べたい伊吹さん。
……カレーなら、そこまで不味くないもんが作れるかも。
米を炊くのも、成功率は上がってきているし。包丁も……まあ、それなりに使えるようになったし。一応だけど。
作ったら、伊吹さん喜んでくれるかな。
大学では相変わらず空気だ。でも、ときどきヒナちゃんが話しかけてくれる。いつまで経っても緊張するが、他の女子に比べるとずいぶんサブイボが立つ回数が減った。
伊吹さんとは今でもときどき会っている。頻度としては一、二週間に一度くらいか。うちに来てくれたり、一緒にBar Sugar Velvetに行ったり。バーに行ったあとはだいたい酔った伊吹さんを家に送り、俺もそこで仮眠する。
バーには俺が一人で行くこともあった。といっても、ミラさんやジュン姐に呼び出されたときくらいだが。
正直言って、あのバーは大学よりも居心地がいい。常連客――特にミラさんとは話の波長が合うからつい長居してしまう。この前はついに金を出して(ジュン姐曰く、特別価格だったそうだが)占ってもらってしまった。占星術ってすごいのな。まるで心を透視されたような感覚だった。
あと、一カ月に一回、伊吹さんに髪を切ってもらっている。一カ月に一回だぜ。高校時代の俺には考えられないくらい頻繁だ。そのおかげで、俺の見た目は入学当初のまま保たれている。
あ。それともうひとつ。最近バイトを始めた。スマホで呼ばれる系の配達をやっている。
というのも、毎月の美容院とBar Sugar Velvetなどで出費がかさむからだ。仕送りだけをアテにしていたら、月末にはモヤシと豆腐しか食べられなくなる。
そんな感じで、上京した当初に考えていた日常とは異なるが、俺なりに充実した毎日を送っているつもりだ。
その日の晩も伊吹さんが来てくれた。いつものように、デパ地下惣菜と缶ビールを片手に。
「やっほー! おじゃましまーす」
俺は、たまにやってくる一人ぼっちじゃない晩餐の時間がけっこう好きだ。
一人暮らしは気楽だけど、ときたま孤独感が強まって地元に帰りたくなる。普段は考えもしないような不安ごとが脳内を埋め尽くすときがあって、それは雑音を流しても全然消えてくれない。
そんなときに限って、伊吹さんがひょっこり顔を出してくれるのだ。
晩メシを食べたあと、俺はすすすと伊吹さんの隣に移動する。肩によりかかると、伊吹さんが手を握ってくれる。
それでやっと、頭の中でぐるぐるしていた不安ごとがどこかにいってくれるのだ。
「どうしたの、むっちゃん? 今日はやけに落ち込んでるじゃない」
「別になんにもないんですけどね。なんにもないからかな……」
「そうかもね」
伊吹さんに手を握ってもらうのがクセになっている。はじめは伊吹さんが「スキンシップの練習~」なんて言い出してはじまったことだが、今では理由もなく握ってもらいたくなる。一時的ではあるが、地元に戻ったときの安心感のようなものを得られるのだ。
「あー……実家帰りたい……」
「一度帰ったら~?」
「金もったいないし……」
「あたしも帰りたいわあ~。帰って、お母さんのごはんが食べたい」
「分かる。なんで母さんのごはんってあんな美味いんだろう」
「きっと、心のこもったあったかい手作りだからよ」
「俺、自分の作ったメシ不味くてしょうがないですよ」
「それは単純に料理が下手だからじゃない?」
「料理できない伊吹さんには言われたくない」
伊吹さんはケタケタ笑ってから、しんみりと呟いた。
「あ~、冷たいお惣菜にはもう飽きちゃった~」
伊吹さんが帰ってからも、次の日も、その次の日も……
伊吹さんのその言葉が、頭から離れなかった。
冷たい惣菜には飽きた伊吹さん。
心のこもったあったかい手作り料理が食べたい伊吹さん。
……カレーなら、そこまで不味くないもんが作れるかも。
米を炊くのも、成功率は上がってきているし。包丁も……まあ、それなりに使えるようになったし。一応だけど。
作ったら、伊吹さん喜んでくれるかな。
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