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延宝七年 節分 米切手 表
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石川新右衛門の話の真偽は半兵衛にはわからない。
とはいえ、彼にはそれを聞く当てが二人ほど居た。
その一人が半兵衛に依頼をもちかけた豪商河村十右衛門である。
江戸随一の豪商であり、江戸に運ばれる米にも絡んでいた河村十右衛門は、あっさりと石川新右衛門の話が真であるとばらす。
「ご存じかと思われますが、江戸の米の価格に影響を与えているのが大坂は淀屋門前の米市でございます。
大坂に天下の品々が集められて各地に売られていくので、彼の地には各藩の蔵屋敷が置かれ、米もそこに運ばれるのでございます」
この話を聞きながら、半兵衛は内心ではやはりと思う。
だがそれは表に出さず、河村十右衛門に当然の疑問をつきつけた。
「すると、大坂より江戸の方が近い米も大坂に運ばれるのかい?」
半兵衛の質問に合わせるように河村十右衛門も一つうなずいて話を続ける。
商人として、儲けに繋がる話をするのは当然であり、それに何よりも彼は自分の商才を信じ、江戸一の豪商として財を成してきたのだ。
だから、よくわかっていない忘八者の浪人もどきにも金になる話を聞かせようと意気込む。
「さすがにそれは二度手間になりますな。
大坂で購った米の産地が大坂より江戸に近かった場合、我々商人は米そのものではなく、産地の藩から出された米切手を買うのでございます。
その米切手を出処の藩に持って行き、そこから江戸に運ぶのでございます」
その言葉を聞いて半兵衛は先ほどよりも小さく頷いたが目が泳いでいた。
半兵衛が説明をよく理解していないと察した河村十右衛門は具体例を出してくれる。
「雑賀様は、その名字から紀伊国の生まれで?」
「生まれではないが、縁があってな」
「でしたら、紀伊国を例にあげましょう。
あの国を治めている紀伊藩の米は大坂に送るより、そのまま紀伊の港から江戸に運ぶ方が手間が少ないのでございます。
大坂で紀伊藩の出した米切手を買った商人はそのまま紀伊にその米切手を持って行き、紀伊の藩蔵からその米切手分の米をもらい、紀伊の港から江戸に船で送るのでございます」
「なるほどな。
うまくできているもんだ」
感心する半兵衛だが、それを見ている十右衛門の顔はどこか複雑だ。
なぜならば、彼は知っているからだ。
半兵衛が納得した顔で頷くと、河村十右衛門はさらに深くこの話の本質に切り込む。
笑顔は崩さず、凄みを増して。
「雑賀様にこの話をしてくださった石川様……でしたかな?
石川様の安中藩を例にあげましょうか。
上野国は当然ながら、大坂に米を運ぶよりもそのまま江戸に運んだ方が楽な場所でございます。
ですが、米の価格は大坂の商人たちによって決められます。
さてどうするか?」
ここまで言われれば半兵衛でもわかる。
半兵衛は少し考えて、答えを言う。
紀伊藩のたとえ話と同じ事を。
「米を大坂に送らず、大坂の蔵屋敷で米切手を買った商人に藩蔵から米を渡す」
「その通りでございます」
正解を言い当てられて嬉しそうな顔をしている半兵衛を見ながら、河村十右衛門の笑顔は能面のように動かない。
それどころか、さらに威圧するように目を細める。
「理屈としては納得したが、はたしてそううまく行くのかね?
目の前に物がないと、どうも騙されそうな気がするが?」
半兵衛の感想も想定していたのだろう。
河村十右衛門は笑顔で商人のしたたかさを語る。
声音も低く、まるで脅しをかけるように。
だがそれでも、脅されている側の半兵衛は全く気づいていない。
「そのとおりでございます。
ですから、その際には米切手を交換するのでございます」
「交換?」
「はい。
江戸に持ってゆくより大坂の方が近い、九州や四国など西国の藩の米切手と」
藩が出す米切手とはつまる所通貨の発行である。
米という信用があるならば、それが何であっても構わないのだ。
米切手であろうとも、銭だろうとも、他藩の米切手だろうとも。秤が水平に保たれる限り。
そして、ここで重要なのは、この交換によって利益を得る者が居るという事である。
それは、商人ではなく武士の方であった。
安中藩二万石。
年貢が五公五民としたら一万石の米切手が大坂の蔵屋敷から出されるのだが、一万石分の米切手を西国の藩の米切手と交換する事で、安中藩は大坂に米を確保し、西国の藩は江戸に米を売る事ができるという訳だ。
「ん?
その例えだと、安中藩の米全てを交換しても江戸に運びきれないのではないか?」
半兵衛は首をひねる。
西国には福岡藩や熊本藩、広島藩や長州藩などの大藩が多い。
その多くの藩が米の交換を求めた場合、大量の江戸に運ばれる米が必要になる。
「ですから、その米を融通していたのですよ。仙台藩が」
その一言を河村十右衛門は笑顔で、半兵衛の顔には冷や汗が浮かぶ。
仙台藩へ向かう早飛脚を狙撃したのが半兵衛というのは知っている上で、河村十右衛門は能面のような笑顔のまま半兵衛に皮肉を言った。
「早飛脚を撃った男。
誰か知りませんが、あのまま続けていたら西国の大藩が敵に回ったのでしょうなぁ」
とはいえ、彼にはそれを聞く当てが二人ほど居た。
その一人が半兵衛に依頼をもちかけた豪商河村十右衛門である。
江戸随一の豪商であり、江戸に運ばれる米にも絡んでいた河村十右衛門は、あっさりと石川新右衛門の話が真であるとばらす。
「ご存じかと思われますが、江戸の米の価格に影響を与えているのが大坂は淀屋門前の米市でございます。
大坂に天下の品々が集められて各地に売られていくので、彼の地には各藩の蔵屋敷が置かれ、米もそこに運ばれるのでございます」
この話を聞きながら、半兵衛は内心ではやはりと思う。
だがそれは表に出さず、河村十右衛門に当然の疑問をつきつけた。
「すると、大坂より江戸の方が近い米も大坂に運ばれるのかい?」
半兵衛の質問に合わせるように河村十右衛門も一つうなずいて話を続ける。
商人として、儲けに繋がる話をするのは当然であり、それに何よりも彼は自分の商才を信じ、江戸一の豪商として財を成してきたのだ。
だから、よくわかっていない忘八者の浪人もどきにも金になる話を聞かせようと意気込む。
「さすがにそれは二度手間になりますな。
大坂で購った米の産地が大坂より江戸に近かった場合、我々商人は米そのものではなく、産地の藩から出された米切手を買うのでございます。
その米切手を出処の藩に持って行き、そこから江戸に運ぶのでございます」
その言葉を聞いて半兵衛は先ほどよりも小さく頷いたが目が泳いでいた。
半兵衛が説明をよく理解していないと察した河村十右衛門は具体例を出してくれる。
「雑賀様は、その名字から紀伊国の生まれで?」
「生まれではないが、縁があってな」
「でしたら、紀伊国を例にあげましょう。
あの国を治めている紀伊藩の米は大坂に送るより、そのまま紀伊の港から江戸に運ぶ方が手間が少ないのでございます。
大坂で紀伊藩の出した米切手を買った商人はそのまま紀伊にその米切手を持って行き、紀伊の藩蔵からその米切手分の米をもらい、紀伊の港から江戸に船で送るのでございます」
「なるほどな。
うまくできているもんだ」
感心する半兵衛だが、それを見ている十右衛門の顔はどこか複雑だ。
なぜならば、彼は知っているからだ。
半兵衛が納得した顔で頷くと、河村十右衛門はさらに深くこの話の本質に切り込む。
笑顔は崩さず、凄みを増して。
「雑賀様にこの話をしてくださった石川様……でしたかな?
石川様の安中藩を例にあげましょうか。
上野国は当然ながら、大坂に米を運ぶよりもそのまま江戸に運んだ方が楽な場所でございます。
ですが、米の価格は大坂の商人たちによって決められます。
さてどうするか?」
ここまで言われれば半兵衛でもわかる。
半兵衛は少し考えて、答えを言う。
紀伊藩のたとえ話と同じ事を。
「米を大坂に送らず、大坂の蔵屋敷で米切手を買った商人に藩蔵から米を渡す」
「その通りでございます」
正解を言い当てられて嬉しそうな顔をしている半兵衛を見ながら、河村十右衛門の笑顔は能面のように動かない。
それどころか、さらに威圧するように目を細める。
「理屈としては納得したが、はたしてそううまく行くのかね?
目の前に物がないと、どうも騙されそうな気がするが?」
半兵衛の感想も想定していたのだろう。
河村十右衛門は笑顔で商人のしたたかさを語る。
声音も低く、まるで脅しをかけるように。
だがそれでも、脅されている側の半兵衛は全く気づいていない。
「そのとおりでございます。
ですから、その際には米切手を交換するのでございます」
「交換?」
「はい。
江戸に持ってゆくより大坂の方が近い、九州や四国など西国の藩の米切手と」
藩が出す米切手とはつまる所通貨の発行である。
米という信用があるならば、それが何であっても構わないのだ。
米切手であろうとも、銭だろうとも、他藩の米切手だろうとも。秤が水平に保たれる限り。
そして、ここで重要なのは、この交換によって利益を得る者が居るという事である。
それは、商人ではなく武士の方であった。
安中藩二万石。
年貢が五公五民としたら一万石の米切手が大坂の蔵屋敷から出されるのだが、一万石分の米切手を西国の藩の米切手と交換する事で、安中藩は大坂に米を確保し、西国の藩は江戸に米を売る事ができるという訳だ。
「ん?
その例えだと、安中藩の米全てを交換しても江戸に運びきれないのではないか?」
半兵衛は首をひねる。
西国には福岡藩や熊本藩、広島藩や長州藩などの大藩が多い。
その多くの藩が米の交換を求めた場合、大量の江戸に運ばれる米が必要になる。
「ですから、その米を融通していたのですよ。仙台藩が」
その一言を河村十右衛門は笑顔で、半兵衛の顔には冷や汗が浮かぶ。
仙台藩へ向かう早飛脚を狙撃したのが半兵衛というのは知っている上で、河村十右衛門は能面のような笑顔のまま半兵衛に皮肉を言った。
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